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132.手ごたえ

132話目です。

短くて申し訳ありませんが、よろしくお願いいたします。

 一二三は悠々と歩きながら、刀を抜いていた。

 もう幾度も修理を重ねている刀であり、修行時代に師から譲り受けた大切な一振りだった。死ぬときは、これを握って死にたい。

 尤も、その師に重傷を負わせてからこちらの世界に来ている。

 一二三の感謝の表し方は、少しずれていると言わざるを得ない。


 陽は落ちかけて、赤く染まった森のへと踏み込むと、木々に抱かれた木々の間は、夜のように暗い。

 それでも一二三は、歩調を緩めることも無く気配がする方へと進んでいった。

 敵は三人。これはヴィーネの耳でも拾えた音の数と合っている。獣人の町での訓練と数回の戦闘を経て、ヴィーネは確かに成長していると一二三は認めている。


「しかしなぁ」

 変に褒めると調子に乗って何を要求してくるかわからない。一二三としては何かの機会に報いるつもりでいるが、具体的に何をするべきかは思いつかなかった。

 いや、正確には大体わかっていたが、旅の途中でやることでもない。

「そのうちな、そのうち」


 一二三という男は女性に興味がないわけではないし、実際に妻がいて子供がいる。だが、どちらかと言えば肉欲よりも殺人欲の方が強いし、その機会があれば逃したくないのは後者の方だ。

 そして、今がその機会だった。

 一つの気配が一二三の背後に回るように、草むらの中を移動している。


「そこと、そこ。そしてそこ。三人だろう。小細工は要らないから、襲うならさっさと来い。夜の涼しいうちに寝ておきたい」

 一二三は刀を右耳の横に沿えるようにして八相に構えた。

 腰を軽く落とし左足をすす、と前に出す。

 直後、左側面から飛び出した影がある。


 無言で躍り出たのは狼族の獣人であった。

 短いナイフを手に持ち、草を踏みつけて飛び出したというのに音は非常に小さい。常人であれば気付かずに切り裂かれていたかもしれない。

 だが、一二三は冷静だった。

 右足を軸に、円を描くように左足を引く。


 そのまま袈裟懸けに切り下された刀は、きっちり切っ先十五センチを使って敵の身体を首筋からわき腹にかけて斜めに斬り裂いた。

「ここまでとは……」

 反撃をされるどころか、自分の攻撃が届くことすらなかったのが衝撃だったのだろう。

 血しぶきを上げながら跳躍した勢いのまま、獣人は一二三の横をかすめて地面を転がっていく。力なく横たわるその身体に、すでに魂は無い。


「くっ!」

 一二三の斬撃の直後、エルフの男と虎族の獣人が草むらから姿を見せた。

 エルフの方は大木の幹に隠れるように移動し、前衛らしい虎族の獣人は一二三に向かって走る。

「お前が一二三だな!」


 虎獣人は若い青年に見えたが、声からすると女性のようだ。

 しなやかな四肢を動かしながら疾風のように近づいた虎獣人は、ヘッドスライディングのように一二三の足元へと飛び込み、そのくるぶしへむかって鋭い爪を振るった。

 と、同時に木陰からエルフの魔法による石つぶてが迫る。

「おっと」


 一センチ大の小さな石が散弾のように迫るのを、一二三は刀を使っていくつかを反らしながら斜めに飛び上がって避けた。

 浮き上がった足元を、虎獣人の腕が通り過ぎていく。

「そうくるならっ!」

 空振りした腕で地面を殴りつけ、飛び込んだ勢いそのままに虎獣人は一二三の腹に向かって頭突きを繰り出した。


 どん、と肉を叩く音がして、一二三のみぞおちに頭を押し付けたまま二人そろって地面を転がる。

「よし!」

 仕留めた、と考えたエルフの男は土埃が上がる場所へ向かって走った。

 二人は草むらへと入り込み、状況は見えない。


「おい、やったか……? うわっ!」

 恐る恐る声をかけたエルフの胸に、草むらから飛び出した虎獣人がぶつかった。

「お、おい! ひぃっ!?」

 肩をぐったりと押し付けられた身体を引きはがす様に肩を掴むと、虎獣人の首はぐらりと揺れて明らかに不自然な形でだらりと垂れ下がる。


 苦しみと恐怖に見開かれた目が、エルフの方を見ていた。

「し、死んで……」

 エルフは気付いた。

 仲間の獣人が殺されているということが示す、現状を。

「あっ」


 声を出せたのはそこまでだった。

 顔を上げたエルフの視界に、草むらから姿を見せた一二三が大上段に刀を振りかぶっているのが移る。

 それは稲妻もかくやという速度での正面打ち。

 エルフの正中線を正確になぞる剣筋は、彼が抱えている獣人の身体ごと二人の身体を両断し、一呼吸遅れて血が噴き出すほどに鋭かった。


「……まだ、大丈夫だな」

 丁寧に刀を拭った一二三は、四つに分かれた二人の死体の上に懐紙を振り撒いた。

 悪くない、と獣人やエルフの動きにそれなりの手ごたえを感じながら、期待に胸を膨らませる。

「だが、我慢、我慢」


 五年待たねばならぬのだ。

 五年経てば、その時までに命があれば、思うさま戦える。

「収穫まで待たなくちゃいかんのが、なんとももどかしいな」

 死体に目もくれず、刀を納めた一二三はゆるゆると野営地へと戻っていった。

お読みいただきましてありがとうございます。

次回もよろしくお願いします。

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