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131/204

131.差し出された手

131話目です。

よろしくお願いします。

「……もう一度、言ってもらえるかしら?」

 聞き違いかと思ったヨハンナは、目の前に立つ使者に向かって動揺を隠せない様子で尋ねた。

「この度、魔王一二三がこの場で宣言したことについて、私どもイメラリア教にも情報は入っております。あの男が考えていることを常人が理解できようはずもなく、我々としても苦慮いたしました。


 使者としてやってきたのは、イメラリア教三騎士の一人オージュだった。

 黒を基調とした地味なローブを着て、ヨハンナの前に立ってフードを取り去ったとき、プーセの代わりに補佐として控えていたメグナード・トオノ伯爵がヨハンナに耳打ちして間違いなく本人だと確認している。

 敵同士だが、彼女を確実に止められる者は今、この町にはいない。


 一二三がまだ滞在していると見せかけることも考えたヨハンナだったが、誰かから情報が流れている以上、すでに出立していることは伝わっている可能性が高い。

「そこで、互いに一度矛を収め、一二三に対抗するために協力をしたい、という臨時教主となっている司祭長からの発案をお持ちした次第です」

「そう」


 短く答えながら、ヨハンナはオージュの表情を見ていたが、少しも動く気配がなかった。心なしか、疲れのような雰囲気だけが見える。

「理由を聞かせてもらっても?」

「単純なお話です。イメラリア教は人間が安心して住める世界を作りたいのであって、破壊したいのではありません。そのためにはあの破壊者をまず止めることが重要であり、イメラリア共和国……この名称について、我々は敢えてなにも言いませんが……この国と一二三が手を切るというのであれば、協力もやぶさかではありません」


 オージュが言い切ると、ヨハンナはメグナードと顔を合わせて頷いた。

「返答はどうすれば?」

「ご許可いただければ、しばらく私一人がこの町に滞在させていただき、返答をいただき次第本部へ戻るつもりです」

 監視などが付くことも承知で、オージュは言い切った。


「もう一つ」

「なんでしょう」

「貴女の実力があれば、すぐにこの町を落とせるはず。なぜそうしないの?」

 あまりに直球な物言いに、初めてオージュが目を見開いた。

「……豪胆。というべきでしょうか。女王となられるにはそれだけ心の強さが必要なのでしょう」


「かのイメラリア様のお名前を使わせていただいているのよ。多少なりとも、そのお心の強さに近づきたいと努力するのは当然のことよ」

「私どもイメラリア教も、かの御方の理想を追っております。……陛下とは、些か解釈は違いますが、ようするに同じ御方の背中を追っているわけです」

「それで、質問の答えは?」


 オージュは少しだけ唇を曲げて笑みを浮かべた。

「私どもはこれまでの戦いで多くの戦力を失いました。あの一二三と対抗するに独力では不可能と判断し、こうしてお願いに来ているのです。その相手を攻撃するような真似はいたしません」

「全て水に流して手を取り合おうとでも?」


「いいえ」

 そこまでずうずうしくは成れない、とオージュは首を振った。

「最も強大な、共通の敵がいるのだから一時的に協力しましょう、というだけのことです。それからのことは、それからのこととしてお考えください」

 相容れない存在であることは忘れるな、という意味で念を押す様にオージュは語り、館を辞した。


「さて、どうしようかしら」

 メグナードを見たヨハンナは、悪戯っぽく笑った。

「危険です」

 メグナードは即答する。

「協力と言えば聞こえは良いですが、こちらの情報が向こうに知られてしまう可能性があります。それに……」


 続きをためらうメグナードを、ヨハンナは気にせず話すように促した。

「今さら何を遠慮しているの。わたくしは貴方たちの言葉に耳を塞ぐような真似をするつもりはないのよ」

「では……」

 メグナードは周囲の使用人たちに聞こえない程度まで声を押さえた。


「正統イメラリア教の信徒たちの目もございます。折角独立した途端に、元の宗派と近づくというのでは、些か信徒たちにとって具合が良くないでしょう」

 なるほど、とヨハンナは納得した。

 自分にとっては計算づくのことであっても、信徒たちからすれば裏切りに取られるかもしれない。メグナードは言葉を選んでいたが、内心ではそう取られることを危惧しているだろう。


「では、しばらくはオージュを監視しておいて頂戴。その間に考えをまとめて、改めて会議を開くわ」

「お聞き入れくださいまして、ありがとうございます」

「殊更そういう言い方をするあたり、わたくしがイメラリア教の提案に乗る、と思っていたようね」


「そのようなことは……」

 否定しつつも、メグナードは視線をそらした。

「気にしないで。事実だから」

「陛下……!?」

「多少はそちらに考えが向いていたのは否定しないわ。一二三様はそれを望んでいるのよ。それが彼に対抗するための形を整える最も近道になるはずだから」


 しかし、ヨハンナはメグナードの言葉を受けて改めて時間をかけて整理することを決めた。

「警戒すべき相手は、一二三様だけではないことをしっかりと誰もが認識しておくためにも、迂闊にどこかの勢力と手を握ることは避けるべきよね」

 もっといろいろと考えなければ、とヨハンナは語った。


 そう簡単に答えが出ないとはわかっていても。


☆★☆


 約二十日経ち、森へと踏み込んだ一行は動物や木の実を食料に加えて、時折見つかる豊かな水源で喉を潤しながらソードランテを目指す。

 森の浅い部分に沿って移動しながらの旅だが、行けば行くほどに襲撃は増えた。

 これまでは森や荒野で狩りをする獣人族たちが襲ってくるだけだったが、エルフや魔人族が混じり、組織的に監視をしてくるグループも出始めた。


「恐らくはソードランテからの勢力だろうな。いずれ本格的に仕掛けてくるだろうな」

「こちらが話し合いに来たことを伝えるべきじゃないかしら」

 一二三の言葉にカイテンが意見を伝えると、プーセも同意した。

「そうです。幸いこちらにはエルフである私や獣人族であるヴィーネもいます。接触するだけなら……」


「甘い。俺はそう思う」

 カイテンらと共に焚火を囲んでいる一二三は、刀の柄糸を巻きなおしていた。砂埃の舞う荒野で糸の中まで砂が入り込んでしまって握りの具合が悪くなっていたのを掃除したのだ。

「連中にとっては、町で暮らしていたならば同じ種族でも敵だ。特に、プーセ。お前は最たる敵だろうな」


「なぜです?」

「エルフの中でお前ほど人間に近しい位置にいた者はいない。そして連中が目の敵にしている俺とも交流がある。今の時点でも人間の国で補佐をやっているわけだしな」

 その情報を知っている者がいれば、プーセは一二三の次に狙われてもおかしくはない。

「そういう意味では、ヨハンナの人選は失敗だったな」


 笑っている一二三をたっぷり睨みつけてから、プーセはふん、と顔を背けた。

「本来、エルフは独立心が強く個人で物を考えて行動するものなのです。誰かが何かをやったからと言って、自分に影響がなければ気にすることはありません」

「だが、実際に襲撃者の中にはエルフも混ざっている」

 そこにもいる、と一二三が指さしたのは、護送中の二人が入っている馬車だ。


「基本的な性向なんてものは“大体そんな奴が多い”ってだけの話だ。環境や経験でそんなものはどうにでも変わる」

 話しながらがっちりと柄糸を結びなおして柄頭をしっかりと固定すると、一二三は刀を鞘に納めた。

「さて、そんなことよりも敵襲だぞ」


 夕暮れ時の、まだ太陽の光がわずかながら届いている時間帯だが、敵は猛然と近づいてきていた。

「例の連中とは別口のようだが、これだけ堂々と攻めてくるんだから自信もあるんだろう。俺がやるから、手を出すなよ」

「はい。お気をつけて!」


 ヴィーネの声に手を振って歩き始めた一二三を見送り、誰もが顔を合わせた。

「敵襲?」

「音も何も聞こえないわ……」

「んーっとですね」

 ヴィーネが一二三が歩いていく方向へと耳を向けた。長い耳はくるりと方向を変えて、一二三の小さな足音の向こう側に、別の音を聞き取る。


「三人くらい、獣人だと思うんですけれどこちらに走ってきてます。まだ結構遠いですね」

 一二三に護衛を依頼したヨハンナに感謝しながら、カイテン以下護衛の騎士たちは苦笑するしかなかった。

お読みいただきましてありがとうございます。

次回もよろしくお願いします。

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