13.ギルドの裏側
13話目です。
よろしくお願いします。
結局、警備兵たちの死体は密かに片付けられ、殺害された侍女の家族には申し訳ないが、しばらくの間は外出した一二三に急遽同行する事になった、と説明すると決まった。侍女たちも今は信用できないので、それぞれに用事を与えて屋敷から外に出していた。
シクは自室に監禁され、ヴィーネとニャールが見張りを勤める。
残りの侵入者たちは、警備兵たちの首と共に、一室にまとめて一晩中閉じ込められていた。目覚めた者も縛られた自分の身体と、視界に入るように転がされた見覚えのある首を見て、ただ怯えて大人しくしていたらしい。
翌朝、ウェパルとプーセが揃って部屋に入ると、全員が縛られたまま転がっていた。
二人に向けて集まった視線は、どれもが恐怖に染まっている。
「それじゃあ、素直に喋りたいって子はいるかしら?」
ウェパルの質問に全員が顔を見合わせるだけだった。
当然、ウェパルたちも簡単に喋るとは思っていない。
「質問は三つ。あなた達の所属と、侵入の目的。それと、それを誰が指示したのか」
プーセが指折り数えた質問事項。最後の一つで、明らかに侵入者たちの顔色が変わった。それを受けて、ウェパルもプーセも肩を竦める。およそ簡単に口を割るのがはばかられる程、上位の人物が指示を出した可能性が高い。
これは手間がかかるかも、と考えている所に、ノックの音が響く。
「失礼します、フェレスです。ギルドからのお客様をお連れいたしました。談話室でお待ちいただいております」
「すぐに行きます」
「畏まりました」
ウェパルの指示に答え、フェレスは入室せずに離れて行った。
「ギルドから?」
「私が朝のうちに呼びにいかせたのよ。貴女も一緒に行きましょう」
ウェパルを伴い、扉を開けたところで、プーセは室内に残された侵入者たちに振り向いた。
「次に私たちが来た時に、素直に話す事を薦めるわよ。痛い目で済めば良い方だと思うから」
音を立てて閉められたドアを見て、自分たちの未来を悲観して、泣き出す者もいた。
談話室は、昨夜プーセたちがワインを楽しんだ暖炉がある部屋だ。
グラス等をそのまま置いていたのだが、フェレスが綺麗に片付けてくれていた。しかも、来客分とウェパルたちの分まで、湯気を立てる紅茶が揃っている。
二人が姿を見せた時、先に待っていたらしい人物が立ち上がった。
「貴女は……」
「プーセ様、先日は色々と大変でしたね。そして……ウェパル陛下、お呼びと聞いて参上いたしました。お会いできる機会があるとは思いませんでした、長生きはするものですね」
プーセが驚いた顔をして目にしたのは、フォカロルにあるギルドの長だった。ウェパルが呼んだのは、彼女の事だったらしい。
白髪を長く伸ばしたギルド長は、一人の陰気な男を伴っていた。
揃って頭を下げたが、男の方は黙ったまま、黒い革のバッグを大事そうに胸に抱えてギルド長の後ろに控えていた。
「改めて、フォカロル支部のギルド長を務めておりますクロアーナと申します。……使者の方からお伺いしましたが、何か領主様に秘密で、調査をされたいという事で」
「ええ。昨夜、この屋敷に侵入した連中がいたのよ。縛り上げて閉じ込めてるけど……領主が用意した警備がグルだったみたいなのよね」
とりあえずは座りましょう、と腰を下ろしたが、ギルド長の後ろにいた男は、そのまま椅子の後ろに立ったまま待機している。
「もし領主が私たちの命を狙っているというのであれば、残念ながらシクも怪しいですからね。別室に閉じ込めています」
「なるほど……」
一度頷き、目を閉じて考えているギルド長を、ウェパルは注意深く観察していた。領主の命令でやっているとすれば、ギルド長も抱きこまれている可能性が無くも無い。
「あくまで、今の時点では私の予想でしかありませんが」
口を開いたギルド長は、まっすぐにプーセの方を見た。
「狙いは復活された勇者……一二三様と奥様でしょう」
「とすると、やっぱり領主が原因かしら?」
ウェパルの頭の中にあった想像は、一二三と言う人物の存在を煙たいと感じる人物についてだ。もちろん、オーソングランデ王が筆頭だが、フォカロルでそれだけの影響力を持つ人物であれば、知っている範囲では残念ながらトオノ伯爵が筆頭に来る。
「一二三さんが戻ってきたという事が広まったら、本人の意思に関係無く、民衆は彼が領主として復帰する事を希望する動きが出てもおかしくは無い。いえ、王が率いる亜人排斥派と戦うのに、これ以上の旗印も無いもの。間違いなく担ぎ上げる連中がいるでしょうね」
自らの予想を語ったウェパルに、ギルド長は申し訳なさそうに訂正した。
「いえ、トオノ伯爵様本人ではございません。かの人物はアリッサ様の薫陶を受けて、お会いした事も無い一二三様に大変なあこがれを抱いておられますから。私とも以前より一二三様の話題で幾度も語り合った事がありますし」
楽しそうに話すギルド長の様子に、プーセは領主と彼女が、若い頃に何か深い付き合いがあったのでは無いかと思ったが、何ら根拠のある想像でも無い。
「可能性が高いのは、その養子となられたウェスナー様でしょう」
現領主メグナードと違い、養子のウェスナーは向上心が強いと言えば良く聞こえるが、それ故に周囲を押さえつけてでも成績を残す事を目指す傾向がある、とギルド長は語る。
「プーセ様を襲った者は、手口からしてどこかで雇われたプロのようですが、死体からは身元までは確認が出来ませんでした。あるいは、繋がりがある可能性もあります」
そこで、彼を連れてきました、と後ろで控えていた男性を紹介する。
「わ、ワイズマンと申します。ぎぎ、ギルドでは調査官をやらせていただいております……」
見た目は三十過ぎくらいの顔色の悪い男だが、声は見た目に比べて若々しい。おどおどとした態度だが、どこか不気味な雰囲気がある。
「調査官?」
「ええ。ギルドも組織が大きくなると、困った事をする冒険者も出てきまして、冒険者に頼らず調査をする事も多くなりましたから、こういう役職の者が必要なのです。彼らは、拷問官とあだ名される程ですが、腕は確かですよ」
ギルド長が自慢げに紹介すると、ワイズマンは黒い鞄を開いて、中に入った様々な器具を見せた。
「ひ、人に話を聞いて回るのは苦手ですが……く、口を割らせるのが得意です」
ウェパルにもプーセにもわからなかったが、どうやら自慢げに見せている道具は、そういう目的の物らしい。
☆★☆
「えっ? 日本人?」
「はあ? マジかよ!」
オーソングランデから来た二人の勇者、ユウイチロウのミキは、道着を来た男が見えた瞬間、驚きに声を上げた。
一二三は、さも最初から町の中にいたかのように塀から飛び降りると、冒険者が屯しているエリアを通って、オーソングランデの兵士たちの前に姿を見せた。
そこには二人の勇者が同行しており、今日は“奪還”したグネの町を見て回った後、次の奪還戦についての打ち合わせに参加する予定だった。
「なるほど。お前らがプーセの言う新しい召喚者か」
同年代の男女を見て、一二三は一目で二人の身体つきを確認した。
運動部か何かだったのだろう。二人とも良く鍛えらた身体はしてる。あくまで、運動部レベルでは。
一二三の見た目では、とてもじゃないが戦うための身体はしていない。男の方はここ最近になって鍛えたような、不自然に固い筋肉がついているようだが、問題はそれをしっかり使いこなせているかどうかだ。
「新しい……?」
「わ、私はミキ。こっちはユウイチロウ。貴方、やっぱり日本人なの?」
睨みつけてくるような視線を向けてくるユウイチロウと違い、ミキと名乗った女性はその前に歩み出て、一二三に質問を投げた。
「ああ、そうだ。お前たちも日本人、か。あの召喚魔法は、日本限定なのかもな」
「そうなんですね……きゃっ!」
「はん、そんな着物を着て日本人です、なんて言われても、信用できるかよ!」
突然、ユウイチロウがミキの肩を掴んで自分の方に引き寄せたかと思うと、威嚇するように一二三に向かって啖呵を切る。
「ちょっと、失礼じゃない!」
「お前こそ、少しは警戒しろ! こんなところに日本人がいる事自体、変じゃねぇか!」
言い争っている二人を、周囲の兵士達は困惑して見ていた。
そして、争いの原因は、高笑いで周囲の注目を集める。
「何がおかしい!?」
「信用、か。どうしてお前らの信用を得なくちゃいかんのだ」
「ど、どういう意味ですか?」
不穏な空気を感じ取ったのか、ミキの方も緊張した表情を見せている。
「信用が必要な間柄になるつもりは無い。お前たちの噂を聞いていたから、顔でも見ておこうかと思っただけだ」
「ふん、俺たちは忙しいんだ。観光気分なら、さっさと失せろ」
「待って、ユウちゃん! この人……どこかで見た事ある気がするんだけど……」
あっ、と声を上げたのは、ミキの話を聞いた兵士だった。
「せ、石像の英雄……」
「はあ?」
「やっぱり!」
一二三が石化して広場に飾られているのを二人とも見ていたが、ユウイチロウは興味が無く、名前から日本人だろうと想像して、時折城の窓から遠目に眺めていたミキにはわかった。
一度、その似顔絵が描かれた資料も見たことがある。そして、その内容だけはユウイチロウも憶えていたらしい。
「あの嘘くさい記録の、石になっていた奴が復活した、とでも言いたいのか?」
有りえない、とユウイチロウは鼻で笑った。
「でも、石像は盗まれたらしいし……」
「本人だとして、こいつがそんなに強そうには見えないけどな。何だよあれ、袴に日本刀とか……コスプレじゃねえか」
悪態をついているユウイチロウを、一二三はニヤニヤと笑いながら黙って見ていた。二本の直剣を両方の腰に提げて、いっぱしの剣士のような恰好をしているが、動きの中でまだまだ剣を提げたままでの動きに慣れていない事が見て取れる。
「なら、試してみればいい。その二本の武器は、オモチャじゃないだろう?」
「はあ? あんまり俺らを甘く見るなよ。俺は勇者だぞ、お前程度に剣なんか抜けるかよ」
「なんだ、死ぬのが怖いのか。なら戦場に来るな。目障りだ」
「てめえ!」
「待って、落ち着いて!」
明らかな挑発に激高するユウイチロウを、ミキが必死で止めている。
その間に、兵士たちが一二三の前に進み出た。
「失礼ですが、一二三殿、で間違いありませんか?」
「証明する物なんか無いけどな」
ぽん、と刀の柄頭を叩いた一二三は、兵士の肩越しに見える二人の勇者を見ている。
「我々は、城下に安置されておりました貴殿の姿を幾度となく目にしております。聖女イメラリア様を支えて、勇敢に戦われたという歴史も学びました」
「勇者様も、慣れない戦闘が続き、気が昂っておられるのです。どうか、ここであまり勇者様の名前を汚すような言動は、控えていただきたいのですが……」
ユウイチロウに聞こえないように配慮しているのだろう、一二三に近づき、小さな声で願い出ている兵士たち。
彼らが命じられた内容は、勇者の護衛なり従者なりだろうが、実際はユウイチロウに対する太鼓持ちなのかも知れない。そして、戦果をひけらかす事で、ホーラント内乱におけるオーソングランデと聖イメラリア教の地位を高める。それが目的だろう。
あくまで、一二三の予想でしかないが。
そして、問題の一言が兵士の口をついて出る。
「イメラリア様が遺された理念。人間が安心して暮らせる社会を実現するため、勇者様も努力をされております。どうか、ご協力をお願いいたします」
この言葉に、再び一二三は破顔した。
「ぶふっ……あっはっは!」
「な、何がおかしい!」
会話は聞こえていなかったかも知れないが、流石に一二三の笑い声は聞こえたらしい。ユウイチロウは自分が笑われたとでも思ったのか、自分を止めるミキを引きはがして近づいてきた。
「可笑しいに決まってるだろう。イメラリア本人の話を聞いたこともない連中が、真顔で“理念”なんて言ってるんだ。駄目だ、笑いをこらえきれん」
腹筋が攣りそうなほど笑っている一二三を、兵士たちも流石にイメラリアの事を出されたせいか、憮然として見ていた。
「プーセやウェパルに話を聞かなかったのか? お前らがやっている事は、あいつが馬から落ちたり舌を噛んだりしながら、必死で成長して漕ぎ着けた安定を、ぶち壊しにしているんだぞ?」
「なんだと!?」
「どうせ、勇者だ英雄だと持ち上げられて、良いように操られてるんだろう。見ていて哀れだが、本人が幸せなら、それで良いのかも知れんがな」
とうとう、ユウイチロウは剣を抜いた。
一振りだけだが、見た目よりも早い斬撃は、水平に奔り、一二三の腕を狙っている。
だが、刃が一二三に触れる事は無く、寸前で止まっている。
「うぅ……」
「動きは速い。思ったより型も悪くない。人を殺した事もあるな。躊躇いの無い、良い剣筋だった。だが、お行儀が良すぎるな」
一二三の右手が、そっとユウイチロウの手を押えて、斬撃を止めている。
「力の入り方も剣筋も、何もかもが教科書通りだ。そんなもん、目を閉じていても止められる」
「くそっ!」
剣を引き、ユウイチロウは距離を取った。
同時に、周囲にいた兵士たちも剣を抜く。
唯一、ミキだけが武器を構えず、驚いて様子を見ていた。
「もうちょっと、やる気がでる事を教えてやろうか」
刀を抜こうともせず、一二三は寸鉄という十五センチ程の短い鉄の棒を取り出し、中央にある輪に中指を通した。
「俺は、この町に援軍に来たんじゃないぞ」
「ああ? どういう意味だ?」
右手にしっかりと馴染む感触を確かめ、くるくると寸鉄を回す。
「一つは、ギルド依頼の人探し。まあ、それはついでだ。一番の目的は、だ」
一人一人の兵士を指差し、最後に、ユウイチロウに指先を向けた。
「お前たちがどの程度戦えるか、確かめに来たんだよ。興に乗れば、そのままこの町を平らげるつもりでな」
「てめえ、やっぱり敵か! 人間の癖に、亜人に付くのか!」
もう一振りの剣も抜き、二刀を構えたユウイチロウが吠えた。
「俺はどっちにも味方するつもりは無い。ただ、目の前にいた戦える奴と敵になる奴を殺す。そう、ただ殺す。殺したい。実感はさほどないが、八十年ぶりなんだ。まだまだ本調子とは呼べない! もっと強い奴がいるだろう! 俺を殺せる可能性がある奴と、戦って、殺し合って、殺す!」
笑い声と共に、一二三の言葉は街に響いた。
次第に、他の冒険者や一部の兵士たちも集まって来た。
「さあ、ギャラリーは充分だ! 飛び入り参加も歓迎だぞ! ……じゃあ、始めよう」
くるりと寸鉄を手の甲へと回し、一二三は開始の合図とばかりに両手を打ち鳴らした。
お読みいただきましてありがとうございます。
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誤字のご指摘等、いつもありがとうございます。
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ご迷惑をおかけいたしますが、何卒ご了承ください。




