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128.荒野の向こうへ

128話目です。

よろしくお願いします。

 エルフという種族がいる。

 色白で細面の者が多く、体力的には人間と大差ないが、一般的に魔力は多く、魔法の扱いに長けている者が多い。

 今でこそオリガの影響もあって人間や獣人にすら魔法を上手く扱える者が増えていたが、それまでは魔法と言えばエルフであり、もしくは魔人族であった。


 エルフと魔人族はその祖を同じくするという研究があるが、あまり知られてはいない。

 魔人族はその昔、エルフや獣人族を滅ぼして荒野で覇を唱えようとしたことがあり、水際でエルフによって阻止され、障壁によって長く森の一角に閉じ込められていた経緯がある。

 解放から百年と経っておらず、人間や獣人族と交わって暮らす様になってからも、その対立は大小様々な形で続いている。


 結果的に魔人族は国を得てウェパルという王を祭り上げて隆盛し、エルフは人間たちの町に溶け込み、以前よりそうしていたドワーフらと同様に散り散りになって種族でまとまるようなことは無かった。

 これは森を出たときのエルフ衆の指導者を務めていたザンガーの影響でもあると言われる。彼女は一応プーセを後継としたものの、エルフがエルフとしてまとまる必要を感じていなかったと言われる。


 プーセはオーソングランデで相談役として多忙な日々を過ごし、その間にエルフたちは自分たちで仕事を探し、世界各地に散らばっていく。

 森から解放された彼らは、そのまま精神的にも開放されたらしく、これといったコミュニティすら作っていない。ドワーフたちのように職人としての繋がりなども無く、個々人で良いように過ごしてきた。


 エルフが徒党を組むことがなかったことが、魔人族との大きな対立や闘争に繋がらなかった原因であるかも知れない。

「一二三さんが来て、魔人族を解放するまでエルフは森の中で暮らし、障壁を維持しながら森の恵みを得て慎ましく暮らすことを強いられていたようなものでした。それが、魔人族の王は一二三さんに倒され、他の魔人族たちはウェパルさんにまとめられることで対エルフではなく人間に対して攻勢を強める形になり、エルフは役割を失いました」


 部族の義務が突然失われたエルフたちは、その時点で自由な民となったと言える。プーセはヨハンナを始めとした会議の参加者らにそう説明した。

 屋敷の会議室に集まっているのは十数名の貴族たちであり、その中にはメグナード・トオノ伯爵の姿もある。彼はエルフの歴史についてアリッサなどから教わっており、プーセの説明を聞いて確認するように頷いていた。


 そして、プーセの説明はソードランテという荒野の忘れられた国について及ぶ。

「ソードランテという国は、本来人間の王がいました。それが獣人族の解放を願ったとある獣人によって相打ちの形で倒されました。丁度その時期、一二三さんの指導を受けたレニさんとヘレンさんという二人の獣人が、ソードランテのスラムを基盤にして獣人たちの町を作っていたのです」


 ソードランテ王の死には不可解なことが多く、実際に戦っているところは目撃されていない。ただ、熊族の獣人に害されたということだけが伝わっている。

「町の人間たちは横暴な王とその臣下についていく者と、レニさんたち獣人たちと力を合わせて生きていく者たちに分かれました。森を追われた私たちエルフも、一時はその町に身を寄せたのです」


 その後、獣人族の町にいたヴィーネが一二三を追ってオーソングランデへ入国するという事件もあり、荒野の獣人族の存在は次第にオーソングランデを始めとした人間の国に認知されるようになる。

「そして、一二三さんが封印された後から、レニさんたち町を作っていた獣人族やエルフは、人間たちと同じ国に暮らすようになるのですが……」


 その時、人間を始めとしたエルフや獣人たちの中で、ソードランテに残ったものも少なくなかった。

 他に、荒野の森には獣人たちの集落もまだまだ沢山残っていたこともあり、厳しい荒野越えをする者は出てこず、オーソングランデのエルフや獣人族と、ソードランテに残った者たちは没交渉になった。


「彼らは残った者たちとその子孫なのでしょう。……イメラリア様は、荒野という危険な場所に臣下を派遣するような真似は避けられましたし、オーソングランデに暮らすレニさんたちも、自分たちの居場所を作ることが最優先でしたから……」

「しかし、どうしてそのソードランテの者たちが我々の繁栄を……本当に繁栄と言えるかは別として……知ることになったのだ?」


 出席者の誰かが疑問を口にすると、プーセは慎重に頷いた。

「政策として、集団としては没交渉ではありましたが、町に馴染めず荒野に戻った獣人族は少なからずいたと聞いております。その者たちが伝えたのではないかと」

「基本的に逆恨みではないか。我々とて安寧の日々を過ごしていたわけではないぞ」

 不満を口にする貴族たちは、うんざりという顔をしている。


「お気持ちはわかりますが、すでに攻撃は始まっています。ここで選ぶべきは一二三さんが宣言した侵攻に備えると同時に彼らとも戦うか、彼らとの協力を模索するか、その方針についてです」

 プーセがまとめると、ヨハンナが立ち上がった。

「まず、わたくしの話を聞いてもらえるかしら?」


 全員が居住まいを正し、ヨハンナの言葉へと傾聴する姿勢を見せる。

「ありがとう。一二三様が捕らえた二人の襲撃者からは、まだ大した情報は聞き出せていない状況だし、今決められることはそう多くないはずよ。ホーラントならばサウジーネ女王とは面識があるから問題ないけれど、オーソングランデの後継者である弟は行方不明。イメラリア教は敵対している状況だから、まずはホーラントに使者を送ろうと思うのだけれど」


 当然だろう、と貴族たちはヨハンナの意見を抵抗なく納得した様子だった。

「使者の人選については後程。ホーラントからの使者であるランスロット・ビロン伯爵と共にホーラントへ向かってもらうわ。サウジーネ女王と引き合わせてもらうのにも、その方が都合も良いでしょう」

 そして、荒野からの襲撃について、ヨハンナは一同が驚く提案を口にする。


「ソードランテへ使者を送ります。彼らがどのような暮らしをして、何を求めているのかを知ることができれば、協力の道も開けるでしょう」

「しかし、危険ではありませんか?」

 荒野という獣人族のエリアは町に馴染めず、弱肉強食の自然を生き抜く者たちのテリトリーである。危機感を口にする貴族は一人や二人ではなかった。


「危険は承知です。ですから、一二三様に協力を仰ぎましょうよ」

 ヨハンナの言葉に、貴族たちもプーセも絶句した。

 ニコニコと笑って周囲を見回したヨハンナは言葉を続ける。

「彼も気になっているんじゃないかしら? それに、実物を見せて“彼が戦いを求めているから協力して”と言えば、それ以上の説得力はないと思うのだけれど?」


☆★☆


「わははははは!」

 ヨハンナからの使者として騎士アモンが宿を訪ねてきた。そのアモンが荒野への同行を願い出るヨハンナの希望を伝えると、一二三は腹を抱えて大笑いし始めた。

 そのまま数分間、椅子に座ったまま笑い転げた一二三は、傍らに立っていたオリガへと目を向けた。


「つまらん奴だと思っていたが、なかなかイメラリアに似たところもあるな。この期に及んで、俺を頼ろうと考える図太さがあるようだ」

「そのようです。ですが、危険な土地と聞いて、強者に頼ろうと考えるのは当然のことで、強者と言えばあなたのことですから、無理もありません」

 ハジメを腕に抱えたまま、オリガは寂しそうに微笑んだ。一二三が行く気になっていることを、すでにオリガはわかっている。


「準備は私とウィルで進めておきますから、あなたはゆっくりと昔を思い出してきてください。それに、しばらくは腕を振るう機会も減るでしょうから」

「そうかな? 腕自慢の連中がそこそこいると思うんだが」

「ふふ、あなたの強さは、もう各地に知れ渡っておりますよ」

 彼らが話しているのは、五年の期間の間に個人で一二三に挑戦しようという者がいるかどうかについてだった。


 九十九人を殺害し、たった一人勇者ミキに逃げられた武闘大会については多くの地に話が広まっており、次の大会では参加者がいるかどうか危ぶまれているのだ。この点ばかりはオリガの方が正確に見ていると言える。

「わかった。じゃあ、任せる」

 簡単に言ってのけたが、一二三がこうして物事を丸投げする相手は限られる。オリガはそれがわかっていた。


「ヨハンナに伝えておけ。出発するなら早いうちに。食い物は見つけられないと思え。弱い奴は死ぬと思え。同行はするが、護衛として頼るつもりなら、それだけの報酬を用意しろ」

「報酬、ですか」

「当たり前だ。危険な仕事をやらせて何も寄越さないというのは、道理が通らないだろう」

 一二三という男に“道理”を語られてアモンは顔を歪めたが、反論はできなかった。


「確かに、お伝えいたします」

 一二三の返答を聞いたヨハンナは、可能な限りの金銭を用意することを決めた。

 また、一二三が捕縛した二人は話し合いをするための手土産としてソードランテへ護送することになり、一二三とヴィーネが護衛兼道案内となり、訪問団の代表はプーセが務める。また、護衛騎士としてカイテンを始め数名が同行する。


「久しぶりだな」

「本当ですね。あの町がどうなっているか楽しみです!」

 四日後の早朝。一二三とヴィーネは、まるで観光のような気分で気楽な会話をしていたが、カイテンとプーセを始めとしたイメラリア共和国派遣団は暗い顔をしている。ソードランテの者たちとまともに会談ができるかどうかすら不透明なのだ。


「お前も行くのか」

「領主たちでは危険ですから。こういう時は私のようなものが身軽なのです」

「お守り役がいなくて大丈夫なのか?」

 一二三が言うと、プーセはあからさまに不満顔を見せた。

「陛下は子供ではありません。それに、トオノ伯爵を始めとした家臣団がしっかりと支えていますから」


「……それじゃあ、駄目なんだよなぁ」

 ぽつりと呟いた一二三の言葉を、プーセは聞き逃してしまった。

「なんですか?」

「気にするな。それより、そろそろ出発するぞ」

 一二三が馬に飛び乗ると、ヴィーネはその後ろにひらりと飛び上がり、一二三の背中にぴったりとくっつくようにしがみついた。


「うふふふふ……」

「気色の悪い笑い方をするな。振り落とすぞ」

「えへへ、すみません」

 緩み切った顔のヴィーネにため息を吐いて、一二三は馬の腹に軽く踵を当てて馬を走らせた。


「出発します!」

 プーセの掛け声に合わせて、一二三を追うようにソードランテ訪問団を出発した。隊列の中には、襲撃者二人が入った檻を乗せた幌馬車もある。

「大丈夫かしら……」

 馬に乗り、最後尾を進む騎士カイテンが頬に手を当てて小さくこぼした。

お読みいただきましてありがとうございます。

次回もよろしくお願いします。

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