表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
126/204

126.侵攻予告

126話目です。

よろしくお願いします。

 式典が始まったころ、迎賓館の屋根の上には一二三とヴィーネだけがいた。

「それじゃ、しばらくは魔国でハジメ様の育児に集中するんですか?」

「オリガはな。俺は他にやることもある。だが、国にいることは間違いない」

「そうですか!」

 封印から解放されて以降、一二三との時間が少ないと感じていたヴィーネは、同じ国で過ごせるという期待に、思わず声が大きくなった。


「帰ってからのことは良いから、索敵に集中しろ」

「はぁい」

 片方だけの兎耳を右へ左へと向けながら、ヴィーネは一二三に指示されて周囲から迫ってくるであろう敵の気配を探っている。

 音を拾うのは兎族獣人の得意分野ではあるが、空からくる相手に対してはまだまだ不慣れだった。増して、ヴィーネは片方しか耳が無い。


「……捉えました!」

「数と方向は?」

「えっと、えと……」

 風切るような、大型の鳥が出す音に気付いたヴィーネは、一二三に問われてから改めて耳をそばだてた。


「南西から、三人分!」

「その三人が一人ずつぶら下げている。合計六人だ」

 一二三が訂正を入れながら立ち上がり、腰に提げていた刀を抜いた。

「鳥獣人を一人。それとそいつがぶら下げている奴を一人。合計二人を殺してみせろ」

「了解です!」


 ヴィーネも二振りの釵を手にして、二度、三度と屈伸をして大きく深呼吸をした。

 ほどなく、上空から鳥型の獣人が、一二三が感じ取った通りに一人ずつの人物をぶら下げて飛来してきた。

「鳥型獣人ってのは、そんなに長距離は飛べないんだろう。なら、近くに拠点があるかもな」

「えっ、そうなんですか?」


 鳥だからどこまでも飛べるんだと思っていました、と語るヴィーネに、一二三は口を曲げて「こいつは……」とまるで子供のような無邪気な発想をすると呆れた。

「そんなに長距離が飛べるなら、荒野なんぞ飛び越えて人間との交流がもっと盛んになっていただろうし、捕まって奴隷になるはずがない」

 人間の腕が鳥の羽根になったような身体つき自体がそもそも飛行するのに向いた形状ではない。


「さらに、人一人を抱えているんだ。せいぜい数百メートル程度だろうよ」

 そこまで飛行に長けているなら、もっと強力な獣人として荒野でも幅を利かせていただろう。ところが、実際はン獣人族の中でも数は少なく、体力も低いために奴隷としても人気が無かった。

「少し傷がつけば飛べなくなる様な連中だろう」


「なるほど」

 そんな会話をしているうちに、はっきりと鳥型獣人が見えて、明らかに一二三たちがいる迎賓館へ向けて飛行している。

「俺がいた宿を知っていたこともそうだが、はっきりこの場所がわかっているのも、町中に連中の情報収集役がいるせいだな」


「大変ですね! 捕まえないと!」

「放っておけ。それはヨハンナなりメグナードんまりがやることだ」

 そこに気付くところからが彼女たちやその部下たちの役目である、と一二三はヴィーネに口止めをした。余計なヒントをくれてやる必要も無い。

「戦闘が起きていないということは、戦闘の準備をしなければならないということだ。そんなことも知らずに阿呆面を提げて過ごしている奴に待っているのは死だ」


 ごくり、とヴィーネが息を飲む間に、眼下で警備に当たっていた騎士たちがざわめき始めた。魔法による攻撃で迎撃を試みる者もいるが、飛んでくる鳥獣人たちは風に乗ってするりと躱していく。

「鬱陶しい! 邪魔をするな!」

 一二三が大喝すると、魔法攻撃はすぐに止まった。


 妙な強制力を持つ声に従った騎士たちは、怒声の主が一二三であることに気付き、感嘆の声を上げた。畏怖の対象であると同時に、ここフォカロルでは一二三は英雄であり過去の偉人なのだ。誰もが納得して剣を納めていく。

 全て英雄に任せれば良い、と騎士の全員が考えていた。

 彼らは首が痛むのも気にせず、中には上が見づらいという理由で兜まで取り去ってしまい、屋上にいる一二三たちを見上げていた。


「一番左の奴らを任せる」

「わかりました!」

 ヴィーネは大胆にも、迎賓館の屋根の上から飛び出す様にして踏み切ると、窓から飛び込もうとしている鳥獣人に躍りかかった。

「うわっ!?」


 突然の攻撃に驚いた鳥獣人だったが、身体ごと広げた羽根を傾けることで避けた。だが、ヴィーネの手は鳥獣人にぶら下がっている人物にしっかりと届いた。釵を突き刺すという形で。

「うぎっ!?」

 捕まっている鳥獣人が急に傾いたかと思うと、太ももにざっくりと刃物を刺された男は悲鳴を上げた。


「エルフさんでしたか」

「き、貴様……!」

 突き刺された釵は大腿骨をかすめるほどに深く貫かれており、流れる血は周囲にまき散らされている。それを気にする素振りも見せず、ヴィーネはエルフの首元へもう片方の釵を刺し貫き、ザクザクと氷の壁を登るかのように鳥獣人へと向かって上がっていく。


「おのれっ」

 鳥獣人は両足を掴んでいるエルフの手から力が抜けていくのを感じ、最早こいつは死んだものと考えて飛びついてきたヴィーネごと落とそうとした。

「わわっ!?」

 鳥獣人に離されて、エルフの身体が落下し始めると、ヴィーネはエルフに刺した左手の釵を諦めて手を離し、鳥獣人の足を掴んだ。


「離せっ!」

「嫌です! 落ちてしまいます!」

 自分から空中に飛び出したくせに何を勝手なことを、と鳥獣人はもう片方の足を使い、鋭い爪で引きはがそうとした。

 しかし、ヴィーネのバランス感覚と柔軟さは尋常ではない。片手で足にぶら下がったまま、ひょいひょいと爪の攻撃を躱してしまった。


 あまりに軽々しく避けられて、鳥獣人は思わず頭を下げてヴィーネを真正面から見据えた。

「あっ、丁度いい」

 と言うや否や、ヴィーネの足がひょい、と振りあがって鳥獣人の首に絡みついた。途端に、飛行が不安定になる。


「そのまままっすぐ飛んでくださいね」

 壁にぶつかりますから、とヴィーネが言うと、鳥獣人は両腕の羽根を懸命に上下させたが、間に合わなかった。

「くそがぁああああ!」

 ドガッ、と鈍い音を立てて迎賓館の壁に激突したところで、ヴィーネは壁面に釵を突き立ててぶら下がり、首が折れた鳥獣人は血で縦一文字を描いて地面へと落ちていった。


「……ここからどうしよう?」

 四階部分の壁にぶら下がったヴィーネは、近くの窓をこじ開けて中を覗き込んだ。

「あっ、ご主人様だ!」

 そこから見えるホールでは丁度、一二三が鳥獣人とエルフを掴んで式典会場へ躍り込むところだった。


☆★☆


 オリガが近くにいた騎士にロープを用意するように命じ、一二三が取り押さえた二人の襲撃者を縛りあげているのを横目に見て、一二三は壇上に上がった。

 もう一組は、接敵時点で鳥獣人もぶら下がっていた虎獣人もまとめて一太刀で真っ二つに切り裂いてしまっている。

「魔国ラウアールの王であり、魔王を名乗っている、一二三だ」


 名乗りを聞いて、誰もが息を飲んだ。

 オリガを誰もが知っていたように、一二三のことを知らぬものはこの会場にいない。彼が突然現れたことで、誰もが戦いが身近にあることを改めて感じとり、慄いていた。

「こいつら獣人は、荒野を越えた場所にあるソードランテという国から来ているらしい。聞き覚えはあるか?」


 会場の全員を見渡して一二三が問う。

 ざわめきが広がり、荒野という人が近づかぬ大地であり、同時に獣人族や魔人族、そしてエルフが住んでいた土地であることは基本的な知識としてあった。

 しかし、その先に国があるというのは、あまり知られていない。

「……その昔、一二三様が訪れたという騎士の国ですね。多くの獣人族が奴隷として酷使され、貴方が手を貸したことで獣人族たちと一部の人間が手を組み、新たな町を作ったと聞いています」


 その町が、オーソングランデでレニという羊獣人の少女を中心に作られた獣人族中心の町を形作る基礎となっている。ヨハンナが出した答えに、一二三は手を叩いた。

「その通りだが、正確に言えば、手を貸したというよりほんの少しの入れ知恵をしただけだ」

 ヴィーネもその町で奴隷として売られているところを一二三に買われ、以来一二三に傾倒し、しばらく離れていたが一二三を追ってオーソングランデへ来たという経緯がある。


「随分昔の話だが、どうやらそこにまだ住んでいる連中がいるらしいな。獣人族や魔人族、エルフやドワーフ。それに人間。多くの連中が混じり合って生活している国があるらしい」

 言葉だけ言えば、それはイメラリアが理想とした、とヨハンナが語っている多種族の共存する姿だ。会場の者たちもそれは理解できる。理解できるゆえに、その彼らが攻撃をしてくる理由がわからない。


 困惑する様子をひとしきり見まわした一二三は、満足げに頷いた。

「詳しくは知らんが、何やらお前たちを恨んでいるらしいぞ? ああ、俺も含まれているようだが、“打ち捨てられた民”とでも考えているみたいだな。はっは!」

 互いに顔を見合わせる聴衆を見て、一二三は声を上げて笑った。

「馬鹿どもめ。自分たちが努力をしていないのに他人が得たものを妬む時点で程度が知れいているな。知れているが、それなりに戦闘力はあるらしい」


 獣人族たちを縛り上げて傍らに戻ってきたオリガから説明の内容を改めて確認すると、一二三は再び口を開いた。

「協力して、俺の敵になると良い。足りない同士で補い合って、俺の命を狙え。期限は五年。今からまる五年経つまでに、魔国の城にいる俺のところへ来て、俺を殺してみせろ。達成できたなら、その個人なり勢力なりに、俺が持っているものを魔国ごとくれてやる。そう、異世界の技術とか、な」


「お待ちください。なぜ、一二三様を敵に回さねばならぬのです」

 ヨハンナが異議を口にすると、一二三は首を振って笑った。

「この世界を俺なりに良くするためだ。共通の敵がいて、互いに手を取り合って打倒を目指す。お前が目指す世界にとって実に良い名分ができたとは思わないか?」

「もちろん、そのまま放置していても、五年後に大した成長があるとは俺も考えていない」


 聞け、と聴衆へ向かって一二三は黙らせるように睨め付けた。

「以前もここフォカロルでやったことだが、戦い方を知りたければ来い。なんでも教えてやろう。新しい武器の作り方も使い方も教える。個人の武術も集団戦の方法も教える。必要なら訓練も施してやろう」

「正気ですか。自分を殺すための部隊を鍛えると?」


 ヨハンナが声を上げると、一二三はオリガを指した。

「こいつが自分を鍛える理由を聞いただろう? その大部分は俺が教えたことだ」

「面目ございません」

 実力不足を恥じるかのようにオリガが顔を伏せる。

 ヨハンナは、青ざめた顔でよろよろと後ろに下がると、崩れ落ちるように椅子へと座り込んだ。


「挑戦はいつでも受ける。個人で自身があるなら、とっとと魔国の城まで来ると良い。だが、失敗した時は命をもらう」

「五年の期限というのは……」

 背後からランスロットの声が聞こえて、一二三は振り向くことなく口を開いた。

「俺の忍耐の限界だな」


 軽く机を叩き、大きな音を響かせて視線を集めた一二三は、笑みを浮かべている。

「五年後、まだ俺が生きていたその時は、魔王らしく世界中の国へと攻め込む。……選べ。五年のうちに俺を打倒することを目指すか、五年後の侵攻に備えて各勢力で防衛の準備をするのか」

 一二三は問うたが、誰からも答えは返ってこなかった。

お読みいただきましてありがとうございます。

次回もよろしくお願いします。


※純文学ジャンルで『干し柿』という短編を発表しました。

 本日23日、ありがたいことに日間ジャンル別1位をいただくことができました。

 ジャンルはまるで違いますが、良かったらお暇つぶしにでも。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ