125.英雄の登壇
125話目です。
よろしくお願いします。
イメラリア共和国。
共和国と言いながらも、君主としてヨハンナ・トリエ・オーソングランデが王として存在し、国主としての役割を担う。ただし、政体としては貴族たちによる合議制が採用されており、将来的には民衆の政治参加を目指す。
要するに、目標としての国名だった。共和制とは何か、を周知させ実現するための看板と言っても良い。
国土は旧神聖オーソングランデ皇国の西側半分を削り取った分であり、東部をオーソングランデ、西部を魔国ラウアールと国境を接し、南西部で荒野と接する。
首都は暫定的にトオノ伯爵領フォカロルに定められてはいるが、築城はせずにいずれオーソングランデとの関係を調整しつつ遷都する予定になっていた。
遷都後も共和国として築城まですることは無く、王位も消滅する可能性が明記されていた。
未来への希望が羅列された国家成立の文書が完成し、それを読み上げるヨハンナの姿は凛々しいものであった。
だが、列席している各地の領主たちにとって、それはこれからも続く戦いの目標としか聞こえない。共和国という新たな政体を維持するための努力が求められ、見返りは国政への参加と歴史に名が残るだろうと言った程度だ。
「泡沫の国家として数年内に無くなってしまう可能性もある。だが、だからと言ってこれをやらねば再びオーソングランデやイメラリア教が勢力を回復して我が物顔で世界を掌握するのを待つだけだ」
トオノ伯メグナードは、ヨハンナの国家樹立宣言を聞きながら傍らにいるフォカロルのギルド長クロアーナにこぼした。
「首魁の一人がそんな気弱で良いのかしら?」
「気概を持つのは良いことだが、そのために冷静さを欠いてはことを仕損じる。冷静に、一つずつ問題をつぶし、目的を達成する。これはお母様の補佐をしていたカイム氏から教わったことだ」
メグナードが語る“お母様”というのは、一二三の養女となってトオノ伯爵領を継いだアリッサのことだ。彼女の養子となったメグナードは、カイムを始めとした文官筆頭たちから領地運営のイロハを叩きこまれた。
「実のところ、何よりもこの国に不足しているのは文官なのだ。戦力は君たち冒険者ギルドが協力してくれているし、それぞれの領地から兵士も出している。単純な数で言えば、オーソングランデと充分以上に渡り合える」
「かの勇者一二三は、そのカイムたちを奴隷として商人から買い入れて自ら教育をほどこし、文官としたそうだから、同じようにすれば?」
気楽に言うクロアーナに、メグナードは小さくため息を漏らした。
「教育と一言で言うが、時間はかかるし適正もある。かの“文官奴隷”たちが未だに語り草になっているのは、何も英雄の奴隷になったからだけではない。彼らの優秀さを周囲の誰もが認めていたからなのだ」
そのあたりから適当に人員を引っ張ってきて教育したからと言って、同じように領地や国家を運営できるわけではない。
「思うに、かの一二三様が恐ろしいのはその腕っぷしだけの話ではない。すべて物事を自分の都合良く運ぶように人を集め、配置し、動かすことに長けていたことにあるのではないか」
養女となったアリッサをヴィシーにて助けた理由は未だに不明であり、一説には当初から跡継ぎにするつもりであったとされているが、信憑性は薄い。
「運が良いのね」
一言で済ませてしまったクロアーナに反論しようとしたメグナードだったが、うまく言葉が出なかった。
「そんな結論を出してしまうと、元も子もない。私がお母様に拾っていただいたのも、まるで運が良かっただけに聞こえるではないか」
「あら、そう言っているのだけれど」
クロアーナは、どんなに才能が有ろうと努力をしようと、芽を出す機会を得るだけの運が無ければ凡百の人々と変わらぬと思っていた。
「恥じることでもないでしょう。運よく拾い上げられたことは喜んで、その後領地をうまく回してきたことを実力として誇れば良いのよ」
「むぅ……」
お母様であるアリッサの慧眼であったと言ってもらえれば最上だったメグナードだが、それはそれで自分を持ち上げすぎている気がして言い出せなかった。
「冒険者だって、才能あふれても強くても、慣れないうちに強い魔物に当たって命を落とすのも珍しくないのよ。運も一つの才能だと思いなさいな」
そんな話をしているうちに、ヨハンナの建国宣言は終わり、ホーラント王国女王の名代としてランスロットが祝辞を述べた。
ホーラントとイメラリア共和国は山脈を挟んで南北に位置し、直接交流するのは難しい位置関係ではあるが、だからこそ問題なくスムースに国交の樹立を宣言できるとも言える。
お互いの存在は認める。だが、いざ戦闘になったときに協力するか否かはまた別の話だ。
ランスロットの短くまとめられた挨拶が終わり、まばらな拍手がホールの中に響く。会場になったトオノ伯爵領迎賓館のホールは広く、高価なガラス製の窓が天井近くにまで施されている。その中に数百の人間が集まっているが、空しいほどの拍手の数だ。
そして、ランスロットが壇上を降りた後に姿を見せたのはオリガだった。ヨハンナやウェパル、そしてランスロットらと並んで壇上奥に座っていたことから、祝辞も彼女が行うであろうことは予想されたが、実際に一二三本人ではないとはっきりするとざわめきは大きくなる。
現魔王である遠野一二三の妻にして魔王の名代を務めた女性。さらに八十年以上前から爆発的に広まった魔法技術の基礎を作り上げた彼女を知らぬものはこの場にいない。
警備を行っている者たちの中で、特に魔法をたしなむ者たちにとっては雲の上の人物だ。
同時に、彼女の人となりを知る人々にとっては恐怖の対象でもある。
一例をしたオリガが壇上にて口を開いた。大声を出しているようには見えないが、ホール全体に声がしっかりと届いているのは彼女の魔法の効果だろう。
「魔国ラウアールの王、一二三・トオノの名代としてご挨拶させていただきます、オリガと申します」
静かに始まった口上は当初、ありきたりな挨拶と祝辞であった。
壇上の袖で緊張した面持であったヨハンナらも、それを聞くうちに多少は安堵感を覚え始めたのだろう。明らかに肩の力が抜け始めていた。
「……さて、お祝いに関してはここまでといたします」
と、オリガが言葉を区切るまでは。
「我が国の王は些か失望しております。この世界に戦いの種を蒔き、技術を伝え、訓練を施し、そして長い封印に身を任せました。しかし、結果はどうでしょうか。当時のイメラリア女王が目指したものは歪められ、半端な戦闘技術は殺し合いを才能に頼るばかりのものにした。戦争は多少の工夫がみられるものの、集団がばらければすぐに意味をなさなくなる。銃は有ってもお飾りにすぎない。こんなものは我が夫、我が主である一二三様が目指したものではありません。成されるべきは成されず、血の流れぬ世の中は停滞を生み、烏合の衆が集合と離別を繰り返しているだけの世界を、一二三様は憂いておられるのです」
ホールは静かになった。
オリガはその言葉の中で、ここに集まった者たちが懸命に守っていたイメラリアの意思を歪んだものだと否定し、その努力も犠牲も認めぬと言い放ったのだ。
彼女の背後でヨハンナが立ち上がった。蒼白ながらも怒りに染まった顔である。
「血は、流れました。イメラリア様が目指した共存のために、その目標を達成するために人間だけでなく獣人や魔人族、エルフやドワーフも戦ったのです。それも否定なさるおつもりですか」
「量が問題なのではありません。問題は質なのです。殺し合いのために技術を磨き、たった一つ……そう、誰もが一つしか持たない命を危険に晒しながらそれを奪い合う技、武器、策、その全てを磨きに磨いた結果、流された血は価値を持ちます」
オリガは鉄扇を開いて口元を隠した。その下にあるのは嘲笑か侮蔑かはわからないが、目元は美麗な翠の瞳を無感動にヨハンナへ向けている。
「刃物を持ち、ぶつかり合いの結果どちらかが死ぬ。そんなものは子供でもできることです。農民を並べて槍を握らせても良いのです。商人をかき集めて弓を引かせても良いのです。“単なる戦争”ならば、それでも充分可能なのです」
だが、とオリガは会場にいる騎士や兵士たち一人ひとりへと視線を巡らせた。
「戦うためにいる貴方が同じレベルでどうするのですか。それでは駄目なのです。主人は封印から解放された直後に、破れて死ぬことすら想像していたというのに……」
「貴女は、一二三様が死んでも構わない、とおっしゃるのですか?」
「違います」
金属がこすれる音が響き、鉄扇を閉じたオリガはヨハンナへと向き直った。
「可能であれば私自身が主人を殺したいと思っているのです。それが最も主人を満足させ、喜ばせることだと知っているからです。ですが、封印前の時点でどうにか怪我を負わせるのが精一杯でしたから、今でも訓練を欠かしておりません」
オリガは、自分が一二三と共に封印されて八十余年の遅れをとってしまったことに焦っていたが、それでも世の中のレベルが然程上がっていなかったことに歯がゆい思いを感じていた。
「私を倒し、主人を殺せる人間が育っているかと思ったのに……何をやっているのですか。結局は一二三様に頼りきりの戦況に変わりがない。まるで主人を退屈さで殺そうとでも思っているかのようです」
絶句している聴衆を前にして、オリガは言葉を続ける。
「そこで、私の主人である魔王一二三は一つの提案を……いえ、これは宣言であり、命令でもあります。この場にいる全員がしっかりと聞いておいてください。そして、考えてください。貴方方に拒否する権利を認めていません」
「何を考えているのですか、一二三様は……!」
背後からヨハンナが言葉をかけるのを、オリガは振り向くことすらしなかった。
「五年の猶予を与えます。その間に牙を研ぎ、一二三様を殺せるだけの戦力を育てなさい。軍でも個人でも、武器でも兵器でも構いません。もちろん、魔法でも良いのです。複数人で作り上げた魔法をぶつけて焼き尽くす方法でも良いのです。それが当たると思うのであれば」
ざわめきが、会場に広がる。
「五年の間、我が夫一二三様は子育てに集中し、魔国から出ることはいたしません。その五年の間に一二三様を独力で倒せると思うのであれば、魔国に入るのは自由です」
拳を振り上げたオリガは言葉に熱がこもる。
「協力しなさい。イメラリア共和国もオーソングランデもホーラントも。五年後、我が魔国は本格的に魔王の国として周辺国家を併呑する動きを開始します。また、同時に異世界から呼び出した魔物を世界中に解き放ちます」
これは一二三の優しさである、と会場の誰もが納得できない言葉をオリガは吐いた。
「五年の間に、みなさんが反省し力をつけ、一二三様に対抗できるのであれば良し。それすらも不可能であれば、強制的に強い者だけが生き残れる世界に変貌させるのは致し方ないことでしょう。先に言っておきますが、これは強者の倫理です。しかし、強者を止めることができなければそれが専横するのは当然のことでしょう」
「この世界を、壊すおつもりですか……!」
「いいえ」
振り向いたオリガは、ヨハンナへ向けてにっこりとほほ笑んだ。
「この世界を強くしようという、一二三様の優しさからのことです。魔王でありながら勇者のように世界を良くする。あの方にしか成しえない方法です」
オリガは聴衆に対して、もう一つの勢力についても語った。
「先日より数度の襲撃を仕掛けてきている、荒野の向こうにあるソードランテという忘れられた国の勢力があります。彼らを……」
言いかけたところで、ホールの天井を突き破り、数枚のガラスが割れるほどの衝撃で床に落下したものあった。
「……説明は?」
「ほとんど終わりました。後は、彼らについてと一二三様の“協力”についてのみです」
「それは重畳。タイミングが良かったな」
「運の良さも実力のうちです、あなた」
落ちて来たのは、鷹型の獣人とエルフを一人ずつ抱えている一二三だった。
一二三は壇上へ上がると抱えていた二人を床に転がして、縛り上げるようにオリガへと指示を出した。
「……さて」
もはや騒ぐことすら忘れて状況を見ていた聴衆たちに向かって、一二三は笑みを向けた。
「長い期間をかけた、楽しいイベントの説明をしよう」
お読みいただきましてありがとうございます。
次回もよろしくお願いします。




