124.魔王との謁見
124話目です。
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式典を翌日に控え、フォカロルの町には警備の騎士や兵士が溢れ、各地の領主や商人などが集まっており、ピリピリとした空気の中で落ち着いた盛り上げりを見せている。
ヨハンナにとっては一世一代の大舞台であり、領主たちにとっては新たな勢力の正式なスタートとなるが、一般の民衆たちにとってはお祭りごと以上の意味は無い。
為政者が変わったところで、過剰な弾圧などが無ければ無関係なことなのだろう。
そんな中、アルダートとイルフカという二人の魔人族冒険者を護衛として連れたランスロット・ビロンは、秘書であるサーラと共に一二三の前に膝をついていた。
他国の王に対して膝を屈することはあまり褒められたことではないが、最低でも一二三を怒らせることなく話を進めたいランスロットは、必要以上にへりくだっていた。
「この度は貴重なお時間を……」
「回りくどい挨拶は不要だ。用件だけ聞く」
オリガがトオノ伯メグナードに用意された豪奢な椅子に腰かけ、一二三はリラックスした様子でランスロットを見ていた。一見してゆったりと身体を預けているようだが、その実何かあればひじ掛けに立てかけている刀を掴んで即座に目の前の人物を斬り捨てられる姿勢でもある。
ちらり、と刀の存在を見つけたランスロットはより緊張し、息を飲む。
「まずは、ぼくが雇っていたアルダートたちの命を助けていただいたことに感謝を述べさせていただきたく……」
「ヴィーネが自分でやろうと思ってやったことだ。俺には関係無いな」
「いえ。以前に陛下がなさったことを真似てのことだとか。とすれば、陛下のおかげと言っても過言ではないでしょう」
ランスロットが言っているのは、現在魔国となっている当時のヴィシーという国にて、後に一二三の養女となってトオノ伯爵領を継ぐことになるアリッサという少女を助けたエピソードのことだ。
夜間に屋根の上からアリッサが連行されているのを発見し、オリガらと共に救出した話をヴィーネも聞いていた。それを真似る良い機会だったというのが動機の一つらしい。
「だとしても、俺のあずかり知らんことだ。それで、用件はそれだけか?」
「ははっ。一つご報告と、一つお願いがございます」
一二三が促すと、まずランスロットはビロン伯爵領が神聖オーソングランデ皇国からホーラント王国へと転籍したことを伝えた。
「それで?」
「陛下には、ビロン伯爵領の民衆は閣下の敵ではないということをご理解いただきたいのです」
「なんか勘違いしてないか?」
「か、勘違い、ですか?」
オリガが紅茶を用意し、一二三の手元に近い小さなテーブルへとそっと置いた。それを掴み、一二三は湯気の上るカップに口を付けた。
答えない一二三の代わりに、オリガが口を開いた。
「一二三様は所属する“国”や“集団”を見て態度を変えるような方ではありません。オーソングランデだから、ホーラントだから、そんなことは何の関係もないのです」
「で、では……」
「戦闘に巻き込まれたくないとお考えなのでしょうが、そう思うなら貴方がやるべきは自分の部下に一二三様にだけは敵対するなと言いつけて、法を作って領民に周知するべきでしょう」
「誰を敵にするか。そんなものは俺の前に立つかどうかでしかない。時も場所も無関係だ。これは別に俺に限ったことではなくて、戦闘とはそういうものだというだけの話だ」
ふん、と鼻息を吹いて、一二三はカップをテーブルへ戻した。
「前のビロン伯爵はそれがわかっていた。だからこそ、町を丸ごと空にしたんだろう」
一二三が指しているのはランスロットの血統上の祖先であるサブナクではなく、サブナクの義兄である当時のビロン伯爵のことだ。
隣国ホーラントとの戦闘状況にあったとき、一二三がビロン伯爵領の町ミュンスターでの戦闘に入る前、ビロン伯爵は大胆にも領民を根こそぎ引き連れて兵士すらも残さず見事なまでに町を空っぽにしてしまった。
結果、一二三の戦闘に民衆は一人も巻き込まれることなく、被害は町の一部を破壊されたのみであった。周到に用意された非常時の対策であったそうだが、それが実現できるだけ民衆からの信頼があったともいえる。
「ここにいて、俺を止めようなどと考えるよりも、何かが起きたときにどうするかを準備する方が遥かに有用なことじゃないか? 少なくとも、俺が地方領主だったころは軍事力を強化して防衛する用意はできていたし、金を稼ぐための仕組みは作ったぞ?」
素人にこんなことを言われてどうするんだ、と一二三は首を横に振った。
「で、頼みってのは?」
言葉の調子から、一二三がランスロットの希望に対してあまり期待していないことをが感じ取られた。だが、ホーラント女王サウジーネからの依頼である以上、ランスロットは引き下がるわけにはいかない。
しばし逡巡し、ランスロットは名を出すか否かを決めかねたが、結局は正直に、全て話してしまうことにした。
「……勇者として召喚されたミキという存在をご存じかと」
「ああ、いたな。なかなか強かったが、逃げられた」
「故あって、ホーラント王国は彼女を元の世界へ帰すことを目指しております。どうか、ご協力をお願いしたく思います。今やその可能性を持つ者は一二三様の他おりませんので……」
「駄目だな」
あっさりと断られ、ランスロットは言葉を探した。
「ですが、あの人物は陛下と同様に無理やりこの世界に連れてこられた者です」
「俺が断ったのは、みみっちい嫌がらせをしたいわけでも、ホーラントが嫌いだからでもないぞ。その技術は“景品”にする予定だからだ。安売りはできん」
「け、景品ですか……」
「詳しくはまだ言えん。明日の式典か、その後に公表する内容を楽しみにしていると良い」
ランスロットはまるでわけがわからないまま、「とても楽しいお話ですよ」と言うオリガに促されて退室すると、屋敷を出たところで大きな緊張から解放された感覚を現すようにため息を吐いた。
「まともな人間と話をしている気がしない。ひい爺さんは、よくあの人と付き合いが続けられたなぁ」
「これから、どうされますか?」
「どうもこうも」
サーラに問われ、ランスロットは肩をすくめた。
「景品をめぐる何かが発表されるのを待つしかない。そこまで情報が得られたらサウジーネ様と勇者ミキに報告をするとしよう」
きっと、碌な条件じゃないだろうけれど、とランスロットはこぼした。
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