122.忘れられた土地
122話目です。
よろしくお願いします。
列車がフォカロルの町に到着すると、乗客が下りるより前にホームから兵士が車内へとなだれ込んできた。
「なんでしょう?」
「大きな式典があるんだから、調査くらい入るわよ」
「ちょ、調査?」
立ち上がり、落ち着かないようにうろうろし始めたヴィーネを見て、ウィルはため息を吐きながら、目の前で左右に動くヴィーネの裾を掴んで座らせた。
「落ち着きなさい。あんたの肩書きは?」
「ま、魔国の将軍です」
「ここに来た理由は?」
「ご主人様のお付きです」
ヴィーネの返答に、ウィルは下を向いたまま首を振った。
「あんたも招待客でしょうが。おまけにアルダートたちの雇い主もここに来ているらしいから、堂々としてなさい。ほら、臨検が来るわよ」
ウィルに叱られて、ヴィーネは小さくなって座っていた。
魔人族のアルダートとイルフカの二人は歩ける程度まで回復していたが、獣人のミンテティとクレは、まだ歩行には支えが必要だった。
四人はウィルとヴィーネの様子を見ながら、打ち合わせをしていたこれからの件を確認している。
「とにかくビロン伯爵と合流だ」
アルダートが言うと、全員が頷く。
「失態は仕方がない。フォローをしっかりしよう」
イルフカが話すフォローというのは、まずビロン伯爵と合流し、状況の報告とつなぎを付けたことを連絡することだ。
ヴィーネに依頼して一二三に対する謁見を乞う手紙を本人に渡してもらうように手配している。
もしビロン伯爵がすでに謁見を済ませている。あるいは申し込み済みであれば、それはそれで命を救われた礼をする機会にすれば良い。
一度ビロン伯爵に確認してから、という考えもあったが、ここでヴィーネたちとの繋がりが途絶えるのもまずいかもしれないと考えたのだ。
それに、襲撃者の件もある。
「俺たちが襲われた理由も不明だが、連中の身元もわからないままだ」
「ビロン伯爵に相談して、場合によっては一度伯爵領へ戻る必要があるかもな」
アルダートたちを襲った者たちは、彼らから情報を引き出すつもりでいたらしい。そのために生かされていたために、ヴィーネに助けられたわけだが。
もし狙われているのがビロン伯爵であるならば、各地から人が集まっているこの地にとどまるのは危険だ。
それぞれに話をしているうちに、客室の扉がノックされ、入ってきた騎士は「おや」と口を開けた。
「ヴィーネさん。ようやく到着されましたか」
「アモンさん」
騎士はヨハンナの部下であるアモンだった。ヴィーネたちが遅れてやってくる“はず”という情報を聞かされてから毎日、日に数本到着する列車を確認していたのだ。
「良かった。ようやくこの任務も終わる」
そう呟いたアモンは、ヴィーネからアルダートたちのことを聞き取ってから、部下に命じて彼らをビロン伯爵の宿へ連れていくことにした。
「申し訳ない。助かります」
「いや、一二三さんの知り合いならなおさらさ。あまり誰かを近づけられる状況じゃないが、ビロン伯爵と共に見舞いをするなら警備の騎士に言ってくれ」
「見舞い? 何かあったの?」
引っ掛かりを憶えたウィルの質問に、アモンはちらりとヴィーネへ視線を向けた。
「この人はウィルさんですよ」
「ああ、招待のリストに載っていた……。これは失礼しました」
アモンは女性で魔法関連の研究者と聞いていたので、もっと大人か、下手をすれば老人ではないかと思っていたらしい。
「どうでもいいわよ。それより、見舞いについて教えてよ。オリガさんか誰か病気?」
「まさかお坊ちゃんが!?」
立ち上がったヴィーネは、再びウィルに裾を惹かれて座りなおした。
「一二三さん本人だよ。病状は……まあ、問題ないだろうな。侵入者を自分で始末したくらいなんだから」
「あいつが!? 本当に? あの男でも病気になるんだ」
ウィルはお腹を押さえてケラケラと笑い、対してヴィーネは真っ青な顔でアモンを見上げている。
「や、ややや宿を教えてくださいいい」
「ちゃんと案内するから、落ち着いて」
厳しい警備の中、ヴィーネにせかされるようにしてアモンは一二三たちが滞在する宿まで先導すると、礼もそこそこにヴィーネはウィルを放って建物内に突入し、室内からオリガの叱責が聞こえて来たところで、任務の完了を実感した。
☆★☆
「責めるきは無い。が、あんまり良い状況とも言えないね」
アルダートの報告を聞いて、ランスロット・ビロンは後ろに控えているサーラへ振り向いて苦笑いを見せた。
サーラはビロンの顔を掴むと、正面で跪くアルダートとイルフカへと無理やり首を向けた。
「笑っている場合ではありません。下手をするとオーソングランデから離脱した伯爵を狙う勢力がいよいよ動き出した可能性があるのですから」
「おお、心配してくれるんだね」
「ランスロット様個人ではなく、ビロン伯爵家の心配をしています」
冷たいなぁ、と言いながらもランスロットは笑っていた。
「やはり伯爵様は一度ホーラントに戻られた方が良いかと思われますが……」
アルダートがおずおずと進言すると、ランスロットは不要だと断った。
「まず、君たちを襲ったのは多分、ぼくの敵じゃない」
ビロンはもし、自分が狙われるなら人が多く紛れ込みやすい今のフォカロルや、道中の旧オーソングランデ領を抜けている間の方がずっと楽だったはずだと語った。
「気になるのは、一二三さんがいる宿を襲った―――結果はお察しだけど―――連中だね」
荒野の向こう。イメラリアの時代に忘れ去られたソードランテという国があった場所から来た刺客たちについては、ランスロットを始めとした来賓に注意喚起がなされていた。
警備をしているイメラリア共和国やトオノ伯メグナードなどは矜持もあって警備を厚くする措置をとったが、秘匿することはしなかった。
アルダートたちを襲った者たちも、それらの勢力から来た連中ではないかとランスロットは睨んでいる。
「話によれば、連中の狙いは女王イメラリアの即位以来、発展しているこの国とホーラント、そしてオーソングランデや魔国などに対する攻撃らしい。その先の目的が、殲滅なのか占領なのかはわからないけれど」
「では、なぜアルダートたちが?」
「国家関連の情報が欲しかったんじゃないかな」
恐らく、国家間を移動している貴族や王族の依頼を受けた者たちがあちこちで襲われているだろう、とランスロットは語る。
アルダートたちは国境を通るのにホーラント女王サウジーネが発行した許可証を利用している。そこに目をつけられたのかもしれない。
「四か国を相手に戦うなど……」
「それだけの戦力があるんだろう。残念ながらイメラリア女王は荒野に対してはこれと言った興味を示さなかった」
それが災いしたのだ、とランスロットは語る。
「現在も似たようなものだけれど、当時は荒野と言えば死の土地そのものだったらしい」
主に人間や人間たちと同じ環境で暮らす獣人や魔人族、そしてエルフとドワーフが暮らしているのは四か国。女王サウジーネが治めるホーラント王国、一二三が魔王として君臨する魔国ラウアール、イメラリアの血統が治めていたが、今や崩壊仕掛けている神聖オーソングランデ皇国。そしてヨハンナが女王として成立したばかりのイメラリア共和国だ。
それらは長い山脈を中心に置いてぐるりと円を描くように領地を持っている。その中で魔国とイメラリア共和国だけが、荒野と呼ばれる土地に接している。
「乾燥した土地を中心に、数日進めば森もある。そしてその先には、ソードランテ王国という国があった」
本で知ったことだけれど、とランスロットは挟んだ。
「森や荒野に住む獣人族を捕まえては奴隷として労働力にしていた国だけれど、あの一二三さんが介入して以降、獣人族の地位が向上して力関係は複雑になった」
そこまでは記録があるが、以降どうなったかまでははっきりしていない。
森を捨てたエルフや、ソードランテから離脱した人間たちと共にソードランテの一角で町を運営していた獣人族たちは、レニという羊獣人を筆頭に当時のオーソングランデ王国に移動している。
その際に残った獣人族やエルフがいたらしいが、彼らとソードランテの人間たちの関係がどうなったかまではわからない。
「荒野の果てに置いてけぼりにされたと感じているのかもね。荒野の国の生活が楽なものとは思えない。“あっちは栄えているのに”なんて考えるかもしれない」
「ですが、それは彼らの選択の結果ではありませんか?」
「そんなもの、いくらでも捻じ曲げられるさ」
サーラは不機嫌そうな言葉を投げたが、ランスロットは肩をすくめてみせた。
「為政者は時に、責任逃れのために失敗の原因を外部に求めることがある。そうだね……何かの政策に失敗したりして、不満を外部に向けるためにこちらの国々を槍玉に挙げたとしても、不思議とは思わないな」
うまく民衆の感情をまとめることができれば、明確な敵を前に“協力”を呼びかけて自分が考える施策を実行に移しやすくもなる。
一二三の復活は、そういった不満をぶつける相手の登場でもあったのだろう。
「まだソードランテという名前なのかはわからないけれど、今頃そこの為政者は焦っていると思うよ」
「なぜですか? 敵がはっきりと存在するならば、より民衆をまとめ上げる材料になるのではありませんか」
「逆だ。こういう時に作る“敵”は、不明瞭でできれば実体が無い方が好ましい」
理由はわかるかい、と問うランスロットに、サーラは首を横に振る。
「……実際に存在すると、予算と人材を使ってそれに対応しないといけなくなるだろう? ソードランテを放置した人物、一二三さんとイメラリア女王に対する憎しみは募らせても、もういないということで具体的な行動には移さずに済む」
オーソングランデという国そのものを憎むと戦闘になるから、そういう政策をとるならすでに亡き人物か、思想とか理念とかいう形の無いものが好ましい。
「ところが、一二三さんが復活してしまった。生きている。そしてまたイメラリア女王の血を引く者たちに協力している。実際はどうあれ、そういう情報が入れば仇敵に対して具体的な行動を起こせと言う動きは強くなる」
ぼくが為政者なら、長い長い消耗の始まりを感じて、とっとと逃げ出すね、とランスロットは引きつったような笑いを見せた。
「では、狙われるのは一二三さんだけ、ということですか?」
「わからないね。一二三さんだけを集中して狙うのか、あるいは周辺から切り崩していくのか。協力者も消していくことを目指すなら、どの国も危ない」
だから、とランスロットは立ち上がった。
「魔王陛下に今の話を持っていこう。跪いてお願いしなくては」
襟を整え、サーラにチェックをお願いしながらランスロットはおどけたように続ける。
「どうかぼくたちを見捨てないでください魔王様、とね」
通じるかどうかはわからないが、情に訴える意味も込めて一二三と顔見知りのアルダートたちも同行させることになった。
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