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12.疑惑

12話目です。

よろしくお願いします。

 動乱の時代を生き抜いた二人の女傑は、肝が据わっている。もちろん、実力に裏打ちされた自信があっての事でもあるが。

 ウェパルとプーセの二人は、声が聞こえた方へとどんどん進む。走ったりはしないが、歩みには迷いが無い。

 正面玄関があるホール。そこへ入るドアへとそっと近づいたウェパルは、自信の手からさらさらと水を流し、下部の隙間からホールへと流し込んで行く。


 ホールへと、知覚できない程薄く薄く広がる水は、倒れ伏してピクリとも動かない一人の身体と、五人分の足を感知し、ウェパルへと知覚させた。

 ようやく気付いたらしい侵入者たちは、急いでから離れるように部屋の隅へ向かった。

 敵がひとまとまりになって移動した事を知ったウェパルは、プーセへ目くばせすると、堂々とホールへと踏み込む。

 後から入ったプーセは、ホールの照明として天井や壁に配置された魔法具を魔力による操作で直接点灯させた。

 突然ホールに満たされた光の中、眩しそうに目を細める五人の男女は、ホールへと入って来た二人の姿を確認して、身構えた。

「遅いわよ」

 水の壁が、侵入者たちの目の前に立ち上がる。厚みは十センチも無く、ぴったりと制止した透き通る水は、注意して見ないと気付かない程だ。

「この程度!」

 侵入者の男が、一本のナイフを振って火球を飛ばす。発動の速さが、男の実力の高さを物語っている。

 だが、ウェパルの水壁には通用しない。

 わずかに水面を揺らしたかと思うと、火球は水に触れた瞬間、小さな音を立てて掻き消された。

「流石は魔人族の王。素晴らしい腕ですね」

「“元”だってば。それより、こいつらどうするの?」

 プーセとウェパルが話している間にも、侵入者たちは風や土属性の魔法を水壁へぶつけているが、成果は芳しくない。

「うぅおおお!」

 一人の男が、雄叫びを上げて水壁に斬りかかった。

「五月蠅いわね」

 水壁の一部から、高速で射出された何かが振り降ろされそうな剣を貫いたかと思うと、根本を綺麗に切断した。

 使い物にならなくなった自分の獲物を見て、男だけでなくその仲間たちも呆然としている。

「静かに、聞かれたことに素直に答えなさい。その剣と同じような目に遭いたくなければ、ね」

 ずうずうしく自分の能力に頼るプーセに、ウェパルは苦笑しながら、最初の疑問を口にする。

「で、貴方達はどこどこのどなた?」

 頭の中でゆっくり十秒数えたウェパルは、その間に誰も口を開かなかった事にため息交じりで水壁を操作した。

「ぐあっ……!」

 左足、膝から下を水の一撃で斬り飛ばされた侵入者が倒れ、痛みに呻く。

「便利ですね、それ。石材の切り出しとかに使えそうです」

「馬鹿言わないで。こんな水圧出せるの、世界中で私くらいよ。……それで、喋る気になったかしら?」

 恐怖が混じる表情で歯を食いしばりながら、侵入者たちはそれでも口を開こうとしなかった。

「どうする? 私、そろそろ眠くなってきたんだけど」

「わたしもです。仕方ありませんね。壁に少しだけ穴を開けてください」

 少しだけ、と指先でプーセが示した程度の穴を開けると、そこから魔力を流し込まれていく。

「うぅ……」

「な、なにを……」

 見た目には特に変化が無いが、侵入者たちは次第に足元がふらつき始め、次々に倒れて行く。剣を支えに最後まで経っていた女性剣士も、ほどなく倒れた。

「もう、壁を解除してもいいですよ」

「何をやったのよ」

 水壁上部から霧散していき、ホールの湿度を上げた。

「治癒魔法の研究中に偶然見つけたやり方です。血の流れをゆっくりにすると、人は昏睡するんですよ。窒息したのと同じような症状がでます」

「……ずいぶんとえぐい実験してるわね」

「治療方法を研究していたと言ったじゃないですか。偶然ですよ、偶然」

 それよりも、息があるかを調べて、誰か呼んで縛り上げるのを手伝わせましょう、とプーセは倒れている侵入者へと近付いていく。

「昏睡してるんじゃないの?」

「この魔法を受けると、たまに心臓が止まる人がいるんです」

「……たまにエルフが魔人族を悪しざまに言うのを聞くけど、エルフの方がよっぽど陰湿じゃない?」

「失礼な。そんなわけないでしょう? そんなものは個人差です! ……全員息が有りますね。大丈夫でしょう」


 ほどなく騒動を聞きつけてやって来たシクとヴィーネも手伝い、全員を縛り上げた。

「それじゃ、急いで領主様に報告を……」

「待ちなさい」

 屋敷を出て行こうとするシクを、ウェパルが止めた。

「なんですか?」

「あれを見なさい」

 ウェパルは玄関の近くにある窓に近づき、透過率の悪い窓を少しだけ開いて外を指した。

 言われた通り、シクが庭の向こうにある門を見ると、そこには門番としてトオノ領の兵士達が二人立っている。

「護衛の兵士がいますね」

「普通に立ってるわね。巡回もせずに」

 シクはウェパルが何を言いたいのか考えていたが、数秒経って、ホールを見回してから気付いた。

「あれ? 侵入者はどこから?」

「護衛に見とがめられる事も無く、正面玄関から堂々と入って来たみたいね……さて、私としては、貴方もグルじゃないかと疑うに充分な状況なのだけれど。トオノ伯爵領魔法顧問のシクさん?」

「へっ?」

 ウェパルの視線を受け、シクは思わず後ずさった。

 背中に、柔らかな感触が当たる。

「シク、貴女……」

「い、いやいやいや、ボクは何も知りませんよ! まさかあの伯爵様がこの屋敷を襲撃させるなんて真似、させるわけないじゃないですか!」

 プーセとウェパル、そしてヴィーネに囲まれ、シクは懸命に無実を訴えていた。

「お二人に任せてようかと思いましたが、これはどういう状況ですか?」

 そこへ現れたのが、オリガだった。

 しっかりと装備を整え、愛用の鉄扇を手に、足音を殺してホールの中央へと進み出ると、ヴィーネが駆け寄り、状況を説明した。

 オリガの視線が、シクを捉える。

「お、オリガさん、これは……」

「睡眠不足は、お腹の子にも良くありません。ヴィーネさん、彼女も縛り上げて、納屋にでも放り込んでおきなさい」

「そ、そんなぁ……」

「大人しく捕まっておきなさい。変に抵抗して、疑惑を深めるより良いでしょう」

「うぅ……」

 プーセの説得に、シクは素直にヴィーネの手で縛り上げられた。

 それを横目に、オリガは玄関を開けて外に出た。

「役立たずならまだしも、裏切り者では処置無しですね」

 近づいてくるオリガの姿を見て、門に立っていた兵士たちは慌てて逃げ出した。

 だが、逃げられる物ではない。

 揃って風魔法で首を切断され、暗い道を仲よく前のめりに倒れた。

「首を侵入者と同じ部屋に放り込んでおきましょう。彼らの口も、少しは滑らかになると思います。任せても良いですか?」

「わ、わかりました……」

 追いかけてきたヴィーネにそう言うと、オリガは小さなあくびをして、自室へと戻って行った。


☆★☆


 夜明け前。たっぷり睡眠を取って目を覚ました一二三は、まず馬の様子を確認する。

 一二三が起きた事に気付いたのか、同時に首をもたげて一二三の顔に鼻先を近づけた。

「良し、元気そうだな」

 たてがみを撫でてやり、共に近くの川へ行き、顔を洗い、水を飲ませる。冷たい川の水は、眠っていた身体を起こしてくれるような気がした。

 警戒の為に見て回っていた冒険者は、昨夜の状況を知っているのか、一二三に話しかけるような真似はしなかった。

 離れた場所で、興味と警戒を綯交ぜにした表情で様子を窺っている。

 そんな視線を受けながら、一二三は手早く朝食を済ませると、馬に鞍を付けて飛び乗った。

 ふと、割と大切な事をすっかり忘却していた事を思い出し、見張りをやっているらしい冒険者に馬を近づけた。

「こいつを知っているか?」

 身構えている相手に一二三が見せたのは、ギルドで受け取った賞金首セメレーの似顔絵だ。

 一目見て、男は苦い顔をした。

「あいつか……」

 相手方に占領された町があるという方向を指差し、男は吐き捨てるように言った。

「あんた、ギルドのハンターだったのか……その女なら、ここでもひと暴れしてな。あんたに殺された奴の、前のまとめ役を殺して、逃げるようにあっちに向かったよ。グネって町があるから、そこに向かったんだろう」

「そうか」

 それだけ呟くと、一二三は銀貨を一枚放って、馬を走らせた。


 町が見えてくるまで、一時間とかからなかった。

 石造りと思しき塀でぐるりと囲まれた町は、左程大きくは無い。周囲には麦の畑が広がっているが、かなりの範囲で踏み荒らされている。世話をしていた農夫は逃げたのだろうか、あちこちに雑草が目立ち始めている。

 町の入口には兵士たちが立ち並び、警戒をしているらしい。一人や二人では無く、十人ほどが完全武装した状態だった。

 早朝ではあるが、誰も気を緩めているような様子を見せず、しっかりと武器を手にして臨戦態勢にある。

「いいね」

 ざっと見て、目標となる女が見当たらない事を確認して、一二三は呟いた。全員が人間族なあたり、排斥派の兵士だというのがわかりやすい。

 闇魔法の収納から、じゃらりと取り出したのは愛用の鎖鎌だ。

 鎌を握りしめ、分銅の部分を振り回しながら、馬を走らせる。

「そのまままっすぐだ。お前に攻撃は当たらないから、心配せずに進め!」

 馬に声を掛けながら、一二三は鞍から腰を浮かせた。

 突撃してくる姿が見えたらしく、門の前にいる兵士たちは一瞬だけ浮足立ったが、すぐに武器を構えて体制を整えている。

 その姿を、一二三は注意深く観察していた。まず気を付けなければいけないのが、銃と弓だ。

 弓兵は居ない。銃と思しき物を腰に提げた者が一人いるが、今は槍を構えている。

 この事で、一二三は今の世界で銃がどのあたりの位置にあるかを推測した。

街で確認した限りでは、一般の兵はほとんど携帯していないらしく、騎士と思われる飾り彫りの入った鎧を着た物は多く携帯していた。それだけ高価なのだろう。

昨日の賊が使っていたのは、恐らくどこかで盗んできたものと思われる。だから、使い所を良くわかっていなかったのだ。

 旧領主館で騎士が使おうとした状況を考えてみる。

 室内でかなり接近した状態で撃とうとした。盗賊の襲撃の時を見ても分かる通り、それだけ近くじゃないと当たらない程、命中精度が悪いのだろう。

 結論として、銃は気を付けるべきだが、脅威とまでは言えない。

「それなら、やる事は変わらん!」

 門に近づくにつれ、数名が駆け足で突出してくる。

 何か叫んでいるようだが、一二三は無視する事にした。鎖鎌の分銅を振り回し、真正面の一人に叩きつける。

 顔面から血を噴き出して転倒するのを放って、もう一人は振り回してくる剣の腹を蹴り飛ばした。

 そのまま、一二三は敵の中を駆け抜ける。

「待て!」

 突破された者たちは、慌てて方向転換しているが、馬の脚に追いつけるものでは無い。

 門の前に残っている者たちに向かって、猛然と向かっていた一二三は、接敵直前で馬の向きを変えた。

 待ち構えていた者たちは、一瞬呆然として足を踏み出そうとしたが、そこで止まる。彼らは一二三の後を追う事をしなかった。

 町の入口は左程多くないうえ、他の入口にも警備の兵はいるのだ。陽動に吊り上げられて、警備を薄くするような状況は避けたいのだろう。

「ついてこない、か」

 そのまま警備の兵たちの視界から消えた一二三は、正反対の場所にある入口でも同様の行動をしてみたが、結果は同じだった。何人かが捜索に来るかとも思ったが、完全に見失ったのだろうか、それも無い。


 馬をあやつり、するすると町から距離を取った一二三は、小さな川を見つけ、そこに馬を置いていく事にした。馬の為の食糧をたっぷり置いて、背中を軽く叩くと、返事をするように嘶く。

 手綱は、そのまま馬の首にかけて置いた。

「魔物でも出たら、勝手に逃げたらいい。街中にも馬はいるだろう」

 そのまま、両方の入口から見られないような場所を選び、麦畑の中を隠れるようにして町を確認する。巡回は居ないようだが、四メートルはあるだろう高い塀が侵入を拒んでいる。

 だが、そんな事は気にせず、一二三は走り始めた。

 波のような音を響かせて麦をかき分けながら、一直線に高い塀へと向かう。

 塀の上に見張りは見えない。気配は無いが、隠れている可能性はある。

 考えても仕方ない事は、頭から切り捨てる。見つけたら殺す。シンプルで良い。

「よっ!」

 飛び上がり、塀のわずかでっぱりに足をかけ、思い切り飛び上がった。

 わずかに足りない距離を、鎖鎌の鎌の方を投げて引っかけ、無理やり身体を引き上げた。

「ふむ……」

 塀の上は、巡回が歩けるように通路上になっていた。

 昇りはじめた陽の光に照らされる町は、ほとんどが平屋で、木造が大部分だ。町の出入り口近くに、大きな倉庫らしき建物が見える。おそらくは、農作物の生産を主な産業としている町なのだろう。

 だが、のどかな町だったはずの場所は、あちこちの建物に破損が見え、太陽が昇っているというのに、農夫たちの姿は見えない。ところどころに、移動している兵士の姿が見えるだけだ。

 排斥派側に雇われたのか、自ら選んで参加したのか、冒険者と思われる者たちの姿も見える。

「おや?」

 しばらく様子を窺っていた一二三は、ある集団を見つけた。

 ホーラント兵とは違うが、見覚えのある鎧を着た数人の男女。オーソングランデの兵たちだ。

お読みいただきましてありがとうございます。

次回もよろしくお願いします。

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