119.歓迎の用意
119話目です。
よろしくお願いします。
フォカロルの町。先触れが届いた駅の周囲では一般人の立ち入りが制限され、トオノ伯爵領の兵をはじめとしたイメラリア共和国所属の兵たちによって厳戒態勢が敷かれていた。
「いささかやりすぎな気もしますが……」
「このくらいで良いのです。愚行を英断と勘違いする者はどこにでもいます。この場で一二三さんが万が一にでもイメラリア共和国の者に傷つけられたりすれば……」
トオノ伯メグナードは、プーセの言葉に息を飲んだ。
「一二三様とイメラリア共和国で戦闘が始まる、と?」
「いえ、そうはならないでしょう」
プーセはそこまでの大きな戦闘にその場で発展することは無いだろうと否定した。一二三という人物は敵が個人であるのか組織であるのか、はたまた国であるのか、意思決定のレベルを冷静に見てから叩き潰すタイプだ、と説明する。
「もしヨハンナ陛下が命じられた行動であればそうなるでしょうけれど、個人が功を焦ってのことであればその人物を。そそのかした者がいればその人物まで。それが組織的な動きであればその組織を。追いつめて、非がある者であれば残らず探してころすでしょうね」
「少し、不思議な感じはしますね。貴族などであれば、赴いた先で襲われれば現地の治安維持を任された者を叱責するでしょうが」
「彼の線引きは彼が決めるものです」
メグナードとプーセは、警備状況を確認しながら駅の周囲を歩いている。兵たちは予定通りに配置されており、ヨハンナが待つ館までは彼らが一二三一行をエスコートするのだが、そこまでの通りも兵士たちによって通行が制限され始めていた。
「“自分に害を与える意思をもつ”か否か、敵対するか否かで、彼の中で殺すべき相手が決まるのでしょう」
だから、例えば以前のホーラント戦でも一二三との戦闘を選んだ王の孫は殺しても、王は殺さなかった。
「しかしそれでは、現場で剣を抜いた兵士はどうなるのです? 彼らは上からの命令でそうしているのであって、決して自分たちの意思で戦っているわけではありません」
メグナードの言葉に、プーセはその理屈は一二三には通用しない、といった。
「時折、彼は戦場でこう言います。“俺の前で武器を抜いたな?”と。そして過去の戦闘でも、兵士以外の者で犠牲者はあまり出ておりません。たまたま戦闘に巻き込まれたか、戦えないまでも彼に敵対したかいずれかです」
プーセは一二三が戦う者とそうでないものをわけて考えている節がある、と考えている。
「それだけなら彼との共存も難しくないのですけれど」
ため息交じりに話すプーセは、一二三にとって戦闘こそが生きがいであり、もし人の命を奪う環境が途絶えてしまったとしたら、無理にでもそれを引き起こす性向がある、と語った。
「それでは、我々は戦場を常に作りながら、生贄のように兵士を送り込む必要があることになってしまいませんか?」
「その通りです。血の気の多い連中が勝手に犠牲になってくれるのであれば問題はありませんが……」
駅に到着すると、人払いがされたホームの上には兵士たちだけが残っていた。それらを指揮しているのはオーソングランデ皇国の元近衛騎士隊所属のアモンだ。
彼は完全にイメラリア共和国所属となり、数は少ないがヨハンナ直属の兵たちを指揮する立場にあった。
「プーセ様。トオノ伯爵。こちらへ」
「状況はいかがですか?」
アモンが案内した先にはベンチが用意され、ヨハンナの屋敷に勤める侍女が小さなテーブルの上で器用に紅茶を淹れていた。
「出迎えの準備は問題ありません。駅舎内にはヨハンナ様直属の者だけであり、事前に思想確認はすませております。一二三さんに敵対する意思を持っているものはおりません。どちらかといえば、彼のファンというものが多いくらいです」
「ファン?」
「そうです。彼のような英雄になりたいという者も……これはオーソングランデの兵士や騎士にも結構な数がおりますがね……そういう連中が一定量いるわけです」
本人を知らない連中ばかりなので、アモンとしては話しかけるようなこともない今回の任務には問題ない、と断言した。
「喜んで参加した連中ばかりです。一二三さんを守ると息巻いているやつもいますよ」
「守られるような人物ではないのですが……では、警備はお任せします」
プーセが言う“警備”は一二三を守るためではなく、彼に近づこうとする者を阻止するためであり、アモンもそれを分かっていた。
「お任せを。到着までおそらくあと二時間ほどはかかるかと」
それまで座って待っていられるように、とプーセのために椅子を引き、彼女が座るとメグナードにもそうして着席を促した。
「では」
早々に駅舎内の確認に戻ったアモンに、プーセは複雑な表情を見せた。
「随分と丁寧な対応ですな」
「最初が最初でしたので、ヨハンナ様の信用を得るために懸命なのです。彼と共にイメラリア共和国へと転向した女性の騎士がおりますが……」
「たしか、マリアという女性でしたね」
「ええ。その人と所帯を持ちたいということでしたから。職場と居場所を作ろうとしているのでしょう」
微笑ましい話だ、とメグナードは受け取ったが、プーセは複雑な表情だった。
「どうかされましたか?」
「エルフはどうしてこうも散り散りになったかと……いえ、こちらの話ですのね」
口元を隠してふふ、と笑ったように見せながらも、その目は真剣だったのをメグナードは見なかったことにした。イメラリアの側近であったプーセに男の影が無いことは、時折話題になるほどには知られている。
「何か?」
「なんでもありません。それよりも、先ほどの一二三様の話ですが」
「ああ、そうですね。たとえ人数は揃えられたとしても、彼が満足するほどの使い手がそう都合よく登場するとは思えません。ですから、その時のための方法を考えなければなりません」
「彼に何かしようとお考えなのですか?」
メグナードは背筋に寒いものが走るのを感じた。
「いえ。どちらかと言えば“相談”です」
しかしそれも、ヨハンナの決断はなされていないことだ、と具体的な内容についてプーセは語らなかった。
「どうやら、私は知らぬ方が良いようですな」
「そうですね。今はまだイメラリア教との決着もついておりません。まずは共和国の発展にお力をお貸しください」
それからしばらく、共和国の行く末について語っているうちに、遠くから列車が走る音が聞こえてきた。
☆★☆
その頃、魔王のためのお召列車が通過したことで通常車両が走れるようになった線路上に、四台ほど連なった列車が走っていた。
まもなく魔国の終点へと到着しようという個所を走っているその列車の一部に、個室を二つほど借りてウィルとヴィーネ一行はフォカロルを目指していた。
それぞれの個室に二人ずつ怪我人を寝かせ、念のためヴィーネが通路で監視する。
「ふわわ……」
「寝てないの?」
大きなあくびをするヴィーネに、ひょっこりと顔を出したウィルが意地悪な笑みを浮かべて話しかけた。
「あっ、恥ずかしいなぁ、もう」
口の端から流れたものを拭い、ヴィーネは頭を掻いた。
「立ったままじゃ眠れませんし、座ってしまうと誰かが通るときに邪魔ですからね。でも大丈夫です。夜更かしも慣れっこですよ。それより、部屋の皆さんはどうです?」
「問題ないわ。あの治療院はそこそこ腕が良かったみたいね」
だが、万一戦闘になれば頼りにはできないだろう。この場でまた襲われたら、ヴィーネの他はウィルが召喚するモンスター頼りになってしまう。
「それなんだけど。あたしが狙われる理由なんてなくない?」
「えっ? そんなことないですよ」
何を言っているんだ、とびっくりした様子でヴィーネがウィルを見ている。
「あのご主人様をこの世界に呼び戻した人物として、魔国からそこそこ情報は流れていると思いますよ。それに、オーソングランデの王族以外で初めて召喚をしたわけですから、もしご主人様と敵対している誰かがそれを知ったら、あの手この手で狙うと思いますよ?」
「待って待って待って」
キリキリと痛み始めた眉間を抑えながら、ウィルは手を伸ばしてヴィーネの話を止めた。
「お、おかしくない? 一二三の城にいる間は、そんなこと言ってくるのは誰もいなかったわよ?」
「そりゃそうですよ。あのご主人様お抱えの魔法使いですもん。普通の人なら迂闊に近づこうとはしないでしょう。奥様もよく近くにおられましたから」
一二三が異世界から連れ帰った、という時点でウィルの取扱いはかなり特別なものになっている。そして日常的にオリガがウィルを鍛え、逆に魔導陣について尋ねられていたので近づこうにも周囲の圧力が強すぎた。
「まして、あのお城は私やウェパルさんを含めて魔人族の腕っこきが守っていますからね。そうそう侵入もできませんよ」
オリガほどではないが、ヴィーネも音による侵入検知は自信がある。胸を張って話すヴィーネの前で、ウィルは冷静になるよう自分に言い聞かせながら考えていた。
「確かにそうよね。よく考えれば異世界から来た何の後ろ盾も無いはずのあたしが、お城で使用人までついて研究に没頭しているわけだから……」
一二三を連れ帰り、オリガに魔導陣を教えていると言っても逆に教わっている部分も多く、王侯貴族の暮らしができる理由にはならない。
「……あたしって、どういう扱いになってるの?」
「そうですね。お城の人や町の人が言っているのは……」
ヴィーネは指折り数えて言葉を並べる。
曰く、『異世界から来た魔王の客人』『魔王城を守る新たな戦力』『魔国拡張のための将』『王子を魔王に育てる教育係』『魔王の新たなる愛人』等々。
「愛人? 教育係?」
「最後のは私がご主人様の愛人だと懸命に宣伝した結果、ウィルさんもつられてそう思われた感は否めませんね」
「あんた自分で何を宣伝しているのよ」
「ちなみに、愛人の噂については奥様の耳に入らないように王城勤務者全員で防御しておりますので、命が惜しかったら言わないでくださいね」
「怖っ! あああんたのせいで、なんであたしまでそんな危機に見舞われないといけないのよ!」
「大丈夫ですよ。しばらくご主人様に仕えて懸命にご奉仕していれば、いずれ奥様もお認めになられますよ」
「そういう意味じゃないんだけど……」
決定的に感覚が違うようだ、と肩を落とすウィルは話を戻そうと言った。
「とにかく、あたしはあの一二三に関わっているせいで命を狙われているわけね。まったく、迷惑な話だわ。こんなことなら、城を出て今まで通り、一人で研究に打ち込もうかしら」
「それは困ります」
がっしりとウィルの肩を掴んだヴィーネの力は強かった。
「ウィルさんはご主人様のお客様であり、奥様が興味を持たれておりますので、今はまだ離れていただいては困ります」
それに、とウィルの前でヴィーネは指を立てた。
「私たちの庇護下から離れたら、この前みたいな襲撃であっという間につかまって、あれやこれやされちゃいますよ?」
それでも良いかと問われると、ウィルとしてはヴィーネについて一二三の元へ向かう以外の選択肢は選べなかった。
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