117.ランスロットの訪問
117話目です。
よろしくお願いします。
「うぅ……」
魔人族の冒険者アルダートは衝撃を受けて気絶から回復すると、自分が地面に横たわっていることに気付いた。
「どうなっているんだ?」
ビロン伯ランスロットの依頼を受けてホーラント国内を通り抜けたアルダートたち四人の冒険者は、“魔王へ挑戦する”と称して魔国へ入った。
目的は一二三への接触だったのだが、大会が終わった後の興奮が全国へ広まりつつあった魔国へと入って数日後、彼らは何者かの襲撃を受けた。
宿で眠っている所を襲われ、幾人かは返り討ちにしたものの、最終的には全員が捕えられてしまった。
特に質問をされることもなく、抵抗できない程度に痛めつけられて乱暴に引き摺られる形で運ばれてきた。
その途中で気を失ったらしい、とアルダートがようやく回復してきた視界で目の前を見ると、そこにはどこかで見たような地獄が広がっていた。
死体が、あちこちに転がっている。
「な、なん……」
やや離れた場所に、冒険者仲間の猫族獣人ミンテティが建物に寄りかかる様に座っているのが見える。意識は無いようだが。
倒れているのは襲ってきた者たちと同じ装備だったが、彼らは誰か一人を相手に戦っているらしかった。
驚くことに戦っているのは女性のようだったが、その動きは怪我を負っているとはいえそれなりの冒険者だと自負するアルダートですら追うことが難しいほどに素早い。
いや、素早さだけでなく、動きのトリッキーなことにも舌を巻いた。
そして、ある人物を思い出す。
「一二三さんに、どことなく似ている……」
それは恐ろしい記憶。大勢のオーソングランデ皇国兵を血祭りにあげ、人を殺すために戦いへ飛び込み、場合によっては戦いを誘発する。
細い見た目とは裏腹に力もあるが、見ても理解が難しい動きと技で相手を翻弄し、敵が気付いた時には鋭い刃がその首を落としている。
痛む身体に鞭打ってようやく座った体勢になったアルダートはようやく、その女性の姿をしっかりと視界に収めることができた。
「まさか、片耳のヴィーネ!?」
思わずアルダートが大声を出すと、戦っている女性が振り向いた。
「あ、起きました? というか、何ですかその呼び方」
暢気に話しているが、ヴィーネの周りにはまだ敵がいる。
「あぶな……!」
自分が声をかけたせいでヴィーネがよそ見をしてしまったという状況に、アルダートは慌てて注意をしようとしたが、不要だった。
「おっとっと」
ヴィーネは一歩だけ斜め前に歩くことで周囲からの攻撃を避け、ついでのように一人の首筋を裂いた。
「話は後で聞きますね」
「あ、ああ」
にっこりと笑ったヴィーネは、突然地面を踏みしめたかと思うと後ろ向きに跳躍し、一人の頭頂部へ釵を深々と突き刺した。
激しい攻撃をものともせず、ステップを踏むように、あるいは小鳥のように自由に飛び回りながら戦うヴィーネが、集団を片付けるまでに然程時間はかからなかった。
「ふぅっ……」
「ちょっと。敵がいるところにあたしを置いて行かないでよ」
「あ、すみません……おひゃあ!?」
戦闘が終わったのを見計らって出てきたウィルが文句を言うと、ヴィーネはへらへらと笑って頭を下げようとする。
しかし、ウィルの後ろで鎌首をもたげている大蛇を見るなり卒倒してしまった。
「えっ、ちょっ……」
泡を吹いて倒れたヴィーネを見て、死体だらけのところに取り残されたウィルは困惑して周囲をぐるんぐるんと見回す。
そうこうしている間に、空腹になったのか大蛇が周囲に転がっている死体を次々と飲み込み始めた。
「マジか……」
戦慄しているアルダートは、その光景を見ながら痛む身体で必死に距離を取る。
そういている間に、大蛇は倒れているヴィーネにも目を付けた。
「待って待って! これは駄目! 駄目だってば!」
ウィルが立ちはだかると、大蛇は残念そうに首を回し、ふとアルダートへと向いた。
ずるずると近づいて来る大蛇を前に、引きつった顔のアルダートは必至でウィルへと叫んだ。
「俺はこいつらの仲間じゃない! 助けてくれ! この魔物を止めてくれ!」
「本当に?」
「本当だ! 俺たちは仕事で魔国に来た冒険者だよ!」
「ぼーけんしゃ? 何それ?」
ウィルの言葉に愕然としたアルダートだったが、気付けば大蛇は見上げる程近くにきており、頭上には大きな牙が二つある大きな口が、ぱっくりと開かれていた。
「あっ、思い出した。確かオリガ……さんが元は冒険者とかヴィーネが言ってたわね」
「元冒険者のオリガ? 片耳のヴィーネと言い、君は一二三さんの知り合いなのか? 頼む、一二三さんの相手をする以外なら何でもいうことを聞くから、助けてくれ!」
「あ、そう? 止まりなさい! もうあんたの仕事は終わったのよ」
ウィルの言葉にぴたりと止まった大蛇は、小柄なウィルを寂しそうに見下ろすと、ゆっくりと緑の光に包まれて消えて行った。
「き、消えた……?」
どうなっているかわからないが、安堵感に包まれたアルダートはその場で意識を手放した。
ランスロットに命じられた使命を思い出してはいたが、それよりも自分の命が助かったことの方が大きい。
「ちょっと、これってまずくない?」
倒れた四人の冒険者とヴィーネ。そこにポツンと残されたウィルは周りを見回して頭を抱えていた。
「この状況、まるであたしがやったみたいじゃない」
ウィルの力では体格の良い冒険者達どころかヴィーネですら移動させるのは難しい。魔導陣でモンスターを呼び出したとしても、人を運べるタイプのモンスターが出てくるとは限らない。
「ぐぬぬ……こうなったら!」
ウィルは仰向けに倒れているヴィーネの胸を跨ぐように立ち、思い切り右手を振り上げた。
「あんたがやったことなんだから、さっさと起きなさい!」
激しい平手がヴィーネの頬を叩き、夜の町に激しい音が響き渡った。
☆★☆
「ご機嫌麗しゅう。女王陛下」
「ビロン伯爵……。貴方がどういうつもりでここに来たかは知らないけれど、まず先に説明をしてもらいたいことがあるのだけれど?」
トオノ伯爵領フォカロルへやってきたランスロット・ビロンは、近いからという理由で豪胆にもオーソングランデ国内を通過し、ここへやってきた。
そして、ヨハンナとの謁見を願い出たのだが、先触れが寄越した書面に記載されていたのは『ホーラント王国伯爵』という肩書だった。
しきりに首を傾げながらその書面を持って来たヨハンナは、プーセと相談しとにかく話を聞くことにしたのだ。
そして今、ランスロットはヨハンナに対して跪くことなく、立ったままで礼をして見せた。
「ありがたいことに、我がビロン伯爵とその領地は、分裂騒ぎで危険なオーソングランデ皇国からホーラント王国へと転属いたしまして。もちろん、女王陛下の許可もいただいての、正式な転籍ですよ」
オーソングランデは別れてしまったので、転出の届を出す場所が無かった、とランスロットはおどけたように語った。
「オーソングランデの王は亡くなり、後を継ぐべき皇子は行方不明。そして、ヨハンナ様が女王として新たな国家を立ち上げられましたが、別名となっていては……」
続きは言わなかったが、ヨハンナには判った。オーソングランデ皇国の王族では無くなった以上、ヨハンナに許可を取る必要は無い、とランスロットは言っているのだ。
「何のため? このまま進めば、力のバランス的にわたくしたちイメラリア共和国が旧オーソングランデの勢力を打倒するのは貴女にもわかるはずよ」
ヨハンナの言葉に、ランスロットは頭を振った。
「オーソングランデは倒れ、イメラリア共和国に変わる。恐らくそうなるでしょう。ですが、問題なのはいつそうなるのか、という話なのです」
「そんなものは、わかるはず無いじゃない。少なくとも、まだイメラリア教が勢力を保っているし、弟が出てくるか別の誰かが王とならない限り降伏もできないわ」
あるいは全ての排斥派貴族領をイメラリア共和国軍が征服するという手もあるが、ヨハンナの口ぶりからその意思は薄いようだ、とランスロットは悟った。
「ああ、女王陛下。それが困るのです」
悲しそうな顔をするランスロットは、ヨハンナに向かって再び否定の姿勢を示した。
「我々貴族は時に自ら指揮に立つことはありますが、基本的には兵士を派遣して所属する勢力に協力いたします」
事実、ヨハンナに協力する共生派の貴族から提供された兵力によって、イメラリア共和国軍はその七割を構成している。残りは募集した新兵であり、派遣された兵によって訓練を受けてはいるものの、今はまだ使える戦力とは言えない。
「兵たちは一般の民衆です。貴族たちは自分の信念の為にとそれぞれの勢力に加担しようとしますが、結果として命を落とすのは民衆です。とてもじゃないが、ぼくは大切な領民をそんなことの為に失いたくはない」
「そんなこと、ですって?」
明らかに苛立ちの表情を見せるヨハンナを、プーセが手を触れさせて宥める。対して、ランスロットはその様子を見ても至極冷静だった。
「そんなこと、ですとも。我々貴族は領民を危険から守るための義務を負っているのであって、危険を引き寄せる権利などありません」
もしあるとすれば、それは大多数の領民を守るために兵士として戦う領民を犠牲にする選択をしなければならない時のみだろう、とランスロットは語る。
「だけれど、もしイメラリア教やオーソングランデの体制が再び広まれば……」
「だからと言ってぼくの領地が孤立して戦い続け、民衆が犠牲になることを選択しなければいけない必要はありません」
ヨハンナはこれ以上ランスロットへ話す言葉をもたなかった。戦いを強制する意思をヨハンナが持っていない以上、プーセもそこで話を区切ることにした。
「それで、ビロン伯爵は何を求めてここへ? まさかお別れを言いに来られたわけではないのでしょう?」
「お別れだなんて、そんな寂しいことは言いませんよ。良い形で戦争が終わったならば、パーティーの一つもあるでしょう。できればそこに同席したいものだと考えておりますとも」
もちろん、そこでの肩書はホーラント王国からの賓客としてだが。
「今回ご訪問させていただきました理由は二つあります。ああ、裏の理由なんてありませんので、全部正直にお話しますよ」
先ほどまでの、民衆の安全を語っているときの真剣な表情はどこへ行ったのか、ランスロットは好青年の微笑みに戻っている。
「一つは、ホーラント王国女王サウジーネ様より、建国のお祝いを伝える使者として参りました。これが運び込んだ祝いの品の目録です。……直接、お渡しさせていただいても?」
「いえ。私が」
ヨハンナが許可をしようとするのを止めて、プーセがランスロットへ近づいて書状を受け取った。
中には魔道具や宝石などがずらりと並び、一国の王として恥ずかしくない豪華さを誇る内容が書かれている。
「こんなに……。こほん、色々と思う所はあるけれど、サウジーネ女王“には”感謝するわ」
「快くお受け取りいただいたこと、確かに女王陛下へお伝えいたします」
敢えてどちらの女王なのか、名前を言わずにただ「女王陛下」と言ったランスロットについて、ヨハンナもプーセも言及しなかった。
「もう一つ……これはヨハンナ様とは特に関係があるお話ではありませんが」
「ぜひ聞かせて欲しいところね。“他国の”貴族がこの町に用があるのであれば、それはわたくしとは無関係ではないのだから」
「ふふ……その通りです。元より隠すつもりなどございません」
笑みを漏らしたランスロットは続けた。
「元オーソングランデ貴族の一二三様とお話をするのが目的です。ここへいらっしゃるとは思ったのですが、なにぶん自由な御仁ですからね。迎えも向かわせております」
ただ、と人差し指を立てたランスロットは、指先を唇の前に持って来た。
「内容についてはご勘弁いただけますか。女王からの伝言であり、また少々我が国にとってあまり外聞が良くないことでもありますので」
ヨハンナは強い興味を示したが、プーセは押えた。ここでホーラントとの関係を悪くするのは絶対に避けたかったのだ。
「ご理解頂けてなによりです。では、また式典でお会いしましょう」
「……当日、式典会場に入れないっていうのはどうかしら?」
「子供では無いのですから、腹芸で乗り切るくらいの度量をお見せください」
プーセに窘められ、ヨハンナは頬を膨らませて頬杖をついた。
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