116.二人の冒険
116話目です。
よろしくお願いします。
「ひょっとしたら、敵の狙いは最初からウィルさんだったのかも知れませんね」
「冷静に言ってる場合じゃないでしょ……」
深夜の部屋から抜け出し、二人で宿の屋上に潜んいるヴィーネとウィル。彼女たちは深夜に自分たちの部屋を襲撃される直前に脱出したのだ。
「とりあえず駅に行きましょう。近くに隠れておいて、列車に乗ってしまえば大丈夫ですよ」
その列車で移動している最中に襲われた結果、ウィルははぐれていたのだが、ヴィーネは何故か列車を信頼しているらしい。
思えば、川沿いで助けられた時から最初の目標が“町へ行って列車に乗る”ことだった。
「馬で良いじゃない。あたし馬も乗れるし」
「列車の方が早くて良いですよ。台車があれば、街道を飛ばして気持ちよく走れるんですけどね」
今ヴィーネに放り出されたら無一文で異世界に放り出されることになるウィルは、その意見に頷く以外の選択肢は無い。
二人は夜の闇に紛れて、列車の停車駅までそっと移動した。
その間も、ヴィーネの耳は襲撃者たちの動きを音で確認している。
二人が土手で再会し、直後にヴィーネが盗賊を皆殺しにしてからは土手から離れて街道沿いに歩いていた。
オーソングランデ方面へ向かう馬車があれば乗せてもらい、駅がある町を目指すために。
「あんた、強いのね」
「私がですか? うーん……」
「なんで悩むのよ」
「あんまり自信ないんですよねぇ」
頭を掻きながら笑っているヴィーネは、本気で言っているらしいとウィルにもわかる。
「ご主人様……一二三様やオリガ様と一緒に訓練していると、自分が強いかどうかはわかりませんよ」
盗賊など一般人が武器を持っているのと然程変わらない、とヴィーネは笑っていた。
「えっと……あたしが知る限りじゃあんたの実力があれば王国の近衛騎士にでも」
「もうなってますよ」
コロコロと笑うヴィーネを見上げて、そうだった、とウィルは苦笑いする。
「魔国の騎士団長……だったっけ? 凄いのよね」
「そんな。私なんて肩書だけですよ。ご主人様やオリガ様のように立ち回りができるわけでも、ウェパルさんのようにすごい魔法が使えるわけでも無いですし……」
結局は一生懸命訓練をして、どうにか普通の人より強くなれましたよ、とヴィーネは両腰に提げた釵を叩いた。
「武器を持ってどうにか一人前。これが無かったら、兎族獣人の私じゃ、ろくな攻撃が出来ませんから」
熊や豹の獣人の用に鋭い爪がある訳でも強靭な顎と牙があるわけでも無い。
「耳以外は、普通の人間とそんなにかわらないんですよ、ほら」
ヴィーネが人差し指で自分の口を引っ張ってみせると、少しだけ前歯が長いかという程度で普通の人間と変わらない歯並びが見える。
「ご主人様に言われてちゃんと磨いているから綺麗ですよ?」
「そういう問題じゃないでしょ、やめなさいよみっともない」
「えへへ」
あとは人間よりは跳躍力が優れていると言って飛び跳ねたりして、ヴィーネは途切れることなるウィルの話し相手を勤めていた。
そうこうしているうちに、夕暮れが訪れる。
「仕方ないですね。今日はここで休みましょう」
街道から外れた場所に腰を下ろし、ヴィーネは持っていたパンと干し肉をウィルに差し出した。
「ありがとう」
噛みしめた干し肉のしょっぱさが嬉しくて、甘味のあるパンの味に落ち着いてきた。
「横になってもらっていいですよ。私が見張りしてますから」
疲れたでしょう、とヴィーネが布を広げて作った場所に、ウィルは遠慮なく横になった。
柔らかな草の上に寝転がると、途端に今日の疲れがウィルの細い身体にどっと押し寄せてきた。
睡魔が、ゆっくりとウィルの頭をぼんやりとおぼろげにさせる。
「ねえ、ヴィーネ」
「なんですか?」
「どうして一二三と一緒にいるの? あんな危ない奴と一緒にいなくても、どこかの国に行けばお金持ちにもなれるし……あんたたちと同じ獣人族が集まってる町もあるんでしょ?」
ウィルの言葉に、すぐ近くで座っているヴィーネは上を組んで首を傾げた。
「奴隷が主人の近くにいるのは当たり前のことじゃないですか? そりゃあ、時々……いや、何度もあっち行けとかあれやっとけとか言われて、離れていることも多いですけど。好きで別々に行動してるわけじゃないんですよ?」
「奴隷? どういうこと?」
ウィルがいた世界では奴隷は然程一般的な物では無かったらしい。犯罪者が罰金を払えずに奴隷として労働を行うことがある程度だ。
ヴィーネはイメラリアの治政が影響したことで多少減ったものの、この世界にはまだまだ残っている奴隷について説明した。
犯罪や借金などで奴隷落ちすることもあるが、ほとんどが違法に捕まえられた者たちが奴隷とされる事例は無くならない。
「あのオリガ様も元は奴隷だったんですよ?」
冒険者として活動していた際に罠にかけられ莫大な借金を背負ったオリガは、奴隷として売られていたところを当時の相棒である女性と共に一二三に買われた。
「それから、ご主人様に鍛えられて鉄扇による戦闘技術を身に着け、さらに“物理”? だったかな? 良くわかりませんが、何かをご主人様から教わって魔法もパワーアップしたそうです!」
ヴィーネは何故か自慢げに語る。
「その甲斐あってオリガ様は無事敵討ちを果たし、奴隷から解放されてご主人様の片腕として働いたあと、ご結婚されたそうです」
その後、荒野を渡った国へとやってきた一二三に、ヴィーネは買われた
「その時はどうなるか不安でしたけれど、あれこれ教わって私も兎族獣人としては強くなったんですよ」
ふんっ、とヴィーネは力拳を作って見せた。しっかりと引き締まった腕には、確かに力瘤が出来ている。細くしなやかな両腕は、力強さよりも俊敏さを思わせた。
「でも、奴隷として買われても全然酷い目にあったりはしませんでした。勉強して獣人と人間が一緒に暮らす町を作ったり、そこにエルフさん達も来たりして、楽しい日々でしたよ」
しかし、そこでヴィーネは一生を終えるつもりは無かった。
「ご主人様は人間の国オーソングランデに帰ってしまいましたから、それを追いかけたんです。手伝ってくれる人もいましたから、無事に再会できて、色々ありましたけれど封印されて時代を越えるのもご一緒できました」
当時の獣人たちとの別れは寂しかったが、ヴィーネはこれを後悔していない。
「封印って、どういうこと?」
ウィルの質問に、ヴィーネは淀みなく答えた。
世界の敵とされた一二三は、イメラリアとウェパルの動きを察知して敢えて自分を籍か封印させるように立ち回った。自分が世界に広めた方法で、社会が構築されて戦闘技術が進んだ未来で戦うために。
「なにそれ……どうかしてるわ」
「ご主人様は元々世界を救う勇者として召喚されたそうですから、あながち間違ったことじゃないと思いますよ?」
「どこがよ……」
呆れているウィルは、ヴィーネの言葉が続いたことで黙った。一二三の考えの是非はともかく、興味はあったからだ。
「私はご主人様やオリガ様と一緒に封印されて、しばらく石になってお城の前に飾られていました。そして八十年以上経ってからヨハンナ様やプーセさんたちが解放してくれたんです」
「八十年……」
「だから、復活してからしばらくは色々と大変でしたよ」
それから、夜通し話した彼女たちは明け方に少しだけ睡眠をとり、途中で行商人の馬車に金を払って乗せてもらい、町へとたどり着いた。そこで宿泊した宿で謎の集団から襲撃を受けたのだ。
「昔話でこういうことがあった、とオリガ様から聞いたことがありますね」
ヴィーネが語ったのは、一二三の養子となってトオノ伯爵領を継いだアリッサを救出した夜の話だった。
その時も襲撃を避けて屋根の上で潜んでいた時に、とある国の兵士であったアリッサが同僚に暴行を受けて引き摺られているのを一二三たちが見つけたのだ。
「……暴行ね」
「はい。酷い怪我をしていたそうです」
それを一二三が助けたのだ、とまた何故か自慢げにヴィーネが語る。主人の手柄を誇るのが楽しくなってきたらしい。
「あんな感じ?」
「へっ?」
ウィルが屋根の上から指差した先では、人の姿が消えた暗い通りを遠くから複数の人影がゆっくりと歩いて来るのが見えた。
「夜目はいまいちなんですよねぇ……」
指先で目を開いて通りを見下ろすヴィーネは、近づいてきた人物に目を凝らした。
「確かに怪我をしているようですね……しかも、四人も」
大勢の男たちに引き摺られて、傷だらけの男女が四人、いずこかへと連れ去られていくのが見えた。どう見ても尋常な雰囲気では無い。
「知り合いじゃないなら、放っておいた方が……って、ちょっと!」
ヴィーネは既に屋根から飛び降りており、宿の壁面を駆け下りるようにして集団の側面から釵を振るって躍りかかった。
直後、ウィルがいる屋上へと数名の男が雪崩れ込んできた。
「見つけた! まだ近くにいたか!」
口ぶりからして宿の部屋を探し回っていた連中のようだ。
「っもう! 肝心な時に!」
ポーチに手を突っ込み、ウィルは迷いなく魔導球を足元に叩きつけた。緑色の光が、魔導陣から魔力を孕んで輝きを迸らせる。
「あたしだって戦える……というか、戦わせることができるのよ!」
魔導陣から現れたのは、身体の直径が一メートルはあるかという大蛇だった。
「……えっ?」
突然の光に驚いていた襲撃者たちが頭上から見下ろしている大蛇の存在に気付いた時にはもう遅かった。
最初の一人が丸のみにされ、逃げ出そうとした一人が尾に締め付けられ、身体中の骨を砕かれて死ぬ。
「うえっ」
呼び出した本人のウィルは、舌を出してその惨状から目をそむけた。
☆★☆
「うぎゃあっ!」
落下の勢いを乗せたヴィーネのキックを受けて、四人組を抱えていたうちの一人が吹き飛ばされた。
と、同時に自由になって人物を抱えて距離を取る。
「う……」
四人のうち唯一の女性を最初に助けたのだが、彼女は猫族の獣人だった。うめき声でまだ生きていることを知ったヴィーネは、道の隅に女性の身体を横たえた。
「ちょっと待っててくださいね。すぐに他の人も助けますから」
行っている間に後ろから近付いてきた男に対し、壁を走って頭上を飛び越えたヴィーネは、大上段から釵を振るってその肩口から心臓を貫いた。
「いっきますよ!」
突然の襲撃に驚いている者たちに向かって走るヴィーネは、思い切り息を吸いこんで両手の釵を握りしめた。
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