114.天才魔導陣使いの消失
114話目です。
よろしくお願いします。
衝撃に尻餅をついたウィルは、目前の光景に慄いていた。
「ひょええ……」
突然車両の壁が爆発したかと思うと、大穴があいた。進行方向からみて右側の壁だったのだが、そこから見える光景は左から右へとどんどん流れていく。
「止めないの? というか何やってるのよ!」
我に返ったウィルが穴から外の様子を見ると、馬に乗った集団と戦っているらしい一二三の姿が見えた。
「襲撃? なんで!?」
そうこうしているうちに背後からも叫び声が聞こえ、剣を打ち合わせる金属音もする。
「両側から?」
左側は通路になっている。右は一二三が居るなら任せてしまおうと決めたウィルが通路に出ようとすると、先に護衛の兵士達がゾロゾロと五人ほど入ってきた。
「わわっ!?」
押し返されたウィルは穴の近くまで下がると、一番近くに来た兵士の肩を平手で思い切り叩いた。
ベチッ、と音がして、ウィルの方だけがダメージを受ける。
「ちょっと! 何が起きているの?」
「敵襲です。危険ですから……と、穴が?!」
「魔法の攻撃だと思うけど、どうすればいいのよ」
「魔法使いがいるとは……とにかく車両を移りましょう!」
危険だと判断した兵士が通路へとウィルを誘導しようとした矢先に、仲間が侵入されたと叫んだ。
狭い通路で戦闘が始まると、ウィルは急いでポーチを肩にかけた。中には新たに開発したものや、前の世界から持ち込んだ魔導球が詰まっている。
「屋根へ上ってください。前の車両に移ります」
「前に? 後ろが良いんじゃない?」
兵士に支えられながら、窓枠に足をかけて屋根へと登っていくウィルは、歯を食いしばってどうにか登り終えると、続いて上がってきた兵士に尋ねた。
「前の方にオリガ王妃やウェパル様が居られます。王子殿下もヴィーネ様と一緒に近くにおられたますので、共におられた方が安全です」
兵士の言葉に一瞬納得しかけたウィルだったが、いやいや、と手を振った。
「この襲撃の狙いはそっちじゃないの!? 余計危ないじゃない!」
「そう言われると……」
兵士が自信なさげに呟いている間に、車両の屋根に敵と思しき顔を隠した男たちが上がってきた。
車内での戦闘は続いているようだが、襲撃者の方が多いのだろう。
「おのれ!」
護衛が剣を抜いてウィルの前に立つ。しかし、一人の護衛に対して屋根にきた襲撃者は五人。おまけに車両前方側を陣取られてしまった。
「お逃げください!」
「冗談でしょ! 見捨てていけるわけないじゃない!」
ウィルはポーチに手を突っ込むと、二つの魔導球を取り出した。一つは以前も使ったことがあるモンスター召喚の魔導陣だ。
もう一つは、数十キロの短距離を転移することができる魔導陣で、ミキの動きを見て開発したものだが、まだ一人分の体積しか飛ばせない。
自分一人だけが逃げるのであれば転移魔導陣でも良いのだが、そういうわけにもいかない。守ってくれた相手を放っていけるほど、ウィルは自分が冷淡だとは思っていない。
「あたし自身が戦えなくても、戦う手段はあるんだから!」
風にかき消されそうになりながらも声を上げたウィルは、召喚の方の魔導球を足元へと叩きつけた。
ほどけた球は屋根の上に広がり、瞬時に魔導陣を形作る。
「えーっと、えーっと……何でもいいから、強い奴来なさい!」
そんな適当な感じで良いのか、と後ろでウィルが叫んでいるのを聞いていた兵士は、迫る敵を前に脱力感を味わっていた。
直後、背後から強烈な圧力を感じ、兵士は慌てて振り向く。
「な、なんだこれは……」
見上げる程の大きさがあるシルエットが、兵士の背後に立っていた。三メートルはあろうかという姿は人型に似ているが両腕が異様に長く、日陰になっておりその頭部は良く見えない。
だが、大きく開いた口には鋭い牙が並んでいることだけは、何故かよく見えた。
「早く、こっちに!」
ウィルに手を引かれるままにモンスターの後ろへと回った兵士は、その巨体が墨の中から出てきたように真っ黒な体表をしていることを知った。
ぬらぬらとした身体は、まだ魔導陣から全て出たわけではないようだ。両手をついて下半身をズルズルと魔導陣から出したかと思うと、腕に対して短い脚がようやく出てきた。
「あれは一体……?」
「わからないけれど、多分そこそこ強いモンスターだと思う!」
ウィルが説明にならない説明をしている間に、完全に魔導陣を抜け出てきたモンスターは、長い腕を振るって二人の人間を一度に列車の外へと叩き落とした。
「うわっ……」
悲鳴を上げる間もなく、一人は線路脇に、一人は車両の下敷きになってあっという間に後方へ流れていく。
「うえっ……」
轢死の瞬間を見てしまったウィルが舌を出して目をそむけた。
その間にも、モンスターと対峙している敵兵は剣を抜いて戦っていたが、一方的に攻撃を受けるばかりで、傷一つつけることはできずにいた。
「撃て、撃て!」
襲撃者たちは拳銃を持っていた。オーソングランデなどで騎士たちが持っている単発の拳銃だが、至近距離にいるモンスターに当たると、その巨体がぐらりと揺れる程度には威力がある。
モンスターを外れた一発の銃弾がウィルの顔、その真横を通り過ぎた。
「な、何よあれ?」
「銃ですよ。連中、なんであんなものを」
と、護衛が敵の正体を調べなければ、と考えていたが、自分が呼び出したモンスターがよろめいたことに焦りを感じたウィルの声が、その思考をかき消すように響いた。
「なにやってるの! 下にもまだ敵がいるんだから、さっさとどかんとやっちゃってよ!」
「どかんって……あっ!?」
ウィルの命令が届いたのか、巨体を立て直したモンスターは黒々とした太い腕を振るい、一気に列車の上にいた敵を薙ぎ払った。
ぐしゃ、と骨と肉を叩き潰す音が聞こえた直後には、すでに敵兵の姿は見えない。
「よっし!」
召喚獣とはこうあるべき、とウィルが得意げに拳を握って見せると、モンスターは勝鬨をあげるかのように拳を振り上げた。
「すごいな……」
振り上げられた腕。その高さは六メートルを優に超えるだろうか。
肩口は細く、拳に近づくにつれて太く強靭になる。
「……あれ?」
高々と掲げられた拳は目いっぱい上まで伸ばされたかと思うと、そのまま足元に向かって振り下ろされた。
木製の屋根を突き破り、誰かが押しつぶされたらしき悲鳴が聞こえる。
下で戦っていた者たちには何が起きているのかわからないのだろう。互いに混乱する声が上がっている。
しかし、被害はそれだけで終わらなかった。
ガクン、とウィルが立っている車両が揺れる。明らかに車両そのものが前に向かって傾いているのだ。
「ちょ、やばい、待って待って!」
モンスターが腕を引き抜いた穴。その下にみえる床にも、大きな亀裂が入っている。
壊れた部品が線路に触れているのだろう。金属がこすれ合う甲高い音が響いていた。
「に、逃げないと……!」
護衛がそう言い終わる前に、モンスターの腕は再び振り下ろされた。
同じ場所に正確に打ち込まれた拳で、また誰かが犠牲になったらしいのだが、ウィルたちにはそれを確認する余裕などない。
二度目の攻撃に等々車両はへし折られた。
前方寄りの部分が完全にへし折れ、一旦前に向かって足元が傾く。ウィルは慌てて踏ん張った。先ほど、列車から落ちて後続車両に惹かれた敵兵の姿が思い出され、恐怖に青くなる。
「ど、どうしたらいいの?」
飛び降りたところで、ウィルは受け身など取れるはずもない。鍛えた兵士達ですら厳しいだろう。
「前に行って列車を止め……」
言葉の途中で、重い金属音がする。
ウィルの一からは見えなかったが、前の車両との連結部分がはじけ飛んだのだ。
「ひゃあっ……!」
列車前方が跳ね上がり、ウィルと護衛、そしてモンスターは空中に飛ばされた。
斜めに飛んだことで後続列車にはねられる心配はないが、むき出しの大地に叩きつけられるコースを辿り、放物線を描いてウィルの小柄な体は飛んでいく。
「わわわっ!?」
慌てて手の中に有る魔導球を目の前に迫る地面へと叩きつけ、ウィルは即座に魔力を放って起動した。
緑に輝く魔導陣は、彼女を迎え入れるようにその効果を発揮する。陣の中央にぽっかりと開いた穴。その先はどこに繋がっているかわからない。
それでも、ウィルはこのまま墜落死するよりはるかにましだと思った。
転移魔導陣に頭から入り込む直前、ウィルの目の前でごろごろと地面を転がる護衛の兵士と、長い両腕を使って地面を殴る様にして着地するモンスターの姿が見える。
「……もう少し、身体を鍛えるべきかしら?」
ヴィーネ辺りにお願いしようか、と考えているウィルの身体を通した魔導陣は、すぐに光を散らしてその機能を停止した。
☆★☆
流石に列車の一部が破断したとなれば止めざるを得ない。
停止した列車の周囲が戦場となり、オリガとウェパル、そして一二三によって襲撃者が皆殺しにされる頃には、ウィルが呼び出したモンスターも壊れた列車に貼りついていた魔導陣に吸い込まれるようにして消えて行った。
「あっ、遅かったか!」
モンスターを相手に戦ってみようと駆け寄ってきた一二三は、目の前で消えてしまったことに悔しそうな顔を見せた。
「最近は敵に逃げられ続けている気がする」
「逃げたくもなるわよ。それより、ウィルはどうしたの?」
「知らん。急に気配が消えたところまではわかるが、どうやったかはわからん」
一二三の返答に呆れつつウェパルが周囲を見回すと、一人の兵士が近くに倒れているのを見つけた。人間族だが魔国で働く兵士であり、魔人族に苦手意識を持つウィルの専属護衛として同じ車両にいたはずだ。
「生きてるかしら?」
「う、ウェパル様ですか……? な、なんとか」
両腕を骨折したらしいが、命に別状はないらしい。
「魔王様に教わった受け身をやって、どうにか命は繋ぎましたが……ウィル様はご無事でしょうか」
「行方不明よ」
「なんと……」
護衛兵の中にいた治癒魔法が使える者から両腕の治療を受けながら、護衛は悔しさに顔を滲ませた。
「申し訳ありません。ウィル様をお守りするはずが……」
「あれは無理よ。というより、ウィル自身が呼び出したでかい魔物のせいで列車も壊れたし、脱線したんでしょう?」
破損した車両から、兵士達が荷物を運び出している。
荷物の運び出しが終われば、破壊された部分を線路わきに押し出して、無事な車両だけを繋ぎ直すのだ。
「作業には半日ほどかかります。その間、陛下にはこちらでお休みください。必要な物があれば、車両から取って参りますので」
兵士達に全て任せることにした一二三は、オリガやウェパルと共に用意された椅子に座り、紅茶を傾ける。
「ヴィーネ」
兵の指揮をしていたヴィーネを呼んだ一二三は、彼女が抱えていた息子を受け取った。ようやく赤子を抱くのも慣れてきたところだが、両手がふさがってしまうことには、まだ慣れない。
笑顔を見せる息子を見てから、すぐにオリガへと子供を渡した一二三は、収納から金が詰まった袋を取り出し、ヴィーネへ押し付けた。
「ウィルを探してきてくれ。あれはあれで、まだ使い道がある」
「えっ? 私一人でですか?」
「その通りです。貴女なら彼女の顔を知っていますし、式典の会場も知っているでしょう?」
適任なのだ、と言いながらオリガが指差した先には、ウィルが転移に使った魔導陣が広がっていた。
「あれはウィルが作った転移魔導陣で、周囲数十キロの範囲を転移できると豪語していました」
行先は分からないが、手掛かりは近くにあるだろう。オリガはそう結論付けると、兵士を呼んで列車に乗せていた馬を引いて来させる。
「では、頼んだわね?」
「うぅ……わかりました」
一人放り出されたウィルが可哀想だというのもあり、ヴィーネはお金を受け取って馬に乗り、走り去っていく。
一二三たちがヴィーネを調査役に付けたのは、他にも理由があった。彼女ならば長い兎耳で遠くの音を拾うことができるうえ、それなりに戦闘もこなせる。
一二三もオリガも、そしてウェパルも、ウィルを探す間に戦闘になる可能性を考えていたのだ。
「今回の襲撃、完全にウィル狙いだったものね」
「例の勇者が放った手先でしょうか?」
オリガはそう言ったが、ウェパルは否定した。
「明らかに一二三を引き付ける役割のグループがいたわ。普通に考えれば死ににいくようなものよ。そんなことを、仮にも勇者の彼女がやるかしら?」
「まあ、いずれわかるだろう」
一二三はカップを置いて、指先に貼りついて乾いている敵の血をこすり落とした。
「ウィルを狙っているなら、失敗した連中は次の襲撃を企むだろう」
つまらない式典かと思ったが悪くない楽しみが出来た、と一二三は嬉しそうに声を弾ませた。
お読みいただきましてありがとうございます。
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