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113/204

113.列車戦

113話目です。

よろしくお願いします。

 ガタガタと進む列車は、敵勢力の妨害などを警戒ながらの運行であり、線路状況も確認しながらであるために然程速い速度では無かった。

 多少遅くはなるが馬よりは早く、また低速な分乗り心地は良くなっていた。

 各車両に護衛の兵士が数人ずつ配置され、いくつかの車両には魔国の騎士がいざという時の防衛人員として待機している。


「そんなの必要ないじゃない」

「そうでもないわよ?」

 一両まるまる占領した状態で、午前中は魔法の訓練、午後は魔導陣の研究を続けているウィル。彼女の所にウェパルが訪ねてきたのは、昼食が終わって一時間といった頃合いだった。


「だって、一二三なら護衛とかいらないし、オリガさんだってそうでしょ? それにウェパルさんも」

「でも、ハジメには万一の場合も考えられるし、貴女にも護衛が必要でしょ? それに一国の王が移動するのに、護衛や供回りがあまりに少ないのは問題なのよ」

 見た目の荘厳さも必要であり、それだけの人員を従えるほどの人物であると人々に見せる目的もある。


「それに、こうすることで被害者が減るのよ」

 持参したワインを飲みながらウェパルは語る。ウィルにも勧めたが断られてしまった。

「未だ一二三の実力を知らない。あるいは疑っている者はいるのよ。護衛が多ければそういう無鉄砲な連中も諦めるでしょう?」

 ウェパルが言う“被害者”は襲撃者のことを指している。


 その言葉に、ウィルは目を細めた。

「妙な言い方をするのね。一二三はウェパルさんたちの王様でしょ?」

「地位と仕事を与えて忙しくしておくこと」

 人差し指を立てて呟いたウェパルは、次に親指を立てた。

「一二三という存在がどこにいるのかをわかりやすくすること」


 そして、中指も伸ばした。

「普通の人たちが普通のレベルで争い、結果を出そうとするのを邪魔されないこと。私たちが一二三を王座に押し上げた理由はこの三つよ」

「要するに、一二三が邪魔ってこと?」

「単純に言ってしまうと、そうよ。イメラリア教の勢力は何故か一二三を敵対視しているから、そっちを引き付けてくれたらより平和裏に世の中がまとまるのよ」


「戦争をするなら、強いのがいた方が良いじゃない」

「味方になるのであれば、それで良いわね」

「一二三は、味方でしょ?」

 首を傾げるウィルに、ウェパルはどう説明すれば良いかと困った。

「味方でいるうちは味方だけれど、どこかの馬鹿が刺激すればあっさりと消える男よ。味方では無いし敵でも無い。ただただその時に人を殺す理由がある立ち位置を探しているだけよ」


 その為に“どこかの馬鹿”が一二三を見つけやすいような場所を作った。

 魔人族であれば私闘に対して悪感情は薄いし、魔国の成り立ちからして鎖国政策をやるのも不自然では無い。自国内での自給自足も可能だ。

「実質的な部分は私たちがやるから、勇者でも何でも、適度に命知らずが来てくれれば良いのよ」


「それじゃ、一二三に挑戦する相手がまるで餌じゃない」

「意味としては同じよ。できれば飼い殺しにしたいの。人間の寿命は六十年かそこら。一二三の世界を基準にすれば八十年くらいかしら。あと六十年程、彼が不満を持たない程度に挑戦者が現れること。それが私の願いよ」

 ウェパルの口ぶりは、一二三に勝てる人物のが出てくる可能性など考えていないものだ。


「そこで、本題なんだけど」

「……何かあるの?」

 ただ世間話をしに来たわけでは無い、とウェパルは酒で口を湿らせた。

「貴女が得意にしている魔導陣だけれど、召喚ができると聞いたのだけれど」

「ええ、そうよ」


 魔導陣の話題になると、ウィルは途端に胸を張ってポーチから小さな球を取り出した。彼女が開発した、魔導陣展開の道具である魔導球だ。

「これを壁なり地面なりに当てて、魔力を流し込むだけで“何か”を召喚できるわ!」

「何か? 何が?」

「何か、よ」

「……何が召喚できるかは決まっていないの?」


 ウェパルからの冷静な質問に、ウィルはぷい、と顔をそむけた。

「仕方ないじゃない。他の世界にどんな生き物がいるかもわからない以上、目印も何もつけられないんだし」

「じゃあ、一二三はどうやって戻ってこられたの?」

「それはね、一二三がイメージできる具体的な目標がこの世界に有ったから、よ。ついでに言えば、彼の魔力がこの世界に親和性が高かったということもあるかも」


 召喚については、ウィルにとってもまだ謎な部分が多い。これまでにリザードマンを始めとした数体のモンスターを召喚して見せたが、いずれもウィルに従ってくれた。一二三を除いて。

 どの個体も言語を理解することはなく、ただただウィルの敵を自動的に認識したらしい。一二三を除いて。


「一二三を呼び出したイレギュラーが起きた理由もよくわからないのよ。だから、誰彼を呼び出してとか言われても困るわ」

「なるほどね……」

 ウェパルは頷きながらウィルの言葉に耳を傾け、一二三が魔国王城の魔法陣で飛ばされた所をウィルの召喚に引っかかった形では無いかという仮説に納得した。


「わかったわ。指定した場所からや相手の召喚は不可能ということね。それじゃあ、もう一つ聞きたいのだけれど」

「なに?」

「一二三がこの世界へ召喚された時の魔法陣。貴女の呼び方で言うなら魔導陣ね。それを解析して、一二三がどこから来たか調べることはできる?」


「お城で一二三を飛ばした魔導陣と同じタイプでしょ? 多分、できるわ」

 ウィルは即答した。

「あたしは天才魔導陣使いよ。ちょーっと時間はかかるかも知れないけれど、ちゃんとした形で残っている魔導陣があるなら、解析はできるはず」

 何故そんなことを聞くのか、とウィルは問い返した。


「そうね。これは自分が言ったこと覆す話になっちゃうけれど」

 ウェパルは小さくため息を吐いた。

「あと六十年も、一二三が大人しくしているとは思えないもの」

 だから、ウェパルはオリガと相談しながらウィルの能力を最大限に利用できる方法を考えていた。


「一二三がオリガさん達を連れて元の世界に戻るか、あるいは彼がいた世界から、彼のライバルに成れる人材が呼べれば、と思ったのよ」

 その考えの発端は、一二三と死闘を繰り広げたミキの存在にあった。

「できる?」

「ん……色々教えてもらったし、衣食住と研究環境を用意して貰った恩はあるわね。それに、この世界の魔導陣が見られるなら……やっても良いわ」


 良い返事が聞けて良かった、とウェパルは通路へ出て自室がある車両へと移っていった。


☆★☆


 一二三はヴィーネとの稽古でも自分で言っていた通りに体調は芳しくなかった。

 それでも、毎日の習慣として瞑想とストレッチは欠かさず、いくつかの稽古メニューはこなしている。

「血が足りない」

 イメージすることと実際に身体が動くことの間に、微妙なずれを感じる。


「他の人の血を吸うわけにもいきませんし、ゆっくり休まれたら如何ですか?」

 同じ車両でストレッチに付き合っていたヴィーネは、一二三と同様に軽く汗をかいた顔で言う。

「……吸いませんよね?」

「馬鹿たれ。他人の血を吸っても俺の血が増えるわけないだろうが」

 増えたら吸うのか、と混乱しているヴィーネを置いて、一二三は汗を拭いながらオリガと息子がいる車両へと向かう。


 扉を開き、風を感じながら連結部分に足をかけた時だった。一二三は車両の速度が落ちていることに気付いた。

 前方を見ると、大きなカーブに差し掛かり、直後に川を渡るようだ。

「ん?」

「どうされました?」


 後ろから声をかけたヴィーネに、一二三は集団が近づいて来る気配を感じたと伝えた。

 と、同時に目の前にある扉が開く。

「お前も気付いたか」

「はい、あなた。線路の左右から馬で三十名ずつ。それに前方の線路上で何やらやっている集団がいるようですね」


 オリガは腕に抱えていた息子のハジメをヴィーネに渡すと、ひらりと列車の屋根に飛び乗った。

「ヴィーネ。ウェパルさんを呼んで、線路上の邪魔モノの撤去を手伝うように伝えてください」

「よっ、と」


 オリガが指示を伝えている間に、一二三も屋根へと上がる。

「俺は左右から来る連中の相手をする。ヴィーネ。他の兵士連中に伝えて置け。自衛だけ許可する、と」

「はあ、わかりました」

 そうなるだろう、と予想できていたヴィーネは、しっかりとハジメを抱え直すと、ウェパルがいるだろう後方へと向かった。


「オリガ」

「はい、わかっております。列車は止めないようにするのですね」

 良くわかっている、と一二三はオリガが車列前方へ向かうのを見送り、闇魔法収納から刀を取り出し、腰へと手挟む。

 敵集団が土埃を上げて馬を走らせ、迫って来るのが見えたのはその一分後のことだった。


「正体はわからんが、人間が中心だな」

 馬を駆る集団の大半は人間であったが、その中にはちらほらと獣人族らしい風貌の者が混ざっているのが一二三の目に見えた。

 誰もが口元を布で隠し、頭は兜かターバンのような布で巻いて頭部全体を隠している。

「ほっ!」


 何本かの矢を素手で払い落とした一二三は、近づいてきた敵に向かって、大胆にも車両の上から飛びついた。

「うわっ!?」

 鞍の後部に降り立った一二三は、驚いている敵を容赦なく蹴り落とした。

「あっ!」


 武器を取ろうと手綱から手を離していたこともあり、あっさりと落馬した敵は列車の車輪に巻き込まれて即死した。

 主を変えた馬はそのまま一二三が操るままに動く。

「ぬおおお!」

 一人の男が馬上槍を手に一二三の背後から迫る。


 対して、一二三は馬上にて立ちあがったかと思うと、敵が突き出した槍の上を走り始めた。

「なっ!?」

 刀を抜き、大上段から稲妻のように打ち下ろした斬撃は、敵の頭部を首まで左右に断ち割った。

 力なく下がる槍から馬へと移ると、ぐったりと座っている死体を蹴り落とす。


「さぁて、他の連中はどうした? お前らが何者かなんざどうでも良いから、さっさとかかって来い!」

 吠える一二三に向かって、一発の火球が飛ぶ。

 轟音を上げながら飛ぶ火球は、次第に矢のような形へと変化しながら速度をあげていく。

「それでも当たるような速度じゃないが……あん?」


 身を低くすることで避けようとした一二三は、その不自然な動きに気付いた。軽く頭を下げるだけで空振りするようなコースを通って、炎の矢は一二三の頭上を通過したのだ。

「脱輪するほどの威力じゃない、が」

 通り過ぎた矢は列車の一部に突き立つと、そこから激しい炎が上がった。

「何が目的かは知らんが……」


 列車にはオリガやヴィーネ。そしてウェパルも乗っている。そうそうどうにかなるような連中では無い。

 そんなことよりも、周囲にまだまだ残っており、列車の向こうにもいる敵集団の相手をすることが一二三にとっては最優先事項だった。

 馬を列車に寄せ、屋根の上に飛び乗った一二三は左右に迫る敵を見遣り、武器を鎖鎌へと持ち替えた。

お読みいただきましてありがとうございます。

次回もよろしくお願いします。

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