111.その存在
111話目です。
よろしくお願いします。
「頸椎から腰椎にかけては無傷だけど、頭蓋骨亀裂骨折、左腕尺骨複雑骨折、左大腿骨単純骨折。それに肋骨がいくつか折れていたわよ」
ウェパルは冷静に並べたあと、切傷や擦過傷は数えきれなかったと伝えた。
それを聞いて、ベッドに寝転んでいた一二三はにやりと笑う。
「それをすべて直したわけだ。大した腕だな」
「はぁ、暢気なものね……治療したのは私じゃないわ。貴方の奥さんよ」
オリガは治癒魔法が得意ではない。しかし、一二三の怪我は自分が治すと言ってヴィーネと共に二晩にわたり治癒魔法を使い続けた。
血液が失われたこともあって一二三はその間意識を取り戻すことがなく、ようやく目を覚ました今は、オリガの方がダウンしてしまっている。
ウェパルの説明を聞いた一二三はベッドの上に胡坐をかいて座ったまま、じっと目を閉じて聞いていた。
「……そうか」
それにしても、と一二三は首をかしげる。
「俺の寝首を掻きに来る奴はいなかったのか?」
「オリガさんとヴィーネが監視している中に飛び込める者なんて、この国にはいないわよ」
それに、とウェパルは惨劇の舞台となった会場の方角へと顔を向けた。
「貴方は、殺しすぎたわ。魔王として勇者を待つなんて言っていたけれど、あれを見たら誰だって戦う気なんて失くすわよ」
呆れたように言うウェパルに、一二三は虚ろな目を見せた。
「全く以て最悪な終わり方だった。大勢を殺しはしたが、一番の獲物に逃げられた。なんだあいつは。あそこまでやっておいて半端なまま逃げるなんざ、馬鹿にしている」
「そんな風に考えるのは貴方だけよ」
腕を組んで立っていたウェパルは、近くにあった椅子を引き寄せて座った。
「あの勇者の選択は間違いじゃなかった。貴方に勝てない、貴方が怖いと感じた時点で一度逃げるのは賢明な判断だと思うけど?」
一二三の言い分は身勝手だ、とウェパルは臆せずに言う。
「目的……」
「なに?」
「あの女が言った目的だ。俺を“元の世界へ帰さない”と言っていた。とすれば、あいつはまた来るわけだな」
「……目的が本当にそれなら、そうでしょうね。貴方を殺すか……あるいは、帰還の方法を消すか」
ウェパルは嫌な予感を覚えながら語る。
「いずれにせよ、向こうだって大怪我をしたのは間違いないわ。治癒魔法使いがいれば死にはしないでしょうけれど、片腕を失ったことで貴方に対抗する力は削がれた。諦めてしまったかも知れないわよ?」
そう言いながら、ウェパルは自分の言葉に願望が多分に含まれていることを無視できなかった。一二三に対抗する者がいなくなって欲しい、という願望が。
しかし、一二三の考えはウェパルの望みなど慮ることはない。
「いいや、また来る。何があったか知らないが、あれは何かを守ろうと思うあまりにどこかおかしくなった奴の目だ」
一二三は以前、そういう目をしたものを見たことがある、と言った。
「あれは獣人だったがな。場所が変わろうと時代が変わろうと、それこそ意思のある生き物であれば、強烈な思い込みを原動力にする奴が出たりするんだろう」
目的に囚われた者は、死ぬまでそれにしがみつく。一二三はそう言って笑っている。逃げられたのは痛いが、考えを変えれば強い敵がいるとわかっていのも悪くない。
「目的に囚われる……」
ウェパルは呟きながら、目の前にいる一二三を見ている。
果たして、目的に囚われているのはあの勇者ミキだけであろうか。柔軟であり手段を問わずにやってきたが、ある意味で一二三も“殺人”という目的に囚われていると言えるのでは無いだろうか。
だとすれば、一二三もまた、死ぬまでその目的に囚われるというのか。
「……救いがたい話ね」
「そうか? 本人にしてみれば生きる指標があるようなものだ。悪くない気分だと思うぞ?」
一二三の視線に、ウェパルは心臓が跳ねた気がした。あるいは一二三は、自覚しながらも欲求に身を任せているのだろうか。
☆★☆
「結果として、参加者は全て……いえ、勇者ミキと思しき人物以外は全て死亡したようです」
魔国からの情報を伝えるプーセの声には、呆れの色が含まれている。
それを聞いているヨハンナの表情は複雑だ。まだ一二三に対するあこがれのような感情は残っているが、実際に目にした一二三本人から受けた印象も大きい。
「やはり、一二三様は戦いを、血を求めておられるのね」
「長い封印も、あの人物の志向を変えるには至らなかったわけです。残念ではありますが、わかっていたことでもあります」
プーセは冷静だった。思い返せば、封印に至る人間対魔人族の戦いも一二三の指示を受けたオリガが策動した結果だ。
「イメラリア様の時代において、ホーラントが窮地に陥り、ヴィシーが分裂し消滅するまで、その戦いのほとんどに一二三さんの姿がありました」
プーセはそう説明するが、多少誤解がある。都市国家群であったヴィシーを占領したのはウェパルが命じた魔人族軍だった。契機になったのは一二三ではあるが。
「プーセはそれを見てきたのね」
「いいえ。ホーラントやヴィシーの分裂については、彼が封印された後でイメラリア様に教わったことです」
プーセ自身は一二三と共に過ごしていた期間はほとんどない。エルフの森にいた時期と、オーソングランデ城内で過ごしたころに多少顔を合わせた程度でしかない。
それでも、ヨハンナは一二三の同世代人であり、オーソングランデの最盛期をイメラリアと過ごした人物としてプーセを羨ましく思っていた。
「陛下。今後のことですが」
「どうしたの?」
改まって声をかけてきたプーセに、ヨハンナは首をかしげた。
その表情を見て、プーセは唇を引き締める。
彼女の父親であるオーソングランデの王と妹サロメが死亡し、後継者である弟ニルスが行方をくらましたという情報はすでに伝えていた。
家族を失ったことにヨハンナはわずかに顔を歪めたが、公式には特に言及はしなかった。ただ、その夜にプーセを前にして静かに泣いた。
プーセは思う。このままではヨハンナは過去のイメラリアのようになるだろう。
ヨハンナはもしかすると、それを望むかも知れない。
だが、プーセは絶対に避けたかった。イメラリアを間近で見てきた者の一人として、一二三のためにヨハンナが更なる苦難の道を歩むことになるのを、みすみす許すわけにはいかなかった。
「陛下。イメラリア共和国は非常に不安定な国です。生まれたばかりだからというのもありますが、その政治体制も、です」
共和制と言っているが、完全に国民へと主権を譲るのは難しい。
国家元首としての女王ヨハンナがおり、その下に諸領を統治する貴族によって議会が作られる。
ゆくゆくは民衆より選ばれた者たちによって議会を作るとしているが、未だその時期や方法については議論の最中だ。
「難しいのは承知のうえよ。この国はまだよちよち歩きの……いえ、まだ寝返りをうてるかどうかというレベルでしかないのはわたくしにもわかっているわ」
「であれば……此度開催される建国記念のパーティーが終わりましたら、以降は魔国……一二三さんとは距離を置くべきです」
プーセの言葉に目を丸くしたヨハンナは、すぐに目を細めた。
「何を考えているの、プーセ?」
「危険からは遠ざかるべきだと申し上げているだけです」
二人の間に、無言の時間が流れる。
トオノ伯爵領フォカロルにある館を仮の王宮としているヨハンナは、その一室を執務室としている。
復活したばかりの一二三が使っていた館だが、ここを選んだのはヨハンナ自身だ。彼女は利便性を理由にしていたが、一二三との出会いの場になったという理由もあるだろう。
「……危険なのは、わかっているわ」
先に口を開いたのはヨハンナだった。
「でも、一二三様にはこのフォカロルを、そしてオーソングランデを豊かにした実績もあられる。協力をお願いするのは悪いことじゃないはずよ」
ヨハンナの言葉は、単純かつ明快な動機だった。できる人間に協力を乞う。それだけ見れば間違いではないが、プーセは首を振って否定する。
「いけません、陛下。それは“結果”であり、一二三さんの本質とは違います。彼の目的はどこまで行っても破壊と殺戮なのです」
フォカロルの隆盛は、彼の軍隊を強化するため。そして自らの影響力を高めてさらに大きな戦いを始めるためだった。
「平和を望むなら、彼は世界とは無関係な位置に置いておく必要があります。これから先、イメラリア教との戦いにおいても、可能な限り彼を巻き込んではなりません」
「……一二三様は、わたくしたちを助けてくださったわ」
「違います。彼は誰かを助けるということはしません。あれはただ、戦いの臭いに釣られて出てきただけです」
プーセは断言した。
「でも、エルフは恐ろしい村から脱出することができて、ウェパル様たち魔人族も封印されていた土地から解放されたのでしょう?」
それは、一二三という英雄を飾りたてるために“整理”された歴史だ。
ヨハンナはそれは間違いではないとプーセから聞いていたが、プーセは改めて説明する。
「間違ってはいませんが、真実とは違います」
一二三への憧れを強めるヨハンナに対して、失望させるような真似を控えた結果である。自分の選択にプーセは後悔していた。
「私たちが住んでいた森が危険であったことに気付いたのは、一二三さんのおかげです。ですが、彼が魔人族の領地を解放したためにエルフは種族としての目的を失い、散り散りになりました。魔人族も一二三さんの襲撃で王を失い、結果として人間と戦う道へ進まざるを得なくなったのです」
いささか主観が入っているが、それはプーセにとっての真実だった。
そして、一二三の危険性を実感する根拠になっている。
「ですから……」
「プーセ。そのお話は誰にもしないように」
「しかし、陛下」
「まずは、建国を祝いましょう。その席で一二三様と改めてお話をします。結論はそれからでも遅くはないわ」
ヨハンナはプーセから渡された報告に再び目を通した。
「でも、よく考えておくべきよ。強烈な輝きを持つ太陽の光は、目を閉じていても瞼を通るわ。見ないからと言って火が熱くなくなるわけでもない。……一二三様は、無視をしていれば影響を受けずに済む、と言えるような存在かしら?」
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