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11.賞金首

11話目です。

よろしくお願いします。

 盗賊が賞金首かどうかわからなかったので、取り合えず大男の死体を闇魔法の収納に放り込んだ一二三は、最初に行き当たったそれなりの大きさがある町で、まずギルドを訪ねた。

 そこで首がだらりと伸びた死体を、カウンターの上に乗せて賞金首である事を確認したが、まだ賞金首としては登録されていなかったようだ。

「恐らくは、冒険者として流れて来て、盗賊の真似事を始めた輩でしょう」

 死体の持ち物からギルド証が出てきたので、対応を担当した職員はそう推測した。

「そうか。なら仕方ないな。死体の処理は任せても良いか?」

「はい、冒険者ですから私どもの方で処理いたします。道中に放置された分は……今頃、魔物か動物の餌になっているでしょう」

 人間の死体に慣れているのだろう。職員は淡々と処理を進め、他の職員に声をかけて、死体を裏へと片付けさせた。彼の話によれば、腕に自信のある冒険者たちはこぞって前線に向かってしまったので、魔物の駆除があまり進んでいないらしい。

「御用件は以上ですか?」

「一つ聞きたい。今の前線はどのあたりになる?」

「街道沿いに馬車で七日程進んだ場所にグネという町が有ります。現在はそこの取り合いになっているという話を聞きました。もう十日ほど前の情報ですが」

 何度も聞かれているのだろう、職員はすらすらと答える。

「そうか、それで充分だ。これは情報料な」

 カウンターに銀貨を置こうとする一二三を止めて、職員は愛想笑いを向けてきた。

「一つ、受けて頂きたい依頼があるのですが」

「魔物の駆除なら他に頼め。俺は魔物じゃなくて人を殺しに来たんだ」

「であれば、丁度良いお話です。戦場へ行くのもお止めしません。参戦されるついでに片付けて頂きたい人物がおりまして」

 もし受けて頂けるなら、奥の部屋でご説明をさせていただきたいのですが、と職員は続けた。

「一つ聞きたい。何故初対面の俺を選んだ?」

「簡単な事です。単身で冒険者の盗賊団を撃退……いえ、殲滅し、傷一つない。実力を知るには、充分かと。後は、雰囲気です。私には、貴方が負ける光景が想像できませんでしたから」

「変な奴だな」

 ふふ、とこらえきれない笑いを零し、一二三は彼の依頼を聞く事にした。


☆★☆


「少し、お話しない?」

「構いませんが……」

「そう警戒しないでよ。私はもう魔人族の王じゃないんだから」

 トオノ伯爵が用意した屋敷に、ウェパルとその侍従としてフェレスとニャールも滞在している。今日の日中は街中を観光して回って来たらしく、調子に乗って買い食いしすぎたニャールが、夕食の席に出てこなかった。

「では、お酒でも用意しますか?」

「お土産があるから、一緒に飲まない?」

 ウェパルが手にしていたのは、魔人族領で作られているワインのボトルだった。

 プーセは侍女にグラスを二つ用意させて、ウェパルを談話室へ誘った。今は暖かいので必要ないが、冬場は暖炉が活躍する、貴族ならではの調度品が揃った部屋だ。

「いい趣味ね。これもトオノ伯爵の好みかしら」

「さあ、でもわたしも良い部屋だと思います」

 それぞれのグラスに満たされたワインを目の高さまで持ち上げ、プーセは濃い赤紫の液体を揺らした。ガラスはまだまだ高級品だ。このグラスも一般の市民ではとても手が出せない金額がするだろう。

「再会を記念して、で良いかしら?」

「わたしたちのですか? それとも、一二三さんと?」

「冗談でしょう」

 ウェパルはコロコロと笑う。

「私は、あの男と二度と会いたく無かったわよ」

 グラスを合わせる仕草をして、ウェパルはワインを一口含み、たっぷりと香りを楽しんでから飲み込んだ。

 プーセもそれを真似る。

 酸味の強い液体からは、不思議と甘い香りが広がる。割と強めではあるが、飲み込んだ後はさっぱりと後味が引いていく。

「それで、何かお話があるのですか?」

「せっかちね……」

 カウチソファの上で、ソファにもたれかかったウェパルは、もう一口味わってから、続けた。

「あの男を復活させたのは、何故?」

「……簡単です。今のオーソングランデ王に対抗するためです」

「トオノ伯爵の領兵もいるし、賛同者も多いでしょう? 上手く立ち回れば、獣人族もエルフも、それこそ商売第一のドワーフだって協力してくれるじゃない。制御できないような力を解放する事は無い、と思うけど? あの王女様は一二三さんが大好きで仕方ないみたいだけれど、理由はそれだけじゃないでしょう?」

 プーセはグラスが空になるまで黙っていたのだが、ウェパルがプーセのグラスを満たした時に、礼を言った。

「ありがとう……これは王城の秘密なのだけれど、いずれは大々的に公表されるだろうから、言ってしまうのだけれど」

「その辺りの事はわきまえているつもりよ」

 口外はしない、とウェパルは微笑む。

「……今のオーソングランデ王の指示で、ヨハンナ様の妹であるサロメ様が新たな勇者を召喚しました。男女二人です」

 話を聞いて、ウェパルは天を仰いだ。

「……どうしてそんな事を。オーソングランデ王族には、イメラリアがどれだけ苦労したか伝わっていないの? ……まさか、あの連中?」

「おそらくはご想像の通りです。聖イメラリア教の者たちは、イメラリア様や一二三さんの実像を徹底的に隠しました。今の王は幼少の頃から強く教化されていますから……」

「それで、その勇者たちはどうしているの?」

 ウェパルも二杯目を注ぐ。

「わたしたちが城を抜けだした時点では、まだ城内で密かに訓練と教育を受けていました。外部との接触はほとんどありませんでした」

「教育、ね」

 何を教え込んでいるんだか、とウェパルはため息を吐いた。

「それに対応する為に一二三さんを復活させた、と」

「伝え聞いた話にはなりますが、二人の勇者はそれぞれ高い戦闘力と魔力を持っているようです。もし、一二三さんと同程度の力がある異世界人が二人呼ばれたとしたら。亜人を悪とする教育を頭から信じ込むようであれば……」

「それは大変ね」

 ワインを飲みながら、暢気な返答を返したウェパルを、プーセは酔いに頬を赤くして睨みつけた。

「他人事のように言いますね」

「実力が未確定な相手を恐れるのは疲れるだけだもの。ずっと隠しておくわけにはいかないでしょうから、近いうちに大々的にお披露目するなり、実力を宣伝する為に戦場へ送るなりするでしょう」

 結論を出すのはそれからで良い、とウェパルは口にして、ぴたりと止まった。

「……一二三さんは、どこへ行くんだったっけ?」

「ホーラントの戦場に行く、と……あ!」

「貴女が考えるより早く、どっちが強いか結論が出るんじゃないかしら? 一二三さんは魔国ラウアール側から。向こうの勇者は当然ホーラント王城方面から来るでしょうからね。同じ異世界人同士、仲良くなるかも……という可能性は薄いわね」

 ウェパルも酔いが回って来たのか、頬が熱くなってきたのを感じていた。何かつまむ物でも頼んだ方が良いかも知れない。

「はあ……今は待つしかありませんね。あまり良い知らせが聞ける気がしませんが」

「当然でしょ」

 ウェパルはケラケラと笑った。

「もし新しい勇者が勝ったなら、オーソングランデ王族の暴走は止められない。一二三さんが勝ったら、残った一二三さんをどうするのか、という問題が残る」

「一二三さんを元の世界へ送る方法は見つけました。だから……」

 慌てて手札を開示した形になったプーセに、ウェパルは微笑みを添えてゆっくり首を振った。

「それが彼に対して充分な報酬になるかしら? 私は、彼が元の世界に帰りたがっているようには見えないのだけれど」

 プーセは、その言葉に反論できなかった。ぐるぐると頭を巡らせて、ようやく口を開いたが、同時に窓が割れる音と悲鳴が聞こえた。声からして、侍女の誰かだろう。

 顔を見合わせて、プーセとウェパルは立ち上がった。

「まったく。戦闘は戦場だけにしてほしい所ね。貴女は戦えるの?」

「王城魔法顧問を馬鹿にしないでください。この程度の酔いは景気付けです」

 プーセは魔法を使って二人の足音を消すと、そっと扉を開いた。


☆★☆


 馬を走らせている一二三は、三日目の夕刻には、いよいよ戦場が近くなっているのを肌で感じていた。

 通る村々からは人々が逃げ出し、一部だけ残った住民たちは、戦場へ向かう者たちの為に、宿や食事を提供していた。

 行き交う人々は多くが武装しており、道のところどころに打ち捨てられた死体が見える。

 単身、馬を走らせている一二三は時折見える馬車を追い越し、驚異の速度で戦場へと近付いていた。休憩を与えているとはいえ、馬も一二三の要求するペースに良く応えている。

「冒険者セメレー、か」

 時折漂ってくる腐敗臭を感じながら、一二三はギルドで依頼された標的の名前を呟いた。


 似顔絵を見せられたが、セメレーは切れ長の目をした美人の戦士だった。

 ギルドが彼女を狙う理由は『裏切り』だ。

 多くの冒険者同様、戦場で名を上げるために、という理由でギルドを訪れた彼女は、他数名の冒険者と共に、ギルドが用意した馬車で戦場へ向かった。だが、その途上で彼女を含めた全員が行方をくらませた。

 怖気づいた冒険者が逃げ帰る事は珍しくないのだが、全員がいなくなると言うのは不可思議だ。不審に思ったギルドが調査を開始した所、馬車に乗り合わせた冒険者の一人をとある村で発見した。瀕死の状態で。

 その冒険者はすぐに死んだのだが、息も絶え絶えに調査員に伝えた内容は、セメレーによる犯行についてだった。

 途中で野営をしている時、二人組を作り交代で見張りをしていたらしいのだが、セメレーは見張りの相方を殺害し、眠っている他の者たちも殺して、王城方面へ向かったらしい。

「セメレーは亜人排斥側の軍に合流したと思われます」

「その根拠は?」

「調査の途中で発見された死体のうち、亜人の死体だけが酷く損壊していました。どうやら、刃物で死体に大量の傷をつけたようです。そして、彼女の目撃情報がラウアール国境側に無く、また戦場でどこの部隊にも加入していない事も確認しました」

 さらに、彼女が亜人と以前トラブルを起こしているという記録が見つかったという。

「ギルドとしては、今回の件を冒険者ギルドに対する裏切りであると断定いたしました。生きていても死体でも構いません。彼女をこのギルドまで連れて来てください」

 首実検は自分が行う、と職員は言い、一枚の書類を出した。そこにセメレーの似顔絵付きで彼女の情報が書かれ、賞金首としての表示があった。

「金貨五百枚、か。奮発するな」

「それだけセメレーは強いのです」

「そうだろうな」

 寝こみを襲ったといえ、一人は起きている間に殺している。同行しているのは七人だったらしいが、ほぼ全員を確実に仕留めているあたりも、彼女の実力を示している。

「赤毛を束ね、フードつきのマントをすっぽり被っている、か。まあ恰好はどう変わっているかわからんから、あまり参考にはならんか」

 と、封印前から道着に固執している男が嘯く。

「得意な得物は……へえ」

 一二三は思わず声を上げた。

「槍先に斧の刃を付けた特異な武器……女だてらにハルバートを使うのか」

 さらに、ギルドの記録では多少ならば土魔法を使える、とある。魔法と武器術を併用する冒険者も、ハルバート型の武器も、以前は無かったものだ。

 興味が出てきた一二三は、ギルドからの依頼を受ける事にした。


「見えて来たな」

 ギルドでの出来事を思い返しているうちに、いくつかの天幕が集まっている場所が視界に入った。

 馬を近づけていくと、幾人かの人影が武器を持って街道に立ちふさがる。

「止まれ。どこへ向かうつもりだ」

「戦場だ。ひょっとしてここが前線か?」

「ここは戦闘に参加する冒険者が野営している。前線と言えば前線だ」

 少し離れた場所では、ホーラントの各都市から派遣された正規兵の野営地もあるらしい。ギルドで取り合いをしていると言っていたグネの町は少し先にあり、すでに排斥派に占領されてしまったらしい。

「若造が一人で来たのか……まあ、戦力は多いに越した事は無いが……」

 犬の獣人が進み出て、一二三の姿をじろじろと見る。

 一二三は馬を降り、周囲を見ていた。

「細いな。まあ、偵察の役ぐらいはできるだろう。おい、どこか欠員が出てる所はあったか?」

「五月蠅い奴だな」

 どうやら一二三の配置を決めようとしているらしいが、それを無視して適当な木陰を選び、馬をつなぐと、一二三は桶に水を入れ、乱暴に野菜を地面に積み上げて馬に喰わせる。

 その横に座り、さっさとサンドイッチを三つほど飲み込むと、水を飲んで馬と共に横になった。

「おい、お前」

 先ほどの犬獣人がつかつかと近寄り、一二三を見下ろす。

「戦場を舐めるなよ。お前みたいな素人が死ななくて済むようにしてやるってんだ」

「で、若い奴を前線に送り出して、自分は安全な場所で次の欠員補充を待つ、か?」

「何だと!?」

 大きな根にもたれかかるようにして、刀を抱えている一二三は、親切めかして勝手な事をしている獣人を鼻で笑った。

「俺は好き勝手に人を殺したいからここに来た。指図を受けるつもりもなければ、お前らの為に戦ってやるつもりもない」

 睡眠の邪魔だから失せろ、と言って目を閉じた一二三の前で、犬獣人の男は拳を握りしめて怒りに震えていた。この場所では顔役のような立場なのだろう。他の冒険者たちは、離れて様子を見ている。

 その視線は、身の程知らずの若者を馬鹿にするか、反抗したい年頃だと同情するものだ。

「多少は腕が立つのかも知れんが、あまり集団を乱すようなら、拳で教育してやるぞ!」

 言いながら、獣人のパンチが一二三の顔面を狙って伸びた。

 だが、命中する事は無い。

「……あ?」

 一瞬、何が起きたかわからなかった獣人は、自分の肘から先が消えている事に気づくと、あからさまに狼狽え始めた。

「え、は?」

 抜き打ちに放たれた刀身に切り飛ばされた獣人の腕は、くるくると回って茂みへと落ちて行った。

「寝ると言っただろうが。邪魔するなら、死ね」

「この……」

 獣人は何か言いかけたようだが、その前に肩口からするりと入り込んだ刀が脇から抜けて、血と内臓を撒き散らしながら死んだ。

「少しは人の迷惑を考えろ、馬鹿が」

 血振りをした刀を鞘に納め、一二三は今度こそ誰にも邪魔されずに眠りについた。

お読みいただきましてありがとうございます。

次回もよろしくお願いします。

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