109.百人が一人のために
109話目です。
よろしくお願いします。
「あなた。準備が整いました」
「やっとか」
オリガに呼ばれて、城の中で身体をほぐしながら待っていた一二三は顔を上げた。
「それと、これが王都の鍛冶屋より戻っております。幾分苦労したようですが、仕上がりは上々のようです。ご確認を」
左足を伸ばし、右足を曲げた奇妙な格好でべったりとうつ伏せになっていた一二三は、飛び上がるようにして立ち上がると、オリガから差し出された刀を受け取った。
魔国へ戻ってすぐ、一二三が持っていた鞘と共に鍛冶屋へと預け、細かい注文を付けて砥ぎ直しをさせていたものだ。
「ふむ……」
鞘から引き抜いた刀は、職人が丁寧に研いだことが強く伝わってくるほどに輝きを孕んで一二三の瞳に眩しく映った。
「腕の良い奴だな」
「ええ。少し多めに報酬を渡しておきました。また、兵の中でも功績を上げた者に渡すための脇差をいくつか発注しておきました」
オリガの報告に、一二三は納得したように頷く。
そっと鞘へ戻した刀を腰へ手挟むと、袴を整えて姿勢を正した。
「それと、あなた。イメラリア共和国の女王ヨハンナ様より、招待状が届いております」
「招待状?」
差し出された書簡を受け取ると、一二三は封蝋を指で握り潰す。
「俺とオリガ。それとヴィーネとウェパルが招待されているな……開国式典とはな」
殊更に派手な式典をやろうとするのはこの世界の王族らしい修正ではあったが、一二三はそう言ったものをヨハンナが好むような雰囲気は無かったはずだと首をかしげた。
一つの形式として必要な部分もあるが、他国の、それも魔王と呼ばれる立場にある一二三やその妻を呼ぶほどの規模が必要だろうか。
「それだけ、我が国……いえ、一二三様とのつながりが強固であることを内外に示すためでしょう。あるいは、一二三様に対して敵意が無いことを表したいのかも知れません」
「……ウェパルに行って、出発の準備を。列車はもう使えるだろう。誰かが祝宴に乱入してくれるなら大歓迎だが、何も無く終わるならさっさと帰る……いや、獣人族の町に寄るとするか」
一二三が招待状を返すと、オリガは笑顔で頷く。
自分の夫が何を求めて獣人族の町へ行くのかを察し、それに同行できることで自分や息子の訓練にもなるであろうことを喜んでいるのだ。
「さて、その前にしっかりと身体を動かしておくか」
「はい。たっぷりと楽しんできてくださいませ」
会釈するオリガの頭へ二度ほど手を置いてから、一二三は城から出ていく。
熱気に溢れる野外会場にて待っている、約百名の挑戦者たちを相手に訓練をし直すのだ。こちらの世界へ戻ってから、ひたすらに国内の盗賊や反一二三派を名乗る魔人族の旧主流派を相手に身体を動かして来た集大成となる。
今回集まった挑戦者の中にも、良い機会と考えて一二三に反感を持つ派閥が魔人族内の実力ある者や雇い入れた刺客を送ってきているだろう。
逸る気持ちを落ち着かせながら、一二三は左の人差し指でとん、とん、とリズムよく柄頭を打つ。
外の眩しい明かりに包まれながら一二三が奏でる小気味良い音が、静かな城内に響いていた。
☆★☆
一二三が姿を現すと、ゆっくりと歩いて会場の中央へと進む彼の周囲にはじっくりと観察の目を向けてくる挑戦屋たちの視線が取り囲んでいた。
さらにその外側では、まるで対比するかのように興奮して歓声を上げて王を迎える民衆たちの姿がある。その表情は不安も綯交ぜになっているが、とにかく状況の異常さと熱気に当てられているという様子だ。
「武器の使用も魔法も可! 毒薬や、使えるなら罠の使用もオーケーです!」
オリガの指導もあって覚えたと言うヴィーネの風魔法による拡声は、少々不安定だが会場全体に問題無く聞こえているようだ。
話を聞いて頷きながら武器を握り絞める者、懐に何かを忍ばせてしきりに確認する者などがみえる。
「あと、参加者同士の攻撃が当たって怪我したり死んだりしても一切関知いたしませんので、そのつもりで!」
それも予め告知されていたことであり、柄の長い武器を持っている挑戦者の周囲は空いている。
さらに、拳銃を持ち込んでいる者もいる。何丁もの銃をぶら下げているエルフの男の周囲は人が居らず、誤射を恐れてか彼の近くにも人がいない。
「そろそろ御託はいいだろう」
一二三が口を開き、刀を抜くと挑戦者たちだけでなく観衆すら息を飲み、押し黙った。
「少し形は違うが、こういう国の獲り方もあっていいだろう。尤も、とれるなら、だが」
言葉の終わり際を狙ったように、火薬が弾ける音と金属音が響いた。
ざわめきが周囲に広がり、その音の正体を探して視線がさまよう。
「くそっ……!」
エルフの男が舌打ちして、手にしていた銃を素早く腿のホルスターへねじ込むと、別の銃を取り出し、一二三へと向ける。
対して、刀の峰で銃弾を弾いた一二三はその様子をニヤニヤと笑いながら見ている。
卑怯や危ないといった非難の言葉が飛び交うが、肝心の主催者である一二三はまるで気にしていない。
「惜しかったな。もう少し俺の様子を観察する“目”があったなら命中していたかもな。……ヴィーネ」
「は、はい!」
大分離れているはずなのに、はっきりと一二三の声が聞こえたヴィーネは驚いて肩を震わせた。突然発砲した参加者を排除すべきかどうか迷っていたのだ。
「始めろ」
「は、はい!」
指示を受けて、ヴィーネは大きく唾を飲んで思い切り息を吸う。
「はじめ!」
ヴィーネの声が聞こえた瞬間、一二三の周囲は刃の壁となった。
「これは、壮観だな」
槍の穂先や剣の切っ先、中には人々の隙間を縫って飛来した矢まで見えた。
物理的な圧力すら感じる程の殺気の渦が一二三の周囲を荒れ狂っているのを感じる。さらには背中にわずかに触れ始めた刃物の感触や、掴みに来る指先を腕に感じる。
直後、一二三の姿は瞬時に参加者の眼前から消えた。
「ああ?」
「どこへ……うわっ!?」
突き出された武器が、腕が、一斉に地面へ落ちる。
その中心で、地面に胸が触れるかという程に身を低くした一二三が、振り抜いていた刀をさらに背中側へと回すように振るいながら前へ向かって受け身をとった。
刃は斜めに動き、居合わせた者が斬り捨てられ、血煙を上げながら倒れる。
「しっかり狙え。敵は一人だぞ?」
前転からそのまま起き上がった一二三の目の前にいたのは、先ほど銃を撃ったエルフだった。その銃口は、一二三の心臓部分を狙っている。
ガチリ、と音がして撃鉄が引き絞られた。
だが、弾は出ない。
「これが無いと駄目だろう? こういう複雑な作りの武器は、近接戦闘に向かない」
一二三の手には、むしりとられたような小さな金属パーツがある。
「それは……」
恐る恐る自分の銃に視線を落としたエルフは、火皿に叩きつけられるはずのハンマーが見当たらないことに気付いた。
「いつの間……」
最後まで言うこともできず、一二三の傾げた首をかすめるように突き出された槍が、エルフの顔面を貫いた。
「銃そのものが悪いわけじゃない」
一二三は顔の横に伸びた槍を掴むと、そのまま引き込んで槍持ちの腕を掴み、背負い投げにしてエルフの死体へと叩きつけた。
「問題は使い方だな」
奪い取った槍で槍持ちとエルフを串刺しにすると、悠然と振り返る。
「さあて、楽しくなってきた。どんどんやろう」
飛来した矢を躱し、背後から聞こえた悲鳴は無視して正面へ向かってぐいぐいと走っていく。
気圧された者たちが下がり、その背後から数人が飛び越えて襲い掛かった。
二人は空中で横一文字に断ち切られ、一人は着地と同時に一二三の蹴りを受けて数人を巻き込んで転倒する。
「もらった!」
残り一人が、一二三の喉へ向けてナイフを突き出した。
だが、一二三はそう易々と攻撃を受けるようなことはない。
伸ばされた腕に顎をひっかけた一二三は、腰を回し、突き出された勢いをそのまま利用してナイフ使いを投げた。
「はあっ!?」
まさか腕も使わず、身体を捻っただけで投げ飛ばされるとは思わなかったナイフ使いは、受け身も取れずに頭部から落ちた。
首を折り、動かなくなったナイフ使いを見下ろした一二三は、首を左右に振る。
「久しぶりにやったが、うまくできたな」
その言葉で、挑戦者の中で察しが良い者たちは戦慄した。目の前にいる魔王は、本気で自分たち挑戦者を相手に訓練をしているのだ。
それも、失敗すれば自分が死ぬような技を試している。
驚愕しているグループの中には背を向けて逃げようとする者もいたが、そういう者から一二三の凶刃が襲った。
血が巻き上がり、中央あたりはすでに歩くだけでも足が取られる程に夥しい血で染められている。
転倒する者が続出し、それを避ける為に参加者集団はじりじりと後退し、いくつかのグループへと別れた。
「当然の動きだな」
と、一二三は自分に肉薄する選択に固執している連中をサクサクと殺害しながら、納得した様子で周囲の動きが変化しているのを感じていた。
挑戦者はすでに八十人台にまで減っている。
開始当初から冷静に観察していたものや、開始すぐの熱気に当てられていたが、冷静になったもの。運よく一二三の前にいなかった者が残っていく。
結果を焦った者、運悪く一二三の近くにいた者、実力が無い者。
次々と骸になっていく者たちは、ある程度一二三による選別を受けた者たちでもあった。文字通り、斬り捨てられたのだ。
その目的は、場所取りだった。
「このくらい広ければ充分だろう」
中央から、東側にいた動きの鈍い者たちを先に始末していった一二三は、死体が無く開けた場所へ移動しながら楽しげに声を上げた。
「三十人くらい殺したか。準備運動には充分だな」
懐紙を取り出し、血塗れになった刀を拭う。
そんな一二三自身も、上半身のあちこちに返り血を浴びていた。
何かに気付いた様子で一二三が放り投げた懐紙が、いくつかの紙片へと別れる。
「風魔法か。何度も見た技だが、結構な手練れが混ざっているな」
見えにくい風の刃は時代が変わっても多用される魔法の様だ。だが、以前とは違い参加者たちを見ても誰が魔法を放ったかは容易には分からない。
魔法の発動を偽装する技術は発展しているらしい。
「まあいい。どうせ全員殺すからな」
人数が減り、会場が広く使えるようになってからは魔法攻撃が激しくなった。
風だけではない。火球が足元を襲い、水の壁に阻まれ、大きな一枚岩が上から降り注ぐ。
「ふむ。腕自慢なだけはあって、結構威力があるな」
風魔法は避けるか左手で叩き落とし、火球を蹴り飛ばし、水の壁は斬り裂き、岩は手を当てて逸らす。
全ての魔法をかいくぐり、魔力の流れで敵を見極めては斬り捨てる。
「はああ!」
魔人族の一人が、鎖鎌の分銅を投げて一二三の刀を絡め取ったのは、一人の魔法使いを斬った最上のタイミングだった。
「捕えた!」
鎖を自分の方へと引き付けながら距離を縮めてくる魔人族は、右手に握る鎌を振り抜くタイミングを測っているらしい。
だが、一二三は鎖に引っ張られるままに距離を詰めた。
「えっ!?」
抵抗されて鎖の引き合いになることを想定していたのだろうか。自分から近づいてきた一二三に対し、魔人族の男は慌てて鎌を振り下ろした。
その刃は、空を切る。
「ぐぶぅっ!?」
鎖に絡め取られたままの刀が押しつけられるようにして魔人族の首から胸にかけてぴったりと当てられ、ゆっくりと一二三の体重がかかるとともに皮膚を破り、食い込んでいく。
血反吐を吐きながらも抵抗しようとしても、左手は握っている鎖と刀で押さえつけられ、鎌を持つ手は一二三の左手が押さえていた。
「最初は良かったが。それだけだな」
ずるり、と一二三が右手に握る刀を引き抜くと、バラバラに切れた鎖が落ち、その上に死体が覆いかぶさった。
「ふ、ふふふ……」
笑い声を溢しながら書き上げた髪が、ぬらぬらとした血でソフトバックの形でまとまると、鋭い視線が周囲を睥睨する。
「やっぱりお前も紛れ込んでいたんだな。憶えのある気配を感じると思った」
一人のフードを目深にかぶった女性魔法使いへと向き直り、一二三は刀を振るって血を払い落とす。
「……目的があって来たのですが、とても見ていられない状況でしたから、参加させてもらいました」
震える声で話し、片手で乱暴にフードを取り去ったのは、勇者ミキだった。
「私も彼も間違えていたのは認めますが、貴方のやりようは異常です。ここで一度止めます」
その表情には一二三に対する怯えが多少残っているものの、確かな自信を思わせる雰囲気があった。
「止める、か。殺す、ではないんだな?」
「貴方とは違いますから」
「まあどっちでもいいか。そうできるなら、見せて貰おう」
勇者の登場に、ミキを知っている者たちは驚いていたが、他の参加者たちにとってはチャンスだった。
勇者と一二三が戦っている隙に、止めを自分が刺そうと考える者は多かった。
まだまだ数十人規模で残っていた参加者は、まるで一二三を追うかのようにぶつかり合う二人を取り囲み、自分たちも武器を振るった。
こうして、戦いは再び乱戦へと突入していく。
お読みいただきましてありがとうございます。
次回もよろしくお願いします。




