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107.穏やかな旅路

107話目です。

よろしくお願いします。

「一時的な……そう、一時的な静けさを甘受しているに過ぎません」

 ウェパルの言葉を受けて、逡巡の果てに撤退していくオージュたち排斥派の軍勢を見送り、プーセはヨハンナへ告げた。

「それでも、この貴重な時間を利用すれば多くの将兵の命が救われるでしょう」

「そうね。……わたくしも手伝うわ」


 多くの兵士達が傷ついたものの、イメラリア共和国は国境を守ることに成功した。

 停戦や終戦にはまだ長い期間がかかるものと思われるが、排斥派の軍勢が退いたことで、生き残った将兵は快哉を叫んでいる。

「気楽なものね」

 水筒に入れておいたワインを呷って、後方に用意された休憩場所でぐったりとしているウェパルが呟く。


「兵士ってそういうものですよ、ウェパル様」

「ミーダット。貴女もお疲れ様」

 まだ指揮が残っている、とウェパルが進める酒を断り、ミーダットは腰を下ろした。

「オーソングランデ王城の方はうまくいったでしょうか?」

「オリガさんがいるもの。どうとでもなるわ」


 信用しているのですね、とミーダットが笑うと、ウェパルは「少し違う」と答えた。

「諦めているのよ。……世の中には、目的を達成する為に他人がどうあろうと毛ほども気にしないタイプの奴がいるのよ」

 それが一二三であり、オリガであるとウェパルは言う。

 ヴィーネは少し違う。一二三やオリガには忠実だが、他の誰かに対する気遣いもできる。


「一二三さんは、話を聞いただけで顔を合わせたのも短い時間だったから良く知らないけど、オリガさんは怖かった」

 ミーダットが所感を述べると、ウェパルはころころと笑った。

「どちらかといえば、オリガさんの方が扱いやすいのよ? 価値観が“夫の為”一辺倒だから。問題は一二三の方よ」


 話している間に、怪我を負った将兵に対する治療が概ね終了し、防衛の体制作りが始まった。

 この国境はあくまでイメラリア共和国の者なので、魔国所属となっているウェパルは出番が無い。対して、イメラリア共和国に全面協力することになっている獣人族の町所属のミーダットは忙しくなる。


「ウチも行かないと……」

「戦争って、利益とか信念とかのずれや違いから始まるものよね」

 軽く酔っているのだろう。少しだけ頬を赤く染めたウェパルが呟き、ミーダットは動きを止めて彼女の顔を見た。

「でも、一二三の怖いところは、自分が戦えるなら利益も信念も命も、戦いの材料としか見ていないところよ」


「それは……」

 一度言葉を切り、唾を飲んでからミーダットは答えた。

「ですけれど、一二三さんは味方ですからね」

「味方? そんなわけないでしょ」

 あっさりと否定したウェパルに、ミーダットは戸惑う。


「あれには、敵も味方もいないのよ。殺す相手か、それ以外。二種類しかいないわ」

「で、ですが奥さんもいるわけですし……」

「あら、貴女聞いた事無いの?」

 ちゃぷちゃぷと音を鳴らしながら水筒を揺らし、ウェパルは酒臭い息を吐いた。

「封印前の戦いで、オリガさん本気で一二三を殺そうとしてたのよ」


 果たして、このまま戦いが一時的にでも収まったとして、果たしてどこから新たな火が点くのか。

 それは共生派でも排斥派でもなく、ただ戦いを求める勢力によってなされるかも知れない。

 ウェパルは、それを予想では無く予測だと言った。


☆★☆


 オーソングランデ王城陥落と皇王及び皇女の死はかなり早い速度で伝わり、排斥派は一部の転向者を覗いて全ての貴族たちが共和国の成立及び新たな国境線の確定を、指を咥えて見ているしかなかった。

 しかし、共生派と手を取ろうとした者は少ない。

 皇王も皇女も惨殺されただけでなく城の前に晒され、城にいた騎士たちもほぼ全てが殺害され、一部の騎士と共に辛うじて逃れた皇子と皇妃の口から生々しい証言がなされたのが原因だ。


 オーソングランデ皇国の正統な後継者が生き残っていることと、国璽も守られたことで皇国そのものが失われたわけでは無い、という希望があった。

 皇国の騎士たちがむごたらしく殺されたことで、投降しても殺されるだろうという恐怖、共生派に対する不信感が募った。

 結果として、排斥派はイメラリア教本部を本拠地として結集し、その結束を強めることとなったのだ。


「重畳、重畳」

 ガラガラと街道を進む台車の上に座り、一二三は満足気に頷いた。

「これでしばらくは睨み合いだが、ある程度の戦力が揃えばまた弾ける。今できる最高の戦争が始まるぞ」

「ええ。楽しみですね」


 彼の隣で穏やかな笑みを浮かべ、胸に抱いた息子と顔を合わせていたオリガは短い言葉で同意した。

「ご主人様。どうしてわざわざ戦争を起こすんですか? 強い人と戦うなら、その人の所に行けば良いと思うんですが」

 オリガとは反対側に座り、膝を抱えていたヴィーネが顔を上げた。


「手っ取り早いからだな。大きな戦いがあれば、双方の勢力が強い奴を連れてくる。追い詰められた側は、探し出してでも引っ張ってくるだろうな」

 ふるいにかけるという意味もあった。名が無い強者でも、戦場を通り抜ける間に生き残り、技が磨かれる。

「俺のように道場で鍛えた技とは違う、粗削りでも目を見張るような何かが見られるかも知れないからな」


「なるほど」

 ヴィーネは納得したように頷き、オリガの顔色を窺いながら、一二三へと寄りかかる。

 オリガは何も言わず、一二三も黙って受け入れたことが嬉しくて、ヴィーネはにこにこと笑いながら久しぶりに感じる温もりをたっぷりと堪能していた。

 台車は、がたがたと揺れながらも魔国の兵士によってオーソングランデの街道を進んでいく。獣人族兵はシローと共にヨハンナ達との合流を目指して別れている。


 その後ろに、もう一台の台車があった。

「家族団らん、と言ったところでしょうか」

「あんだけ人殺ししておいて、当人たちは平気な顔してるわね。怖いというより、ムカつくわー」

 ニャールとウィルは一二三たちの背中を見て、それぞれの思いを口にした。


 横倒しにしておかれた乳母車に背中を預けていたニャールは、身体を起こして水筒のお茶を二つのカップに注ぐと、一つをウィルへと差し出す。

「あ、ありがとう」

 カップを受け取ながら、ウィルはニャールの顔をチラチラと見ていた。

「わたしの顔に、何かついていますか?」


「いやいや! そういう事じゃないの!」

 片手をぶんぶんと振って、上ずった声で否定する。

「あたしがいた世界には、魔人族……だっけ? そういう人たちはいなかったのよ。ごめんね、ジロジロ見ちゃって」

「そうなのですか。いえ、見て頂くだけなら構いませんけれど……触ってみます?」


 魔人族特有の、薄いグレーの肌色をした頬を指差したニャールに、ウィルは「いいの!?」と食いついた。

「つねったりしないでくださいね?」

「しないしない! ……わあ、すべすべ。人間の肌と変わらないのね。むしろ、あたしより肌触りいいかも」


 微妙な敗北感を感じながら、ウィルは濃い青色の髪や瞳もしげしげと見つめる。

「わたしももう若いとは言えない歳ですから、それなりにお手入れをしているんですよ」

 照れくさそうに笑いながら、ニャールは乳母車の隣に置いた箱へと視線を向けた。彼女の荷物だ。

「そうなの? あたしは十五歳だけど、あんまり変わらないんじゃない?」


「……百二十一歳です」

「えっ?」

 ニャールは笑顔のままだったが、どこか迫力を思わせる空気が周囲を支配する。

「魔国の王ウェパル様にお仕えして早九十年。他の人が経験できないような、歴史が動く瞬間の多くに立ち会ってきましたが、同期のフェレスと共に仕事漬けの日々を送り、いつの間にかこんな年齢に……」


 懇懇と語り続けるニャールの言葉を聞きながら、ウィルは口を挟む隙を見いだせなかった。それに、あまりにも自分の常識からかけ離れた年齢に口をぱくぱくするしかない。

 ニャールは悲観的な話をしているが、魔人族やエルフは青年期が長い。およそ三百歳から肉体的な衰えが始まるのだが、それまでは心身ともに若い時期が続く。

 ウェパルは二百歳だが、彼女もまだ人間で言えば二十代の後半といったところだ。


「そりゃあ、長くお城に勤めている間にロマンスの一つや二つはありましたが、どうしても王の側仕えを続けていると時間が無く、またあちこちへと移動も多い仕事ですのでお付き合いは長く続きません。それにまず、お仕えしているウェパル様も……」

 余程鬱憤が溜まっているのだろう。ニャールはそれから一時間語り続けた。宿場にする町へ到着したためだが、彼女自身はもう少し話したかったようだ。


「ねえ。結局これからどうするのかをあたし聞いてないんだけど……痛っ!?」

 町の中へ入り、宿へ向かう一二三の袴をウィルが掴むと、オリガの手が素早く叩いた。

「軽々しく触れないように。一二三様はお疲れです」

「この男が疲れるわけが……っ!」

 反論しようとしたウィルの喉元に、彼女がまるで気づかない間に鉄扇が当てられていた。


 武器の正体を知らない彼女でも、その殺気は感じ取れた。

「あまり失礼なことを言わないでください。主人が連れてきたお客様ですからすぐには殺しませんけれど、私にも我慢の限界はありますから」

「……ごめんなさい」

「武器を抜く速度がまた速くなったな」


「あら、お恥ずかしいところをお見せしてしまいました」

 一二三が褒めると、先ほどまでの睨みはあっという間に消えて、オリガは赤く染まる頬を押えて顔を振った。

「ウィル。お前、オリガに魔法の話を聞きたいんじゃなかったのか?」

「そうだった!」


「こいつのいた世界だと、こっちの世界みたいな魔法は無いらしい。逆にこいつが使える“魔導陣”は有用だと思うから、できればオリガに習得してもらいたいんだが」

 オリガは一二三の言葉に驚き、目を見開いて硬直した。

「……どうした?」

「いえ、申し訳ありません。あなたから頼まれごとなど久しぶりのことでしたので」


 涙がにじむ瞳を素早くハンカチで押えたオリガは、一二三の腕を掴む。

「あなたの希望ならば何だってやらせていただきます。ですが、私とこの子の時間を先にいただけますか?」

「そうだな。名前も考えなくちゃいけないしなぁ」

「ということですので」


 ぐるり、と首を回して後ろにいるウィルを見たオリガは、先ほどまでの上気した顔はどこへやら、氷のような表情へと変わっている。

「今日は諦めて、ニャールと二人で部屋をとってください。明日からは魔法に付いて一から教えてさしあげます」

「あ、ありがとう……」


「主人の希望ですから当然です。ですが、一二三様の口添えを受けてのことです。途中で泣き言を言うような真似は許しませんよ」

 そのつもりで、と釘を刺したオリガが一二三の腕を取って歩いていくのを、ウィルは呆然と見ていた。

「あの……なんか、すみません」


 恐る恐るフォローを入れたヴィーネは、夕食までウィルに獣人族のサンプルとしていじくりまわされる羽目になった。


 こうして、戦況やイメラリア教に関する情報などを主にオリガたちから聞きながら、一二三は一路魔国を目指した。

 刀の回収と、新たな戦いへの準備の為に。

お読みいただきましてありがとうございます。

次回もよろしくお願いします。


※今後は拙作『専制政治を守り抜く!』と交互に、

 隔日21時更新で進めていく予定です。

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[良い点] 最強夫婦の家族団欒…良ぉ〜
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