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106.皇国の終焉

106話目です。

よろしくお願いします。

 一二三がメンディスと対峙すると、シローは両者の様子を見てとってそっと後方へ下がった。

「手出しは無用なようだ」

「いたた……そうですね。その方が賢明です。じゃないと、師匠もまとめて殺されてしまいます」

「苛烈だね。噂に聞く“殺しを嗜む”というやつだ」


「いいえ」

 進み出てきたオリガは、息子をヴィーネへと預けた。

「殺すこと殺されること。命の奪い合いをこそ楽しいと感じるのです。あのメンディスという人物は、随分と訓練をされた様子ですから、主人も楽しめるでしょう」

 オリガはヴィーネとシローに下がっているように言うと、自分は歩みを進めた。


「何をされるのですか?」

「皇女サロメを始末します。ヴィーネは彼女を見張っておくように。要注意人物です」

 オリガが指差した先には、ロープで簀巻きにされ猿ぐつわを噛まされたウィルが転がっている。魔力は回復し始めているらしく、すでに意識を取り戻して海老のようにぴちぴちと動いていた。

「そろそろこの戦いも終わりに向かっています。余計な駒には退場して貰いましょう。皇女サロメは生かしておいても主人を楽しませる程の実力は持ち得ません」


 ヴィーネは言われた通りに、赤子を抱えて兵士達が待機している後方へ向かうと、一二三が戦っている間に周囲の戦況を整理すべく本格的な攻勢に向けて隊列を整理し始めた。

「この子はどうする?」

 シローの方には、ウィルが担がれてジタバタともがいている。

「そうですね。あんまり暴れ回られても困りますから……」


 ヴィーネが抱え上げ、ゆっくりと近付けられる笑顔の赤子を見て、ウィルは涙を流しながら抵抗したが、小さな手が頬に触れた途端に回復し始めた魔力をあっさりと根こそぎ奪われて気を失った。

「どうやら、坊ちゃんは彼女のことを気に入ったようですね」

「……君は時々、無邪気な顔で酷いことをするね」


☆★☆


 折れ曲がった鉄杖としばらく格闘していたメンディスは、変形してしまった繋ぎの部分をどうにか分離することに成功した。

 短くなった杖を両手に持ち、ゆったりと直立した状態で右手を掲げ、左手を前に出して構える姿は熟練者のそれだった。

「短杖術か」


「名前など無い。これは俺がお前を倒すためだけに生み出した技だ」

「結構、結構。では実際に試してみようじゃあないか」

 一二三は鉄杖を取り出して構えた。メンディス同様右足を前に半身の姿勢だ。

 ふと、刀はどうなっているか気になったが、オリガのことだから過剰に厳重に保管していることだろう。


 メンディスが動いた。

 一二三が知る限り、短杖術(あるいは半棒術)はリーチを失う代わりに杖術よりも自在な動きが可能となる武術だった。自信はほとんど経験が無いが。

「流石に速いな」

「お前の速度に追いつくための策だ。そうでなければ困る」


 メンディスの動きは鋭い。

 左で杖を押えながら、右手の突きが一二三の喉を狙う。

 かろうじて顔を引くことで躱した一二三だが、喉仏にそっと杖の先が触れた。

「……!」

 瞬間、背筋に悪寒が奔った一二三は即座に後転して避けようとしたが、遅かった。


「ぐっ!?」

 棒の先から電撃が奔る。それは弱いスタンガン程度の衝撃だったが、一二三の動きを鈍らせるには充分だ。

 メンディスの腕が動き、左右の杖が胸や腹、そして顔面を打つ。

 力が萎えた身体で打撃をまともに受けた一二三は、破壊された破片が広がる石畳の上を滑るように飛ばされていった。


 メンディスは油断せずに構え直し、仰向けに倒れたまま大の字で空を仰ぎ見ている一二三へゆっくりと近づいていく。

「くっ、ふふふ……」

 笑みを浮かべながらのっそりと上半身を起こした一二三に、メンディスは足を止めた。

「ああ、痛ぇ。肋骨が折れたな。頬骨も罅が入った」


 にやにやと笑いながら自分の傷を冷静に確認しながら立ち上がる一二三は、袴の埃を左手で払うと、何事も無かったかのように構え直した。

「倒れている間に攻撃すればよかったのに。俺を殺せたかも知れないぞ?」

「殺すとも。必ず殺してやる」

 メンディスの答えに満足気な頷きを見せた一二三の動きは、電撃の影響など全く見えない程に滑らかだ。


 激しい金属音が立て続けに響く。

 一二三の杖はくるくると向きを変えながら突きや側面からの打撃を繰り返す。

 対して、メンディスは両手の短杖を叩きつけるようにして一二三の攻撃を弾いていた。

「流石に手数が多いな」

「棒術では出来ぬことがこれでできる。片手でも充分なダメージを与えられるように身体も鍛え直した。こういうこともできる程にはな!」


 一二三が持つ杖を踏みつけ、さらにメンディスは右肘を内側から踏みつけた。

 まるで軽業師のように身軽に一二三を踏みつけた格好だが、メンディスの動きはそれで止まらない。

 肘から肩へと歩を進め、一二三の顎を短杖で殴り飛ばしながら身体を回転させ、宙を舞う。


 再び後方へと飛ばされるかに思えた一二三だったが、かろうじて杖先を避けて電撃は受けずに済んだため、しっかりと立っていた。

「ちっ!」

「手の内を見せるのが早すぎだ」

 顎に受けたダメージを逃がすように仰け反りながら一二三が投げた鉄杖が、空中のメンディスへと直撃する。


「ぐぅはっ!」

 横っ腹にめり込む程の威力で飛来した杖を受けたメンディスは、反吐を吐きながらもどうにか着地した。

 そこに、素手の一二三が迫る。

「させ……るか!」


 まず動きを止めたいと考えたメンディスは脛を狙って短杖を振るった。

「ああ?」

 感触がおかしい。確実に脛を殴りつけたはずが、布を叩いたような感触しか返ってこない。

「袴は便利だろう?」


 見た目からは判別しづらいが、一二三は踏み出したと見せかけ袴の中で膝から下を曲げていた。

 まんまと空振りさせられたメンディスの右腕に、勢いと体重が乗った一二三の膝が落とされる。

 メキメキと、骨が悲鳴を上げるのが聞こえた。


「ぅぐっ!」

 苦悶の表情を浮かべながらも、メンディスはもう一本の杖を一二三の腹に向けて突きだした。

 そこから先の動きについて、メンディス自身には何をされたかわからなかった。

 膝を突いたままで打撃を入れていたはずが、突き出した腕を掴まれたかと思うと、自分の攻撃の勢いを吸い込まれるかの用に自然と立ち上がっていた。


 まるで立つのを手助けされたかのように軽やかに起立させられたメンディスは、そのまま社交ダンスのようにくるりと半回転し、今度は背中から地面に叩きつけられる。

「……がっ……!?」

 一連の動きは流れるように行われ、最終的に肺の空気を一度に吐き出したメンディスは目を白黒させながら目の前で自分を見下ろす一二三を見ていた。


 後頭部を打ったせいか、視界は奇妙に揺れている。

「お前の負けだ」

「まだだっ!」

 右腕は動かずとも、メンディスの左手は自由になっている。

 仰向けのまま左手に掴んだ短杖を突き出し、一二三の顔を狙った。


 一二三の両手が動く。

 彼がメンディスの左手と短杖を左右から叩いた事により、回転の勢いでメンディスの手から抜けた短杖は、しっかりと一二三の左手に収まった。

 直後、見開かれていたメンディスの左目へと突き立てられた短杖は、眼底を貫き、脳を破壊しただけに止まらず、後頭部の骨を砕き、皮を押し上げてようやく止まった。


 残った右目が、光を失いながらも一二三をじっと見つめている。

「そう睨むなよ。悪くない戦いだったと思うぞ。折れた肋骨はまだ痛むし、話すのも痛いくらいだ」

 言い終わり、振り返った一二三は近づいて来たオリガがしがみ付くのを、痛みを無視して受け止めた。


「おかえりなさいませ、あなた」

「ああ。帰ってきた……というのも妙な話だが」

 一二三はオリガの頭に手を置いて笑う。

「それじゃあ、色々と聞きたいことも言わないといけないこともあるんだが……」

「はい、わかっております。残りの始末、一緒に参りましょう」


 夫婦がオーソングランデの城に消えてから、城内の抵抗が完全に潰えるまでに二時間とかからなかった。


☆★☆


 同じころ、ウワンはホーラント王城まえで勇者ミキとの戦いを続けていた。

 というより、一方的に攻撃を加えてはいるものの、王城の門に立ちはだかるミキの防御を突破する事は叶わずにいる。

「ちぇっ、どうなってるんだよ」

「無駄なことは止めて、引き上げてください。私はもう、イメラリア教の為に戦いたくはありません」


 すでに勇者はいない、とミキは断言した。

 ただただ、このホーラント王城と国を守りたいために立っている女が一人いるだけだ。

「……勘弁してよ! 俺だって自分たちの正義がある。まるでイメラリア教が悪いみたいに言うのはおかしくない?」

 ウワンは頭を掻きむしりながら叫ぶ。


「オージュは何考えてるかわかんないし、司祭長も何考えてるかわかんないし! 一二三からヒントは貰ったけど意味がわからないし!」

 突然不満をぶちまけ始めたウワンに、ミキは目を丸くして驚いた。

「急にどうしたのよ……」

「君だってわかるでしょ? 勇者とか三騎士とか言われて戦いに出たのはいいけど、自分が何の為に何やってるかわかって無かったんじゃない?」


 挙句の果てには死んだ仲間も利用するという話まで出て、もしウワンが死ねば同様に再利用されるのは目に見えている。ウワンは兜を叩き落とした。

「上手くいっている時は疑問にも思わなかった。でもいつの間にかイメラリア教もオーソングランデも敵ばかり増えていって、どれだけ殺しても終わらないし!」

「振り回されている自覚があるなら、自分でどうにかするべきじゃないの?」


 ミキはウワンが思ったより子供だということを感じながらも、手を差し伸べるか否かを迷いつつ説教のような言葉を吐いた。その事に多少恥ずかしさを覚えながらも。

「私だって、勇者として戦って、勝っているうちは自分たちの正義を疑わなかった。でも、正義なんてどこにもなかったよ」

 疲れた笑みを見せ、ミキはウワンに語る。


「人間の為に、俺たちは戦っていたはずなのに」

「相手だって“人間の為”に戦っているわ。ただやり方が違うだけよ。気持ちは同じでも目指す結果が違うから敵対するの。どちらに付くのも自由だし、付かないのも自由よ」

 ホーラントは加担しない。それをミキは支持する。ホーラントの安全を守るために戦うと決めた。


「……一二三はどうなのさ」

「一二三はね……あれは、そういう理屈で動いてる人じゃないと思う」

 ミキは日本にいた頃に本で読んだような内容を思い出していた。

「世の中には、幸福とか安定や隆盛なんていう未来の利益を考えようとしない人もいるのよ」


 ミキの言葉を受けて、ウワンは完全に動きが止まっている。

 周囲にはホーラント兵が控えていて、これまでの戦闘で数名が殺害されている。ミキが登場して完全に城への道を塞いでしまったことで膠着している状態が続いているのだが、そこにもう一人の人物が現れた。

「一二三さんを知っているんだね」


 爽やかな笑顔で城の中から出てきたのは、ビロン伯爵ランスロットだった。

「やあやあ、こんにちは」

 ミキとは城内でも顔を合わせておらず、ウワンも彼のことは知らない。

「初めまして。ぼくはビロン伯爵領の領主でランスロットだ。こうみえて、歴としたホーラント貴族だよ。と言っても、つい先日まではオーソングランデの貴族だったけど」


「意味が分からない」

「そうだろうね。でも今はそんなことは特に関係無いんだ」

 首をかしげるウワンに、ランスロットは人差し指を揺らして答えた。

「一二三さんの話がでてきたからね、ちょっと気になっただけなんだよね。彼の動きについてちょっと教えておこうかと思ってさ」


 ランスロットの言葉に、ウワンもミキも耳を傾けている。二人とも、一二三の動向となると無視はできない。

「彼が行方不明になったのは魔法でどこかへ飛ばされたせいらしいんだけれど、それは知っているね?」

 ウワンは情報として聞かされていて、ミキもホーラント女王からそれらしいことは聞いていた。


「今頃、きっと彼の奥さんがオーソングランデ王城から召喚魔法の技術を奪い取ろうとしているよ。そうなると、イメラリア教は困るんじゃないかな?」

 指差されたウワンは、額に汗を浮かべて何度も瞬きをしている。

「ど、どうしてそんなことがわかるんだ?」

「簡単な推測だよ。彼を呼び出した実績が城の魔法陣にはある。おまけにイメラリア様の血を引いたヨハンナ様があの陣営にはおられるからね。魔国の魔法知識も加われば、難しい話じゃないと思うよ?」


 ランスロットは、狼狽えるウワンを放ってミキへと目を向けた。その表情は微笑みを浮かべたままだったが、ミキにとってはどこか空恐ろしいものに感じられる。

「……帰りたくは、無いかい?」

「えっ?」

「ぼくの家系は特殊でね。一二三さんが封印される前から彼に関わって来てるんだ」


 だから知っている、とランスロットは語った。

「実は送還について、オーソングランデ王家は惜しい所まで研究を進めていたんだよ。今ならまだ、元の世界へ戻る方法を知る可能性があるんじゃないかな」

「元の、世界へ……」

 最後の一押しに、ランスロットは一二三の名前を出した。


「一二三さんは帰る気があるか微妙な所だからね。ひょっとしたら、壊してしまうかも知れないね。自分の興味が無いことに関しては、とても無頓着な人らしいから」

 それだけ言うと、ランスロットは早々に城の中へと引っ込んでしまう。

 考え込んでいたミキがふと我に返ると、いつの間にかウワンは去ってしまっていた。

お読みいただきましてありがとうございます。

次回もよろしくお願いします。

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