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105.帰ってきた殺戮者

105話目です。

よろしくお願いします。

「夫婦そろって何を考えているのか! 皇国の城は貴様らの遊び場では無い!」

「ええ。遊び場とは思っておりません。ただ、王と王を守る者がいるのが私どもにとって丁度良かった。それだけです」

「丁度良いとは……!」

 突然の襲撃を受けたオーソングランデ皇国の王城では、メンディスを始めとした皇国騎士達の努力によりどうにか侵入を免れたものの、城の前で激しい戦闘が続いていた。


 その戦場の中心にいるのは、オリガとヴィーネ。それに対するメンディスとサロメだ。

 オリガ達の王都侵入は突然であった。およそ道なき道を通ってきたらしい五百名程度の軍は、白昼堂々と王都の入口を実力で突破して入ってきた。

 イメラリア教からの補充兵力を待って前線へ向かう予定だったメンディスと、ヨハンナと違い魔法攻撃についても教育を受けていた皇女サロメがいたために、どうにか瓦解せずに済んでいる状況だ。


「どうしてこんな近くに!」

「斥候の無能さを嘆きなさい」

 サロメは持ち前の強大な魔力を使って派手な爆発を繰り返し起こしていたが、魔力の流れを読み、爆風すらも向きを変えてしまうオリガに対して全くの無力だった。

 実戦経験の乏しさもあるが、魔力量に頼り切った攻撃方法はオリガとの相性が最悪だったと言う他ない。


「大人しく道を開ければ、怪我をせずに済みます」

「殺す価値も無いと言いたいのですか!」

 魔法杖を振るう腕も勢いが弱まり、肩で息をしているサロメ。彼女が見ているオリガは呼吸すら乱していない。

「いいえ。殺さないのは貴女に利用価値があるからです」


「利用ですって?」

「そうです。もし一二三様召喚や一二三様の世界への転送についてヨハンナ様が失敗したなら、代わりに貴女にやってもらうためです」

「そんなことに協力などするわけがないでしょう!」

 怒りと共に、オリガがいた場所の地面がはじけ飛び、砕けた石畳が四方へと散っていく。


 しかし、オリガはゆっくりと歩いて爆心地から離れており、破片は風の流れにのって彼女を逸れて飛んで行く。一つだけ、小さすぎて風に乗らない破片が飛来したのを鉄扇で叩き落とした。

「見え見えの攻撃があたるはず無いでしょう。それより、協力は必ずしも貴女自身の意志は無関係に強制することもできます」


 ぞわりと背中を寒いものが奔ったのを感じたサロメは、オリガの足止めをするために複数個所の地面を同時に爆破しながら絶叫した。

「メンディス! こちらを手伝いなさい!」

 しかし、メンディスの方もそこまでの余力は無い。

 彼は今、ヴィーネとシローという二人の兎獣人を相手に戦っていた。


「行かせません」

「その通りだ、ヴィーネ君。メンディスという御仁は非常に手強いようだが、我々兎飛翔拳の敵では無い!」

 ヴィーネよりもシローの方が活き活きとしている。周囲に手他の皇国兵たちを押しとどめている共和国兵と魔国兵の中に、彼の門人も複数混じっていることもあり、自流を広めるチャンスだと思っているらしい。


 すでに名乗りを終えているシローは意気揚々とヴィーネの手助けを始めたのだが、これが妙につかみどころのない動きと手数の多さも相まって対処しづらい相手であり、メンディスは二人を相手に中々攻勢に転じることが出来ずにいる。

「せいっ!」

 シローがトンファーのような武器を握った拳を突き出すと、メンディスは鉄の杖を使ってこれを止める。


 動きが止まったメンディスに、ヴィーネがシローの背後から飛びかかり釵の一撃を突きいれた。

「くっ、面倒な……!」

 杖から左手を離してシローの腕を掴み、彼我の位置を入れ替えながらヴィーネの攻撃から逃れたメンディスが、素早く向き直って杖を構え直す。


 その眼前で、シローの肩を蹴って大きく飛び上がったヴィーネが、釵を投げた。

「そんな単純な攻撃が……」

 と、身体を捻って避けようとしたところで、シローが飛んで行く釵に軽くトンファーを当てた。

「なっ!?」


「単純ではないさ」

 突然軌道が変化した釵をメンディスは完全には避けられず、腿の外側をすっぱりと斬り裂かれた。

「兎飛翔拳は変幻自在の動きこそが強み。そうそう見切れるものではない」

 自慢げに語るシローの後ろで、ヴィーネは困った顔をしていた。


 先ほどから二体一で戦っており、どうにかメンディスの足止めができているにすぎないのだ。とても自慢げに話すような状況では無い。

 それでも、シローは楽しくて仕方が無いらしい。メンディスと激しい打ち合いを続けながらも高笑いしている。

「楽しいなぁ、ヴィーネ君! やはり町に籠っていては分からない事は多いな!」


 目的としては王城へ押し入って占拠し、一二三を召喚した時の魔法陣を押えることにあった。王や騎士たちが逃げるなら、それはそれで構わないというのがオリガの基本方針だったが、王城内の様子まではわからない。

「このまま皇王が逃げてしまうなら、城の占拠も楽になるんだけど……」

 メンディスと激しい戦いを続けるシローから一瞬だけ視線を逸らし、後方の守りを固めている兵士達を見遣る。


 魔人族と獣人族で構成される彼らは戦いの邪魔をしないように下がっているだけでなく、重要人物の護衛も任されている。後方にいるとはいえ、誰もが緊張した面持ちだった。

「連れてこない方が良かったと思うんだけどね」

 ヴィーネからは屈強な兵士達の分厚い壁に遮られて見えないが、その中央部分にはニャールが押す特製の乳母車に収まる、一二三とオリガの息子がいる。


 戦場の空気を早い段階で知っておくべき、というオリガの一存でわざわざ魔国から連れてきているのだ。

「奥様がいらっしゃるから、大丈夫だろうけど。奥様も無茶をされ……」

 言いかけたところで、オリガと目が合った。

 奇妙な瞬間にヴィーネの動きが完全に硬直する。オリガはサロメと戦っているのだが、オリガの顔は完全にヴィーネを向いて、翠の二つの目がまっすぐにヴィーネを見ている。


 怒られる。そして殴られる、とヴィーネが防御姿勢をとろうか甘んじて受けようかと迷っていると、真顔だったオリガの顔が驚愕の表情へと変わった。

「……あれ?」

 ヴィーネが戸惑っていると、オリガは姿がぶれて見える程の速度で動き始める。

「おごっ!?」


 踏み込みからの肘打ちを顎に受けてサロメがくるくると回りながら飛んで行ったかと思うと、彼女の身体が不自然に着地する前にオリガはメンディスの前へと移動していた。

「うおっ!?」

 慌てて動きを止めたシローの目の前で、オリガの鉄扇がメンディスの鉄杖を弾き飛ばし、流れるように回し蹴りが腹を捉える。


 サロメと違い、まっすぐ後ろ向きに飛ばされていくメンディスを見ることも無く、オリガは後方へ向かって走り始めた。

「ヴィーネさん、ここは任せました!」

「えっ? は、はい! ……って、ええ?」

 反射的に了承したものの、先ほどまで拮抗していた相手に、さらに魔法使いが加わる事になるのだ。


 見るとメンディスはよろよろと立ち上がり始めているが、サロメは完全に気を失っているらしい。

「起きないで、起きないで……」

 ブツブツと祈りを呟きながら、ヴィーネは再び師匠であるシローと肩を並べた。

 その間、オリガは後方の兵士達をかき分けてニャールがいる場所へと向かっている。


「オリガ様。どうかされましたか?」

「息子を。それとアクアサファイアを取りに来ました」

 突然のことに目を白黒させているニャールを気にすることもなく、オリガは乳母車の下部に隠しておいたアクアサファイアを取り出した。

 蒼い輝きを放つ見事な宝石に、周囲の兵士たちは思わずため息をつく。


「主人が戻ってきます」

「えっ?」

 ニャールは周囲を見回すが、戦況に変化があるようには見えない。一二三が近づいているなら、彼女の索敵魔法に真っ先に引っかかるはずで、戦場に登場したならすぐに死人が出て騒ぎになっているはずだ。


「このアクアサファイアを中心に、大きな魔力の流れが来ています。上手く表現できませんが、ここではないどこか別の所から、無理やり押し込まれる様な強い流れが」

「つまり……」

「ここに、この宝石がある場所に、遠野一二三が戻ってくるのです」

 宣言の直後、周囲にいた兵士達は誰が言うともなくオリガを中心に広がって行った。広い変形の広場が出来上がり、それはオリガが移動すると同時に空間も動く。


 そうして、オリガは再び王城正面に戻ってきた。

「奥様!?」

 赤子を乗せた乳母車を押して最前線へ来たオリガを見て、ヴィーネは声を上げた。

「主人が戻ってきます。露払いをなさい。早く」

「ご主人様が!?」 わかりました!」


 ヴィーネはオリガの言葉を疑う事はしなかった。過激なことも無茶な事も言うが、嘘は言わない人だと信用している。

 そのオリガが「帰ってくる」と言うならば帰って来るのだ。方法やタイミングは分からなくても。

「ぬああああ!」


 大声を上げ、シローとせめぎ合うメンディスに向かって吶喊したヴィーネは、シローの背中に肩を当てて押しこんだ。

「うおっ!?」

 想定外の動きに声を上げたのはシローの方で、不自然に前に出てきた相手に対してメンディスの方は冷静だった。


 素早くシローの正面から外れるように身体をずらす。

 流麗な動きは曲がってしまった鉄杖すらもしっかりと使いこなし、バランスを崩すこともない。

 突き飛ばされたシローの方は、前方に向かって転がることで勢いを消していく。

「何をする! ……あれ?」


 シローが何かに気付いた。

 メンディスもヴィーネを警戒しながらも異変に目を向けている。

 ヴィーネも背後から感じる何かに振り向いた。


 地面に置かれた大きなアクアサファイア。

 その周囲の石畳に、いつの間にか魔法陣が開いていた。

 緑の光を放つ魔法陣は、すぐ横で赤子を抱えたオリガの目の前で、光を強めていく。

 眠っていた赤子は、顔にあたる明かりに目を覚ましたらしく、母親の腕の中から魔法陣へ向かって懸命に手を伸ばしていた。


「もうすぐですよ。貴方のお父さんが帰ってきます」

 オリガは理解していた。

 この魔法陣を通って一二三が戻って来ることを。

 そして確信している。

 全くの無事であることを。


 光は収束し、アクアサファイアを通って様々な色へと変わっていく。

 その光は散ることもなくまとまり、いつの間にか人の形を成し始めた。

 二人分のシルエットが浮かび上がる。


「あら?」

 どうやら誰かおまけがいるらしい、とオリガが首をかしげていると、その光は実体へと変わり、最愛の男性が姿を見せた。

 背中に一人の少女を背負って。

「あなた!」

「ああ、オリガか。……ん?」


 背中にいる少女をまるで気にした風も無く、一二三はオリガが抱えている赤ん坊へと目を向けた。

「はい。あなたとの子供です。元気な男の子ですよ」

「そうか」

 そっけない言葉だったが、一二三の左手が柔らかな頬に触れるのを、オリガは涙を浮かべながらも笑顔で見ていた。


「まだ、名前は決めていません。あなたに決めていただきたくて」

「ああ、そういうのもあったな。参った、何も考えてないぞ」

「あんたの子供? かわいい!」

 一二三にしがみ付いたままウィルが手を伸ばすと、オリガの手が素早く叩き落とした。

「いったぁ!?」


「軽々しく触れないように。まず、貴女は誰ですか? 早く主人から離れてください」

「一二三の奥さんでしょ? 酷いじゃない! 一二三が帰ってきたのは全部あたしのおかげなのにゅ!」

 一二三から離れたウィルがまくしたてる言葉の途中で、オリガの手がウィルの顔へと伸びた。頬に指が食い込むほど締め上げられたウィルは、手足をジタバタさせながら一二三へと目を向けた。


「全部は言い過ぎだが、確かにコイツの魔導陣で帰ってこられたのは確かだな」

「そうですか」

 ようやく解放されたウィルは尻餅をつき、両手で頬を擦りながらオリガを見上げる。

「ひどい……」

「優しさで言っているのです。そんなに言うなら、触れてみなさい」


 どういう理由かわからないまま、ウィルは好奇心に輝く瞳で赤ん坊の頬にそっと触れた。

「わあ、柔らか……」

 言葉が終わる前に、魔力を吸い取られたウィルは卒倒する。

「だから言いましたのに」

 その様子をみていた一二三は大笑いしていた。


「はっは! 俺の子は何か妙なことができるみたいだな」

「ええ。とても将来が楽しみな子です」

「やれやれ、色々聞くことがありそうだ。だが……」

 一二三は振り返り、怒りの表情で自分を見ているメンディスへと身体を向けた。

「先に楽しませてもらうとしよう」


「はい。あなた」

 ウィルの服を掴み、引き摺りながら下がるオリガはニッコリと微笑む。

「まだまだ敵は沢山残っております。存分に屠ってください」

「そりゃあいい。流石はオリガだな」

「当然です。私はあなたの妻ですから」


「ご主人様ぁああ!」

 涙と鼻水でグシャグシャになったヴィーネが駆け寄るのをチョップで止めた一二三は、「落ち着け」とだけ言って踏み出した。

「出迎えご苦労。いつ以来だか憶えてもいないが、少しは成長したか?」

 一二三の問いにメンディスは答えず、折れ曲がった鉄杖を掴んで一二三に飛びかかった。

お読みいただきましてありがとうございます。

次回もよろしくお願いします。

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