104.主戦場?
104話目です。
よろしくお願いします。
新たな国家イメラリア共和国の歴史は、建国宣言直後から戦闘の歴史へと突入していく。
オーソングランデ皇国の西側半分を一挙に支配下に収めたところで、本来の共生派と排斥派の境界線にて本格的な全面戦闘の様相を呈していく。
当初は有利に戦闘を進めていたイメラリア共和国側だったが、当初前線を担当していたオリガやヴィーネは一時後退し、プーセやトオノ伯爵、そしてヨハンナと彼女が率いる騎士隊が前線を担当するようになって膠着状態になっていた。
「わたくしたちの国なのに、魔王軍に任せきりではいけません」
というのがヨハンナの意見であったが、双方に損耗が出て睨み合いになる時間が長くなってくると、兵たちの中には不安を口にする者も出てきた。
それらの不満を押えて前線で最も活躍したのが、獣人族兵を率いて最前線で連戦していたミーダットだ。
「これも作戦の一つなんだよ」
ミーダットがそう口にしたのは、前線が動かなくなってから二週間を数える頃だった。
「作戦ですか」
「そう、作戦。おまけにそれが……」
「ミーダット様。敵襲です」
話の途中ではあったが、獣人族兵が布陣している場所に駆け込んできたのは魔人族の兵だった。
「わかった。規模は?」
「わかりませんが、即応部隊が苦戦しているようです」
「そりゃ、ちょっと穏やかじゃないね」
ミーダットが部下たちを連れて前線へ到着したとき、すでにプーセとウェパルの姿があり、戦闘は開始していた。
「早かったね」
「遅いですよ。相手は敵の主力です。腕の見せ所ですよ」
一度戦闘に参加して一時的に後方へ来たのだろう。プーセはいつものローブ姿では無く、騎士服のようなパンツスタイルの戦闘服に着替えていたのだが、あちこちに土が付いていた。
「敵主力というと……例の作戦はうまく行ったってことだね。ネタばらしは?」
「まだです。お任せします」
怪我が完全に癒えたら前線へ戻ると言うプーセは、左手で押えていた腹部を見せた。血が広がる中央には、剣で貫かれたらしい傷があった。
「すぐに治します。それよりもウェパルさんが苦労していますから、急いで」
「わかった」
戦闘は広い範囲で行われていたが、一か所だけ派手に土煙と水しぶきが上がっている場所がある。
「わかりやすいけど、ウェパルさんですら苦戦する相手かい……」
部下たちに陣形を整えるように指示を出し、ミーダットは戦況をまず確認する事にした。彼女自身も獣人族らしく肉弾戦ができないこともないが、持ち味は戦場での指揮にある。
「でかっ!」
ミーダットが思わず声を上げたのは、巨人を目にしたからだ。
「やっと来たわね、獣人の将!」
水流で押えていたらしいウェパルが声を上げると、じりじりと下がってミーダットに並んだ。
「こいつを任せるわ。水に沈めてもまるで問題無いように動き続けるから、やりにくいったらありゃしない」
分厚い金属鎧を着ている事もあって、五メートルを超える巨人は地面に足がめり込む程の重量を誇り、水流にも流れることがないらしい。
「任せるって言っても……」
「他にもいるのよ! ……伏せなさい!」
ウェパルの言葉に反応したミーダットと部下たちの動きは、流石に獣人族らしく俊敏だった。
その頭上に迫ったのは、巨大な火球だ。
「なんだいありゃ……」
絶句しているミーダットの真正面で、円柱状に突き出した水の壁が勢いよく回転し、どうにか人のいない方向へと弾き逸らした。
「面倒なのが来てるわ。魔法使いの方は私がやるから、貴女はでかいのを片付けなさい」
返事を聞く気はないようで、ウェパルはさっさと移動してしまった。
「一分間は水が動きを止めてるから、その間にどうにかなさい」
とだけ言い残して。
「無茶言ってくれるね……」
とはいえ、一分だけでも時間があるのはありがたい、とミーダットは巨人を見つめた。
人の形はしているものの、大きさも膂力も力自慢の熊獣人よりもはるかに上のようだ。
「全員聞いて。あれを止めるよ」
殺せるかどうかはわからないが足止めはできるはずだ、とミーダットは戦闘準備を指示した。
☆★☆
「魔国の王がこちらへ来ましたか……」
イメラリア教三騎士の一人オージュは、蘇生したシャトーと戦っていたウェパルが自分の方へ向かって距離を詰めてくるのを確認して小さく舌打ちした。
「あまり相性が良くないのですが、仕方がありません」
まずもって、三騎士のウワンが勇者ミキを処分するのを待たずに戦場へ引き出されたことそのものが計算外だったのだ。
イメラリアの名を使い、イメラリア教の別宗派どころか国まで作ろうとしているヨハンナに対し、聖イメラリア教の老司祭長フィデオローは怒り狂っている。
「あの耄碌司祭にも困った物です……」
幾度目かの呟きと共に、今度は複数の小さな火球を宙に浮かべた。
「悪いけど、接近戦でやらせてもらうわよ」
目の前、ウェパルとオージュの距離は百メートルも無い。
「元王自ら相手してくださるとは、光栄ですね」
「貴女達、イメラリア教三騎士でしょ? あのデカいのは死んだと聞いていたけど?」
「復活……いいえ。動くようにした、と言った方が正しいですね」
あっさりと答えを披露したオージュに、ウェパルは空中の火球を気にしつつも目を見開いて驚いて見せた。
「随分素直ね。降参でもするつもり?」
「まさか。大元を作ってくれた魔人族の長である貴女だからですよ。それと、あたし自身が魔人族と無関係でもありませんから」
目深にかぶっていたフードをとったオージュの肌は、みるみるうちに艶やかで陶磁のような白さから濁りを見せ、薄いグレーへと変化した。
「……ハーフ?」
「違います。あたしは人間に魔人族の因子を埋め込んだ強化人間。シャトーは熊獣人因子を埋め込み、もう一人はエルフ因子を持っています。全ては魔人族が開発したパウダーを使った成果ですよ」
オージュの言葉に、ウェパルは納得すると共にヴィーネに対して憐憫の情が深まった。生殖によってハーフが誕生する可能性がまた遠のいたのだ。
「なるほどね。魔人族が個人的に持つ魔法特性として火球が使えるの」
「いいえ」
オージュはローブの下から長い杖を取り出したのだが、その本数は四本もある。全てを地面に突き立てると、さらにローブを引き裂く勢いで両腕の下から新たな腕が伸びてくる。
合計四本になった腕がそれぞれ杖の上部を掴むと、杖は音を立てて割れ、光を放つ程に磨かれた刃が露わになった。
「仕込み杖ね。それに腕が増える魔法特性なんて初耳だわ。正直言って……」
ウェパルは大きなため息をついてから、自らの両手を広げた。その手に水が絡みつき、それぞれの指から細い触手が伸びた形へと変化した。
「気持ち悪いわよ、それ」
「……貴女に言われたくありません」
全ての火球が一度にウェパルを襲い、競りあがった水壁にあたって激しい水蒸気をまき散らしながら消えた。
その壁を切り裂く二筋の剣撃は、水の触手が叩き落とす。
オージュの足元から伸びあがった触手は、ローブの胸元を引き裂きながら伸びたところで、飛び下がったオージュの剣が細切れにした。
びちゃり、と斬り飛ばされた水の触手が地面へ落ち、乾いた大地に浸み込んでいく。
「一筋縄ではいきませんか」
「そう言うことよ……そうそう。そろそろ伝えても大丈夫みたいだから言っておくわね」
いつの間にか全身を水で包み込んだウェパルが、くぐもった声に笑みを乗せた。
「残念だけど、私たちの主力はここにはいないのよ」
「……はあ?」
「ええっと、何て言っていたかしらね……そうそう、“残念ですが、こっちは単なる国王軍中枢です”と言えと伝えられているのよ。趣味悪いわ、本当に」
「ど、どういう意味ですか!」
四本腕で器用に剣を振るうオージュの攻撃を触手で止め、新たに作られた小型下級も全て水壁で吸収したウェパルは困ったような顔をして首を振った。
「国王もいるし、近衛も全員いるけれど、こっちは陽動よ」
今頃はオーソングランデ王城かイメラリア教本部が直接オリガとヴィーネによって襲われていると告げられ、オージュは驚いて動きを止めてしまった。
その腹部を、ウェパルが思い切り蹴り飛ばす。
「あら、ちょっと下品だったかしら」
戦況は、概ねオリガが考えた通りに推移していた。
両軍の主力がオーソングランデ中央部で激突している頃、ウェパルが言う通りオリガとヴィーネの二人が率いる軍勢は、街道を外れて荒れ野を抜けるようにして王都へと近付いていた。
まずはイメラリア教本部を押えるつもりなのだ。
そして、戦場はもう一つある。
ホーラント王城前にて、勇者ミキと三騎士の一人ウワンが向き合っていた。
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