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103/204

103.最後の死者

103話目です。

よろしくお願いします。

「アクアサファイアをしっかりイメージして、その記憶を魔力と一緒に流し込むような感覚でやってみて。その宝石を誰が保管しているかもわかる?」

「ああ。多分でしかないが」

「じゃあその人やその周囲の人もイメージして。目印になるアクアサファイアが一番重要だけど、行き先の情報は大いに越したこと無いから」


 注文が多いな、と不満を言いつつも一二三は魔法陣の中央に正座している。

 目を閉じて、アクアサファイアの姿。そしてオリガやヴィーネの姿を思い浮かべていく。続いて思い出されたのは若き日のイメラリアの姿だった。

「ちょっと。魔力の流れに変なノイズがあるんだけど。余計なことを考えないで」

「難しいな」


 イメラリアは“過去の人物”だ。一二三はそう考えてアクアサファイアのイメージに集中していく。膝の上で右手の上に左手を重ね、親指の先をそっと触れさせて静かに呼吸する。

 それは日課となっている瞑想と同じ姿であり、今までの殺人について思い起こし、反省し、次の機会により良い戦いをするため心を落ち着かせていく作業だ。

 繰り返し繰り返し、強い敵も弱い敵も自分の手で刈り取った生命の息吹に思いをはせる。それは一二三にとって至福の時間であり、感謝の祈りでもある。


「オリガ、か」

 妻の名を呟く。元気にしているだろうか、と。

 元の世界に戻った時、同じように時間が過ぎているのか、あるいは浦島太郎のようなことになっているかもしれない。それでも、オリガは彼のために何かを成しているだろう。

「戻ったら話をしないといけないな。……そういえば、子供はどうなったかな」


「子供ぉ!?」

 一二三の呟きに、ウィルが驚いた声を上げた。

「あんた子供がいたの?」

「まだ生まれていなかったからな。顔も見てないからどうなってるかは知らん」

「あんたね……赤ん坊が生まれる前なら、もっと焦って帰ろうと思うものじゃないの?」


 呆れた、と肩をすくめるウィルをちらりと見てから、一二三は無表情のままで再び目を閉じた。

「何も問題はない。産み育てるのはあの世界で最強の魔法使いだ」

「えっ? 最強の魔法使い?」

 がっしりと、ウィルの細い指が一二三の肩を掴んだ。


「それってつまり、あんたが使ってるような収納魔法とか以外の“魔法”が使える人がいるってことよね? それがあんたの奥さんなの?」

 目の色を変えてまくしたてるウィルの手を引きはがし、一二三は「静かにしてろ」と軽く手刀を落とした。

「くぉおおお……」


 頭を押さえているウィルを放って、一二三は再び瞑想に戻る。

 次第に鋭敏に研ぎ澄まされていく感覚の中に、一人近づいてくる気配を感じていた。殺気を孕んだ強烈な敵意が屋敷に入って何かを探し回っている。

 そして、その人物は程なく一二三の前に現れた。


「感謝する。どうにもこの世界は斬りたくなるような人間が少ないからな」

 目を見開いた一二三は、中庭へ踏み込んでくる相手を笑顔で迎えた。

「多少は腕も立つようだ。ありがたい」


☆★☆


 屋敷内を探していたマッカは、少女の声を聞いて中庭へと向かった。

「ここにいたのか」

 淡く緑の光を放つ魔法陣の中、中央に一人の男が座り、その後ろに少女が立っている。二人の顔をマッカは見知っていた。と言っても、遠くから見ただけのことだが。

「凱旋で見た。本来ならあそこで賞賛を浴びているのは我々だったはずだ」


「八つ当たりか」

 一二三が鼻で笑ったことが、マッカの神経をより逆なでする。

「違う。本来あるべき形というものがある。国はその国の者が守るべきであり、どこから来たかもわからないような輩に委ねられて良いものではない」

「似たような奴を前も見たが……まあ良い。で、どうするんだ?」


 一二三はマッカの言葉に反論しなかった。

 彼自身、ハルカン王国を守る意思など毛ほども持ち合わせておらず、ただ金と殺人欲求を満たすために戦いの場へと赴いたに過ぎない。

 もし渓谷で登場するタイミングがずれてハルカン王国側に大量の死者が出たとしても、一二三は何とも思わなかっただろう。


「貴様よりも我々王国騎士の方が上だと証明する。王が誤った考えに取りつかれる前にな」

「あの王は俺に頼ろうとはしなかったぞ? 自陣営に入らず他国に与しないことを確認しただけだ。少なくとも、お前が考えるほど単純な奴じゃなかった」

 マッカが奥歯を噛みしめて一二三を睨みつけた。

「問題は今現在の功績だ。民衆の人気取りをしているようだが、このままお前が逃げてしまっては名誉の回復が成らぬ」


「要するに」

 一二三は悠然と立ち上がり、収納から一メートル強ほどの長さがある鉄の棒を取り出した。

「俺がいなくなってから未解決の事件でもあれば、“一二三さえいれば”と言われる。それが怖いわけだ」

「怖いのではない! ……ただ、王国の運営に支障が出ると言っている」


「ふぅん……まあ、どっちでもいいさ」

「ちょっと、一二三!」

 魔導陣から踏みだそうとする一二三にウィルが声をかける。

「大丈夫だ。魔力を送るのもイメージも継続する。俺がここに戻ったら発動しろ」

「そんな器用な真似が……わかったわよ、もう!」


 ペタン、と音を立てて魔導陣に座り込んだウィルは、戦闘を一二三に任せて発動準備にかかった。できるか否かを聞く必要も無いと思い直したのだ。

 少なくとも、今まで一二三がやると言って不可能だったことはない。ふと下を見ると、一二三の足元から延びる黒い紐のようなものが魔導陣にかかっており、魔力が注ぎ込まれている。

「魔力は十分ね……一分後には発動できる。それから二分以内に戻りなさいよ。それ以上は魔導陣が持たない」


「わかった」

「舐めるな! 俺に勝てるつもりか!」

 先に仕掛けたのはマッカだ。彼が持っている剣は長さが一メートルほどで刀身が黒く塗りつぶされている。色以外は王国騎士の多くが使うものと同じだった。

 両刃で細身であり、柄も長めで取り回しがしやすい。現王が考案したとされている。


 細身である分軽量なことも手伝って、マッカの剣は速い。

「おっと」

 くるりと回した鉄杖で袈裟がけの一撃を打ち払った一二三は、そのままの勢いでマッカの顔に向かって突きを入れた。

「ふん!」


 気合とともにマッカは柄頭で杖の攻撃を受け止めた。

 互いの手にビリビリと衝撃が走るが、両者とも武器を取り落すようなこともない。

「なかなか楽しめそうだ」

「その余裕、崩してくれる!」

 マッカの剣技は、構えなどから一見行儀のよいもののように見えるが、実際は柔軟な動きができるタイプのようだ。


 一二三が杖先を首にひっかけようとするのを、逆に柄をかけて振り払ったり、蹴りなども適度に織り交ぜてくる。

 振り下ろされた剣を一二三が杖を使って受け止めると、マッカは左手を柄から話して一二三の頭に肘を打ち付けた。

「おのれ、器用な……」


 肘の側面に額を当てて止めた一二三に、マッカが歯ぎしりする。

「肘も使うか」

「敵を倒し、勝利を掴むのに必要ならなんでもする! それが本当の騎士だ!」

 距離を置き、剣を構えなおしたマッカの言葉に、一二三はうんうんと頷いた。

「だが、その勝利が自分の手柄じゃないと我慢できないんだろう? お前、騎士に向いてないな」


「黙れ!」

「いや、黙らない。それよりも面白いことを考えた。こうしよう」

 一二三は鉄の杖を収納に放り込み、自由になった両手を振ってからそっと構えた。

 右手右足を前にして、両手の指は楽に開かれている。自然で、力みの一切ない構えだ。

「……愚弄するか」


「いや、違うな」

 一二三はゆるゆると右手でマッカを挑発する。

「何でもする、を実践してやろうと思っただけさ」

「素手で何ができる!」

「なんでもできる」


 先ほど同様、剣を振りかぶったマッカだが、その手首に一二三の手が当てられ、刃が届くどころか振ることすらできない。

「ぐぬっ!」

 膝蹴りを当てようとしたマッカは、振り上げた右足の腿を激しく平手で叩かれてバランスを崩した。


 剣を持つ右手を掴まれ、軸足の左足を払われて激しく横向きに転倒する。

「ぐあっ!」

 泰然と見下ろす一二三の顔を、マッカは憎々しげに見上げた。

「おのれ……」

「まだまだ考えが固い」


 上体を起こしざま、マッカの剣が一二三の足元を狙う。

 横なぎの一撃は手の甲の踏みつけられて止められ、マッカは剣を手放し、全身で後方に転がって距離を取った。

「ふぅ、ふぅ……」

 息が上がり始めたマッカは、両手のこぶしを握り締めて構えた。


 一二三は先ほどと同じ構えで相対し、マッカを待つ。

 待ちながら、一二三は近づいてくる気配を感じていた。覚えのある気配を。

「そろそろだな」

「早くして」

 焦れたようなウィルの返答を受けて、一二三は少しだけ右足を前に出した。


 半瞬遅れて、マッカが猛然と近づいて右の拳を叩きつける。

脇を締めた鋭いストレートに対し、一二三は避けようとしなかった。

 道着から見える胸元に拳が当たる。

「っ!?」

 衝撃を受けたのは、殴ったマッカの方だった。


 わけもわからないままに後方へと向かってたたらを踏むマッカの背に、熱い衝撃が走る。

「マッカ……すまん……」

 小さな詫びの言葉が聞こえ、振り向いたマッカの目に映ったのは涙でくしゃくしゃになったクラファトの顔だった。

「お前……」


 クラファトは、一二三に助力するために剣を構えたのだが、そこにマッカが飛ばされてきたことで背中を切りつける格好になったようだ。

「これが“なんでもやる”ってことだよ。俺が“そいつを使って”殺した。そういうことだ」

「貴様……」

 脱力して崩れ落ちる身体を支えることもできずに倒れたマッカを見やり、クラファトは一二三へと目を向けた。


「違う。彼を……マッカを殺したのは私だ」

 一二三は肩をすくめ、背を向けた。

「お前がそう思うならそうすればいい。俺は俺の技で人を殺した満足感があれば、それでいい」

「そうまでして、人を殺したいのか」


 魔導陣へ向けて歩き始めた一二三の背に、クラファトは言葉を投げた。

「そうだな」

 陣の中央に立ち、再びクラファトへと向き直った。

「そう。そういうことだ。戦うために努力する。技を磨く。武器を選び習熟する。全て人間だからやることだ。だからこそ、その成果をぶつけ合わせて、敗れたら命を失う」


 両手を叩いてパァン、と音を立てた一二三は、にやりと笑う。

「戦いを選んだ人間は、それでこそ生きている実感を味わえるというものだ。もっと単純に言えば、気分が良い」

「自分の快楽のために人を殺すのか? 狂人め……」

「勘違いするな。俺は誰彼構わず殺すような気狂いじゃない」


 ゆっくりと首を横に振り、輝きを増した魔導陣の光に包まれながら一二三は口を開いた。

「戦いを選んだ奴だけが死ぬんだよ」

「じゃあね~」

 一二三の最後の言葉に、ウィルが手を振って声を重ねる。

 二人が光に包まれて消えてしまったあと、魔導陣はゆっくりと光を失い、マッカの死体と傷を負ったクラファトを残し、屋敷の裏庭は暗闇に包まれた。

お読みいただきましてありがとうございます。

次回もよろしくお願いします。

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