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101.日常の風景

101話目です。

よろしくお願いします。

 敵を撃退するついでに水棲ドラゴンを倒したことで、あっさりと目標額と達成したのみならず、研究場所まで手に入れたウィルは有頂天になっていた。

 食事の世話や屋敷の清掃、果ては入浴の準備や洗濯まで侍女に任せ、自らは一日中研究室に籠ったままである。

 時折トイレや食事に出てきては、侍女に促されて入浴しているようだ。


 対して、一二三の方は夜明け前に出かけ、汗だくで帰ってきては水を浴びて大量の食事をむさぼり、再び夜まで出かけている。夜になってから再度出ていくこともあるようだ。

 外出の際はどこへ向かうと決めているわけでは無いようで、侍女が尋ねても「適当にどこかへ」としか言わない。

 そして、時に大金を稼いできては「ボーナスな」と言って侍女に金を渡す。


「私共は国から給金が出ますので……」

「なら、適当に必要な道具やら美味い物を買う金にでも充ててくれ」

 そう言って、用意された食事を食べてはさっさと自室へと入っていく。部屋はある程度自分で片付けているらしく、侍女たちも立ち入りを禁じられていた。

「はあ、ありがとうございます」


 帳簿の類が付けられているわけでも無いようで、堂々としている一二三の様子から盗んでいるというわけでもないようで、自分たちの一月の給金を合計したよりも高い金を前にして、侍女たちは四、五日に一度その使い道を話し合う事になる。

「そうだ。折角だからこのお金で何か食べに行きましょうよ」

 誰かがそう言うと、泊まりこみ当番の一人を残して侍女たちは連れだって町へ出た。


 町へ出たのは四人。使用人服から地味な私服に着替えた彼女たちは、仕事上がりの挨拶をして一二三から声だけの返答を受けると町へと繰り出した。

 彼女たちが握っている金額は、全員がそこそこ高い店で食事をしても大部分が残る程の金額であり、食後は宿直の一人へもお土産を持って行こうと話し合っている。

 普段なら足が向かないような店を慎重に選び、個室に案内してもらう。


そして、何が食べられるかわからないので、給仕の男性にお任せにして、並び始めた香ばしい香りの漂うソースがかかったロースト肉や、野菜たっぷりの魚の揚げ物、色とりどりのサラダなどがテーブルに並ぶと、彼女たちは顔を向い合せて笑った。

「なんだか不思議な気分。聞いた事も無い人の世話役と聞いたから、変な真似してくるんじゃないかと不安だったけど、部屋も汚さないから掃除も楽だし、お金も余分にもらえるし、最高ね」


「でも、逆に何にもしてこないのって変じゃない? 第一、あの一二三って人何者なの?」

 ウィルのことは“魔導陣技師”という事を王城の上役からも出入りの商人として時折顔を出すデリスからも聞かされていたし、実際に研究に没頭しているのを見ているので納得していた。

 しかし一二三に関しては単に「王国に多大な貢献をした人物」であり「絶対に粗略に扱ってはいけない相手」としか聞かされていない。


「なんでも、ウルハッドとの戦闘で凄い活躍したらしいよ」

「あんなに若くて、見た目も細いのに?」

「脱いだら凄い引き締まってるのよ。裏で訓練してたのを見た事あるけど、指だけで逆さまになってたりして、凄かったよ」

「なにを覗いてるのよ」


 たまたま見ただけよ、と言い訳しているが、目線を逸らしているあたり、わざと見に行った可能性も高い。

「強いのは間違いないよ。私たちは仕事で見られなかったけど、町であの二人を馬車に乗せて英雄の凱旋って感じで派手にやったらしいよ?」

「それじゃあ、王様のお気に入りってことね」


「でも軍にいるわけじゃないのよね?」

「じゃあ、一体どこからお金が出てくるのかしら……」

 全員が、貰った晶貨を入れた布の袋へと視線を集めた。

「……あまり考えない方が良いんじゃないかしら」

「そうね、そうよね。仕送りも増やせたしお城の高飛車な人たちと仕事しなくて良いし、文句を言うのも変よね」


 全員で笑ってごまかし、美味しい料理を存分に楽しんでお土産も包んでもらった彼女たちは、調子に乗って注文した高いワインでほろ酔いになって店を出た。

「美味しかったぁ」

「またお金が入ったら行こうね」

「全員で行けたらいいんだけどねぇ」


 もう一軒行こう、と誰かが言い出した。

 それに反対しなかったのは金に余裕がある事と酔いも手伝って気が大きくなっていたこともあるだろう。

 だが、高級店があつまるエリアならまだしも、飲み屋が増える場所になると治安は途端に悪くなる。


 そして、女性だけのグループとなれば当然のことだ。

「おう。女ばっかり四人か。丁度いい、こっちも四人なんだ」

「近くに飲みに行こうや!」

 荒っぽい声のかけ方をされて侍女たちは嫌悪感に満ちた目を向けたが、完全に酔っ払っているらしい男たちにはまるで通じなかった。


「いいから来いよ!」

「あっ!?」

乱暴に腕を引っ張られた一人が、大事に両手で抱えていた袋を落とし、はずみで晶貨が散らばった。

「大変!」


 周りの侍女たちも手伝って拾い集めようとする手を男が踏みつける。

「うっ!?」

「へっ、結構な金持ちじゃねぇか……」

 痛みに顔をゆがめていた侍女が、男の言葉が止まったことに気付いて顔を上げた。

 頭部が、こちらを向いていない。


 周囲に集まっていた野次馬達から悲鳴が上がり、男の仲間たちが怒号を上げるなか、首を百八十度捻られた男が、そのまま横倒しに倒れた。

 その背後に立っていたのは、一二三だ。

「誰かと思ったら、お前たちか」

「ひ、一二三様……?」


 予想だにしていなかった一二三の姿に驚いていた侍女たちは、一二三に下がっているように言われて、目の前の死体を気にしつつも晶貨をかき集めて言われるまま距離を取る。

「どういうこと?」

「わかんない。助けて貰ったとしか……へっ?」

 仲間を殺されて激高しているのだろう。青筋を立てて迫る三人の男たちを前に、一二三は武器も取らずに悠然と立っていた。


「五月蠅いな。文句があるなら声じゃなくて腕で示してみろ」

 挑発するような一二三の言動に侍女たちは気が気では無かったが、その心配は現実の物となる。

 男たちはそれぞれが腰に提げていた剣を抜き、一二三に対して猛然と斬りかかったのだ。

 誰かが兵士を呼べと叫んでいるが、それは悲劇を押えるには間に合いそうになかった。


 もちろん、悲劇に見舞われるのは一二三では無い。

「らあっ!」

 三者息が合った剣戟を見せるが、いかんせん一二三に追いつける速度では無い。歩く様な軽やかなステップで一歩ずつ動く一二三にかすり傷すらつけられないのだ。

 その様子に、野次馬達は心配する視線から見世物を見物するような興味を孕んだ視線に変わっていく。


「おい、あの男は確か……」

 流石に有名人である一二三の顔を見知っている者は少なくないようで、周囲はあっという間に一二三を応援する声が上がり始めた。

「くそっ、なんなんだよ!」

 完全に周りが敵になってしまった男たちは、まるで手応えの無い相手に剣を振り続けながら悪態を吐いた。


 一二三にしてみれば周囲の反応などどうでもよく、自分を殺すつもりで斬りかかってくる複数の相手に対する対処を稽古している気分でしかない。

「そろそろ終わりにするか」

「ふざけるな!」

 一二三の呟きで、まるで疲れを感じていないらしいことを思い知らされた男たちは、疲れてきた腕に力を入れて剣を振るう。


 しかし、力み過ぎた攻撃は余計に速度が出ないものだ。

「ふうっ!」

 大きく息を吐いた一二三は、右足を大きく前に出しながら相手の腕を下から掬い上げると、そのまま縦に円を描くようにして地面へ向けて倒した。

 抵抗もできずにうつぶせに倒された男は、そのまま肩を外され肘を折られ、悲鳴をあげようと口を開いたところで頭部を踏み割られた。


 残りは二人。

 一人が遮二無二剣を振るうのを、まるで通り過ぎるように躱した一二三はそのまま、怯えているもう一人の前に進み出た。

「た、助け……」

「お前は剣を抜いた。もう遅い」


「うわぁあああ……べっ!?」

 背を向けて逃げ出そうとするのを、一二三は腰のベルトを掴んで引き寄せた。

 尻餅をついた男の肩を引き、仰向けに倒すとそこにもう一人の男の足が下りてくる。丁度、一二三を背後から斬ろうとして踏み込んできたのだ。

「うわっ!?」


 思い切り仲間の顔を踏みつけた男はバランスを崩し、かろうじて転倒だけは避けることに成功した。

 直後、革手袋を付けた一二三の左手が男の首にかかる。右手は、剣を持った相手の腕を押えていた。

「まあ、動きは悪くなかった」


 言いながら、一二三は相手の顎を自分の肩の上に乗せるように引き寄せ、そのまま左ひざを付く。その膝は、先ほど仲間に踏まれた男の首筋をしっかりと押さえている。

「ぐええっ……」

 二人の男が、同時にうめき声を上げた。

 掴まれた男は無理矢理上を向かされており、首の骨がみしみしと音を立てる。


「ひっ……」

 二つの首が折れる音が響いて、野次馬の誰かが悲鳴を上げた。

「どいてくれ! これは……って、貴方でしたか」

 ようやく駆け付けた兵士が、転がっている三つの死体を見て驚愕していたが、立っている一二三の姿を確認して肩を落とした。


「状況は周りに聞いてくれ」

「はっ。ですが、できれば殺す前に呼んでいただければ……」

「俺は呼んでない。それに、こいつらは武器を抜いた。俺は素手だぞ?」

 肩をすくめて、一二三は悪びれる様子も無く言い切った。

「殺されるかも知れないだろう?」


 いつの間にか一二三の姿は見えなくなり、侍女たちは被害者として兵士達から聴取を受けることになった。

 彼女たちが一二三とウィルの屋敷に勤めていると知ると、高圧的だった兵士が途端に優しくなる。

「すると、一二三さんがいたのは偶然というわけか」


 納得した様子の兵士に侍女たちが逆に質問をする。一二三は何故あの場にいたのか、と。

「あそこにいた理由は知らないけれど、夜でも昼でも、時折揉め事がある場所に顔を出しては、武器を向けてきた相手を問答無用で殺してるんだ」

 周囲の証言があり、間違いなく“一二三が襲われている”という状況なのと、王が認めた英雄であることもあって、兵士達も迂闊に手が出せないらしい。


「すぐ剣を抜く様な連中ばかりで、殺されてもおかしくないような奴ばかりが死んでるのもあって、町の人気はだんだん上向いているね」

 反面、今まで兵士は何をしていたのか、と民衆からは白い目で見られるようになってきたという兵士は大きなため息を吐いた。

「他にも、どうやって探したのか裏町に潜んでいた賞金首なんかも彼に殺されてる。なあ君たち。一体彼はなんなんだ?」


 侍女たちも、その答えは持ち合わせていなかった。

「やれやれ……町に出てきてはいても酒は飲まないし、“妻がいる”とか言って娼婦にも手を出さないからね。誰も彼のことを何も知らない」

 参ったよ、と呟く兵士の言葉に、侍女たちは顔を見合わせた。

「奥さんがいるの?」


 何人かは、その言葉に落胆の色が混じる。うまくいけば英雄の妻にでもなって楽な生活が出来るのではないかと考えなくもなかったからだ。

「じゃあ、やっぱり……」


 翌日、侍女たちから

「おはようございます、奥様」

 と声をかけられたウィルが金切声をあげて怒ることになる。


 そんな生活が三ヶ月程続いたところで、ようやく動きが出てきた。

「一二三。ちょっと良い?」

 早朝。裏庭で瞑想をしていた一二三にウィルが声をかけた。

「送還魔導陣の作成に目途が付いた。これから先は協力してもらうわよ」

 一二三帰還の日は近い。

お読みいただきましてありがとうございます。

次回もよろしくお願いします。


※作中の「相手の顎を自分の肩にあてて首を折る」技ですが、失敗すると自分の鎖骨を自分で折る格好になるので、絶対に真似しないでください。

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ていうか真似できねえよ
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