100.体制は急速に
100話目まで来ました。
よろしくお願いします。
一二三がウルハッドの敵兵を片付け、渓谷を塞いでいた水棲ドラゴンの死体を再び収納した瞬間、張り付くように死体を調べていたウィルが前のめりに倒れた。
「いたっ!?」
「何やってるんだ」
呆れたように言い、横目で見ながら野営地へ向かおうとする一二三の前にようやく気絶から復活したクラファトが駆け込んできた。
「せ、戦況は!?」
「終わった。後片付けまかせた……どうしたんだ、その顎は」
一二三が指差したクラファトの顎は右側を赤く腫らしていた。天幕に乗り込んだ瞬間にウィルのポーチで横殴りにされた痕だ。
「な、なんでもない! それよりも、終わった、とは?」
一二三は説明を聞くよりも自分で見た方がと言って面倒な説明を避け、クラファトは焦れた表情で渓谷へと駆けていった。
「一二三! ちょっと待って!」
土で汚れた服を手で叩きながら、クラファトと入れ替わるようにウィルが追いかけてきた。
「あの水棲ドラゴンの死体は?」
「やっぱりあれはドラゴンの一種だったか」
「ドラゴンよ。大きな湖にしかいないから、見ることさえ難しいといわれている希少種なんだから! あんなの持ってたなら先に言いなさいよ!」
「持ってたんじゃない」
一二三は渓谷を形作る崖の上を指差した。
「すぐそこで狩ってきたんだ」
こうして、長期間になるかと思われた渓谷での戦闘は一二三一人によって数日で終わった。クラファトの指揮によって渓谷全体がハルカン王国の掌握するところとなり、戦闘は完全にハルカン王国側有利になった。
先に帰還した一二三とウィルは、歓声を持って王都へと迎えられる。
屋根のない馬車に座らされ、二人はハルカン王国の民衆や兵士たちが作る拍手の渦へと飲み込まれていく。
「いいのかな……」
つい先日までお尋ね者だったウィルは馬車の上で小さくなっているが、対照的に一二三は悠然と背もたれに身体を預けている。
「どこの世界もこういうのは大して変わらんな」
以前、英雄として凱旋した時のことを思い出しながら一二三はため息をついていた。
「なんでそんなに落ち着いていられるのよ」
「似たようなことは何度かやった」
パレードは王城まで続き、そのまま一二三たちは謁見の間へと通された。ハルカンの王トーマルタンは、一二三の在り方に重臣たちが反発しかねないこととウィルに対して高圧的な態度に出るものがいる可能性を考えたようで、王の他には数名の護衛がいるのみだ。
「正直に言って、驚いている」
王は成果が出るまでの期間があまりに短いことの他、完勝と言って差し支えないほどの戦果に正直な感想を述べる。
「これほどの成果をあげてくれるとは思っていなかった。とかく我々は敵の魔導具による攻撃に苦しめられていたわけだが、その不安もなくなった」
クラファトが早急に調査した結果が、一二三の帰還と同時に王へと届けられていた。一二三が破壊した魔導具についても報告があり、その脅威が取り除かれたことも知っている。
「約束通り、報酬を渡そう。それに、新たに一頭のドラゴンを仕留めたと聞いたのだが?」
「そう、水棲ドラゴンの成体! それも素材がきれいに取れる状態よ!」
なぜかウィルの方が胸を張って答えた。
一二三はドラゴンについて詳しくないので説明を彼女に任せてしまうことに問題はなかったが、それ以上にウィルの厚かましさというか怖いもの知らずの性格に感心していた。
「こいつは……。それで、報酬についてだが」
「すぐに用意する。それと、別に報酬として提案したいものがあるのだが……」
「領地やら爵位やらはいらんぞ」
先んじて断りをいれた一二三に、王は口をゆがめてうなった。
「そうやって取り込もうというやり方は経験している。それに、ここでモンスターやら兵士やらを相手に戦うのは俺の本望じゃない」
クラファトや他の将兵の話を聞いても、この世界には強力な魔法を使ったり、武勇を誇るような人物はほとんどいないという。
そうなると、一二三は途端にこの世界への興味を失った。
ハルカン王国の王にしても、一定の戦果を挙げた現状で講和を迫るつもりであり、戦いはほぼ終わったと言って良い状況になるだろう。
ウルハッドにしても、頼みの綱であった魔導具は潰され、強力な対抗手段を失ったのだ。
「捕虜たちから、一二三殿が見つけた死体はウルハッドの魔導具技師であることは確認した。次に何かしらの魔導具を作るにしても、まだまだ先になるだろう」
王はそう告げると、きっぱりと一二三を勧誘することをあきらめた。
「敵となってこの国を攻撃するわけでなければ、これ以上は何も言わぬよ」
そこには強大な戦力を抱えることの危機についても考えた結果が見える。一二三の目的が“帰還”にあるのであれば、それに協力して敵対する可能性をなくすことが次善の策であると結論しているのだろう。
「では、皇晶貨の他に用意したものを渡しておく」
そう言って、王は束にした二本の鍵を一二三に手渡した。
「例の商人……デリスに依頼して魔導陣の研究と滞在のための屋敷を用意した。管理や世話のための人員も用意する。住めるようになるまで三日ほどかかるそうだが」
いぶかしむ一二三に、王は笑みを浮かべる。
「そんな顔をしないでくれ。正直に言って、予想されていた人的被害がなくなったことで浮いた予算は莫大なのだ。この程度のことは問題ない。どうか、礼として受け取ってほしい」
人的被害はただ人が死んで終わりというわけではない。国家の軍隊である以上、遺族を放置することはできない。勝てたとしても金はかかるものなのだ。
「そうか」
一二三がチラリ、と隣を見ると、涎を垂らさんばかりの顔で鍵を見ているウィルの姿があった。新しい研究場所と王都の屋敷、そして生活の世話までしてもらえる環境というのは彼女にとってそれだけ魅力的なのだろう。
そして、一二三にとってもそれは帰還を早めるために都合の良い状況でもある。
「……わかった。もらっておこう」
「うむ。王として受け取ってもらえないとなると恥をかくのでな、ありがたい」
大声で笑った王は、一二三と固い握手を交わした。
「それとな、水棲ドラゴンの買い取りについても話をしたい。食事を用意させているから、ゆっくり話をしようじゃないか。それと戦場の話も聞かせてくれ」
☆★☆
一二三がいなくなった世界では、戦争は始まったばかりである。
電撃的な作戦で国境を引いたのは良いが、ビロン伯爵領のように排斥派側に孤立している貴族領もあれば、逆に共生派であり新たな国家となる領地に囲まれた排斥派貴族もいる。
「さて、新しい国家から異物を排除しなくちゃね。それに、この戦いをフィリニオン様に奉げるとしましょう」
排斥派に組するとある子爵の領地へと一軍を率いてやってきたのは、オーソングランデ皇国所属であり、現在は新たな国イメラリア共和国の正式な騎士の一人となったマット・カイテンだった。
彼は細身の身体を白馬に乗せて、二百名程の兵を率いて子爵の本邸がある町を包囲していた。
兵の半数はフィリニオンの地元であるアマゼロト伯爵領の領兵であった。アマゼロト伯爵は長い間所属を決めかねていたこともあり、今回兵を出すことで共生派に対する貢献を残したい狙いもあるのだろう。
「フィリニオン様がご存命の時には日和見を極め込んだ癖に」
と、カイテンは口を尖らせていたが兵を出してくれること自体は助かるし、兵たちの中にはフィリニオンと行動を共にしていた者たちもいる。
「いい? あたしたちの目的はこの領地における主要な施設を押えることだけ。抵抗したら反撃していいけれど、基本的には生きたまま捕まえて協力してもらうのよ」
「承知しました」
夕暮れの町。同じ皇国将兵の姿をしていたカイテン達が現れたとき、町の入口近くにいた人々は何かの軍事的な動きでもあるのだろう、と然程気にしていなかった。
町の出入り口に立っている警備の兵は五人ほどいたのだが、何の連絡も受けていない状態で一軍の訪問を受けたことに呆然としていた。
「ごきげんよう。みなさん」
妙にしなやかな動きで右手を頬に当てながら馬上から声をかけたカイテンは、確かに騎士ではあったが兵士達はその正体までは知らない。
「この町に何かご用ですか?」
町の奥から兵士達が次々と顔を見せはじめるのを、カイテンは余裕の顔付で見ている。
領兵たちは、自分たちの領主が共生派に反発して排斥派に組していることも、そのために周囲から孤立していることも知っているのだろう。
だが、すでに内戦が始まっていることまでは知らないのだろう。警戒はしていても敵対的とまでは言えない。
「子爵に会いに来たの」
「我々は、そのようなお約束があるとは聞いておりませんが……」
「でしょうね。あたしたちが約束なんてできるはずないから……ね!」
カイテンは言葉の終わり際に馬を走らせると、馬上槍を振るいながら町の中へ向かって無理やり突撃する。
「ま、待て! ……うっ!?」
全員の視線がカイテンを追いかけた直後、カイテンの部下たちが領兵たちに近づき、剣を突き付けた。
「馬鹿ね。一二三さんじゃないんだから、一人で突っ込むわけないじゃない」
馬を回して振り返ったカイテンはコロコロと笑った。
「集団戦闘のやり方はフォカロルだけじゃなくて、アマゼロト伯爵領にもしっかり伝わっているのよ」
それは一二三が作り上げたフォカロル領兵の訓練を知ったヴァイヤーがこの世界に残し育て、フィリニオンを通じてカイテンが教わっていたものだった。
「それじゃ、さっさと本来の目的地に向かうわよ」
そのまま捕縛された領兵たちは適当に地面に転がされ、見張りを残してカイテン達は町の中へと駆けこんでいく。
カイテンが率いる本体は領主館を急襲し、いくつかの班に別れた部下たちは兵士達の詰所や領主の私邸なども押さえた。
その動きは無駄が無く、子爵本人もまるで反応する暇も無く身柄を押えられた。
「こ、皇国の貴族に対してこんな真似をして、許されるはずが……」
「皇国?」
鼻で笑ったカイテンは、後ろ手にしばられ執務室の床に転がっている子爵を見下ろした。
「残念だけれど、ここはもう共和国なの。大人しく認めなさいな。自分が選択を誤ったことを」
こうして、新たに生まれた“イメラリア共和国”は内外で本格的な内戦に向けての準備を進めていた。
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