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10.訓練の日々

10話目です。

よろしくお願いします。

 頬を撫でていく風の心地よさに、一二三は目を細めた。

 午後の暖かな日差しを受けて、街道に沿って馬を走らせていくが、他に街道を行く者は見えず、馬は思うさまその健脚振りを新たな主へ見せつけているようだ。

 走る事は完全に馬に任せた一二三は、取り出した水筒から冷たい水を飲むと、息を吐いて口を拭った。

 まだ陽は高い。

 町が見えたら情報を収集して、今の主戦場がどのあたりになるのかを確認するつもりだった。

「お?」

 まだ距離はあるが、前方に何人かの気配がする。

 丁度、街道の周囲が開けた場所から小さな森林地区を抜ける場所へと差し掛かるあたりだ。

 茂みの中に潜んでいる人数が数名、そして一人が樹上からこちらを窺っているらしい。

「ふぅん」

 気の早い事だ、と考えていた一二三は、不意に奇妙な圧力を感じた。それは先日、覚醒したばかりの戦いで銃を向けられた時と同じものだ。どんなに鍛え上げた身体を以てしても、一撃で絶命させられる可能性。

 背筋にゾクゾクと這い上がる物を感じて、一二三は思わず顔をほころばせた。

「よっ、と」

 手綱を操り、馬の進路を僅かに変えてやると、地面を小さな破片が跳ねた。避けずとも当たらなかっただろうが、この距離にしては良い腕だ。

「やはり銃撃か……面白い」

 刀を抜いた一二三は、馬の進路を不規則に変えながら気配がする方へと突入する。

 幾ら旧式の銃でも急所を撃たれれば死ぬ。狙ったのか偶然かは関係ない。撃った人間が素人でも玄人でも関係無い。

 武を掲げて鍛えてきた人間として、腹が立つ事でもあるが、それ以上に面白い、と一二三は思っていた。

「これで、この世界も見知らぬ洟垂れ小僧すら油断ならない相手なるわけだ! はてさて、世の剣士どもはどうするかね? そして、銃に頼る事を選んだ連中は、そこで歩みを止めずにしっかりと進歩する事を選択できるか!?」

 二度目の銃撃が、一二三の左横、かなり離れた場所を通り過ぎて行った。

 弾速も遅く、一二三の目はその形状をしっかり捕えている。

「丸い弾丸……まだ種子島レベルって事か。だが、それが戦争に使われているなら、どうなっているかね?」

 期待に胸を膨らませた一二三だったが、三発目は飛んで来ない。

 充分にひきつけてから撃つつもりかとも思ったが、森へ差し掛かり、見張りと思しき男を見つけて、一二三が通りすがりの一太刀で首を飛ばしても、弾は来ない。

 それどころか、行く手を塞ぐようにわらわらと五人の男たちが姿を見せた。

「運のいいヤツだ。と言っても、銃で死んでいれば、痛い思いをせずに死ねたんだがな」

 中央にいる二メートル越えの大男が、何やらニヤニヤと笑いながら喋っている間に、一二三は馬を降りて適当な枝に手綱を引っかけていた。

 そして、動いた気配のする茂みに近づき、刀を突き刺す。

「ぐえっ」

 確かな手ごたえと悲鳴を感じ、そのまま切っ先を引っかけるようにして隠れていた男を引き摺り出し、首へともう一突きを入れてとどめを刺した。

「長口上は終わったか?」

 懐紙で刀身にべったりと付いた血を拭い、放り捨てる。

「じゃあ、始めるか」

「この野郎……やれ!」

 大男の掛け声で両脇に立っていた部下らしき連中が武器を手に一二三へと進み出る。

 同時に、一二三は一歩だけ後ろに下がった。

 その胸の前を、二本の矢が通り過ぎた。まだいる伏兵からの攻撃だ。

「下手クソどもが!」

 大男が激高している。どうやら部下が外しただけで、一二三が避けたとは思っていないらしい。

 そうこうしているうちに一人目が不器用に剣を振り回して迫ってきた。

 避ける必要すら感じなかった一二三は、軽く足払いをして転がしながら、その手から剣を奪い取る。

「さびだらけだな。もう少しまともに手入れをしろよ」

 言いながら、倒れた男の胸に突き刺した。

「このぉ!」

 次の敵はメイスを振り回している。

 その懐に入り、腕を掴んで背負い投げに持って行く。

 当然、腕を引いてやるような生易しい事はしない。受け身もとれずに頭から落ちた男は、動かなくなった。

 次に剣でついて来た男は、腕を取って引き寄せる。

「うっ!」

 その背中に、矢が突き立った。

 味方の射撃で死んだ男の身体を放り捨てる。

「少し、鬱陶しいな」

 二人の弓手は射撃のたびに移動しているようだが、戦闘中で特に鋭敏になっている一二三の感覚には、二人揃って姿勢を低くし、ゆっくり動いているのが手に取るようにわかる。

 そこに向かって真っすぐ進み、刀の一振りで周囲の草ごと二人分の命を刈り取った。

「ぬおおおお!」

 大男の武器はハンマーだった。

 長い柄の先には頭ほどの大きさがある鉄塊があり、当たれば人間の骨などは簡単に粉砕するだろう。

 全体が鉄でできているらしいその獲物はかなり重いはずだが、大男は恐ろしい速度で振り回している。

「大した力だ。だが、技量はいまいちだな」

「減らず口を!」

 大ぶりに横から振り回してくる。

 長柄の武器で、腰のあたりを狙ってくるあたり、いかに避けにくくするかを考えてはいるらしい。しゃがむのも飛ぶのも厳しい高さだ。

 一二三が選んだ対応方は、真正面から受ける事だった。

 どん、と砂袋を叩いたような音が響いた。

「お前……一体どうなってやがる……」

 一二三は左の拳をハンマーに叩きつけて止めた。

 皮手袋に包まれた拳は完全に潰れているように見えるが、一二三は平然としている。

 腕を振るってハンマーを押し返すと、手袋は元通りの形に戻った。

「ふむ。以前よりも中身が詰まっている感じがする。悪くないな」

 手袋の中身は、ウェパルが持ち込んだ魔法に反応する粉“パウダー”だ。持ち込まれた一部を買い取ったオリガから渡され、以前そうしていたように、魔力を通すとしっかり技手として使えるようになった。

 何故か、白い粉はまた真っ黒に染まってしまったのだが。

「実験は終わった。さて、終わらせるとしようか」

 怒り狂った様子でハンマーを真上から落としてくる大男に対し、一二三は半歩だけ下がった。

 地面に穴を穿つように叩きつけられたハンマーを踏みつけると、一二三はそのまま柄の上を駆けた。

「なっ!」

 突然目の前に迫った姿に驚愕したのも束の間、大男はその頭部を抱えられたかと思うと、そのまま背中を転げ落ちるように受け身を取った一二三に、首だけを持って行かれるようにして仰け反った。

 頸椎を破壊され、一二三の体重と回転に巻き込まれた首は無惨に皮が伸び、頭部は背中にぶら下がっていた。

 人の皮膚は頑丈で、引き延ばされても早々千切れる事は無いが、その中身は最早原型を留めていない。

 ハンマーを落とした大男の身体が倒れると、首は大きく弧を描いて地面に叩きつけられた。

「ふむ……」

 ぎゅ、ぎゅ、と左手を開閉して感触を確かめると、残り二人の野盗へと目を向けた。

「残り二つ、か」

 今さら背を向けて逃げようとした彼らは、当然ながら助からなかった。


☆★☆


「大体三か月くらい……と言ったところでしょうか。もうすぐお腹のふくらみが目立ち始めると思います。まだ安定する時期は先ですから、激しい運動は控えてくださいね」

 プーセはオリガの腹部に手を当てて魔力による診断を行うと、額の汗を拭ってから、状況を伝える。

 ヴィーネやヨハンナを含めた一同は、現トオノ伯爵が用意した館へと移動していた。二十名の侍女と、それらの取りまとめとしてシクを派遣しているあたり、いかに伯爵が一二三たちへの配慮を考えているかが分かる。

 館は二階建てで、多くの部屋がある為それぞれが個室を使える。今はオリガの個室にプーセが訪れていた。

 侍女たちは通いだが、シクだけは警備も兼ねて泊まり込む事にした。多分に、プーセとの生活を懐かしむ気持ちもあった。

 女性だらけの館の中で、主な話題は二つ。ヴィーネへの魔法教育と、オリガの子供の事である。

「ありがとう、プーセさん。今は便利な魔法があるのですね」

 まだふくらみは無いが、オリガはそっと自らの腹部を撫でた。

「イメラリア陛下のご出産の際にはうかつに外部に漏らす事もできませんでしたから……後にも先にも、あれほど人間の出産について勉強した事はありませんよ」

 余程大変だったのだろう。プーセは疲れた笑みを見せた。その時の研究結果が元となり、母子ともに出産前後の死亡率が格段に下がったのだ。この成果に対し、イメラリアはプーセに特別な褒賞を与えている。

「生まれるのはまだ何か月も先の話ですから、心穏やかに過ごすことを心掛けてくださいね。周りの事はわたしたちがいますし、トオノ伯爵も沢山の使用人を用意してくれましたから」

「そうですね。折角だから甘えさせていただきます。今の私の仕事は、夫の子供を無事に産む事ですから」

 プーセ自身も狙われた事実があるので、シクから外出は控えるように言われていた。刺客の正体が掴めていない現状では、いつ再び襲撃を受けるかわかったものでは無い。

 館の周囲にはシクが用意した兵士たちが巡回しているが、油断はできない。

「今は大丈夫ですけれど、お腹が大きくなってきたら、服も作らなくてはいけませんね」

 既製品の服を扱う店もあるのだが、プーセは自然と特注を考えるあたり、王城での生活の長さが覗える。

「とはいえ、冒険者時代から領地運営のお手伝い、と働き詰めの生活でしたから、急に暇になると落ち着きませんね……。主人に言われた通り、ヴィーネと一緒に魔法の勉強を……」

 言いかけたところで、館の庭から爆発音と三人分の悲鳴が聞こえてきた。

「……一緒では無く、わたしが一つずつ説明しますから」

「まったく……うちの子がご迷惑をおかけします」

「気にする事はありませんよ。獣人としては魔法の才能が高いようですから、制御に苦労しているのでしょう。ヨハンナ様も、魔法を勉強し始めた頃は、良くありましたから」

 なまじ魔力が高いせいか、ちょっとした爆裂の魔法でも被害は甚大になる。いつしかヨハンナと妹のサロメは、郊外の専用訓練場を使うようになった。今では、攻撃魔法は習得を諦めたらしい。

「特異な魔法には個人差がありますから、使いやすい魔法が見つかれば、後は問題無いはずです」

「ちゃんと主人が言う通り、身を守れる程度にはなってくれないと困りますね。時々私も指導を……」

「いえいえ、シクもああ見えて魔法顧問として長く勤めていますから、お任せしていただければ大丈夫ですよ!」

 慌ててオリガを止める。

 彼女が奴隷として一二三に買われた当時、その指導によって毎日ボロ雑巾のようになるまで鍛えられていたという事は、割と有名な話だったからだ。

一二三はどこかで人に指導をする事に慣れている節があり、訓練する相手によって内容を変える事が出来たが、オリガは自分が受けた訓練が一番だという自負心があるらしく、相手の実力や状況は無視して扱き抜くため、フォカロルでは訓練担当から早々に外されている。

「それに、先ほどもお話しました通り、あまり激しい運動もそうですが、大きな音や感情の乱れも赤ちゃんには悪い刺激になりますよ」

 胎教という概念は無いので、これはプーセの出まかせに過ぎないが、オリガは納得したように頷いていた。

「そうですか。私が見聞きする事を、赤ちゃんも感じるのですね。そういう事であれば、シクさんに甘えさせていただきましょう」

 思いとどまってくれた事に安堵したプーセは、様子を見てくると言って席を立った。

「何か飲み物でも用意させましょうか?」

「ええ。では紅茶をお願いします」

「わかりました」

 部屋を後にして、ホールにいた侍女に紅茶を持って行くように伝えると、そのまま庭へと出た。

「ああ、プーセさん……」

 彼女に気付いたシクが、疲れた顔で振り向く。

 庭園の一角、綺麗な芝が植えられていたはずの一部が、抉れて大きな穴が開いていた。どうやら、先ほどの爆発音はここが爆心地らしい。

「何があったのですか?」

 穴の近くでは、魔力切れらしく仰向けで大の字で転がっているヴィーネと、濡れたタオルを額に乗せる侍女の姿があった。

 ヨハンナは、シクの後ろに隠れるようにして怯えている。

「風の魔法が得意だという事だったので、戦闘に役立つ攻撃魔法を教えたんですけど……」

「ご、ごめんなさい。わたくしがプーセに倣った圧縮空気について話をしたせいで」

 全力で魔力を注いだ空気の塊が一気に弾けたらしい。

 ヴィーネはその一発で魔力が切れて卒倒。ヨハンナは自分の助言が大変な事態を引き起こした、と怯えているようだ。

「大丈夫ですよ、ヨハンナ様。慣れないうちはああなる物です。ご自身も憶えがあられるでしょう?」

「そ、そうね……」

 納得したらしいヨハンナに微笑み、プーセは倒れているヴィーネに近づいた。

「……その様子だと、一二三さんに捨てられても仕方ないですね」

「それだけは!」

 反射的に起き上がったヴィーネの頭をがっしりと掴み、プーセは顔を近づけた。

「貴女には悪いと思いますが、比較的厳しくやらせていただきますね。貴女がしっかり仕上がってくれない事には、わたしたちまで一二三さんにそっぽを向かれてしまうのです」

 それでは困る、と睨みつけるプーセの眼光に、ヴィーネは「が、頑張ります……」と答えた。

「よろしい。では、一つ面白い技術をお見せしましょう」

 プーセの手がヴィーネの方に移動すると、触れている個所から、じわりとヴィーネへと魔力が流れ込んで行く。

「す、すごい……」

「イメラリア様と一緒に魔法を研究している間に覚えた、魔力譲渡です。余程魔力の扱いに習熟していないと無理な芸当ですよ……さあ、これで先ほどの魔法程度の魔力は回復したはずです」

「え、という事は……」

「さあ、訓練を続けましょう」

 今度はわたしも協力します、とプーセはその綺麗な顔に似合わない、凶暴な笑顔を見せた。

お読みいただきましてありがとうございます。

次回もよろしくお願いします。

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