第9話 日常←推測
軽快な足音。
風を切る音。
そんな音だけを耳にしながら、遙は冷静に現状を考えていた。
遙は自分の身体に起きている変化にいくつか気付いている。
一つに、視力や体力、筋力といった肉体の強化。
日本にいた時よりも数段身体が軽く、視力も良くなっている。
それだけではなく、シャルを待っていた時に軽く木を素手で殴ってみた時、簡単に木の皮が大きくえぐれたのだ。
これらの事から、遙は自分自身の身体に強化という名の変化が起き始めている、と推測している。
そして二つ目、所謂『魔力』と呼ばれるものだと考えられるものが身体中に満ち溢れている事に気付いていた。
そもそも、この世界では魔力に気付くことから始まる、とシャルから説明をうけている。
しかし、遙はその説明の途中で既に魔力がどういったものかまで気付いていた。
なぜなら左右の手から全く別の『なにか』が溢れている事に気付いたからである。
(多分……いや、すくなくともこれは『魔力』ではある。なんだろうけど、なにかおかしい気がするんだよな)
魔力と推測ができても、まるでこの左右の手は水と油のようにまったく同調することのないような違和感が拭えないのだ。
(まさか、同じ魔力でも属性があるとか?)
遙が過去に読んだ事のあるファンタジーだと『水属性の魔力からは水属性の魔法しか放てない』というような魔力の説明もあったことを思い出す。
しかし、この世界では『魔力は全て一つのもので、そこから様々な魔法の形成が可能』というのが基本と説明された。
となると、考えられる節は一つ。
(やっぱり、これは魔力ではあるけど……根本が全く別の属性……光と闇のような感じだろうな)
と、いろいろ考えてるうちに目的の相手まであと数メートルまで近付いた。
まず腰についてるナイフをちゃんと握る。
一番考えたくない未来が待っていた時の為に。
少なくとも、この兵士達は『友好的には話せないだろう』と既にあたりをつけている。
先ほどのセレスとの会話。
エスコート。
武装兵士。
この時点で何もないまますんなりと逃げられるとは最初から考えてはいなかった。
となると、遙がとれる選択肢は二つに一つ……とは言っても実質一つだけとなる。
それは『兵士達をここで止めて、セレスと逃げる事』となってしまう。
遙は大きく、溜息をつく。
そして、心の中で一つ呟く。
ああ、人殺しは、何度目だろうか、と。