第8話 日常→変化
第8話です。
仕事が忙しい……。
「……いつから、気付いていたのですか?」
姿を表さない以上、声の主は女性という所までしかわからない。
しかし、他に一つわかる事がある。
あくまでも殺気はなく、単に話に来ただけのようだ、という事。
「姿を見せないのは会話としてマナー違反じゃないのか?」
遙は冷静に女性に問い掛ける。
すると大木の裏からクスッと軽い笑い声が聞こえ、声の主がゆっくりと姿を表した。
月明かりに照らされて綺麗に光る長い銀髪にとても似合う白いワンピース。
見たところ20歳前後だろう、シャルのような獣人ではなく本当の人間。
少なくとも、遙が見てきた女性の中ではトップだろうと言えるような、美しい女性が立っていた。
「……何者?どう見ても貴族にしか見えないけど……」
「貴族ですよ。それもこの国の一番上の」
ニッコリと微笑むその笑顔は育ちの良さをそのまま表している。
何も知らない他の人なら、そのまま惚れていてもおかしくないだろうと遙はふと思った。
「……王侯貴族様がこんな夜中に何の用ですか?」
「あら、思ってたより驚きませんね」
「そりゃそうですよ。お昼に検問所でちらっと見かけた時に『あれ?なんか雰囲気が違う人がいるな?』って感じてましたからね」
「わざと人混みに混ざっていたのに、よく気付けましたね」
「まぁ、それは置いておいて……何の用ですか?」
一旦話を切り、相手の本意を尋ねる。
そもそも時間が遅いのに、護衛も無しにこんなところに来る貴族なんて限られている。
それこそ何か悪意があるか、もしくは夜逃げか、そんな所だろう。
そして、遙の予想を全て裏切る返答が飛び出してきた。
「なんとなく、夜の散歩ですよ?」
「……は?」
呆気にとられるも、冷静に考える。
散歩、ぶらぶら歩くこと、気晴らしや健康の為に。
散歩の意味は簡単、でもその真意は?
遙は再度問い直す。
「散歩、だとしても城からは離れ過ぎですよね?それに、お昼から今の時間まで散歩ですか?」
「女性にそこまで聞くのはマナー違反では?」
濁してくるとなると、話せない事か話したくない事か。
となると深く訊くだけ意味が無い。
そこまで気にすることではないだろう。
「まぁいいや。それで、俺に用があるんですか?」
面倒に感じ始めてきているがその本意は隠す。
遙は地味に睡魔が近付いてきている事に気付いていた。
同時に、違う雰囲気を持つ数人も近付いてきている事にも。
「……既に気付いてるとは、正直驚きました」
「6……いや、7人ですか。これは護衛の兵士ですか?」
「はい、ここにこの時間に来るようにお伝えしてありましたので。それにーーーー」
「武装済み、ときましたか。これはどういう意味が?」
遙はゆっくり近付く兵士達を見る。
鎧は軽装、腰には両刃の剣が確認出来る。
距離は1キロ程離れてはいるが、あと数分でここに着くだろう。
周りを見渡しながら歩いてる事から、まだこちら側には気付いていないのがわかる。
「特に意味は無いですよ?ただ、私がこの場に居たら兵士達の考え方によりますが……貴方はどうなりますかね?」
「それ……一方的な脅迫ですよ?」
「私、そんな酷い事はしてませんよ?」
してるだろっ!!と心から突っ込みたい気持ちを抑え、冷静に思考を巡らせてみる。
(……さて、実際問題かなり厄介になってきたな。その中でも一番厄介なのはこのお姫様だ……俺をどうしたいのだろうか)
俺は単なる冒険者としか見えない服を着ている。
“こちら側”に召喚された時はシャルしか居なかった。
となると、考えは2つ。
「さて、姫さん」
「セレス・フィスタリアです」
マイペースな姫だな、と感じ名前を言い直す。
「……セレス様、城に帰るか……それとも」
「夜のお誘いなら、どこまでも構いませんよ?もちろん、エスコートしていただけるなら」
エスコート、とまで言われたら選べるのは実質1つの答えしか見つからない。
一番考えたくは無かった、厄介な選択肢。
「それなら、夜の散歩を続けようか」
「是非、お願いしますわ」
「それなら、少しお待ちください。セレス姫」
遙はそう言うと、兵士達の元へと音もなく駆けて行った。
いかがでしたでしょうか?
もう少し長く書けたらなとは思うのですが……。