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短編集

ありがちな小説を書くということ。

作者: 丘/丘野 優

 中学に入ってから、二年と少し。

 自分のクラスでの居場所も確保できずに、立ち入り禁止の屋上に無断で入ってぼんやりしていたのが運の尽きだった様に思う。


 その日、いつもと変わらずに屋上から遠くの街を見ていた僕は、ふと扉の開く音を聞いた。

 振り返ると、何人かの、見たことのある生徒がわらわらと屋上に入ってくるのが見えた。

 同じクラスの者もいたし、そうでない者もいた。また男女バラバラでもあった。


 ただ、それでも彼らが浮かべている表情は一様に同じで、僕はそれに恐怖したのを覚えている。

 にやにやとした、質の悪い、気持ちの悪い笑顔だった。彼らが僕に、何かよくないことをしようとしている、ということだけ、理解した。そして彼らに僕を逃がすつもりが全くないのだ、ということも。


 なんでこんなことを話すのか。


 どうしてこんなことを語っているのか。


 つまり何を言いたいのかと言うと、僕――辻村桃は、その日を持って人間に対して絶望したという事だ。


 ◆


 それからしばらくして、僕は学校へ通うのを止めた。

 あの日やってきた人間の中には、僕の親友を名乗る不可解な人物も数人混じっていた、というのが最も大きな理由だ。

 すべてが嘘に塗れている。

 そんな気がしてしまった。


 とはいえ――


 僕は自分の部屋に数十年となく閉じこもれるほど強い精神の持ち合わせはないし、勿論のこと、そのような経済力を我が家が持つことも、また僕自身が持つこともあり得ない。

 いくら駄々をこねようと、少ししたら。

 そう、せいぜい、高校受験をしなければならない時期になったら、否が応でも僕は学校に通い始めることになるのだろう。そのことを、僕はよく解っていた。だからこそ、僕はそのときに自分が気持ちよく通えるように努力もした。


 あの日の事は、少なからず話題になった。

 なぜなら、僕は、恥も外聞もなくあの日に何があり、自分が何をされ、そして誰がそれを行ったのかを詳細に語り、触れ回ったからだ。君は強い、と何度も言われた。勇気がある、とも。

 そうして、幾度となくやってきたマスコミの取材に答え、学校の名を貶めるだけ貶めたのち、僕はやっと自分の部屋に閉じこもったのだ。


 どれだけの迷惑を学校にかけたのかも分からないし、何人の人間を停学・退学に追い込んだのかもわからない。

 けれど、悪いのは彼らであって、僕ではない。

 だから、知ったことではない。


 さて、そんな人を全く信用できなくなった僕でも、やはり一人の人間に過ぎないらしい、と気づいたのはいつの頃か。

 誰とも会話できない、だれを見ても信じられない、そんな気分に陥っている自分が、心のどこかで誰かと話したい、認められたい、と思っていることに気づいた。

 なぜ、と疑問を抱くのはきっと愚かなことかもしれない。


 どれだけひどい目に遭おうとも、人は一人では生きられない。


 その陳腐でくだらないお題目が、まさに正しいことを言っていたのだと、僕はこのときはじめて気づいたのだった。


 ◆


 誰かと関わりたい。そんなことを思った僕に、この時代はとても優しかった。

 幸い、今の世には顔を直接合わせずともコミュニケーションをとれる環境が氾濫している。

 チャットやSNS、と言うのも考えたが、そこまで直結したやりとりは、夢や希望を信じ他人を信用していた昔の僕なら別として、今の僕には出来る気がしなかった。


 僕の感情、それはつまり、人に認められたい、ということだった。

 誰かが僕の存在を認め、僕の価値を認めてくれること。

 そういうことに、僕は飢えているのだと。

 そう思った。


 だから、直接会話する、という手法ではなく、何かを間に挟んでそれについて話をする、というのが望ましい、と僕は思った。


 そのためのツール。それは、僕が作った何かを、誰かに見てもらうということだ。


 僕の作ったものを見てもらい、そして評価して、認めてもらう。出来れば、それを題材に話をする。


 そんなことが出来れば、僕の欲求は満たされるのではないか。


 そう思ったのだ。


 しかし、僕には、図画工作の才能もなく、プログラミングが出来るような才能もまたなかった。一応、生物学的には女性に分類され、それなりに整った見た目をしているらしいから(それがあの日の事件を引き起こしたことも否めないが)、コスプレして写真でもとってみればどうか、とも考えたが、さすがに自らの容姿を電子の世界に放り込むのは気が引けた。


 結局、僕が出来そうなことと言えば、文章を、しかもかなりつたない、読むに値するのかどうか疑問、と評されるレベルのものを書くくらいしか思いつかなかった。


 果たしてそんなものに評価などつくのだろうか。

 誰か見てくれる人が一人でもいるのだろうか。

 そんな気がした。


 けれど、世界と言うのは広く、またこんなことを言ったらせっかく読んでくれた人に失礼かもしれないが、物好き、というべき人間も結構な数がいるものである。


 つまり、僕のつまらない、くだらない、微妙な文章を読み、面白い、と言ってくれる人間が、少なからずいることを僕は知ったのだ。


 ◆


 それから、僕はずっとネット上の小説投稿サイトへと、小説を挙げ続けている。

 内容は、本当に真剣にプロを目指している人間からすればくだらないと評されてしまうかもしれないもの。

 俗にテンプレファンタジーと呼ばれるものだ。


 異世界とか、トリップとか、そういったものを書こうとしたのは、僕の経験が関係しているのかもしれない。


 この世界のどんなところにも居場所があるとは思えなかった僕にとって、別世界への切符を誰かが与えてくれ、そしてそこで生活する基盤を作り上げていく過程を描く、という世界観は、今何よりも僕が欲するものだったと思われるからだ。


 この世界には、現実には、僕に手を差し伸べてくれる優しい人間なんていなかった。

 でも、別の世界になら、いるのかもしれない。

 そこへどのような方法であっても行けるのなら、その切符を少し迷いつつも、掴んでしまうかもしれない。


 そういう気持ちを抱く人間の事を、僕は誰よりも理解できた。


 それはつまり他人事ではなく、僕のことに他ならなかったからだ。


 その別世界へ渡りたい人間とは、僕の事だったからだ。


 だから――


 そんな僕を否定されると、僕は酷く悲しくなる。

 僕がやっと認められた僕を、貶されているようで。


 お前には生きる価値がないのだと、はっきりと突きつけられているようで。


 僕は悲しくなる――


 ◆


 それは一つのムーブメントだったのかもしれない。


 その小説投稿サイトにはランキング機能というものがあった。


 小説を読み評価することでポイントがつけられ、そしてそのつけられたポイントの多寡によってランキングがつけられるのだ。


 最近、というかここ数年、どうやらランキングに上るのは殆どが僕の書いているようなタイプのテンプレファンタジーのようだった。

 なぜか、と言えば魅力があるから、と言えるかもしれないし、また読みやすいから、というのもあるかもしれない。


 しかしそのことについて、別の見方をする人間が現れ、そして訳知り顔で語り始めた。

彼らはその自らの考察の結果をエッセイと言う形で文章にし、そしてランキングの一角に食い込み始めた。


 彼らが言うには、テンプレファンタジーと言うのは悪であり、つまらないものであり、自らの自己顕示欲を満たしたい、または他人に認められたいという欲求の発現であって、そのようなものを書くよりももっと“いい作品”を書いてこそ小説家として実力がつき、また意義のあることなのだ、ということらしい。


 言っていることは、分からないでもなかった。

 同じようなものが延々と並んでいる光景と言うのは、飽きる。

 右を見ても左を見ても誰もが同じようなものを作っている、というのは、なんとなく気持ち悪い感じがするものだ。


 けれど、僕はその文章を見て、傷ついた。


 僕は確かに人に認められたいという欲求を満たすために書いていたからだ。

 そしてそれ以外に目的を持たない。

 誰かが読んでくれるから、何かを言ってくれるから、だから書いているのであって、普遍的に価値のある素晴らしい作品を書こう、などとは一切思っていなかった。


 なぜなら、僕にとってその小説投稿サイトは、僕を僕であるというだけで認めてくれる大切な場所だからだ。


 現実で誰も評価してくれない僕の存在に、明確な指標による評価をくれるからだ。


 そのことを求めて、そのことを追及して、一体何が悪いのか。


 僕には、よく解らなかった。


 だから、僕は、ただひたすら、傷つき、落ち込んだ。


 立ち直れる気が、しなかった。


 ◆


 しかしそれから、考えたこともあった。


 僕には僕の事情があって、その事情に基づいた欲求に従い、文章を書くに至った。


 それは僕だけの話ではない。


 この小説投稿サイトに文章を書いている人間には、それぞれ背景があるはずなのだ。


 それはどういうものなのか、はっきりと見えることは少ない。


 僕を傷つけたあの文章を書いた人にも、きっと何かしらの理由や背景があるのだろう。


 僕と同じように、人から認められたいから書いている人もいるのかもしれないし、真剣にプロを目指して書いている人もいるのかもしれない。

 ただの暇つぶしに書いている人もいるかもしれないし、文章を書くのがただ好きで、そのためにひたすら書いている、という人もいるかもしれない。


 だからこそ、僕は思う。


 自分の書きたいようにものを書くことに、一体何の問題があり、そしてどこに責められるべき点があるのかと。


 エッセイを書くのも、自由だ。


 ファンタジーを書くのも、自由だ。


 もちろん、テンプレだって、自由だろう。


 エルフを書いたものを指さして、トールキンの模倣だと叫ぶ者が現代の日本にいるとは僕には思えない。


 使い古されたイメージを使って書くことは、それが法律に触れない限りは、悪いことではないはずだ。


 ここに文章を書いているどんな人間でも、この世に普遍的価値を生み出したくて文章を書いている、というわけではない。


 好きなものを好きに書けばいい。


 順位付けなど、おまけに過ぎないのだと、僕は思う。


 僕の投稿する小説投稿サイトの名は、『小説家になろう』だ。

 このサイト名の意味は、小説を投稿することによっていつか小説家になろう、という希望が込められているように思う。

 けれど、僕は思うのだ。


 僕のような人間にとって、ここに投稿することは、他人に読んでもらい、小説家になった気分に浸ることだ。そうすることによって、僕は生きる活力をもらっている。

 ここに小説を投稿すること、それが僕の『小説家になろう』であり、小説家になった、ということだったつもりだった。

 それなのに、その行為に、意味がないとか、そういう風潮はよくないとか、そういうことを言われてしまうと、何とも言えない気分になる。


 小説を書くことは、もっと自由なことだと、僕は思う。



 ◆◇◆◇◆


 私、天王寺由香は、現在小説を書いているところだ。ひたすらに、延々と、自分の精神力が続く限り、どこまでもだ。


 なぜ、そんなことをしているのか。


 それは、私が小説家を目指しているからに他ならない。

 テンプレファンタジーもたまには書くが、それ以外にもジャンル問わず多数の著作を執筆している。一つのジャンルにこだわった書き方をしていてはとてもではないが実力などつかないと私は考える。様々な文体、ジャンルに挑戦し、書きこなすことが出来てこそ、プロへと踏み出せるのではないか。そう、私は思っている。


 そんな私が、学校に友達がいるのか?という質問にはいささか否定的な答えを返さざるを得ないのは仕方のないことだ。


 普遍的価値の創作に忙しい私にとって、友人などといった煩わしいものは邪魔だ。

 そんなものを持ちたいと考える心の動きは悪魔の誘惑なのだと思い、断ち切っている。


 決して性格が底意地悪いせいで友人ができないわけでも、コミュニケーション能力不足のせいで他人との会話がうまくできないわけでもない。そう。ぜんぜんそんなことはないのである。


 そんな私にも、才能、というものが一つくらいはあったらしく、それが物書きとしての力だ。


 かつて――小学校の四年生くらいの頃だろうか。読書感想文を書いてコンクールに出したことがあった。

 その当時から他人との交流を高潔な精神でもって拒絶していた私は、当然のことながら気軽に話せる友人などおらず、読書感想文をいついつまでに学校に提出しなければならないという担任からの連絡がちょうど欠席した日にされたことにその提出日の前の日にやっと気づく羽目になったことは今振り返ると自分のターニングポイントであったのだと思わずにはいられない。


 つまり、私はその日、徹夜で読書感想文を書きあげる羽目になった。


 こんなことを言うと勘違いされるかもしれない。読書感想文なんかにそんなに時間はかからない、適当に書けばすぐに終わるだろうと。


 確かに、その指摘は間違っていない事実だ。しかしながら、私は自分で言うのもなんだがかなり難儀な性格をしているのである。


 くそが三つつくくらい真面目一辺倒の私は、まず読書感想文を書けと言われたらその読書すべき本の選定から真面目にしなければ気がすまず、また実際にしっかりと読み、自らの考えを固めてからでないと感想文を書く気にならないのである。

 そのため、徹夜することになったのは仕方のないことだ。


 しかし、このことは意外にも私の人生にいい結果をもたらした。


 そんな風に一気に、一生懸命に書き上げたその読書感想文は、なんとコンクールに入賞し、内閣総理大臣賞までいただけることになったのである。

 学校の壇上にあがったときの誇らしさったらない。


 後ろから「あんなやつが……」「えー、あの暗い奴? うっそー」などと聞こえるのは気のせいである。断じて気のせいである。


 そう、そのとき、私は気づいた。私には文章を書く才能があるのかもしれないと。


 才能があるのであれば、伸ばすのが正しいだろう。

 そう思った私は、そのときからひたすら小説書きを目指して頑張ってきた。

 書いては何かの賞に送り、落選を繰り返す日々。

 何次審査まで通った!と喜びつつ、最終選考にあがったことは一度もない。


 しかしそんな日々も数年も続けば、流石の私にも気づくことがある。


 つまり、私に才能がないのだということだ。

 結局私にはどんな才能も――


 そんな気がしたとき、たまに投稿している小説投稿サイトにあげられたランキングを見ていたら、急に腹が立ってきた。


 上位に上がる同じような設定の小説たち。その中には出版まで辿り着いたものもいくつかある。こういうものが出版できるのに、なぜ自分はできないのかと。


 ただの八つ当たりだったのかもしれないし、真実真剣に考えたうえでのことだったのかもしれない。そのときの気持ちは今になってはもうはっきりとは思い出せない。


 ただ、とにかく書かなければならぬ、と思ったのである。


 その小説投稿サイトの現状について。


 テンプレファンタジーばかりではよろしくない、ということについて。


 夜に書いた文章と言うのは人に見せるべきではない、とは言うが、まさにそのときかいたその文章はその類の文章であったのかもしれない。


 私の書いたものにしては珍しくランキングに食い込んだそのエッセイは多くの人が見てくれ、評価をし、そして感想を書いてくれた。


 感想には、様々なものがあり、共感してくれるものもあれば、正反対に需要があるのだから誰が何書こうが自由だろう、というものもあった。どちらも頷けるもので、どっちが正しいとか間違っているとかそういうものではないのだろう。だから、それほどそういったよくある感想は気にならなかったのだが、一件だけ、奇妙な感想があった。


「傷つきました。悲しいです」


 とだけ書かれたそれは、見てみると、テンプレファンタジーをよく書いているユーザーだった。

 その言葉の意味は、おそらく私に罵倒されたかのように感じて悲しい、傷ついた、という意味なのだろう。


 考えて、確かに私の書いたものは、そういう棘にもなりうるのだと、気づいた。

 文章をたくさん書いてきた。

 本当に、沢山。いろいろなものを。

 文章は人を傷つけうるものだということも、もちろん、知っていた。

 けれど、本当の意味でそれに気づいたのは、そのときのことだった。


 私は大変なことをしてしまったのかもしれない、とそのとき思ったのだ。

 私は――


 急に熱が冷めていくのを感じた。

 私は一体何を書いてきたのだろう。

 何を考えて書いてきたのだろう。


 私に、才能がある?

 こんなことも想像できない私に?


 もう、ダメだと。

 そう思った。


 だから、その日以来、私は小説を書くのを止めた。

 そして、受験勉強を始め、そのまま高校に受かった。


 あれから、私は小説を書いていない。


 ◆◇◆◇◆


 桜を眺めている少女がいる。髪の長い、ほっそりした少女だ。

 彼女はしばらくぼうっとして、そのまま、自らのこれから通うべき高校へと入っていく。


 今日は入学式だ。彼女の外にも大勢の生徒が、その高校へと足を踏み入れていた。


 体育館はがやがやとうるさい。

 入学式は後方に保護者を置き、前方に新一年生を置くという陣容で進んだ。


 先ほど桜を眺めていた少女はいま、椅子に腰かけ、前を向いて座っている。

 他の生徒たちが早くも仲良さげに友達作りをしているのとは対照的に、他人を受け入れないような独特の雰囲気があった。

 彼女の隣の席は空席で、まだ人が来ていないようだった。

 しかし、二、三分して、そこに人が来た。


「ここ、いいだろうか?」


 そう言われて少女が顔をあげると、サラサラの髪をショートに切り揃えた、けれどどう見ても小学生にしか見えない容姿の女の子がこちらを見ていた。

 少女は制服を見て同級生なのだと気づき、そして頷く。


「もちろん。座ったら」


 冷たげに言う少女に、女の子は穏やかに笑う。


「ありがとう。僕は辻村桃という。君は?」


 その女の子の台詞に少女は怪訝な顔になった。


「……“僕”? 中二病なの?」

「そんなことはないのだが……」

「その口調もどうなの? ねぇ」


 いつもこうだ、と少女は言葉を発しながら自分の口のきき方にがっかりした。

 きっと相対している女の子も友達にはなってくれまいと。そそくさと離れていってしまうだろうと。

 しかし、意外なことに、呆れた顔はしても女の子は返答を続ける。話を止める気配もない。


「……なぜいちいちそんなにけんか腰なのだ……」


 だからだろう。割と素直に少女は自分のことを説明できた。それは人生において初めてのことで、喜ばしく思った。


「……あぁ、ごめんなさい。どうも私、だれに対してもこんな感じで」

「ほう。僕だって同じだ。誰に対してもこうだ。だからお互い様と言うことでどうだろうか?」


 そう譲歩を見せる女の子に、少女は一世一代の勇気を出して告げることにする。


「……そう。そうね。じゃ、じゃあ、私と友達に……」

「友達? うーむ……」


 女の子は腕を組む。

 少女は不安そうな顔になった。


「だ、だめなの?」

「いや、友達、と言うのなら、名前を教えてもらわないと」


 その言葉に納得の顔を見せる少女。どうやら断られたわけではないらしい。


「あ、そうね。私……私の名前は、天王寺由香」

「そうか。由香。よろしく」


 何の気もなく差し出されたその手を、少女は掴んだ。


「よ、よろしくっ!」


 嬉しそうに笑う少女。

 当然のことながら、少女は、いま手を掴んでいる女の子のことを、かつて自分が文章と言う刃で傷つけたことがあるなどとは気付いていなかった。

 これからも気付くことはないだろう。

 けれど、もしかしたらいつか気づくことがあるかもしれない。

 そして、女の子も、少女に傷つけられたのだと気づくのかもしれない。


 そのとき、一体何が起こるのか。


 友情は色あせるのか。


 恨みや憎しみがその関係を黒く染めるのだろうか。


 それは、未来など見通すことのできない人の身では、知りようがない。


 そう、それこそ、神のみぞ知りうること――

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― 新着の感想 ―
[良い点] 書くことがで救いやリハビリになってる人間もいるかもしれない、という視点
2018/09/09 16:12 退会済み
管理
[良い点] いい小説だなと思いました。 内面をしっかりと描いてますし、 終わり方も、何も知らずに傷付けることは、こわいことなんだなぁーと言うのが、文から伝わってきました。 二人の主人公の対比とかも…
[良い点] 面白かったです。 二人の視点から両極端な意見が丁寧に綴られていて、思わず納得しどちらも共感してしまう、素敵なお話でした。 [気になる点] 最後は中立に、神様視点で書くのが好みかなと。 [一…
2018/09/06 20:02 退会済み
管理
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