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偽鳥

作者: 柳岸カモ

Kに捧ぐ。

夕暮れ時の空に途切れ途切れ浮かんだ雲が、ゆったりと消えてゆく。

その空のそのまた遥か高いところに、ちり紙をまるめて放り投げたような白い塊が、それはもうたくさん浮かんでいる。

そしてそこから遥か遥か下方の地上の堤防で、小さな大人と大きな子供が、並んで座ってその空を眺めていた。


小さいほうの大人が、無数の白い固まりを指差し言った。

「あれはなんだね」

すると大きい方の子供が答えた。

「鳥でしょう」

「鳥があんなにたくさん浮かぶかね」大人が訝しげに眉をひそめた。

「鳥は元来ああいうものです」子どもは自信ありげに答えながらパチパチと手を叩く。

「鳥というのはあんなに、あんなに白かったかな」

大人がまた子供に訊いた。子供は当然のように

「そうです。鳥には元来白い毛の種がたくさんいます」

と答えた。それを聞いて「そうか」と大人が、消え入るように呟いた。


やがてピンク色だった空の色は水色へ、そして濃い藍色へと変わっていった。


その間も、相変わらず無数の白い塊は浮かんだままだった。


その間子供も大人も、空を見つめたまま一言も言葉を発しなかった。


一番星がチカリと照った瞬間、小さな大人が

「あれが、すべて、錆びた鍵だったらどうだろうね」と呟いた。

子供は「あはは」と笑って、

「あれは鳥ですよ」と声高に叫んだ。

大人は「そうか」と静かに言った。

しかし大人は「でも鍵だったらどうだろう。鍵かもしれないだろう」と、もう一度呟いた。


子供は「どうしたんです?」と大人の横顔を見た。

その横顔は、目と口との距離が異様に短い、押しつぶされたような顔をした、大きな子供そっくりの顔だった。


「ひっ」

子供はその大人から遠ざかろうと、一瞬身を引いた。


すると大人は

「どうした、怖がるな、アレは鳥なんだろう」

と笑った。

子供は顔を振って「わからない、わからない」と言い、大人から離れようと尻を引き摺りながら後ろへ下がった。

「どうした。あれは鍵ではなく鳥なんだろう、怖がるな怖がるな」

大人は、後ろへ下がって行く子供の手をぐいと引き、自分の懐に掻き抱いた。

しっかりと捕まえて離さないといった風に。


そして耳元でそっと、子供に囁いた。

「鳥なのだろう」


それを訊いた大きな子供は、泣きべそ顔で「ごめんなさい、ごめんなさい」と繰り返した。

そして捕まれた腕を、力の限り振り回した。


そんな子供の必死の動きには興味を示さず、大人は再び上空の空に目をやった。

するとどうだ、無数に浮かんでいた白い塊は、大人の言った通り全て錆びた鍵になった。

そして何千何億という数の小さな闇色の鍵が、重力に従い、地上めがけて落ちてくるではないか。

その勢いといったら、すさまじい。

ふわふわと浮かんでいた白い塊は一つとして見当たらない。

それらが全て一瞬で鉛の破片となり、堤防の二人めがけてざらざらとぶつかり合いながら、まるで霰のごとく降ってくるのである。


「ほら、やっぱり鍵かもしれなかったろう」

小さな大人は微笑んで、抱きしめた大きな子供にまた囁いた。

子供は大人の腕と腕の隙間から上空を睨み、「逃げましょう、はやく!」と叫んだ。


「逃げることはない、あれは鳥なんだろう」

「鍵です! あんなにたくさん、あぁ、ぶつかったら死にます、はやく!」

「いや、鳥なのだろう、私はお前を信じる」

「何を言ってるのですか、はやくしないと死にます!」

そうしたやりとりの間にも、錆びた無数の鍵はどんどん地上へせまってくる。

がちゃがちゃとぶつかり合う音が次第に大きくなって、子供はいてもたってもいられない。

しかし大人は

「死にはしないさ、鍵ならいざ知らず、鳥なのだから」

と、にこにことしている。


「アレは鳥ではありません! アレは鍵です! あたったら死にます、はやく!」

子供は大人に掴まれたままだった体に渾身の力を入れ、大人から離れようと手足を思い切り広げた。すると一瞬体が大人から離れた。かと思うと

「逃げるな、心配ないさ」

また大人が笑うように言い、離れた子供の体をぐいと引き寄せ、再び抱きしめた。

「離してください!」

「恐れるな、あれは鳥に違いないのだ」

大人は子供の頬を自分の胸に押し当て、優しく囁く。

「許して! 誰か、助けて!」

鍵のぶつかり合う音が、そんな子供の叫び声を掻き消す。

もう、鍵は地上に叩きつけらようとしていた。

あともうほんの数秒で、地上は鍵の衝突の衝撃で吹き飛ぶかもしれぬ。

けれど大人は

「大丈夫だ、アレは鳥…」


そんな大人の声もまた、轟音に掻き消されていった。



      *



やがて、朝がきた。

大きな子供はぼんやりと目を覚ました。

地上は、何億もの錆びた鍵によって崩壊したのだろうかと思った。

あたりを見回そうと目を擦る。


その目に最初に写った世界には、地面に撒き散らかった錆びた鍵も、崩壊した家々の残骸も無かった。


唯一あったのは、隣で自分を抱きしめたまま逃げもしなかった、あの小さな大人の亡骸だった。

鍵を全身に浴び、ぺしゃんこに押しつぶされたその亡骸は、鮮血と傷口からはみ出す肉で、ぼんやりとピンク色に見えた。

そして、その肉体をたくさんの白く美しい鳥が囲んで、はみ出た肉をついばんでいた。


まだぼんやりとしか開かない目でそれを見た大きな子供は、

静かに大人の亡骸に手を合せ、小さな泣き声をあげた。


                 


読んでいただきありがとうございました。

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