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僭主による繁栄 第二節


「神角の真贋を確かめるならば、ここでなくリルライに行かれるべきでしょう。なぜ公子殿につきあって、わたしのところへなど来られたのですかな?」


 再臨派が保有する、と主張している神角は、さほどに珍しい神性遺物ではない。詐欺師が見つけた、あるいは授かったと喧伝するものとしては定番といってもよかった。

 かつては本当に数多く存在していたゆえか、神角の発見話は、制空神殿から遠く離れた大三角洲でも絶えなかった。

 詐欺師が参考にする宗教的な説話でも記されているように、そこらの乞食僧侶が廃墟の祠堂で見つけるといったことも、ありえなくはない話なのだ。大いなる〈繁栄圏〉が存続した一〇〇〇年間に、神角は一〇万本もが出産されたと記録されている。

 厄介な問題は、神々がじきじきにガエナフ河流域へ恩寵を与えたまうた時代は五〇〇年以上も前に終わってしまい、あらゆる彼らの遺物はその後の戦乱期に略奪され散逸し、多数の偽物が混ぜこまれてしまっていることだった。

 真の神性遺物を求め、神蹟院は統一王朝時代の二〇〇年前から広く調査をおこなってきたが、徒労と失意をもたらすだけの結果になることが大半だという。


「先にリルライへ赴いた使節らが〈第一書記〉に処罰されたからではありませんか。今、報告したとおりだ」


 使節団の長を務める老年の神官が答えた。

 彼らのところに入った急報によると、六日前にリルライへ分遣された一時停戦を呼びかける使節はタウカハ軍の陣営で半殺しにされ、奴隷として工作部隊に放りこまれたらしい。この事件をイェウラは噓ではなく知らなかったのだが、バハークタと使節団長たちには信じられないらしく、詰問口調は緩まなかった。


「その件については、まことに遺憾に思います。しかし、いかなる不幸な事件がリルライでおきたのかは、こちらも知らぬのです」

「外務長官が、かくも重大事を知らぬと!」


 使節団長よりも若い細身の神官が、焦躁をあらわにした声で言った。椅子から立ちあがって言葉をつづけようとした彼を、団長は手で制した。


「ゆえに問い合わせを願います。事件の詳細がわからねば、こちらも御方々へ報告できません」

「早朝に発つとして、タウキオへ戻るに二日はかかりますが」

「急使を夜には動かせないのですか?」

「貯留水が陸路を分断しているので、この時期には危険です。まだ北は戦場ですしね。夜明けを待てばよろしいでしょう」


 学者的な風貌の瘦せた神官が、おちつきなく肩布を撫でさすりながら口を開いた。血色が優れない唇には、拷問で絶叫した囚人にも見られる裂けた小傷があった。


「悠長な……。これは尋常ならざる流血沙汰ではないのですか。一刻も早くリルライの情勢を調べたいと、軍を見張るに慣れた者ならば考えるはずです」

「この程度の流血沙汰など〈第一書記〉のまわりでは、よくあることです。それに、わたしのなすべき務めは軍を見張ることではありませんよ」


 バハークタからの強い視線に気づいた初老の神官は、椅子に腰をおろした。体つきは鍛えあげたものではないが、まだまだ健康そうに見える。しかし顔には、急に一〇年も老けこんだかのような憂懼と疲労があった。

 こんな顔をした者をイェウラは何十人も見知っている。ツァーラサフゼアの呪いを胎してしまった者の顔だ。


「議員たちも事情を聞きたがっていた。工事現場へ送られた神官たちは、言うまでもないことだが沿海諸州からの正式な使節だ」

「彼らも危険は承知で行ったのでは?」

「このような危険は慮外なものです。『ツァーラサフゼア様の御威光がおよばぬ地』で盗賊と遭遇する危険は承知していましたが、まさか我らが盗賊あつかいされるとは」


 使節団長の嫌みに、イェウラは苦笑いを返した。

 この半年ほどタウカハ州の公子として張り切っているバハークタは叱責するかのように語気を強めた。


「社廟太守からの勅書を奉読している神官を身ぐるみ剝がし、耳と鼻を焼き、奴隷小屋に放りこむなど狂ったとしか言いようがない」

「ああ……あれはきついですなあ」

「彼らはタウカハの、栄誉ある賓客ということだ! 少なくとも三州の王府から、一時停戦の交渉を委任された平和の使いだ」

「それは知っています。リルライへ出立する前に、ここへも挨拶に来られたので」

「その使節を、卑しい盗賊のごとくあつかうとは、まさしく狂気の沙汰ではないか。彼らが暴行されたと諸王に伝われば、ただでは済むまい。南とも戦争を始めるつもりかと議員たちも驚いていた」


 外部勢力の介入をタウカハに誘引した招待主であるバハークタは、うるさいほどの大声で喋った。

 この調子で今日はあちらこちらに力説してまわったのだろうなとイェウラは思い、それにしてもツァーラサフゼアが今になって彼らを威しつけるようなことをしているのはなぜだろうと疑問を感じた。

 リルライで平和の使いが半殺しにされたことは今しがたまで知らなかったが、他州の武装教団や政府とバハークタが情報をやりとりしていたことは、イェウラも知っている。再臨派がタウキオ港の堤防を壊す前から、タウカハ州王の残党がひそかに平和の援軍を諸州に求めたことも知っているし、助勢の代償として献上を約束したものの内容も知っていた。ツァーラサフゼアの幕僚は、再臨派の奇襲攻撃を諜知していたのだ。

 ここにいる連中を泳がせておくことが不都合になったのならば、殺しも得意な諜者に何人かを『血肉の壁飾り』に加工させればおとなしくなるだろうし、ツァーラサフゼアが魔術的な勅令を発すれば、もっと恐るべき者どもが王宮の暗闇から這い出してくる。


「やはり神角か」

 初老の神官を見やって、イェウラはツァーラサフゼアの目的を推定した。


「神角がなにか?」

「いや、独り言です。お気になさらず」

「存念があるなら聞こう。述べるがよい、イェウラ卿」

「ふむ……おそらく、これは〈第一書記〉の意思表示なのでしょう。リルライへ来るなら、神性遺物を鑑定できるどなたかが来いという。先遣隊には廷臣の方ばかりだったと思いますが」

「ええ。神蹟院の審議員は加わっておりません」

「審議員がいなかったからという、そ……それだけの理由で使節に暴虐をなしたと?」

「まあ、政治向きの話でも不幸な齟齬があったのかもしれませんがね。期待外れなことには誰しも苛立つものです。南の御方々もそうだったのではありませんか?」



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