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僭主による繁栄 第一節


 前々から正常ではなかったツァーラサフゼアがついに狂ったと聞かされても、イェウラ=セフルギは驚きはしなかったが、冷たい恐怖は感じた。


「狂ったとは、いかにも人聞きが悪い」


 隣の器台から碗をとり、ぬるんだ茶を飲んだイェウラはそうつぶやいた。

 太陽の光は金赤色に変わったが、風がないせいもあるのか今日の応接室は、まだ暑かった。朝からタウキオ市の諸所をまわってきた客人たちも、上半身は儀礼的な肩布をつけただけの裸だった。

 東の空で黄金の輝きをとりもどしつつある〈太陽の娘〉が冥界へ去る頃には、このタウキオでも増水期が終わる。〈太陽の娘〉の一巡と、増水期の終わりが同期する年には、凶兆があらわれることが多いと天文学者は言っていた。


「再臨派の懲罰は〈第一書記〉の思いつきや気まぐれでおこなっているわけではありません。先の統治議会で決められたことです」

「議会が求めているのは再臨派の降伏だと聞いた。議員の過半数は、残る敵勢力の虐殺は求めていない」


 溜め息が混ざったイェウラの言葉に、対面の若い男は堂々とした口調で応じた。過半数の統治議会議員がツァーラサフゼアのやっていることに、遠まわしにではあれ賛意を示していないと断言できるのは、今日の成果なのだろう。


「わたしも降伏が望ましいと思いますが、中途半端な条件での講和はないでしょう。今回の戦役にも多大な費用をかけていますからな。叛乱を首謀した詐欺師どもは極刑、従った者も……虐殺を止められたとしても、良くて鉱山奴隷といったところですか」

「戦費のことは承知している。投じた財物に見合う戦果を、あの恐るべき猛悪なる怪物が欲していることもな。しかし見てのとおり、諸州の王が」

 対面に座すタウカハ州王の子、バハークタ=ジンガルは、会議用の長卓に広げた書簡を手で示した。

「そちらの意向に反対しているのだ」


 タウカハ州を専制支配する恐怖の怪物、ツァーラサフゼアに再臨派が戦いを挑んでから九分の二年がたとうとしている。今回の戦いは、これまで何年もつづいていた小競り合いとは違う、全面戦争となった。

 州都タウキオへの再臨派による奇襲から始まった内戦は、ガエナフ河の治水作業に重要な時期だったこともあり、大三角洲の下流域をまきこんだ動乱に拡大してしまっていた。戦況は、再臨派が敗退に敗退をかさねている。この一五年でツァーラサフゼアに挑んだ大小さまざまの勢力が喫した、一方的な敗北と同じだった。

 諸州からの義勇兵を合わせて六〇〇〇の軍勢を集めた再臨派は、拠点も物資も失い、半数に討ち減らされ北の廃都リルライに追いつめられていた。かつてバハークタの一族郎党がそうなったように、まもなく彼らもツァーラサフゼアがもよおす冒涜的な地獄めいた祝勝祭で、生け贄に供されることになるわけだ。


「議員たちも、審議団による講和調停を受け入れてもよいのではないかと言っていた」

「太守の神蹟院が派遣してきた御一行ですか……」


 イェウラは広げられた文書を眺めて、抽出壺の茶を注ぎたした。それからバハークタが連れてきた南部よりの客人たちに笑顔を向けると、うながされた彼らも僧侶階級の所作で一礼して碗をとった。

 卓上の開き文には、神官の署名が一〇〇ほども連なっている。本文は再臨派との戦争に関する抗議であり、大三角洲南部の神蹟院が、南部の社廟太守の命により作成した正式な文書だった。神官は諸州の名だたる連中のようで、いくつかイェウラも知っている形徴名があった。

 これとは別に並べられた三つの文筥には、三人の州王が書いてよこした封書が入っていた。


「セージですか。美しい品ですね」


 青緑色の碗を光にかざした神官が言った。神蹟院からの文書を開示するさいには黙っていた、まだ若い女だった。


「それは新作でしてね。職人も、これまでで最高の出来だと言っていました。ようやく色の濃淡を、うまく出せるようになったのだとか」

「これほど色あざやかなものは、ソテュータでは見たことがありません。まさしく商人が『人造の貴石』と称えるにふさわしい色と艶やかさです」

「何年も前に製造したものとなると、あまり色は出ておらぬでしょう。商業用の工房ができて、まだ一五年ですから」


 土器とは異なる硬い焼成物『セージ』は、タウカハの高価な特産品として遠方まで流通するようになっていた。母なるガエナフの河口の一つにある沿海都市ソテュータでは、同じ重さの黄金で買われていると聞く。ツァーラサフゼアが異界の知識を用いて、土くれと石の粉からつくりだしたものだ。


「再臨派が市の人工堤防を決壊させ、河港区を水浸しにしたせいで、船を入れていた商人にも被害が出ています。ソテュータの商人組合からも先日、賠償を受けられるのかと相談に――」

「そんなことはどうでもよろしい。イェウラ卿」


 一息に茶を飲んだ顔色の悪い神官が、音をたてて碗を器台に戻した。聞きとりづらいタウェシュ語にイェウラは眉をひそめた。


「我々のなすべき務めは、神性遺物の確認です。我々は再臨派が、真に神角を保有しているのかを調べに来たのです。戦争に口を出したいとは思っておりません」



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