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シノビヨルセカイ(END)



 いつの間にか、俺と原先輩が付き合っているというのが、公然の秘密みたいなものとして流布されていた。流したのは間違いなく先輩だろう。

 俺は先輩と登下校を共にし、昼休みは一緒にご飯を食べて、放課後や休日はたまにどこかへ遊びに行ったりした。

『私は束縛する女ではないんですよ?』

 どの口がほざくのだと思ったが、俺は優人や樋山くんと遊ばせてもらっている。ただ、以前まで仲良くしていた女の子とは一切連絡を取らせてくれなくなった。というか他の女子と話すのも難しい状況である。気づけば、変な噂のせいで、女子の方から俺に近づかなくなった。……まあ、いいんだけどな。



「禄助。俺はな、空鍋と一人糸電話を許さないつもりだよ。アニメから入ってさ、樋山くんにゲーム借りたけど、本編じゃあそんなシーン一切なかったんだ。信じられねえよな? な?」

「お前は俺に喧嘩を売ってるのか」

 優人はゲハハと笑った。

「しかしアレだな。お前が原先輩と付き合えるなんて思ってなかったぜ。尤も、先輩があんな人だとは夢にも思ってなかったけどな」

「俺は羨ましいけどなあ。アレだろ石高。浮気とかしたらめっちゃ凄まれたり脅されたりするんだろ? いいなあ、ご褒美過ぎるよなあ」

 原先輩のアレなところは優人たちにすっかりバレている。それでも、こいつらは俺や彼女と距離を置こうとは考えていない。彼女が出来たら男友達との距離ってのが自然に離れていくものだと思っていたけど、嬉しいものである。

「まあ、古今東西、原って名前の先輩はやばいってことだよ。禄助、いきなり馬鹿でかいカッターナイフで刺されないようにな」

「サトミンはそんなことしない。五段活用で追い詰めてきたりもしない」

「ええっ、しないの!?」

 樋山くんとは金輪際距離を置こうと思う。ようく分かった。人の不幸は蜜の味と言うが、こいつらは俺が困ったり苦しんでたりしてるのを見るのが愉しくてしようがないんだろう。

「ふん、負け犬どもめ」

「いきなりボスっぽいこと言ってどうしたんだ?」

「ごめん。俺もどうかしてた」

 そういや、今度の休みは久しぶりに原先輩とデートだっけ。……もう、夏だ。ああ、ひぐらしが鳴いている。夏休み、いったいどうなるんだろう。



 日曜日。俺は待ち合わせの三十分前に駅前に到着した。地元の駅前にはハチ公のパクリみたいな不細工な犬の彫像がある。しかし目立つので待ち合わせには重宝されているのだった。

 原先輩は既に待ち合わせ場所にいた。いつものことである。俺は彼女よりも先に到着出来たためしがない。そも、記憶にある限り俺が彼女を待ったことがない。いつも待たせてばかりだ(先輩曰く『待つのがいい』らしいが)。

「ごめん。サトミン、今日はどんだけ待たせた?」

 丈の短い白のワンピースにGジャンを羽織った先輩は、彫像の前に立ち、じっと動かなかった。絵のモデルのような立ち振る舞いである。実際、立ってるだけで絵になるからなあ。

「あ、ふふ、おはようございますろっくん。今日はこの間よりも待っていませんよ。気にしないでください。たぶん、始発が動いてからくらいだと思います」

「こないだは始発前から待たせちゃいましたからね。連絡くれたらいいのに。すぐに行きますよ」

「待つのも楽しいんですよ。好きでやっていることなので、気にしちゃだめです」

 デートの前から疲れていないのかと思ったが、今日も先輩の目は爛々と輝いている。

「今日は、まだ涼しい方ですね。それじゃ、行きましょうか」

 手を差し出した。先輩はロックアップみたいにがっちりと、俺の手を掴み、指を絡ませてくる。

「ろっくん。見たい映画があるって言ってましたね。今日は映画でもいいですよ」

「えっ、いいんですか。じゃ、じゃあ隣町のシネコン行きましょう。来場者特典のフィルムが欲しいんですよね」

「いいですよ。私も手伝いますね」

 先輩は俺の趣味、こと2次元には寛容だ。画面から出てこない女の子ならどうでもいいらしい。正直、助かっている。最近は彼女も俺に感化されたのか、あるいは趣味を合わせてくれているのか、アニメや漫画をちょっとずつ見て、読み始めている。

「でも、この間みたいなのはやめてくださいね」

「……へ? い、いたっ。痛いんですけど?」

「痛くしてますから」

 この間とは、アレか。俺が優人たちとアイドル声優さんのイベントに行ったことを言っているのだろう。俺の中では声優さんというのは2次元と3次元の狭間の存在なのでセーフだと思っていたが、先輩の中では余裕のアウトだったらしい。バレた日の夜、めちゃくちゃに問い詰められて追い詰められたが事なきを得た。彼女は何故か大きなカバンを抱えていたが、いったい中身はなんだったのだろう。

「分かってます。アレは、そう。樋山くんが悪いんです」

「知ってます」知ってたか。

「それに、俺はサトミンが一番好きですから」

 先輩は動きを止めた。手を繋いでいるので、俺も足を止めざるを得ない。

「世界で一番、私を愛しているだなんて、大胆過ぎますよ、ろっくん」

「そこまで言ったつもりはないんですが」

「私も、世界で一番ろっくんが好きです。愛していますよ。死ぬまで、いいえ、死んでも同じ気持ちです。……ですから、他の子がろっくんの視界に入らないようにろっくんの目を抉ろうかと思っています」

「やめてください。そうしたら、サトミンの顔を見られなくなります」

「心の目で観てくださいっ。ああ、でも私ったらごめんなさいごめんなさい! ろっくんの愛を疑うようなことを言ってしまいました!」

 感極まった先輩に、公衆の面前でおもっくそ抱き着かれる。

「ああん、もう、ろっくんったら、たらし過ぎるわ! うちをどこまでアホにすれば気が済むん!?」



 俺は思う。

 今、俺は幸せだ。紛れもなく、間違いなく、一片の疑いもなく。この人となら一生生きていける。先輩じゃなきゃだめなんだ。

 だけど、もし、もしも、原先輩と出会えず、話せなかったなら、その時はどんな生活を送っていたのだろう。どんな人生を送ることになっていたのだろう、と。そう思う時がある。後悔しているわけじゃない。ただ、興味が湧いただけだ。

 ……俺じゃない俺は、どんな風に、どんな人と出会うのだろう。願わくは、もっと上手くやって欲しいもんだ。だけど、今の俺より幸せになれるとは思わない。今の俺が、この世界で最も幸せなのだから。

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