今、月夜の世界にて。
「どうしますか、センパイ」
屋上に到着した俺に向けて、待木が言った。
俺は空を見上げる。そこはどんよりと曇っている。いつ雨が降ってもおかしくない。
作り物のクリスマスツリーが雨に濡れたら、ライトアップは出来るだろうか。感電とか、そういうのは平気だろうか。
俺以外の、図画工作部の皆も同じようにして空を見ていた。
「時間は?」
「もう、間がありません。風は強くなってきていますが、ツリーを立たせるのなら今しかないでしょう」
待木の代わりに原先輩が答えた。
「やるだけやるしかない、か」
俺はそう言ってツリーに近づこうとした。でも、待木が俺の肩を掴んで止めた。
「なんだよ」
「違いますよ。元生徒会長も、何を誤魔化したことを言ってるんですか」
「え?」
訳が分からない。今はツリーの話をしているんじゃないか。俺は不思議に思って皆を見回す。どうしてだか、皆は目を合わせてくれなかった。
「待木。意味が分からねえぞ」
「どうしますかと聞いたのはツリーのことではありません。センパイが誰を選ぶかってことなんです」
「はあっ? いや、誰って……」
「分かってますよね」
じっと睨まれる。俺は目を逸らして、他の人たちに助けを求めた。宝野も、丹下院も、小林先輩も、瑞沢先生も、何のことか分からないと言った風に首を振ったり、不思議そうにしていた。
一人だけ。原先輩だけが俺に視線を定めていた。……ああ、そうか。丹下院の言ってたのはこのことだったのか。
俺は少しの間だけ何も言えなかった。けれど分かっていた。だけど、こんな時に、こんな状況で言われるなんて思ってなかった。
「……ああ、そうだよな」
俺は先延ばしにして逃げていたんだ。こんな状況、長くは続かないだろうって踏んでた。気づいていたんだ。爆弾ばっかだったってことに。導火線にはとうに火が点いていて、爆発したのがたった今だったって話なんだ。
「今なんだな、待木」
「はい。私、スイッチが入ったみたいで。止まりませんでした。だからセンパイ、今選んでください。センパイは、誰が好きなんですか?」
運命ってのは、人生ってのは残酷だ。突然、訳も分からねえ時に、予想も出来ない角度からとんでもないものがやってくる。
今日は楽しい文化祭だったはずなのに、修羅場に巻き込まれた。でも、その原因を作ったのは俺なんだろう。いや、俺が原因そのものなんだろう。
俺は…………思う。
今、俺は何なんだ、と。
分からない。分からないから教えて欲しい。助けて欲しい。なあ。誰か。
『――――』
ざあっと、ノイズが。
俺は思わず目を瞑った。
『アホか』
『しっかり選べ。ちゃんと自分の意志で選んで、こうだって決めろ。そこまで出来て初めて選んだって言えるんだ』
聞き覚えのないはずの声。
だけどその声は、言葉は、すとんと俺の中に落ちて、溶け込んだ。
「俺は……」
空を見上げようとしたが、俺は堪えた。もう逃げない。
「ろっくんって、呼んでくれ」
「…………え?」
俺は待木に向き直った。彼女は目を見開いたまま固まった。
「……センパイ?」
「俺のことをろっくんって呼んでみろ」
「どうして私がそんなことをしなくてはいけないんですか」
「確かめたいからだ」
「何をですか」
「五年前のことをだよ」
待木はつまらなそうに俺を見る。何をいまさら、とでも言いたげだった。
「それから、お前のことも」
「だから、何を」
「俺はお前が好きだ」
視界の端で原先輩がふらつくのが見えた。ごめんなさい、とは言わない。誰かを好きになることが悪いことだとは思えないし、後ろめたさなんか欠片も感じなかったからだ。
「最初は、分かんなかったよ。お前は部活の後輩だし、妹っつーか、子分みたいな感じで。話が合うから、昔からの友達っつーか、悪友みたいでもあって。でも、好きなんだ。好きになってた」
噛まずに言えたことに感動した。思ってたよりもずっと、言いたいことが言えた。
「自分から振っといてなんだけどさ、五年前のことなんか関係ないくらいに。好きなんだ」
俺と待木が五年前に会っていたとしても、そうでなくてもこの気持ちは変わらない。この気持ちに嘘偽りはない。
待木は答えない。俺を見ない。どうせなら、早く殺してくれ。とどめを刺してくれとさえ思った。
長い間待っていたが、一際強い風が吹いた。俺は待木から視線を外し、空を認める。
「返事はあとでもいい……いや、いつでもいいんだ。ずっと待ってるから。だってお前は、ずっと俺を待っててくれたんだもんな」
「……センパイ」
出来ることなら、他のことは考えたくない。だけど――――。
「ツリーを立てよう、みんな」
俺は横倒しになっているツリーに駆け寄る。俺に続いて宝野が動いた。
「いいのかい、ロクスケ。ヨイの返事を待ってたっていいんだよ」
「これも大事なことなんだよ。おい丹下院! お前も手伝えよ!」
流石に、この馬鹿でかいのは二人がかりでも無理だぞ。
力を込めていると頭を叩かれた。次いで肩を、背中をしばかれる。ちょっとだけ嬉しかった。分かってくれてありがとうって言いたかった。
「いてえよ」
丹下院、小林先輩、瑞沢先生もツリーと向き合い始めた。しかし、まだ足りない。予想していたよりも風が強くてツリーを立てられそうにない。
「原、いつまでもいじけているな! ろく高くんは選んだぞ! 逃げないで、ちゃんと好きって言ったんだぞ!」
原先輩はぼうっとした様子でウンコ座りしていた。やばい、戦力として当てにしていたのに。
「……好きって言ったけど、私にじゃあないじゃないですか」
完全にいじけている。最後の最後までアレな人だった。
「バーカ! 原先輩のバーカ! 今更だし! いじけるのなんか遅過ぎるんだっつーの!」
丹下院が吼える。なんか、耳に痛い。
「それに全然チャンス残ってるし! ですよね! せんせー!」
え?
「ん? まあ、あー、そうだな。人生、何が起こるか分からないからな」
「……ああ、そうか。ろく高くんと待木ちゃんが別れてしまうかもしれないんだな」
「充分考えられるね。ロクスケはほら、ちょっとアレだから」
は?
「そうっすよ! だから原先輩、いけますって!」
「う、うん! そう! そうだよ! イケるイケる!」
「石高とか、めっちゃ押しに弱いんで!」
「押せばいけるぞ、原!」
「はーら! はーら!」
ちょっ!
「あんたらなあっ、何を言ってんだ!」
「お、押せば……?」
ゆらりと、原先輩が立ち上がる。
「押せば、いけるんですか?」
いけねえよ!
「イエス!」
「担任の目から見ても石高は流されやすいところがあるからな」
あんた教師だろ!
「いけるんですね! いけるんですよね私! じゃあ、頑張ります!」
「だから! 頑張らないでください!」
原先輩は目にも止まらぬスピードでツリーに組みつき、
「よっしゃああああああああああああああああああっ!」
獣のような吼え声を放った。
ツリーは立った。
文化祭が終わった後、俺は待木に呼び出されて屋上に向かっていた。一応、先生には許可を取ってある。図画工作部の後片付けも明日以降で構わないそうだ。
「……わざわざこんなところに呼ばなくったってもいいのにな」
階段を上り、ひとりごちて扉を開ける。風に乗った夜気はやはり肌寒く感じられた。先まで曇っていた空は月が見えるくらいには晴れている。目線を下に持っていくと、屋上にはずぶ濡れになったツリーが転がっていた。
その傍に待木が立っていた。やつは月を見上げて物思いに耽っているらしい。
「月が綺麗だなー、とか思ってたのか?」
俺の存在に気がついた待木はゆっくりと振り向き、空を指差した。
「私はそこまでロマンチストじゃないですよ。手が届かないものを綺麗だと思える度量もないですし」
「そうか」
「でも、この先私がいくつになっても、今見ている月を忘れることはないでしょうね」
そうか。
「ツリーな」
「はい?」
「ちょっと残念だったよな」
図画工作部の渾身かつ迫真のクリスマスツリーは成功だった。ライトアップされたそれは本物のように綺麗だっただろう。グラウンドに集まっていた生徒たちからは歓声が上がり、俺たちは充足感に包まれた。……一分くらい。
「あの後、すぐに雨が降ってきましたからね」
「せめて写真にでも撮っとくんだったな」
「でも、私たちらしくって悪くないなあ、なんて思いましたよ」
ばっちり成功したってわけじゃあない。悪戦苦闘、ドタバタしながらも作り出せたのはせいぜいが一分間。まあ、確かに俺たちらしいかもな。
「生徒会はアレで許してくれますかねえ」
「分かってくれるって。分かってくれなきゃ、まあ、そん時はそん時だ」
「お、断固として戦いますか」
「いや、疲れたからちょうどいいじゃん。泣き寝入りしようぜ」
俺はげらげらと笑った。待木も釣られて笑っていたが、すっと、冷えるように表情をなくす。前置きもここまでか。
「センパイ。さっきはその、ありがとうございました。センパイの気持ちを伝えてもらって、私、とても嬉しかったです」
俺は、よく分からないまま小さく頷いた。
「今にして思えば、あの時からずっと待ってたのかもしれません。センパイが……その、『ろっくん』が私のことを見てくれるのを」
「……ろっくんって言ったよな。今。じゃあ、やっぱり」
「はい、黙っていてすみません。センパイの言ってたとおり、私たちは五年前に会ってたんです。私はただ、めぐちゃんと一緒になって遊んでもらってたって感じだったんですけど」
やっぱり、そうか。俺の記憶の中にいたあの子が待木だったのか。
「あの時の私は家にも学校にも居場所がないと感じていて、誰にも見つからないように抜け出して、路地裏に隠れていました。もっと遠くへ行ければよかったんですけど、それも怖かったんですよね。誰にも見つかりたくないのに、自分の知らない場所へ行くのも嫌で……そんな時にセンパイたちに見つかったんです」
「つっても、そんな長くは一緒にいられなかったよな」
「結局、あそこらへんにいるのがバレちゃいましたからね。そこからは一人で外出することを禁止されちゃいましたし」
「言ってくれりゃあよかったのに」
「春休みにセンパイと昇降口で会ったじゃないですか。あの時、センパイは私のことを覚えていなかったみたいなので。ちょっと、私から言うのは悔しいし、恥ずかしいなって」
「……じゃあ、お前がうちの学校に来たってのは、まさか」
待木は恥じ入るようにして頷く。
「あの場所で会えなくなった後もセンパイのことを捜していたんです。名前を聞いていたので、すぐに見つかりましたけど。あ、中学の時も見に行きましたよ」
「見にって、何を」
「陸上の大会ですよ」
俺の口から、低い呻き声が漏れ出した。
「見てたのかよ……つーか、やっぱり知ってたんだな」
「佐藤という人と仲良くしていたのも見てました」
待木の目がぎらりと光った。
「お前なあ……もしかして、なんかこう、他にも俺のことを調べたりしてたのか?」
「ご想像にお任せします」
全然気づかなかった……。何だよ、それ。変なところポジティブだな。どうせなら直接話しかけるなりしてくれれば話は早かったのに。
「私はそれだけ本気なんですよ。そしてわがままで欲張りなんです。センパイも好きなんですけど、私、普通の学校生活に憧れてたんです」
「聖女だって普通の学校だろ」
「あそこは、その、ちょっと特殊ですし、いつも家の人に見られている感じがしてました。公立だとどれだけ待木家がお金持ちでも意外と融通が利かないんですよ」
俺にはその感覚が分からない。推し量ることくらいしか出来ない。
「夢だったんですよ。好きな人と一緒に、一緒の学校で、一緒のことをするの。夢だったから、中学に上がってから三年がかりで親を説き伏せてここに転校出来たんです。だから、センパイと一緒にいられるだけで幸せでした。センパイにとっては何でもない会話で、何でもない一日だったかもしれません。でも、私にとってはそれが何物にも代えられない幸福だったんですよ」
「『だった』、か」
「……センパイって案外、モテるというか、受けがいいんですね。誤算でした。だから一緒にいられるだけじゃあ足りなくなったんですよ」
冥利に尽きるというか、誠実なストーカー宣言をされても嬉しいとしか思えなくなっていた。
「でも、五年だぞ?」
「はい。五年ですね」
「五年も経ってるんだ。その間、他に好きなやつは出来なかったのかよ。それに、幻滅したろ。俺は別に、いい兄貴でもかっこいい男でもなんでもないんだ」
「まあ、そうですね。ですから消去法ですよ」
え。
「女子校でしたからね。他に好きな男の人はいないというか見えもしませんでしたし、高校には他の男子もいますが、センパイの他には目に入らないので」
「喜んでいいのか……?」
「喜んでくださいよう」
俺は頭の中で状況と情報を整理しようとした。が、面倒なので止めた。待木は俺と初めて会った時から俺のことを思ってくれている。それだけ分かれば、あとは些細なことだ。
「なあ、待木。確認したいんだけど、いいか?」
「なんなりと」
「俺はお前が好きだ。お前も、俺のことが好きなんだよな?」
「……ああ」
なぜか、待木は意地悪い顔になった。
「そんなことを心配しているんですね、センパイは」
すっと、待木は俺の右手首を優しく握る。
「『ひんにゅー』」
「……ん?」
「『貧乳』と言ったんですよ。覚えていませんか。五年前のやり取りを」
何のことだか、さっぱり。
「私はセンパイのことをめぐちゃんに倣い『お兄さん』もしくは『ろっくん』と呼んでいました。センパイは私のことを何と呼んでいたか覚えていないんですね」
「ヨイちゃんって呼んでただろ?」
「いいえ、違います。『ひんにゅー』と呼んでいたんです」
「お前のことを、か……?」
「ええ。なあ、ひんにゅー。おい、ひんにゅー、と」
冗談だろ。なんでそんなアホみたいなことをしてたんだ、俺は。
しかし、待木に『貧乳』だと?
「あ、今私の胸を見ましたね」
「そんなことはない」
「隠しても分かるんですよ。いいんですけどね、センパイに見せつける為に大きくなったんでしょうし」
あ。
『きひひ、見てもいいんですよ、別に。大きくなったでしょう?』
「……お前、ずっと貧乳呼ばわりされたのを気にしてたんだな」
「いけませんか!」
「悪かったよ」
「じゃあ責任取ってくださいね」
「あ、おい」
待木は俺の手を、自分の胸に近づけていく。
「私に触れていいのはセンパイだけですから。……すごくドキドキしてるんですよ、ここ。痛いくらいで、弾けて、どこかへ飛んで行ってしまいそうなんです」
「そ、そうか。あのな、待木?」
「確かめてみてください」
俺は彼女の手を振り解けなかった。というか振り解く必要ないもんな!
その後。
「センパイ、センパイ」
「なんだ後輩」
「私たちもソシャゲのガチャ引くだけの動画をネットにアップしましょうよ。クリエイターなんちゃら気取ってお金をもらうんですよ」
「嫌だよ」
「はっ、よく考えたら私もお金とか必要ありませんでした。仕方ありません。文化祭の出し物は違うやつにしましょう。丹下院さんに面白いことでもしてもらいましょうか」
あの日から一年近くが経った。俺たちはいつも通りで、まあ、いつもと変わらない毎日を過ごしていた。
ただ、三年生だった二人は卒業して部室にはいない。今は俺、待木、丹下院、宝野の四人で部活動をやっている。俺たちが卒業したら待木は部をどうするんだろう。前にそのことを聞いたら『センパイ方がいないのに部を存続させる意味はありませんからね。普通に廃部にしますよ』とは言っていた。実際、新入部員が入ることはなかったし。
「丹下院さんが来るまでに何か考えておきましょう」
「相変わらず当たりがきついな」
「だって、あの人たちは私とセンパイが付き合っているのにも関わらず、普通にセンパイと二人きりになろうとするしどこかへ出かけようとしたがるじゃないですか」
「え? 駄目なのか?」
「彼氏彼女の関係を舐めてんですか?」
怒られてしまった。
「逆に考えてみてくださいよ。私が男の人と二人で出かけたらどうします? どう思います?」
「宝野とならいいけど」
「レギュレーション違反なんですよそれは!」
「ええー……まあ、嫌だろうな。いや、絶対に嫌だ」
くひひと待木が笑う。なるほど、そういうことか。
「悪かった。今から気をつける」
「はい、そうしてください。ハイエナどもが多いんですから、まったく」
伸びをしてソファに寝そべる。その時、部室の扉がばあんとけたたましい音を立てて開いた。
「こっくだっかくーん! 今日も来ちゃいましたよー!」
「……差し入れを持ってきたんだ。みんなで食べよう」
「ちっ、ハイエナが来ましたね」
俺は上半身を起こして先輩方を迎えた。卒業はしたものの、原先輩と小林先輩はこうして遊びに来る時もある。不法に侵入している訳ではなく、学校側に許可をもらっているそうだ。そう信じておこう。
「まったく。今日は宝野さんが来ないし、丹下院さんはアホだから補習受けてるし、センパイと二人きりだと思っていたんですけどね」
原先輩(ああ、私服の先輩もやはりお美しい)は、えへへとはにかんだ。
「そんな気がしたから講義を抜け出してきたんですよ」
アホですか。
「……私は」
小林先輩は差し入れに持ってきてくれた和菓子に、誰よりも早く喰らいついていた。
「原に呼ばれてきたんだ。何だかんだで、原も一人でここに来るのは恥ずかしいんだろう」
「なっ!」
「そうじゃないか」
「それは言わないって約束したじゃないですか!」
「……ああ、そうだったか」
「あああっ、嫌や! 小林さんのそういうところが嫌やねん!」
たぶん、二人はどっかで掛け合いの練習でもしてるんだろう。
……卒業後、原先輩はそこそこ近くの大学へ。小林先輩は実家の和菓子屋『小林堂』で和菓子作りの勉強をしている。
部活の時間が終わりに差し掛かると、先輩二人は先に帰っていった。少しは気を遣ってくれているんだろうか。
「俺たちもそろそろ帰るか?」
「んー、そですね。ゲインさんをこれ以上待っててもしようがないですしね」
俺は鞄を持ち、忘れ物がないかを確認する。待木は窓の鍵を閉めて、部室の鍵をポケットから出した。
「でも、続くものですね」
「……え?」
「丹下院さんですよ。大学に行きたいから、瑞沢顧問に勉強を教えてもらっているんでしょう?」
ああ、そのことか。
俺たちが三年に上がった後、丹下院は俺が大学に行くと言ってから、じゃあ自分もという具合に受験勉強を始めた。俺とあいつが同じ大学に受かるかどうかは分からない。ぶっちゃけ、どっかに引っかかるかどうかも危うい感じである。
「丹下院家も中々の金持ちですからね。最後の最後には金が物を言うでしょう」
「なんてことを言うんだ」
ちなみに。宝野はスポーツ推薦を狙っている。まあ、あいつの運動神経なら引く手あまただろう。
「センパイはどうなんですか?」
「まあ、ぼちぼちだよ」
センター試験まで間があるようで、意外とない。気を抜いていたら数か月なんてすぐだ。
「心配すんなよ。大学でも図画工作部のメンバーが揃うように頑張るって。……小林先輩は、まあ、分かんねえけど」
「大学なんて外部の人間が入り込んでても分かりませんって(マジで)」
俺は俺に出来ることを精いっぱい頑張ろう。
「それよりさ、お前は、その、よかったのか?」
「え? 何がです?」
「俺は、お前が『他の人なんかどうでもいいです』って言うんだとばかり思ってた。高校出てもみんなで一緒に遊べたらいいですね、なんて言うとは思ってなかったから」
「分かってませんね」
待木はソファの上に乗っかり、部室を見回した。
「私はセンパイのことが好きです。でも、ここで、皆さんといる時間も結構好きなんですよ」
「……そっか。だったらいいんだ」
「それに、センパイを自慢出来るではないですか。すまん、石高禄助持ってないやつおる? みたいな感じで」
俺はガチャの当たりキャラか。
「性根が腐ってるな、お前は」
「……? センパイはそういう子が好きなんでしょう?」
「俺が好きなのは、おっぱいがでかくて黒髪で、チビで生意気で格ゲーで容赦のない冷血な女だよ」
「はいはい。そんじゃあ帰りましょうか」
「おう。手でも繋いでやろうか?」
「手だけでいいんですか?」
「いいんだよ」
ああ、そんで、また明日。
俺は思う。
今、俺は幸せなんだ。これからもずっと幸せでいられるんじゃないかって。
他にどんなやつがいたって、どんな世界があったって関係ない。俺は俺だ。ここはここだ。俺と待木が出会って、好き合っている世界だ。それ以外はまあ、どうでもいいと言えばどうでもいい。
だけど、俺たちだけじゃダメだった。俺と待木だけじゃなくて、俺たちを支えて、この世界に立たせてくれている人たちがいる。そのことに気づけたから、俺たちは俺たちでいられる。
ろくでもないものが忍び寄ってきても平気だ。
未来を閉じようとするものが出てきても大丈夫だ。
俺たちは障害に向かって疾走して、乗り越えて、それでもまだ向かってくるってんなら今度は完膚なきまでに退治してやろう。
問題はない。なぜなら、俺たちは厄介な病に罹っているからだ。そいつが治らない限りは無敵でいられる。
……。
…………。
………………。
ただ、こう、なんつーか、一つだけ。
俺は物足りなさを覚えていた。楽しい仲間がいて、何物にも代えられない彼女がいて幸せで、満たされているってのは分かる。わがままで欲張りなことを言ってるんだろうなってのも分かる。
それでも。
それでもだ。
俺には何か、もう一つくらいあってもいいんじゃねえかって、そんな気がしてしようがない。
だから、願わくは。
俺じゃない俺がどっかにいたとして、そいつにはまた別の幸せってものを見つけて欲しい。まあ、俺よりも幸せになるのは死ぬほど難しいと思うけどな。




