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シッソウスルセカイ(くるみ割り人形)

「ボクは思うんだ。ボクは君のことが好きだよ。すごく。死ぬほど。でも君は同じようにボクのことを好きなのかな」

 俺は答えなかった。

「不安なのさ。可愛いだろ。まるで恋に恋する女の子みたいだ」

 俺は答えられなかった。猿轡と手錠をされていたから。



 文化祭が終わったあの時、俺は宝野を選んだ。友人として彼を選んだ。あの場あの時あの状況。この期に及んでなお俺は保身に走った。答えを出したようで出していない。だってそうだ。宝野は男なのだから。お前ら、冗談じゃねえか。なんてことを言って二、三発殴られてうやむやにしようと思っていた。しかし周りと宝野自身の反応は違った。


『ありがとう、嬉しいよ』


 あの時、宝野は泣き笑いの顔で俺を見た。



 それから、俺は図画工作部をやめた。宝野もやめた。彼は四六時中俺と居たがった。アルバイト先にまで押しかけてきて、ユキさんと話している俺を力づくで引き剥がそうとした。俺はアルバイトもやめた。宝野は嬉しいと言った。

 俺にはそんなつもりがなかったのに、気づけば、俺の近くには宝野しか残っていなかった。高校を卒業して大学に入っても、宝野以外と話すことはほとんどなくなった。彼は、めぐや俺の母親に対しても嫉妬しているらしく、しきりに、俺に一人暮らしをするように勧めていた。



 そんな宝野を強く突き放せない一方、疎んじてもいた。このままでは駄目になる。無茶苦茶にされる。そうして昨日、俺は初めて宝野のメールと電話を無視した。一日だけだ。一度だけだ。

「ロクスケ。君がボクを邪魔に思っているのは知っているんだ」

 そうして今、俺は暗がりの中に転がっている。目も見えない。口も利けない。そんな状況にある。

 なぜこうなったのか必死に思い出そうとするも記憶が飛んでいた。体中あちこちが痛い。しこたま殴られたのかもしれない。頭がガンガンする。もしかすると何か飲まされたのかもしれない。薬とか……いや、まさかな。

 非現実的な妄想に付き合っている内、俺の顔の上から声が響いた。

「でもボクは生半可なことじゃあ止まれない。知ってるだろ。ボクは足が速いし、気が短いんだ」

 ああ、知ってるよ。

「ボクはね、昨日、君に無視されただけで『こんなこと』になったのを残念に思っているんだ。でも、君がボクを邪険にする理由は分かっているよ。ボクが男だから、だろ」

 いや、それだけじゃない。分かってないじゃねえか。

「だから思った。考えた。そうして、やっと答えが出たよ」

 ここはどこだ。どうして人の気配がしない。今は春だ。なのにどうしてこんなに床が、壁が、この部屋は冷たいんだ。暗いし、他に何も見えないし聞こえない。……あれ、ちょっと待て。なんで、見えないんだ?

 俺は体を揺すった。がちゃがちゃと耳障りな音が聞こえた。

「ああ、動かないで。落ちるから」

 落ちるってなんだよ!?

 猿轡されていても構わない。俺は宝野の話を遮るような形で叫び続けた。一発、頭を固いもので殴りつけられて意識が飛びかける。だが、やつは猿轡を解いてくれた。

「言いたいことがあるんだね」

「……こ、ここは」

「ああ、ここ? ここは地下だよ。地下室だ。ちょっとね、ある人から借りたんだ」

 誰だよそんなふざけた真似をしやがったのは!

「君にはもう何度も説明しているんだけど、その度に拒否するから、その度に大人しくしてもらっていたんだ。ごめんね。痛かっただろ。でも、ボクも痛いんだ。分かるよね」

 その、度?

 待て。待てよ。知らねえ。記憶がねえ。記憶にねえんだそんなこと。

「話、続けてもいいかな」

「ふざけんなっ、そんないきな……っ!?」

 視界に映るもの全てが輪郭以外を失っている。何かが近づいてきて、俺の頭部を固定した。ぬめった感触が口の中に入り込んでくる。実感し、理解する。

「ううううううっ!」

 キスされた。

 宝野に。男に。舌まで入れられた。口の中を好き勝手にやられた。俺はこいつをぶん殴りたかったが、身動きが取れなかった。

「う、ぐっ」

「ああ、静かになった。それでね、さっき言いかけたろ。答えさ」

 俺は宝野を見ようとした。だけど上手くいかなかった。その時になって気づいた。

「あ、ああ……っ。嘘だ。嘘だろそんなの」

「ん?」

 暗くて見えなかったんじゃない。俺の目が見えなかったのだ。正確には、見えなくなりつつあった。

「目か。うん。薬の副作用かもしれないね。でも、飲まないとショックで死んじゃうかもしれないんだって」

「……し、死ぬ……?」

「ああ、そう。ロクスケ、君は今から男じゃなくなるんだ」

「あ。はあ?」

「だから、答えだよ。ボクたちはどちらも男なんだ。ボクは気にしていなかったけれど、君はそれを異常だと思った。だったら、どちらかが女になればいい」

 答えって、その、蛆が涌いてるような頭から出てきたもんが、それなのか。

「どうして俺がっ」

「ボクもね、最初はボクがそうなろうと思ってた。けど、ロクスケが女になれば浮気も何もしなくなる。ボクは君以外のものに興味がないけど、君はボク以外のものにも興味を示す悪い子だからね」

 とどのつまり去勢だよ。

 そう言った。確かに宝野は……いや、宝野の声をした誰かはそう言った。

「や、やめろ。そんなこと……」

「いいや止まれない。思い立ったが、なんて言うじゃないか。あ、いけない」

「ひ!?」

 ずしん、と、俺の頭の近くに何かが落ちた。重たそうで、もし頭に当たっていたら死んでたじゃないかって思わされるほどの何か。

「な、なんだよ、それ。俺に何をするんだよっ」

「ボクが今持っているものかい? 聞かない方がいいよ」

「わ、あああああああ!? あああっ、なんだよやめろよやめろって!?」

 駄目だ。怖い。怖い。怖い。怖い。怖い。怖い。怖い怖い怖い怖いってなんなんだよさっきから俺が何をしたってんだよ。

「いいから、眠ってて」

 口に何かを当てられる。布製の何か。それには生臭い液体がしみ込んでいて、次いで錠剤めいた物質を口の中に放り込まれて、無理矢理体の奥へと流し込まれる。

「次に目覚めた時、君は生まれ変わるよ。そうして、ボクと新しい道を歩くんだ。想像して欲しいんだ。それはとてもすてきなことだと思うから」

 俺は答えなかった。ズボンを下げられても体中をべたべたと触られても。

 俺は答えられなかった。体が痺れていたからだ。意識どころか記憶さえぶっ飛んで消えちまいそうな、強烈な睡魔が自由を奪っていた。

「クルミみたいだ。解決するのは難しいかもしれないって思ってたけど、どうにかなりそうでよかった。ああ、それこそ本当に×××って感じで、ふ、ふふ。ふふふふふ」



 俺は。あ――――――――。

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