タイジスルセカイ(君住む街角Precious Time)
「……今、なんつった?」
『や、だからさ、もう会えないんだって。……あー、そうじゃないってか、うん』
「会えないってなんでだよ。お前、何を言ってんだよ」
『いきなしでごめんね。でもさー』
「そ……っんなこと! なんで電話で言うんだよ!?」
『ごめんって』
文化祭は終わった。
俺はあの時、丹下院を選んだ。そうして、二人して部活をやめた。丹下院は気にするなと言って図画工作部に残りたがっていた。他の連中だって気にしないと言っていた。そんなわけねえだろうに。ともかく、俺は丹下院を引きずるような形で部活をやめた。
そんで、三年生になって新しい生活が始まるなんて思ってた。だけど、丹下院は三年生にならなかった。学校をやめたのだ。俺がそのことを知ったのは、つい数分前のことであった。
「ごめんって、そんなのってねえだろう」
返事はない。俺は呼吸して、携帯電話を握り締める。傍から見れば祈るような所作だったかもしれない。
「学校やめるならやめるでもっと早く言ってくれたってよかったじゃねえかよ」
『やー、あたしもいきなしだったからさ』
「なんで、そんな軽いんだよ」
『えへー、なんでだと思う?』
は?
『あたしが軽く言ってるように聞こえるのはさ、あんたも軽く考えてるからじゃない?』
「そんなわけ……」
電話で話しているのに、丹下院の顔がすぐそこにあるような気がした。幻の彼女は俺をじっとねめつけている。
『理由とか全部話してもいいよ。話すつもりだったから。でもさ、それでおしまいなんだよね』
「おしまいって、話を聞かなきゃあどうしようも……!」
『だって話したら納得するじゃん。へー、そうなんだって。するよね? つーかさ、話したってどうしようもないし。そんでさ、納得したらあたしとあんた、もう一生会わないと思うよ』
丹下院の言っていることは分からない。……いや、分かりたくないんだ。理解も、それこそ納得もしたくない。やっぱり話も聞きたくない。だけど丹下院は話を始める。
『たぶんだけど、タバコさ、チクられたんだよね。二年の終わりに瑞沢に呼び出し喰らって、そんで、あっという間に親んとこに話がいってさ』
「それで?」
『センセーは反省文で許すとか言ってくれたんだけどさ、親が今の学校やめろって。そんでさ、もっとお嬢様っぽい学校に閉じ込めるんだって』
お嬢様……? ああ、そういやそうだ。丹下院は金持ちの娘で、俺は今までそのことを気にもしていなかった。
『引っ越しとかしないけど、寮に入れられんだよね。ケータイとかも取り上げだろうし、新しい学校卒業しても自由にやらしてくんないっぽいし』
ああ、くそ。ちくしょう。なんだそりゃ。すげえとんとん拍子に話が進んだじゃねえかよ。
『そんなわけで、あーしさ、明日から新しい学校行くんで。で、これが最後の電話』
「最後?」
『や、もう無理だって。会えないんだって……じゃないか。うん。たとえばさ、一年後にあたしともう一度会ったって、あんたは気づかない』
流石に気づく。流石に馬鹿にし過ぎだろう。そう思った。
『高校入る前のあたしの写真見たら結構ビビると思うよ。髪の色と肌を元に戻して、お上品にしてたらマジで別人になっからさ』
だから。そう前置きして、丹下院は明るい声で言った。
『次にどっかですれ違っても、あんたはあたしに気づかないと思うよ』
「お、おい」
『そんじゃね』
「待てって! 切るな! 切るなよ頼むからっ」
『……前から思ってた。あんたはあたしのことを嫌いじゃなかったんだなって。でも、好きでもなかったんだよ。そんな風に引き止める前にさ、もっと、あたしと向き合って欲しかった』
今までありがとう。
付き合わせてごめんね。
最後に、丹下院はそう言った。それきり、彼女とは連絡が取れなくなった。そんな、どこにでも転がっていそうな、よくある話だった。
嫌なものから逃げた。
俺と丹下院は二人で逃げた。そう思ってたけど、違ってたんだな。逃げたのは俺だけだったんだ。
俺は向き合えなかった。図画工作部とも、丹下院とも、自分とも。だから、しようがないんだ。あとはもう、彼女のいない世界を受け入れられるかどうかってだけ。それだけだ。……ああ、なんだ。それだけでいいのか。




