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トジラレルセカイ(落丁)

「ああ、そっちの本も一緒に縛っておいてくださいますか」

「分かりました。隅に並べておくんで」

「ありがとうございます。終わったらお昼にしましょうか」

「マジすか? おっしゃ、頑張ります」

 俺がそう言うと、彼女は小さく微笑んだ。



 文化祭は終わった。

 あの日、あの時のことは思い出したくもない。

 ただ、あの時の皆の顔は忘れられないんだろうとも思う。逃れられないし、たぶん、死ぬまで縛りつけられるんだろう。



 俺はあの時、ユキさんを選んだ。そうして、部活をやめた。誰も俺を責めなかったけど、居心地のいいあの場所には、もういられない。他ならぬ俺がそう思った。

 ……逃げたんだ。俺は。



 夏バテ気味の体にはユキさんの作ってくれる素麺が心地よい。つるりと入って五臓六腑に染み渡る。

「お代わりもたくさんありますから、よろしければ召し上がってくださいね」

「はーい」

 ユキさんの食は細い。というか、食べているところをあまり見ない。いつも俺のお世話をしてくれている。赤ちゃんじゃあないんだから、そこまでしてもらわなくてもいいのに。いや、嬉しいけど。

「石高さんのお陰で古本市の準備もどうにかなりそうです。私一人だと、もっと時間がかかってしまいますから」

「いやいや、俺は大したことしてないっすよ。実際、去年は俺、お手伝いできませんでした、し……」

 去年。言っちまった瞬間、余計なことを思い出してしまった。ユキさんが不思議そうに俺を見ている。取り繕う為に笑顔を作ってみた。さぞ不細工だっただろうな。

 ユキさんは俺の微妙な顔を知ってか知らずか、淡く微笑む。

「今年も暑くなりそうですが、石高さんにとってよい夏になるといいですね」



 夏休み、というか、長期休暇になると気が楽だった。学校のやつと顔を合わせなくて済むからだ。俺はずっと家と榊原書店を行き来してればいい。それだけでいい。だってそうじゃねえか。俺はあの時、ユキさんを選んだのだから。



 冷房の効いた部屋でまどろんでいると、携帯電話が鳴った。最近じゃあゲームで遊ぶ以外に使っていなかったがらくた同然。そいつが鳴らし続ける着信音が妙にうるさく感じられた。

 ディスプレイに表示されているのは知らねえ番号だ。無視したっていいんだけど、気づいた時には通話ボタンをプッシュしていた。向こうの声が聞こえてくる、一秒あるかないかのラグ。外がもう暗くなりつつあることに寂寥感と罪悪感を覚えた。


『……石高、だな?』


 女の声だった。固く、冷たい声だった。

「そうですけど……あ、先生……?」

『そうだ』

 ややあって、瑞沢先生が声を発した。

 いったい、何事だろう。俺は他のメンバーと話をすることすら嫌になって部活をやめたが、三年になっても担任は瑞沢先生のままだった。気まずいが生徒と教師である。問い詰められることも殴られることもなかった。先生は表面上、何も変わらない。だけど榊原書店には顔を出さなくなった。だから、こうして彼女が電話をかけてくるってのが不思議で仕方がなくて、不安でどうしようもなかった。

「……あの、何か」

『姉さんが死んだ』

 ん?

『……すまん。お前に、嫌がらせをするつもりなんかないんだ。ただ、私もまだ、混乱してて、それで』

「姉さんって、あ、あの……?」

『ごめん、ごめんな……』

 先生、泣いてる。

 泣いてるって。なんで? どうしてだ? 先生の姉さんって、死んだって、ユキさんが?

『み、店が火事になって、姉さん、逃げ出せなかったんだろうって、警察の人が』


 ぷつんって。


「店に行きます」

 ぷつんって、そんな音が聞こえた。訳が分からなくなって、怖くなって、でも、じっとしていられなかった。



 商店街の路地を抜けた先、奥まった場所に俺のアルバイト先の榊原書店がある。俺の好きな人がいる。その店は木造で、二階建ての店はこじんまりとしてて、強い風や揺れが来ると今にも崩れてしまうんじゃないかって、俺は、俺は。

「………………!」

 でも、なかった。ひゅう、と、変な音が俺の中から聞こえた。

 あるはずなのに、いるはずなのに、そうじゃなきゃあいけないはずなのに、字が掠れて見えづらい看板も、建てつけの悪い硝子戸も、埃っぽい本棚たちも、何も。何も、なかった。代わりにそこにあったのは黒焦げになって、灰になった――――。そこにいたのは榊原書店のこともユキさんのことも俺たちのことも何も知らない野次馬だけだ。

 俺はその場に立っていられなくて、泣くことすら出来なかった。悲しいって感情がここに辿り着くまでの間に枯れてしまったのかもしれない。あるいは、俺は、本当は悲しんでいないのかもしれない。……いや、俺、本当はユキさんのことを好きじゃなかったのかもしr



 明日も明後日も、一週間後も一か月後も一年後も、この先ずっとあの店に行くんだと思っていた。そうして、ユキさんと一緒にいるんだろうって。

 でも、そうはならなかった。

 もっと上手く出来たらなあって、もっと上手くやり直せたらなあって。でも、何回人生をやり直すことが出来たってどうしようもない。結末なんてものは見えないんだ。いつだって真っ暗闇を手探りで進むしかない。

 意味がないんだ。やり直すことは無駄でしかない。だってそうじゃねえか。そもそも、どこからやり直せばいいかってことすら分からねえんだから。

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― 新着の感想 ―
[良い点] 選択肢ミスった結果全部バットエンドじゃねーか!!!!!!!最高だぜ!!!!!
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