カクセイスルセカイ(女中はCAFEにいる)
秋。二学期が始まって体育祭が終わった。
そして冬が来た。文化祭の行われる十二月まで間もなくである。
十一月も終わりに近づくと、学校全体が文化祭一色って感じの雰囲気に染まり始める。そこかしこからカンカントントン音がするし、中庭や正門付近の開けた場所では生徒が看板を作ったり、そいつに色を塗ったりして活気がある。去年まではそうでもなかったけど、今年に限って言えば、俺もなんだか楽しい気分になってくる。
もちろん俺たちウルトラメディアクリエイト部~おはよう忍法帖~も準備を始めている。ツリーは学校の屋上に設置するらしいので作業場所も屋上だ。危険だから屋上は生徒立ち入り禁止だった気がするんだけど、疲れ切った梶の顔を見た時に全てを察した。上手いことやり込められたんだろうな。真面目モードに戻った原先輩と邪神マツキが相手では分が悪かろう。
「66回の流産?」
「もういい」
「ボランティア軍?」
「もういいって」
「ややや、けったいな」
「もういいって言ってんだろ!」
部室に来たなりうるさい待木だった。
待木は荷物をその辺に放り投げると、ソファに寝そべって携帯電話と睨めっこを始める。難しい顔をしているが、何も彼女はガチャを引いて爆死した訳ではない。待木が見ているのは作業工程表だ。何日までにこれくらい作業を進めていれば間に合うだろうねって感じのものである。
「……実際、どうなんだ。間に合いそうか?」
「皆さんの頑張り次第ですが、少し遅れが生じていますね。まあ、仕方のないことです。実際にやってみるのと頭で考えるのでは違いますから」
そりゃそうだ。
「あと、どうしても男手が足りませんよね。うちにはセンパイしか男子がいませんから」
俺はそうだなと頷きかけて、宝野の存在を思い出した。あぶねえ。忘れかけてたけど、あいつ男だった。
「宝野がいるじゃねえか」
「…………ああ、そうでした」
でもほとんど女子みたいなもんですよね。そう言って待木は起き上がる。俺たちも屋上に行って作業しないとな。
待木と連れ立って屋上に行くと、横倒しになったツリーが目に入った。もちろん本物の木ではない(しかし、当初待木は『私物だ』というノリで本物の木を屋上に運び入れるつもりだったらしい。やっぱり金持ちって馬鹿なのかな)。材料は『図画工作』の範疇に収まっているはずだ。少なくとも生徒会はオーケーを出している。時折、原先輩と待木が怪しげな会話をしているが、俺は聞こえないふりをし続けている。
このクリスマスツリーだが、文化祭当日、閉祭の時にライトアップさせるつもりである。全校生徒がグラウンドからこのツリーを見上げるのだ。完璧である。
なもんで、今は作業しづらいし、作ってる途中で倒れられても危ないから、こいつを立たせるのは本番の時だけだ。
「さーて、やるか」
俺は制服の袖を腕まくりしてツリーに近づく。
「おっ、だっくんやる気だね~」
「あ、どうもっす」
ちなみに、屋上にいるのは俺たちだけではない。お菓子クラブの人たちもいる。彼女らが手伝うことは決してない。大抵、だべって、お菓子食べて、帰るだけだ。
俺のことをだっくんと呼んだのは、お菓子クラブの部長である東山先輩だ。ゆるふわパーマで、雰囲気とか喋り方までゆるーい感じの人である。
……俺たちは常に見張られているわけだ。生徒会に、あるいは顧問に、もしくは暇な先生に。それが屋上を使わせてもらう条件の一つでもあった。まあ、俺たちも人の目があった方が作業に集中出来るし。
「何をしているんですか石高くんっ。早く!」
「ははっ、ただいま!」
「おー、原っちはご機嫌斜めだね~」
東山先輩がけらけらと笑う。たぶんあなたのせいだと思うんですが。
◇◆◇◆◇◆
ある日、ある朝、三和土で靴を履いていると、眠そうな眼をしためぐが口を開いた。
「お兄ちゃんのくせに、毎日が楽しそうね」
さて、どうだろう。妹の、それも人生の酸いも甘いも知らない小学生の妹の意見を素直に受け入れたくはなかったが、確かに、今の俺は充実しているのかもしれない。
「楽しいのはいいことじゃん」
「ええ、そうね。車に気をつけていってらっしゃい、お兄ちゃん」
駐輪場に自転車を置いて学校までの坂道を上っていると、後ろから軽快な足音が聞こえてきた。宝野だな。
「おはよう、ロクスケ」
「おう、おはよう。いよいよ明日だな」
隣に並んだ宝野は薄く微笑む。
「そうだね。時間ってあっという間に進んじゃうんだね」
そう、あっという間だ。もう十二月。じきに一月。あっという間だ。まるで文化祭の準備という過程をすっ飛ばしたかのように。
校門をくぐり、昇降口に着く。ふと、俺は尿意を催した。クラスの違う宝野とはここで分かれて、俺は小用を済ませた。
「センパイ」
「おうっ!?」
トイレから出た瞬間に話しかけられるのってすごいびっくりする。俺はプレーリードッグ顔負けの警戒態勢で相手を見た。相手の胸を見た。
「なんだ、待木か」
待木は悪戯っぽい笑みを浮かべる。
「今、私の胸を見て私だと判断しましたね」
「そんなことはない」
「それはともかく。……明日、晴れるといいですね」
「……ああ、だな」
明日の天気は朝から曇り空。いつ雨が降ってもおかしくないらしい。文化祭は屋内の催しもたくさんある。雨天決行だが、俺たちにとっては困る。何せ屋上を陣取ってクリスマスツリーを見せびらかそうってんだ。雨が降ったら上手くいかないかもしれない。
「正直、雨が降っても、ツリーが立たなくても、どうにかなるとは思うんですよ。私たちのやってること、生徒会の人たちも見てくれていますから。だから、上手くいくかどうかってより、私たちが納得出来るかどうかなんです」
「そうだな。うん、晴れた方が気持ちいいしな」
「はい、そうです」
待木は、珍しくふっつーに笑ってみせた。
文化祭当日の朝、俺はいつもより早く目が覚めてしまった。いつもの土曜日だと昼までぐーすか寝てるんだけど。まあ、たまにはそういうのも悪くない。そもそも、今日は昼まで寝てたら皆に殺されるかもしれないし。……窓を見る。曇り空だった。最悪、このままの天気だったら助かるんだけどな。
寝間着のままリビングに降りるとめぐがいた。小学生なのにばあちゃんみたいに朝が早い妹であった。
「おー、おはよう。早いな」
めぐはぼうっとした顔で俺を見てくる。
「……楽しみで寝られなかったのよ」
俺は少しだけ驚いた。めぐは俺に対して、いつもクールだ。というか冷たい。しかし今日のめぐは年相応に子供っぽくて微笑ましい。
「文化祭、そんなに楽しみだったのか?」
「だってお兄ちゃん、去年は招待してくれなかったじゃない」
「あー、そうだったっけか?」
「そうよ」と、めぐは唇を尖らせる。
「こんなに早く起きても、招待客が入れんのは昼前からだぞ」
俺の学校の文化祭は入場者を限定している。樋山くんみたいな不審者が来るとアレだからだ。入れるのは生徒や教師など、学校関係者の家族や、うちの学校を受ける予定の受験生である。
「いいの。遅くなるより早い方がいいんだもの」
「そか。じゃ、俺は一足先に行ってるからな」
「……ところで、お兄ちゃんたちは文化祭で何をするの?」
「えー、知らなかったのか……」
いつもより早く登校し、文化祭の準備をしなくちゃあいけない。とはいえ、俺たちウルトラメディアクリエイト部の出番はまだまだ先だ。閉祭の時が一番の見せ場となる。それまではクラスの出し物の仕込みをしなくちゃいけなかったり。
そんなわけで自転車を漕いで駐輪場に行き、坂道の前に立って溜め息を吐く。今日ぐらい、この道がエスカレータに変わってればいいのに。
「いーす、何突っ立ってんのー?」
かるーい感じで背中を叩かれた。俺は弾かれるようにして跳び上がり、相手を確認しないまま後ろ回し蹴りを放った。
「わーっ!? 何すんの馬鹿じゃないの!?」
「なんだ、丹下院か」
丹下院は危ないところで俺の蹴りを躱していたらしい。やるじゃない。
「あたしの顔に傷一つでもつけてみ。力技で責任取らせっから」
「……冗談だって。ちゃんと当たらないようにしてたからさ」
「いや、めっちゃ本気で避けなきゃ当たってたって……あっおい無視して行くとかないじゃん!」
そういや、丹下院の日ごろの言動で忘れていたが、こいつだって金持ちのお嬢様なんだったっけ。変なことしたら怖い人がその辺の藪から出てきて俺を撃ち殺そうとしたり刀で斬り殺そうとしてくるかもしれない。
「と、ところで丹下院さん。……お前さ、メイド喫茶なんてよくオッケー出したよな」
丹下院はクラスカーストの最上位にいる。委員長が許してもこいつらギャル集団が許さねばメイド喫茶なんて案件は通らなかっただろう。
「やー、まあ、そういうのもいいかなーって。ほら、あたしってバイトとかしたことないじゃん? たまには接客する側に回るのもいいかなとかさ」
そんなこと考えてたのか。素敵な心がけである。……丹下院のメイド姿、か。黒ギャルのメイド……か。なんかエロいな。エロくていいぞ。
「おい、何ニヤけてんだよ」
おっと、いかん。
「多分さー、アレが一番早いと思うんだよね」
「いや、それはどうかな……お、なんだこれ?」
坂道を上って正門前に着くと、『祭生~失敗してもやり直せるさ~』と、今年の学園祭のテーマがでかでかと書かれたでかいアーチが設えられていた。アーチは何かの建造物を模しているらしい。
「あー、これ、ドイツの何とか門ってやつ。あのー、何? 何かお酒みたいな名前のやつ」
「知ってんのか丹下院」
「こないだ行ってきたから」
金持ちめ。
ドイツの何とか門らしきアーチを潜り、昇降口へ。そこへ至るまでにも様々な立て看板があり、テントの下には屋台が並んでいた。いざ文化祭が始まれば、昇降口近くの屋台はお客さんでごった返すことになりそうだ。
「石高ー、マジでお願いね。あたしら可愛いだけでぜんっぜん家庭科とかダメだからさー」
よく言うわ。
「はいはい、昼までだからな。昼からは俺、妹が来るからな」
「うるせえよシスコン」
文化祭はぬるりと始まる。全校生徒が一か所に集まって山を爆裂させちゃいそうな校長が『文化祭の開催を宣言する!』 みたいなことはない。生徒にはそれぞれ準備があるからだ。一々集まっている時間はない。たぶん、どっかのタイミングで放送が入るんだろうな。
昇降口で靴を履き替えて教室へ向かう。今になっても作業している生徒がいた。ギリギリなんだなあ、皆。
「石高ァー! 早く来てくれ石高ァー!」
教室に着くや否や、仕切りの奥のキッチンに連れ込まれた。どうやらメイド喫茶で出す料理に苦戦しているらしい。
俺はエプロンを着ながら調理担当の連中を睨んだ。
「作り方は教えたじゃねえか!」
「お前の説明は分かりにくいんだよ! 実際やって見せろ!」
「そうだよバーカ」
クソが。
「なんで俺以外にこういうのが出来るやつがいねえんだよ」
「しようがねえだろ。うちの男子アレだし。そもそも家庭科教えてんのオーガだし。女子は皆メイド服着たいとか言ってんだし」
「お前だってそっちのがいいだろ。裏方は女子じゃなくてもさ」
確かにそうだ。けどこっちが作る側なら話は別である。どうせならメイド服を着た女子に接客されながら、裸エプロンの女子が作ったケーキとか食いたい。
「そもそもお菓子作れる女子がほとんどいないんだって」
「午前の部はな、石高。お前しかいねえんだ。お前だけが頼りなんだ」
頼られても嬉しくねえ!
お客様、うちの喫茶店のケーキはね、男子が作ってるんですよ。
『えー? 正直さー、文化祭とかどうでもよくない? 私ね、お祭りの屋台の焼きそばとかー、外で売ってる食べ物って駄目なんだよねー』
『あーちょっと分かるー。不衛生だよねー。つか、文化祭とか誰が作ってるか分かんなくない?』
『だよねー。なんか気味悪いってかー……あ、スイッチ入ってる……』
『おわあああっ、ぶ、文化祭開催です! かいさいー!』
文化祭が始まった。
俺たちのクラスはメイド喫茶である。目に優しい。だが、俺たち調理担当がメイド衣装に身を包んだ女子をちらちらと見ていられるのは最初の内だけであった。
「お帰りなさいませご主人様ー! ……で、いいんだっけ?」
丹下院たちはメイド喫茶を方々で宣伝していたらしく、開始数分で教室の前には列が出来始めていた。まだ外部の招待客は来ていない。生徒だけでこの有様である。
「……多くね?」
「やばくね?」
「つーか捌けなくね?」
無理くせえ。
しかし、やるしかない。幸いなことに仕込みは万全だ。問題は人材である。正直、文化祭程度の手の込んでいないものを作るくらいなら俺があと二人もいれば問題ない。俺が三人いればどんな苦境だって乗り越えられる(しかしその三人とも他の俺がやるだろうと思い込んでサボり始めるだろう)!
とにかく、他のやつらをだまくらかして士気を上げよう。士気は大事だ。士気さえ高けりゃ敗走はしない。俺は咳払いをして他のやつらの注目を集めた。
「いや、いける。少なくとも午前の部はな!」
「お、おお? マジか石高」
俺は大きく頷く。
「いいか。俺たちは、要は12時過ぎまで耐えればいいんだ。そこからは昼休憩。俺たちは解放される」
「……なるほど。つまり、自分の番さえ終わっちまえば後のことは知ったこっちゃねえってわけだな」
「やばいのは俺たちより、客の増える午後からだ。……今ざっと計算してみたんだけどな、さっき仕込んだ分の料理は午後にはすっからかんになる。メイドたちが頑張り過ぎたらその限りじゃあないけどな」
「し、仕込まなくていいのかよ?」
「出来る限り楽したいだろうが!? ギリギリのラインを保つ! いいか、見ろ」
俺はキッチンから、こっそりばれないように一番胸の大きなメイドを指差した。
「でかいな」
「ああ、でかい」
「そうじゃねえよ」
メイド女子たちは慣れない接客に苦労しているようだ。何せ、まだこっちにはオーダーすら通ってないんだからな。
「そもそも俺たちみたいな素人が普通に喫茶店なんてやれるわけねえだろ。間違いなくどっかで破綻する」
「マジか」
「破綻すれば一部の意識高いやつは喚き出すぞ。『どうしてこうなった』と。そうなったら最後だ。責任者ってやつを決めるまでどうにも止まらねえ。お前ら、責任者ってやつになりたいのか? なりたくねえよな?」
しんと静まり返るキッチン。
「だから、俺たち午前の部調理メンバーだけは完璧にこなすんだ。いや、完璧にこなしていたんだと思い込ませろ。その為には……」
「ど、どうすんだよ」
「頑張れ!」
俺はサムズアップした。
「普通じゃねえか」
「うっ……!」
普通に腹パンされた。お前らふざけんな。俺がリタイアしたら戦力大幅減だぞ。だが、俺の言いたいことは分かってくれたらしい。
「おー、オーダー! えーっと、ケーキと紅茶! 二つずつ!」
最初のオーダーが入った。俺たちは顔を見合わせて声を揃えた。
「はい、喜んでー!」
「いや居酒屋じゃねえから。裏方は黙って作業してよね」
(絵的にも地味だろうから)時間が来た。
中々ギリギリだったが、俺たち午前の部は交代要員が来た途端、逃げるようにしてキッチンを出て教室から立ち去った。目だけを合わせる。ほんの一秒にも満たない時間。それぞれが違う方向へ向かって歩き出すが、気持ちは一つだった。
「わー!? 全然ケーキとかなくなってるじゃんかー!?」
逃げろ!
さて、そろそろ父さんがめぐを連れてやってくるはずだが、連絡が来ない。ちょっと暇だし、どっかで時間でも潰すとするか。
というわけで、俺は樋山くんたちのいるパソコン部へ向かった。やつらとて部である以上何か出し物があるはずだ。それを見て難癖をつけてやろう。
「生徒会だ!」
そう叫んで部室の扉を勢いよく開ける。パソコン部の部室には数名の部員がいた。
「生徒会だと!?」
「わー!? って、ふざけんな石高じゃねえか!」
俺はげらげらと笑った。そうして適当な椅子を引っ掴み、そこに座る。
「生徒会が来たらまずいもんでもあるのかよ」
樋山くんは、部長らしき人物と目で会話していた。
つーか、『うちはこんなことやってます』ってポスターも看板もなかったぞ。パソコン部の部室って知らなきゃあ、ここには誰も入ってこないだろう。
「まあ、石高ならいいか」
樋山くんは俺を手招きして、とあるノートパソコンを指差した。そのディスプレイには、とてもではないが口に出せないエロい画像が鎮座している。何だこれは。
「いいか石高。俺たちパソコン部は休憩室という名目で文化祭に参加している。と、いうことになっている」
「馬鹿な。そんなことが許されるのか」
「パソコンが全部イカれたってことにしてるんだ。品行方正な部員が揃ってるからな、そういう事情なら今年はしようがないと、生徒会にも一瞬で信じてもらえたよ」
羨ましい。……だが、この部屋は休憩室ではない。そもそも樋山くんたちと同じ部屋では心も体も休まらないだろう。警戒心で身は硬くなり、余計に疲れるだけだ。
「だが、実際は違う。俺たちはこの文化祭で裏のメニューをお出ししている。それがエロゲレビューだ」
「クズかよ」
「選ばれし者だけがここに立ち入ることが出来る。これを見ろ。見ろよ石高! これが三年生方のレビューだ!」
「こ、これは……」
眩暈がした。パソコン部のアホさ加減にもそうだが、三年生がレビューしているのは、タイトルを見るだけで吐き気を催すようなクソゲーばかりだったからだ。俺はこの人たちの覚悟というやつを垣間見た。
「……だ、だが、エアプという可能性もある。クソゲーはクソゲーであるが故に有名だ。ネットを漁ればレビューなんていくらでも転がって……あ、ああっ!?」
「分かってくれたようだな」
レビューページにはしっかりとSSまで貼られていた。クリア画面だけではない。あ、こっちのは普通に写真だ。青い顔をしたパソコン部員も一緒に写っている。
「というかコピペを疑うならググって探してくれてもいい。どうしようもないクソゲーをプレイし、レビューを書いたのなら、この世に二つとない文章が心の底から湧き上がってくるはずなんだ。気持ちはだいたい一つだけどな。『このメーカー滅びろ』って」
恐れ入ったぜ。恐るべしパソコン部。エロゲへのAIは止まらないのか。でも何かあったら生徒会にはチクっておこう。
樋山くんたちと遊んでいたら丹下院からメールが来た。『ヒヤマ知らねえ?』 と。そういや樋山くんって、午後から調理場だっけ。ちょうどいいや。報告がてらうちのメイド喫茶にも遊びに行こう。
そう思って教室に戻ろうとするも、まだそこそこ混雑していた。廊下から教室の中を恨めしい思いで見つめていると、黒ギャルメイドがこっちに気づいた。
「ちょっと石高、樋山は!?」
丹下院がブチ切れ寸前である。俺にキレられてもなあ。
「招待客の中学生にカツアゲされて泣いてた」
「は? マジで? ウケんだけど。ちょーみんな聞いてー。ヒヤマさー」
流石に樋山くんが可哀想だから、ちょっとだけでも庇っておこう。
丹下院は客の相手も忘れてゲラゲラ笑った後、俺を手招きしてきた。『入ってこいよ』と。いや、客並んでんじゃん。今は遠慮しておこう。しかし俺が来ないことに痺れを切らしたやつは窓から身を乗り出して俺を捕まえてきた。
「客が見てるぞ」
「どうでもいーよ。石高さー、キッチンの方から入れば? 外から見えないとこで接客してあげっからさ」
「はあ? お前、他の客はどうすんだよ。あ、ほら、呼んでるぞ」
「うぃー、メイドさーん、注文いいすか? いいすか?」
にやけ切った顔の一年坊主らしき男子生徒が丹下院を呼んでいた。
「呼んでんなよ一年! うちはセルフサービスだから!」
「マジかよー!?」
うちのメイドは横暴だった。
断り続けるのもアレなので、俺はキッチンの方のドアから教室の中に入る。しかしフロアには通されず、キッチンとフロアの間にある、微妙な空間に通された。俺は客として入ったつもりなんだけど。何、この、物置感。
そこには椅子と机が一つずつあり、まあ、座るしかなかった。しばらく待っていると、メニュー表で肩を叩きながら丹下院がやってくる。
「お帰りなさいませ、ご主人様。……あ? 何?」
「……や、ちょっとだけびっくりしたんだよ」
意外や意外。丹下院のメイドっぽい所作は様になっている。お辞儀も綺麗な角度であった。もしかして、こいつの家にはメイドでもいるんだろうか。
「あたしだってこんくらいやれば出来るんだって。で? 注文どうする?」
「おすすめは?」
「ホットケーキじゃね? なんか、他のやつってもう品切れなんだってさ」
午後の部のメンバーには悪いことをしたなあ。
「じゃ、それで」
「あとは?」
「あと? ああ、そんじゃ飲み物は……」
「なんかさー」
「あっ、おい」
丹下院が机の上に座りやがった。ちょっと、スカートの丈が短いからパンツが見えそうなんですけど。見ていいんですか。
「あたし、こういう隙間みたいなのって好きなんだよね。いつ誰が来るか分かんないってのもドキドキしない?」
キッチンからもフロアからも声は聞こえてくる。だけど、皆そこそこ忙しいらしくて俺たちのいる場所へは目もくれない。ある意味、ここは俺と丹下院の二人きりの空間になっている。
「うあ、石高あんたさ、すごいエロい目ぇしてんだけど」
よ、よせ。やめろ。
机の上から降りるんだ。俺はホットケーキと紅茶を頼んだだけでそれ以外のものをお願いつもりはないんだ。
「ひ、人が来たらどうすんだよ」
「ん? 人が来なかったらどうしたいん?」
欲望という名の勇気(意味は分からない)。
言葉という名の渇望(意味は分からない)。
支配される感情。俺は目の前にあるメイド服の裾に手を伸ばしそうになって、ハッとした。ズボンのポッケに入れてある携帯が震えた。そこで我に返った。あっぶねえ。そうだよ。今日は文化祭に妹が来るんだよ。俺はいったい、何をどうしようってつもりだったんだ。
「……やっぱ、注文キャンセルな」
「は? ちょっ、あ! おい! ざっけんなって!」
俺は丹下院の魔の手を振り切り、昇降口へと向かった。妹が、俺の妹が待ってるんだ! つーかマジで危なかった! 何だってんだよ、今日の丹下院は。
昇降口に着くと、こっちに向けて手を振るめぐが見えた。……だが、父さんがいない。あの馬鹿、めぐを一人にして何やってんだ。
「めぐ、父さんは? 一緒に来たんだろ?」
「トイレだって。お腹を壊したみたい」
「……もしかして、何かに当たったのか?」
俺は出店を見回す。
「来る前からそうだったのよ。さっきまでアメリカ人みたいに呻いていたわ。そしてペンギンのような歩き方でトイレに向かったの」
「そ、そうか」
ならばしようがない。今頃、父さんは気張りながら般若心経を唱えて指で十字を切りまくっていることだろう。
「とりあえず二人で見て回るか。めぐ、チケットは?」
「持ってるわ。サインもしてもらったから。これを持っていないと不審者扱いされるんでしょう? 気をつけないといけないわね」
「ああ、そうだな。それをなくしたら大変なことになるからな」
さて、どうしよう。先に何か食べようかと考えていると、めぐはお化け屋敷に行きたいと言い出した。来て早々お化け屋敷て。まあ、いいか。




