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カクセイスルセカイ(仁義もクソもない戦い)

 俺は色々と考えたが、事態を打開出来るようなことは何も思い浮かず、そうしている間にも競技は進み、部活対抗リレーまで間もなくという状況になった。

 一応、走る順番は決めた。トップは原先輩に任せて、小林先輩、丹下院、俺の順でリードを作り、アンカーの待木に全てを託す。

 運否天賦丸出しだけど、一つだけ望みがあった。部活対抗リレーならではの、その部活独自に与えられたハンデである。サッカー部ならボールをリフティングしながら。剣道部なら防具一式つけた状態で走る。みたいな。俺たち以外の部活にえげつねえハンデがつけば可能性はある。

 


・お菓子クラブ=バトンの代わりにお玉。エプロンをつけて走る。

・書道部=バトンの代わりに筆

・図画工作部=アンカーは段ボールで作ったロボットに扮して走る。

・陸上部=一分のハンデでスタート。



「……終わったくさい」

 俺は、実行委員からもらったプリントを握り潰す。一縷の望みが絶たれた。しかもまた俺たちに不利だし。段ボールのロボットなんか作った覚えねえし!

「どうすんだよ、もう!」

『部活対抗リレーの参加者は、入場ゲートに集まってください』

 うるせえ!



 俺は第四走者だ。第二走者の小林先輩と同じ場所で待機していた。

「……どうなるかな」

 小林先輩は不安そうだった。だが、ここまできたら俺たちに出来ることはない。ただただ走るだけだ。早く、誰よりも先に、次の走者にバトンを叩き込む。これしかない。

 俺は、向かい側にいる三人を見た。

 第一走者の原先輩も、第三走者の丹下院も落ち着いているようには見えない。アンカーの待木は段ボールを被せられている。めちゃめちゃ走りにくそうだった。アレが図画工作部へのハンデ、だそうだが。

「原に期待したいが、相手が悪そうだな」

「ですね」

 お菓子クラブと陸上部の第一走者はどこの誰だか知らないが、書道部の第一走者は、梶だった。俺はようく目を凝らし、耳を澄ませて、戦いが始まる時を待った。



「原先輩。僕は負けませんよ」

 梶が何か話しかけているが、原先輩は黙り込んでいる。集中しているのだろうか、それともわざと無視しているのだろうか。

 諦めた梶は、スターターの教師を、そいつが持っているスターターピストルをねめつける。

 ああ、まずい。俺も緊張してきた。


『それでは位置について、よーい……』


 始まる。誰もがそう思った時。

 ずん、と。

 腹に響くような音が破裂した。

「……なんだ、今の音は」

「あ」

 様子がおかしい。ただ、何が起こったのかは、誰に聞かなくても分かった。グラウンドの向こう、テニスコートから花火が上がった。真昼の空に薄ぼんやりと。

 花火である。

 教師たちもざわついている。誰かが用意した催しではなさそうだ。不審に思っていると、何人かの教師がテニスコートの方へ向かうのが見える。

 スターターピストルの音と勘違いして飛び出した第一走者がスタート地点に戻ってきた。

 けど、あれ?

 一分のハンデがある陸上部と原先輩だけは飛び出していなかった。……彼女は、突然の花火だったってのに、まるで、何が起こるか知っていたみたいな顔で。


「いっ!? マジかよ!?」


 テニスコートから誰かが叫んでいるのが分かった。



 競技は少しの間だけ中断していたが、花火を打ち上げたやつが敷地内から逃げ出して、しかも異常に逃げ足が早くて誰も捕まえられなかった。犯人は逃がしたが、他に危険はないと判断されて、競技は再開される運びとなった。

 ちなみに、テニスコートにはやはり花火を打ち上げた跡があり、その犯人らしき、エプロン姿の幽霊みたいな女が目撃されたそうだ。

「……さっきの花火は何だったんだろうな」

「さあ。何でしょうね」

 恐らく待木か、原先輩の差し金だろう。察しはついているが、言わないことにした。けど、花火なんかやって何の意味があるってんだろう?



『ハプニングがありましたがー、えー、それではみなさん、位置について。よーい……』

 スターターピストルから音が放たれる。同時、第一走者が飛び出した。一番反応が良かったのは原先輩だ。なぜか、梶の反応は微妙に鈍かった。

 原先輩はお顔立ちと同じような、美しいフォームで風を切り裂きぐんぐん進む。ぶっちゃけ俺を追っかけてくる時の方が速いし怖いけど、とりあえずはよし。よし、まずはもらった。

 その時、俺は先の花火のことに関して、思いつくことがあった。

 もしかして、あの花火を打ち上げたやつは、第一走者のタイミングを狂わしたんじゃあなかろうか。あるいは、フライングだ。

 フライングを意識づけた。部活対抗リレーのルールにはフライングのことが書いてなかったような気がする。だから、恐らくペナルティもないはずだ。けど、少しくらいならビビるよな。一応、陸上なんかだとフライングは一発アウトだし。……ああ、もしかすると、梶は陸上を齧ってたのかもしれないな。

 と、なると、あの花火は、やっぱり……。まあ、いいや。



「小林さん、お願いします!」

「ああ!」

 男前な返事と共に、原先輩からバトンを受け取った小林先輩が走り出す。宝野と比べりゃそうでもないだろうけど、小林先輩だって足が遅いわけじゃない。ただ、大事な場面でドジ踏むかどうかってところが心配だ。

「せんぱーい! こけないでくださいよー!」

 俺は立ち上がり、体を伸ばす。戻ってきた原先輩に目を向けると、彼女は悪戯がばれた時の子供みたいな顔で笑った。しかもぺろりと舌を出した。死ぬほど可愛い。

「くっ、は、原先輩……! やりましたね。あの花火は……!」

 振り向くと、そこには『怒ってます』って感じの梶がいた。

 原先輩は腕を組み、じっと梶を見据える。

「自分、浅ない?」

「は?」

「……こほん。私たちは最善を尽くしたに過ぎません。そして、花火とは何のことでしょう」

「しっ、シラを!」

「小林さーん、がんばってくださーい!」

「僕の話を無視しないでください!」

 さすが原先輩だ。梶を軽くあしらっている。そして小林先輩は小石にでもつんのめって転びそうになっていた。



「……すまない」

「余裕っスよ!」

 バトンは、小林先輩から丹下院に。

 小林先輩は転ばなかったが、速度が緩んで、差を詰められてしまった。

 今のところ、一位は俺たち。次に書道部、お菓子クラブで、最後に陸上部だ。二位との差は、十数メートルってところだ。このままのペースなら問題なくちぎれるが、アンカーは待木である。正直百メートルのリードがあったって駄目そう。

「ニコチンパワァァァァァァ!」

 丹下院はアンモニア類を直に嗅ぐくらいアホなことを叫んでいた。俺は頭を掻きながら、一番内側のコースに入る。

 その時、隣から途轍もないプレッシャーを感じた。いや、さっきから感じていたんだけど、無視していた。

 俺は、オーガ瑞沢という恐ろしい存在を無視したかったのだ。

「石高。頑張っているみたいだな」

 俺の隣にはジャージを着た鬼が立っている。

「どうも」

「私は図画工作部の顧問だが、お菓子クラブの顧問でもある。手は抜けないからな」

 えー。

「だから、実力でどうにかしてみろ」

 瑞沢先生は餓えた獣のような、好戦的な笑みを浮かべる。……超まずいな。最後に俺が思い切りリードを作ろうって作戦だったのに。相手が悪過ぎる。トップを守るどころか攻め落とされそう。マウントでボコボコにされそう。

 しかし、俺の頭の中の提督は準備万端。いつでも、うちー(↑)かたはじめである。



「ニコチン切れた…………」

「おせえんだよ!」

 丹下院は呆気なく三位に転落した。元気があったのは最初の方だけで、抜かれた後は、一位の書道部と二位のお菓子クラブに離されないようにするのでやっとという有様だった。

 だが、差はない。すぐそこ、ほとんど目の前に二人いる。俺はバトンを受け取り、地面を足の裏で掴んだ。

 そんで、跳ねるようにして走り出す。まず、三歩目で書道部を抜いた。トップは瑞沢先生だ。俺は彼女に並んだが、押し退けるようにして無理矢理に体を入れ、コースの内側を狙う。

 すると、先生は嬉しそうに微笑んだ。

「ほう、来たか」

 俺は無視する。

「だが、私は抜けんぞ。石高、お前の欠点は私への恐怖心を克服出来ていないことだ。はっきり言えば、右コーナーがヘタクソだってことだ!」 何言ってんだこの人。

 だが、このままだと抜き返してもリードは生まれない。アンカーまで、もう少し。だったら……!

「あー! 足がすべったー!」

 俺は先生の足をひっかけようとして、バトンを彼女の足元に突き出した。だが、余裕で避けられてしまう。

「何をするっ。卑怯だぞ」

「次は手がすべったー」

「その手を食うか!」

 先生の顔面にバトンを突きつける。彼女の視界が一瞬だけ塞がった。

 そう。

 そうだ。

 一瞬でいい。

 俺には、その時間で充分だ。

 先生の背中に軽くタッチし、俺はげへへと笑った。

「あ。先生、ブラのホック外れてますよ」

「ブラフだ」

「ブラなだけに?」

「くだらな…………あっ」

 先生は顔を真っ赤にしてこっちを睨んできた。気づいたようだな。

「ゲヒャー! これが俺の10コンボですよ!」

「くっ、石高のくせに無駄な技を……!」

 うるせえ! 俺だってしかるべき時に備えてたんだよ! 備えるくらいいいじゃねえかよ!

 先生のスピードが僅かに緩む。やはり、胸の辺りが気になってしまうんだろう。俺も先生の胸が揺れるところを見たかったが、そういう場合ではないことも分かっている。待ってろ、待木!



 トップで戻ってきた俺を、段ボールロボこと待木が迎えた。

「頼んだぞ!」

 段ボールはこくりと頷く。俺はバトンをちゃんと渡して、待機場所に戻り、疲れて歩けない振りをして小林先輩の胸に飛び込んだ。

「……だ、大丈夫か、ろく高くん」

「はい。一日三食五十品目食べてますから」

 俺はコースに目を向ける。正直、駄目だとばかり思っていた。俺は一位を守ったが、二位との差はほとんどない。つーか、ないに等しい。

「すいません、先輩。俺がもっと早く瑞沢先生のブラジャーをどうにかしていれば」

「何を言っているか分からないが、見ろ。待木ちゃんは大丈夫だ」

「え? ……ん? え?」

 俺は、待木を二度見した。

 二位をぐんぐん引き離して、爆走している待木を見た。つーかはえー。俺よりはえーじゃん。えー。何だそれ。

 馬鹿な。

 まさか、実は待木って足が速かったのか? もしかして、隠していたのか。敵を騙すには味方からってやつなのか。

 やるじゃん。

 待木はそのまま一位でゴールし、なぜか止まらず、そのまま校舎の方へと走り去ってしまった。よく分からないが、お、俺たちの勝ちだ。



 部活対抗リレーは終わった。この後に待ち受けているのはクラス対抗リレーだが、俺にはあんまり関係ない。

 とにもかくにも図画工作部は勝利した。

 現生徒会長の梶も、他の文科系クラブも俺たちの勝利を認めた。そりゃそうだ。あんだけ妨害されて、それでも一位をもぎ取ったんだ。ここでごねられてたまるか。

「これで終わりだと思わないで欲しい。本番は文化祭なのだから」

 去り際、梶はクッソテンプレな捨て台詞を吐いていった。

 俺たち部活のメンバーは顔を見合わせて、勝利の喜びに酔いしれた。

 ……が。気になることはある。

 さっきまで爆走していた待木がめちゃめちゃ涼しそうな顔をしているのに対し、実行委員として突っ立っていたはずの宝野の頬は紅潮している。息も微妙に荒い。つーかもう気づいていた。

 俺は件の二人を指差して、声を潜める。

「お前ら、いつの間に入れ替わってたんだ?」

「ああ、もちろんリレーが始まる前にですよ」

 と、焦る宝野に対して待木はこともなげに言う。

「私たちへのハンデを知った時から、宝野さんと入れ替わることを考えていました。生徒会長が考えたのかどうかは定かではありませんが、私に顔や体型を隠せるようなものを与えたのは失策だったと言えるでしょう。正直、頭にだけ被り物をするってハンデなら私の巨乳は誤魔化せません。くひひ、上手くいきました」

「あの、花火も?」

「アレは保険と言うか、ただの嫌がらせだったんですけどね」

 俺は溜め息を吐いた。こいつの汚さに嘆息したのではない。待木は汚い。そんなこと知ってる。ゴキブリとウンコのハーフみたいな性根なんだ。世界一、いや、宇宙一汚い。スペースダーティだ。そう、まつきさんはがんばらない。

「軽蔑しました?」

「しねーよ。よくやったって褒め殺す」

 だいたい、仕掛けてきたのは向こうが先だ。目には目を。毒には毒を。

 俺は何も出来なかった。待木が代わりに汚いことをやってくれたんだ。

「ふうん、そうですかそうですか。じゃあ、何か期待してもいいんですかね」

 待木はニッと笑った。



 体育祭が終わった。

 季節は秋。冬には文化祭が控えている。

 俺たちウルトラメディアクリエイト部は百パー完全に許されたわけではないが、逆に言えば、今だけは許されている。

 なもんで皆気楽なもんだった。



「石高ー、食堂行こうよ、食堂」

 昼休みになって丹下院が話しかけてきた。こいつとは、出会ったころに比べれば仲良くなったような気もするが、飯を誘われたことはあんまりなかったりする。だから俺は怪しんだ。

「……おごらねえぞ」

「は? いや、別にそんなんいいし。つか、何だったらあたしが出すけど?」

「はあ?」

 丹下院が、金を出す?

 なぜだ。理由が分からん。分からんもんはすげー怖い。

 俺は無言で席を立ち、教室を出る。当たり前のように宝野が後ろから追いついてきて、二人で食堂へ向かうことにした。

「お前は今日何食べる?」

「ボクはロクスケと一緒でいいかなあ」

「ちょー、シカトとかなくない!?」

 俺と宝野が早足で歩いていると、泣きそうな顔の丹下院が横に並んできた。

「いや、だって怖いじゃん」

「怖くないから!」

 そう言って、丹下院は俺の腕に触れようとする。嫌な予感がしたので咄嗟に距離を取った。

「……逃げなくてもいいじゃん」

「他のやつと食ってくりゃいいじゃねえか。いつもはそうしてんだろ」

「ちげーし。事情が変わったんだっつーの」

 お前の事情とか知らねえし。

「石高。あんたさあ、今ちょっと、キテんだよね」

「キテる?」

「こないだの体育祭でさ、足早かったじゃん。めっちゃ頑張ってる感じだったじゃん。そんで……」

 俺は丹下院の言おうとしていることが分かった。つまりアレだ。我が世の春が来たのだ。モテキ到来である。

「そ、そうなの? え? なあ、マジで?」

 丹下院は嫌そうな顔で首肯した。

「人間っていつ化けるか分かんないから、今の内にキープしとこうかなーって思ってる子が出てきてんだよね」

「あ、そう」

 少し複雑だった。

「で? どうしてお前が俺と飯食うんだよ」

「決まってんじゃん。あたしのが前からあんたと一緒にいたのに、他のに盗られたらムカつかない?」

「別に俺はお前のじゃねえぞ」

「まー有り難く思っときなって。あたしがガードしてあげるって言ってんだからさー」

 えっ、必要なくね? 俺は(仮)で今モテてんだから余計なことされてもなあ。丹下院は特殊な交渉術も持ってねえんだし。

「ボディーガードなら必要ないよ。ボクがいるから」

 宝野がドヤ顔で言う。丹下院は鼻で笑った。

「いや、つーかあんたが石高に付き纏ってるからさ、二人はホモなんじゃないかとか言われてんだけど」

「よし。宝野アウト丹下インで」

「酷いよ!」

 ……まあ、俺の知らないところでモテてるとか言われてもなあ。実感ねえし。基本的にはどうだっていいや。



 皆気楽だが、一番酷いのは原先輩であった。

 彼女は生徒会長という任を終え、受験も推薦で楽々受かるとか本人が言い出してて……ああ、とにかく、先輩はダレていた。

 原先輩は真面目な人である。何事にも真剣に取り組む人である。だから、一度落ちればマイナス方面に傾くのは早かった。堕落に対しても真面目なのだ。ここには稀代のクズ、待木がいる。先輩はいつしか待木の影響を受けていたのだった。

「おはようござ……」

 放課後、部室に行くと原先輩がソファに寝そべってアニメを見ながらドーナツを食べていた。先輩はスカートがめくれ上がってパンツが丸見えになっていることにも気づいていない。ちっとも嬉しくない。もう慣れた。慣れは諦めだ。人を緩やかに停滞させ、後退させる。

「面白いですか、そのアニメ」

「頭を空っぽに出来るという点では他の追随を許さないのではないかと思います」

 原先輩はこっちを見ないまま答えた。

「そうですか」

 俺は荷物を置き、原先輩のパンツが見える位置に陣取る。丹下院に頭を叩かれそうになったが、回避して反撃した。



 部長の待木が到着したところで、俺たちは居住まいを正した。何でも、今日は重大な話し合いがあるらしい。

 待木は全員揃っているのを確認した後、満足したように何度も頷き始めた。

「くふふ。試練を一つ乗り越えたことで、皆さん、とてもいい顔をしていますね」

 そうだろうか。

「というわけで本日の議題は、文化祭の出し物について、です」

 あー、という声がそこかしこから上がった。そういやそうだ。忘れてた。

 俺たちウルトラメディアクリエイト部は何かしなくちゃいけない。で、その何かを文化祭で見せなくちゃあならない。

「メイド喫茶でいんじゃない?」

 丹下院は気楽そうに笑う。待木は冷たい目で彼女を見た。

「安直ですねえ。それにお化け屋敷とか言い出したら堪え切れず死ぬところでしたよ」

「えー? いいじゃんメイド喫茶。あたしはメイドとかやりたくないけどさー」

 俺は見ていた。部屋の隅で小林先輩が手を上げかけてすぐに下ろしていたのを。可哀想に。待木には配慮というものが足りない。

「宝野はなんかアイデアあるか? ほら、アメリカ帰りだし」

「向こうじゃ日本の文化祭みたいなものはなかったよ。ダンスパーティみたいなのはあったけど」

「ああ、そう」

 部屋の温度が二度くらい下がった気がする。

「ろく高くんは何かないのか?」

 俺に振られた。少しの間だけ考えてみたが、ろくなものは思いつかなかった。しかし。

「一応図画工作って言ってんだから、なんかこう、でかいの作ったらいいんじゃねえのかな」

「ヤですよ。大きい分だけ時間もかかりますし」

 待木がゲロを吐きそうな顔で言った。

「えー……じゃあお前はどうすんだよ、まっつん」

「何もしないをしましょうか」

 無職プーさんかよ。

 部長がこれじゃあまるで駄目だな。どうするものかと悩んでいると、原先輩がすっと立ち上がって、部室の中をうろうろとし始めた。

 原先輩はぴたりと止まり、窓の外を見つめ出す。

「ここの部室を少し片づけて、休憩所にしましょうか。……ああ、いえ、面倒ですね。どうにかして先生方に掛け合って、教室を一つ使わせてもらいましょう。そこに食堂から借りてきた椅子や机を置いて……」

「は、原先輩……?」

 俺たちは顔を見合わせた。

 馬鹿な。いや、最近はだらーっとしていた原先輩だけど、原先輩とは思えないほどの非生産的な発言である。つーか待木と被ってる。先輩から一切のオーラを感じられない。

 一番驚いていたのは小林先輩だった。彼女は常日頃『原には近づきたくない。やつに近づくくらいなら断食する』というくらい原先輩のことを苦手に思っているのに、自分から天敵に近づいていって不安そうに彼女の肩を揺さぶった。

「お前は三年で、最高学年で、元とはいえ生徒会長なんだぞっ。下級生を導くのがお前の仕事だろう!」

「……そういうことは二十歳超えてる方がやればいいんじゃないんですか?」

 小林先輩は絶句した。そんで泣きそうな顔になった。そんでもって助けを求めるように俺の方を見た。

 ――――なんて、無様。

 しかし女の涙には勝てやしない。俺は原先輩の前に立ち、すうと息を吸って、吐いた。

「先輩」

「なんですか」

「どうしてそう、やる気がないんですか」

 俺が聞くと、原先輩は物憂げな溜息を吐く。

「だって、そうしてる方が楽じゃないですか。期待しちゃうと疲れますし、裏切られたらとっても腹立たしいですし」

 そうして、先輩は俺をチラチラと見てきた。

「あーあー、石高くんがもっと私のことを好きになってくれればなー」

 ……そういうことか。困った人である。

 俺は待木をじろりと睨んだ。お前のせいでもあるんだぞ。

 待木は俺を見返して、へらりと笑った。あ、こいつ……!

「よく分かりませんが、俺は今の先輩より、いつもの先輩の方が好きですよ。何事にも真剣に取り組む先輩が好きなんです」

「…………いつもの、私?」

「そ、そうです」

「じゃあ、石高くんにめっちゃボディタッチとかしていいんですか」

 苦渋の決断であったが、俺は頷いた。

「一日百回くらいメール送っても引きませんか?」

「ま、まあ」

「色々しても拒否しませんか?」

「色々ってなんですか。まあ、常識の範囲内なら」

「……そうですか」

 原先輩は急に黙り込み、真面目な顔をして何かを考え始める。そうかと思えば、とても邪悪な笑みを浮かべたりして『やっちゃえばどうにでもなるんちゃうかなあ』なんてぶつぶつ言っている。怖い。

「うーん。では、作りましょうか。出来る限り、大きいものを。文化祭は十二月の頭ですから、クリスマスツリーとか」

 ああ、それはいいな。クリスマスツリーか。うん。よさそう。

 俺は他の皆を見回してみる。


「いいんじゃないかな。ボクはそういうの好きだよ」

「……よかった。ありがとう、ろく高くん。原が元に戻った……」

「ええーー、ツリーとか見んのはいーけど作るのは……あー、ウソウソ。超やりたいって、楽しみだって。だーらそんな目で見ないでよ」


 皆の受けもおおむねよさそうだ。

「待木、お前はどう思う?」

 待木は腕を組み(これ見よがしに胸を強調しやがって)、ふうむと唸る。

「生徒や先生の受けも悪くなさそうですね。生徒会へも『これやで』と胸を張って言えそうです」

「じゃ、原先輩のアイデアを採用するってことでいいよな?」

「はい。材料辺りも、金の力でどうにでもなるでしょう。アレですよね? モミノキを持ってくればいいんですよね?」

 待木家の財力は心強いが、どこか空恐ろしさも感じる。

 ともかく、俺たちは文化祭で馬鹿でっかいクリスマスツリーを作るってことに決まった。

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