カクセイスルセカイ(堂堂たる人生を)
始業式の翌日。授業が普通に始まって、約一か月ぶりのそれがかなり身に染みて堪えた日。
「大変です!」
放課後のウルトラメディアクリエイト完全世界部の部室に、原先輩がやってきた。
原先輩がやって来るのはいつものことだ。ただ、この人が血相変えて焦っているってのは珍しい。先輩以外のメンバーはいったん手を止めて、彼女を見た。
「明日、生徒会の交代式があるんです」
「……ああ、そういえばそうだったな」
と、小林先輩はなんでもなさそうに言う。
「交代式ってことは、先輩は生徒会長じゃなくなるってことなんですよね」
「そ、そうなんです。そこが問題なんです」
ん? それの何が問題なんだ?
俺が不思議に思っていると、原先輩は息を整えてきりっとした顔つきになった。
「この部室についてです。今までは私が生徒会長の権限をふんだんに使って話題を逸らしたり、無理矢理押し通すことで私たちだけの物にしていましたが……」
あ、そうか。原先輩が生徒会長じゃなくなったら、新しい生徒会長に代わって、えーと、俺たちはどうなるんだ?
「次期生徒会長は、現生徒会書記の二年生、梶くんになります」
あー、と、丹下院が納得したような声を上げる。
「こないだのやつの名前、確かそんなんだったわ。で? なんなんスか。そいつが生徒会長になったらやばいんすか」
「やばいっす。結論から言ってしまえば、図画工作部はこの部室を取り上げられることになるでしょう」
「……は?」
ソファで寝転がっていた待木が立ち上がった。
「冗談ですよね? まずいですよ。部室を取り上げられるだけならまだしも、そんな人が生徒会長になったら部活動の存続にまで害が及びかねません」
「とはいえ梶くんは真面目な人ですからねえ。いやはや、はやや」
なんか。なんというか。原先輩がどうでもよさそうな感じだ。待木も彼女のそんな雰囲気を察したのか、咎めるような目で先輩をねめつける。
「どうなってもいいってんですか。部活がなくなっても構わないと言うんですか」
すると、原先輩の顔から感情が消えた。ように思えた。彼女は誤魔化すような笑みを浮かべたが、完全には誤魔化し切れていない。俺たちを嘲るかのごとく、冷たい種類の笑顔が貼りついていた。
「私だって何もしなかったわけじゃあありません。でも、そうかもしれませんね。だって、私は来年、ここにはいられないんですから」
原先輩がそう言うと、小林先輩は辛そうに目を瞑る。
そう、か。当たり前だけど、三年生の二人は卒業しちゃうんだよな。
「拗ねてるのかと聞かれれば否定は出来ません。心のどこかでは、私がいないこの場所なんてなくなってしまえばいい。そんな風に思っているのかもしれません」
「……原。私たちは」
小林先輩が原先輩を宥めようとしたが、彼女は聞く耳を持たなかった。何故なら原先輩は気が動転している訳ではなく、いたって冷静だったからだ。
「出来る限りのことはしますし、今もしています。でも、私に出来ることにも限界はあります。そのことは忘れないでください」
何ともいえない空気が場に停滞して、そいつを作り出した原先輩はいたたまれなくなったのか、部室を出て行ってしまう。俺は彼女の後を追いかけたが、先輩の足はかなり速い。二階の踊り場でやっと追いつくことが出来た。
「何か、用でもあるんですか」
「先輩。俺は先輩のことを信じていますよ。だから、もうちょっとだけ俺たちのことも信用してください」
「……何を言っているのかよく分かりません」
先輩はこっちを見ない。
「だいたい、部室がどうとか部活がどうなるかなんて、悪いのは俺たちなんですよ。主に、俺と待木のせいなんだ。先輩は一度図画工作部……同好会を潰そうとしたけど、今までずっと守ってくれたじゃないですか」
そうだ。
俺たちは――――いいや、俺は問題を先送りにしてきただけなんだ。
「決める時が来たんだって思いました」
「決める、ですか。それはたぶん、皆にとって大事なことなんですよね」
「俺は、部活ってのをやってみたかったんですよ。きっと」
「……分かりました。さっきも言いましたが、交代式は明日です。明日の今頃、私は生徒会長じゃあなくなっています。ですから、これで私はただの原里美で、ヒラの部員です」
原先輩は振り向き、冷たい顔ではなく、見る者を蕩けさせるような笑顔を浮かべてみせた。
「頑張れ、部長」
「……部長?」
いや、部長は俺じゃなくて待木なんですけど。
「待木さんが初めて部の設立の申請書を私のところに持って来た時、そこには二つの名前がありました。一つは自分の名前。もう一つは石高君、あなたの名前。そして、石高君のところには『部長』ということも付け加えられていました」
「なんで、そんな」
「自分はあくまで部長代理だからと、待木さんは言っていましたよ」
それじゃあねと先輩は手を振る。俺は、他の人がいることも関わらず、大きな声でまた明日と叫んだ。彼女は恥ずかしそうに手を振り返してくれた。
次の日の放課後。原先輩は色々とやってくれていたみたいだが、あえなく、部室に新生徒会長がやってきた。彼の名前は梶。背は俺と同じくらいで、眼鏡をかけていて、鋭い眼差しとぴりっとした空気を振りまく男だった。顔立ちは整っているが常に不機嫌そうだから女子からの受けもよくなさそう(であって欲しい)。
部室にはウルトラメディアクリエイト部の全員がいた。梶は部室の中を見回してから、最後に原先輩に視線を向けて、溜め息を吐く。
「先輩。あなたが庇っていたのは、こういう場所だったんですね。こんな……」
失望した。梶の目はそう言っていた。
「実際に自分の目で見てようく分かりました。図画工作部とは名ばかりの見るに堪えない惨状。他にきっちりとした活動をしている文科系の部活もあるんですよ。一刻も早くここを明け渡した方がよさそうですね」
「はあー? イケメンだからって何言っても許されるとか思ってんの?」
丹下院が噛みつくが、俺はとても嫌な予感がした。
「素行の悪い方もいるようです。いつ問題を起こさないとも限らない。それは、原先輩。あなたも言っていたことではありませんか」
「……梶君。あなたは何をしにここへ来たんですか?」
「冷たいですね」
梶は眼鏡の位置を直して待木を見る。
「前生徒会長の方針とは違うんですよ。僕はあなたたちを見過ごせない」
「だから、どうするってんですか?」
「本来ならすぐにでも部室を没収して廃部にしたいところですが、物事はどうにも上手く運ばないものです」
うぜえ。ラノベの主人公みたいな喋り方しくさって。
「ああ、なるほど。何か条件があると。そいつをクリアすれば、部室の没収も廃部についても前言を撤回するってやつですか?」
「その通りです。認めたくはないですがね」
梶はやれやれと言わんばかりに肩を竦める。……ここか。原先輩はきっと、問答無用での廃部を防いでくれたんだろう。もしかすると、瑞沢先生も一言言ってくれたのかもしれないな。
「それで、どんな条件ですか?」
ソファの上で胡坐をかいていた待木が、何故か立ち上がって梶を見下ろし始める。必死だな、こいつ。
「他の部活動からクレームが入っています。それも、いくつも」
「えっ、そうなの?」
「前生徒会長が握り潰していたようですがね」
梶は原先輩を見据える。彼女は氷のように冷たそうな目から逃げないで笑顔を浮かべた。
「今から言う条件は生徒会からではなく、他の部からのものだと思ってください。『体育祭の部活動対抗リレーでケリをつける』。これが条件です」
俺たちは少しの間だけ呆気にとられてしまう。えーと、条件って、そんなんでいいのか?
「異例ですが文科系の熱意に負けました。もちろん、あなた方が一着を取れなければ条件は未達成となり、部室は没収します」
ちょっと頭が追いつけていないが、待木は手を上げてアホっぽく『しつもーん』とか言っていた。
「私たちの相手は文科系の部なんですよね?」
「そうです」
「リレーの組み合わせはどうなるんですか?」
「ああ、こちらで操作……もとい、条件を達成出来るような組み合わせにします」
嘘みたいだが、肉体言語でケリをつけようってんなら悪い話じゃない。むしろややこしいことじゃないんなら願ったり叶ったりだ。相手がパソコン部だとか文芸部だとかなら充分に勝ち目はある。何せこっちには宝野がいるんだ。原先輩だって足は速い。正直ぶっちぎりで勝てる自信しかない。ホンマありがとうな。
「その条件、受けましょう!」
どうやら待木もその辺のことに気づいたらしい。
「そうですか。それでは体育祭は来週ですので頑張ってください。それから、条件はもう一つあります」
はあ!? とか、ふざけんなボケ、とか、皆が声を上げた。だけど、俺以外のメンバーは思い違いをしているらしい。悪いのは梶じゃない。俺たちの方じゃないか。
「これは生徒会からの、いわば正式な条件です。と、言いますか、条件とするにしてはあまりにもなものなのですが」
「御託はいいから」
「はあ、簡単なことです。あなた方は図画工作部なのですから、その活動成果を見せてください。それだけです」
皆が黙った。丹下院だけは『え? ここって図画工作部だっけ?』 みたいな顔をしていたが。
「どうやって見せろって言うんですか」
「はあ? 簡単なことですけど? 文化祭があるじゃあないですか」
あー、なるほど。そういやそんなもんあったっけ。去年はすげえミニスカのメイド喫茶があったなあってことしか覚えてない。
待木も妙な敵愾心を燃やしていたが、正論には逆らえない。梶は俺たちからの質問がないことを確認して、それではとさっさと部屋から出て行った。
宝野はうーんと可愛らしく唸ってから俺を見てきた。
「……話を整理すると、体育祭のリレーで僕たちが勝たなきゃいけなくて、文化祭で図画工作部らしい何かをしなきゃいけないってことだね」
「ふ。ふっふ、はっはっは。イージーな問題じゃあないですか! 余裕ですよ余裕!」
果たしてそうだろうか。
よくよく考えてみれば、文科系の部活がなんだって体育祭の種目で喧嘩を売って来るんだ? 何か、すげー嫌な予感がする。
しかし、待木を筆頭にお気楽な人たちは今日から走り込みだとか言って騒いでいる。やる気に水を差す必要もないだろうし、俺も少しくらいは勘を取り戻さなきゃいけないだろう。足を引っ張ることだけはしたくない。
「いやー、昨日はかなり走り込みましたねー」
「……ゲームでな」
「かなりハイパーなオリンピックでしたね」
次の日の放課後。待木は部室で漫画を読みながらへらへらと笑っていた。
「そんなんで大丈夫かよ」
「へーきへーき。と言いますか、どうしようもないって言った方が正しいかもですね。体育祭まで一週間しかありませんから。それまでに羽根が生えてくる訳でもなく、亀は亀のままなんですよ」
「練習したって悪あがきにしかならないってことか?」
「はい。それともう一つ、気になっていることがあります」
待木は指を一本立てて俺をじっと見る。
「センパイも気になりませんでしたか。何故、文系ごときが体育祭で喧嘩を売ってきたのか。っていうか勝負するんなら自分たちが有利になるものを提示するでしょう」
「あ、うん。俺も確かに気になってたんだよ」
「勝算があるからこそ仕掛けてきたんだと見るべきです。そして、私たちは何をやられるのかさっぱり皆目見当もついていません。だから備えたって無駄なんですよ。むしろ下手な計画を練って対応出来なくなる方がまずいじゃあないですか」
その言い分はもっともな気がする。
「私が入手した情報によると、部活対抗リレーは五人一組で行う競技のようです。いいですか。四ではなく六でもない。五。五人なんです」
それがなんだってんだ。
「こちらには足の速い方がいます。宝野さんと原前会長でスタートダッシュを仕掛けて、小林先輩とニコチン中毒が玉に瑕の丹下院さんでリードを守り、最後は石高センパイにとどめを刺してもらうんです。私たちと一緒に走るのがどの部活なのかは分かりませんが、我々の運動能力に匹敵する文科系の部活があるとは思えません」
「あれ? お前は出ないの?」
「だって私、足が遅いですもん。部長ですし。部員を使ってナンボってもんでしょう」
「まあ、それっきゃねえか」
ある程度は警戒しなきゃいけないかもしれないけど、あの新しい生徒会長も汚い真似をしないだろう。どっちかと言えば体育祭での条件はおまけなんだ。俺たちは文科系。文化祭での活動内容こそが大事なんだ。
「一応、こっちでもやれるだけのことはやるつもりですがね」
くっくっく、と、待木は悪人みたいに笑った。
あっという間に時は経つ。
9月14日、体育祭の当日は晴れだった。どうせなら雨が降って中止になっちまえばよかったのに。
「地震でも起こって部活対抗リレーに出るやつ皆死ねばいいのに。センパイもそう思いませんか?」
「何言ってんだか」
とにもかくにも、もうじき本番が始まる。俺も宝野と一緒にトレーニングというか、勘を取り戻す為に色々やったが、正直言って自信はない。勝てるかどうかは神様のご機嫌次第というやつだろう。
開会式、入場行進、百メートル走の種目が始まる。俺と丹下院は自分のクラスの応援席の椅子に座り、出番が来るまでの間、ぼんやりとしていた。
「なー、勝てるかなー、うちら」
丹下院は俺の方を見ないまま言った。
「……うちらって、このクラス?」
「や、部活のに決まってんじゃん」
「ああ。……どうだろうなあ」
あっ、レース中の樋山くんがこけた。
その後、競技は始まって終わっていった。俺は玉入れや棒引きに参加しつつ体力を温存していた。
部活対抗リレーは午後の競技だ。昼休みの後、応援合戦があり、いくつかの種目が終わり、その後で行われる。ちなみに体育祭の最後はクラス対抗リレーらしい。エンジョイ勢の俺はもちろんそれには出ない。クラス対抗はガチ勢で構成されたガチ勢の為のガチリレーである。
「う、ぐっ、あ、おおおおお……悪いな、石高……」
「重いんだよデブ」
「弱り目に祟り目だぞ!?」
午前の部が終わって昼休み。俺はふらふらになった樋山くんに肩を貸して教室に戻った。
「本番前に疲れさせやがってよう」
「本番? 石高ってなんか出るっけ?」
「ああー?」
教室に到着したので、俺は樋山くんを床に投げ捨てた。下手な受け身を取った樋山くんは背中を痛めて悶絶する。彼はそのまま自分の席まで転がっていった。
俺は鞄から弁当(めぐお手製)を取り出して樋山くんの席へ向かう。
「出るんだよ。部活対抗リレー」
「あー。それな」
樋山くんはでっかい弁当箱の蓋を開けてげへへと笑った。
「何かひと悶着あるんだろ、お前らんとこ。ほら、部室の問題みたいなんでさ」
樋山くんはパソコン部だ。彼らは既に部室を与えられているので、ウルトラメディアクリエイト部と敵対していない。樋山くんが敵だったら、出会って三秒でアックスボンバーを叩き込んでいるところだ。
「まあな。で、勝たなきゃ部室を取られんだよ」
「へー。大変だな。勝てんの?」
「大丈夫じゃねえかな。確か、相手は書道部と手芸部と……まあ、大したことない連中っぽいし」
今の今まで平和だ。何も問題はない。起こる気配もない。
「すげー自信だな。でも」
樋山くんが何か言いかけた時、チャイムが鳴って校内放送が始まった。怪我には気を付けましょうだの、水分はしっかり取りましょうとか言っている。
『また、午後の部活対抗リレーの組み合わせが変更されました』
ん?
『第三レースですが、陸上部、書道部、図画工作部、お菓子クラブの四つの部活動で頑張ることになりました。よろしくお願いします』
「…………んん?」
レースの組み合わせ、変更?
「あっ。今、書道部って言ったよな。で、お前らは図画工作部だよな?」
「箸を向けてくるなよ」
「書道部はやべーぞ。他の部のやつらが噂してた」
「何を」
あっ、すごく嫌な予感がしてきた。
「傭兵だよ。傭兵を雇ったらしいんだ」
「……はあ?」
「いや、足の速い運動部のやつらを書道部と掛け持ちさせたとか言ってたけど」
「はあっ!?」
なんだそりゃ!? 傭兵って、クソボケ! そこまでやるか! つーか、陸上部と走らされるのかよ!
完全に予想外というか、そこまで考えてなかった。そうか、そういう手段もあったのか。
「はっは、全然大丈夫じゃなさそうだな」
だが、これで勝負はイーブンになったって感じだ。ぶっちゃけ余裕で勝っちゃうからごめんな的な感情があったのは否めない。はっはっは、だがな! これで面白くなってきやがった・ぜ!
午後の部が始まった。
俺たちウルトラメディアクリエイト部は作戦会議の為、グラウンドの隅で集まることになった。が、宝野が姿を見せない。クソでもしてんのかあの野郎。
「皆さん、お昼休みの放送は聞きましたか?」
皆が頷き、原先輩が、はあ、と、溜め息を吐く。
「実は、書道部には梶君も在籍しているんです」
なんだとう。
「組み合わせを変更しただけじゃなく、なんか、傭兵まで雇ったとか聞いたんですけど」
「おのれ邪気……なんと汚い真似を」
けしからん。なんとけしからん。
「すげーけしからんケツだな」
「あっ! 石高てめーさっきからチアばっか見てんじゃねえっつーの!」
「いだっ、ケツ蹴るな!」
俺は丹下院のケツを蹴り返した。
「ああいっ!? ウッソ!? お前、えー、マジで……」
「痛い? 摩ってやろうか?」
「死ね!」
俺は待木と一緒になってげらげらと笑った。ダメージの回復した丹下院は立ち上がりざまパンチを仕掛けてきたが、俺はひらりと躱す。
「クソっ! つーか、陸上部と一緒に走るとか勝ち目なくね?」
「いえ、陸上部にはスタートから一分経たなければ走れないのと、アンカーはトラック一周というハンデがありますから、正直どうでもいいくらいです。問題は他にあります」
「……傭兵。書道部には運動部が揃っているということか。原、梶って子は足が速いのか?」
「梶君も脅威ではありません。というか書道部もぶっちゃけどうにでもなります」
「だったら何が問題なんですか」
「えっ、気づいてないんですか。私たちは書道部、陸上部、そしてお菓子クラブと争うんですよ。そしてお菓子クラブには瑞沢先生がいます」
あっ。
「で、でも、先生は関係ないんじゃ……」
「いえ。お菓子クラブのリレー参加者に欠員が出たようです。確か、三年の東山さんだったと思うんですが」
「怪我か病気でも?」
原先輩は眉間にしわを寄せる。
「サボりでしょうね。東山さんも小林さんと肩を並べるくらいのサボり魔ですから」
「で、その人の穴埋めに瑞沢先生が出る、と」
「オーガ出んの!? 勝ち目ないじゃん!」
事態は思ってたより悪くなっていた。どうすんだよ。
「みんな、遅れてごめん!」
雲行きが怪しくなって来た時、救世主が登場した。宝野である。そ、そうだ。うちにはエースがいるんだった。
が、宝野は俺の服の裾をぎゅっと掴んでもじもじとし始めた。なんだ?
「あ、あの、ごめん」
「……何が?」
「僕、リレーに出られなくなっちゃったんだ」
一瞬、時が凍りついた。宝野が何を言っているのか分からなかった。
「え? え? うん? はあ?」
「冗談ですよね?」
「さ、さっき生徒会長が来てね、君は体育祭の実行委員だからって。僕の担当、部活対抗リレーなんだって。だから出られないよって」
原先輩が笑顔のまま固まっていた。
「はあああああっ!? あたし、文句言ってくる! あの陰キャラ汚くない!?」
「ご、ごめん。本当にごめんね」
宝野は半泣きだった。俺たちのところに来るまで、泣くのを必死に我慢していたのかもしれない。
「待てって。文句言ってもどうにもならねえと思うぞ」
「だったらどうすんの?」
「そうだな……」
俺は、頭の中で自分たちの置かれた状況を確認した。
相手は陸上部と書道部とお菓子クラブだ。
陸上部にはハンデがある。
書道部は足の速いやつを迎え入れている。
お菓子クラブには瑞沢がいる。
宝野は妨害工作によって出られなくなった。
なるほど。なるほどな。
「こうなると、オーガをこっち側に引き入れるしかないんじゃね?」
「いや、難しいと思いますよ」と待木が反論してくる。
「お菓子クラブの状況はともかく、私たちには大きな穴があります」
俺以外のメンバーは不思議そうに待木を見た。穴ってのが何か分かっていないらしい。
「私ですよ」
待木は自嘲気味に笑む。
「私たちは部員が六人いるんです。だから宝野さんと交代で走るシックスマンの存在こそ、巨大な穴なのです」
「……そうか。瑞沢先生を呼ぶまでもない。控えがいるなら待木ちゃんは交代して走るしかないのか」
「え? 何? 部長って足、遅いの?」
「はい! 無論です!」
「えばんなや!」
そもそも、宝野と瑞沢の交代は認められないだろうな。その辺まで根回ししてるくさい。梶め。思ってたより狡いじゃねえか。
「しゃあねえ。まっすぐやろう。真っ向から行けばどうにかなるって」
「え?」
「は?」
俺は全員から白い目で見られた。なんで。
「ろく高くんが、まっすぐ……?」
「うるさいですよ。とにかく、順番を決めよう」
こうなりゃ本気でやるしかねえ。




