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カクセイスルセカイ(彼女は意外と速く歩く)

 セミだって茹だって死にたくなるようなジリジリとした日差しの下、俺と待木は睨み合っていた。

「……『さらば那由他よ』」

「合ってます」

「じゃ、次行くぞ」

「『恋のドキドキオートマティスム』」

「正解」

「じゃあ次は……」


「ねえ、あんたら何やってんの?」


 鎬を削っていると、間抜け面を晒している丹下院がやってきた。

「暇だったのでイントロクイズをしていたんですよ。アニソン縛りで」

「いや、イントロって。何も音が聞こえてなかったし」

「まあ身内読みってやつですよね。イントロが流れる前の空白の時間や、お互いの今までの出題傾向から予想して答えてるんですよ」

「それってイントロなん?」

「うるさいですよ泣き虫リューコちゃん」

「おまっ、石高要らんこと言ったろ!」

「そりゃ言うよ。言うに決まってんじゃん」



『古本市とやらがあるそうですね。明日、10時に現地集合。来なかった人は、どっちがスムージーでどっちがゲロなのかを目隠しで当ててもらいます』



 待木からのクソみたいなメールが届いたのは七月の最終日のことだった。古本市をどこで嗅ぎつけたのか、まったく。

 しかし罰ゲームは嫌だったし、何より普通に暇だったので俺は古本市へ行くことを決めた。ユキさんの手伝いも出来たら万々歳だし。

「しかし、あっちーな」

 俺は空を見た。目が潰れそうなくらい燦々眩しかった。めぐに持たされたタオルで額の汗を拭い、会場の様子を見た。

 古本市の会場は大きな公園だ。ついさっき、ノイズ交じりの拡声器がイベントが始まったのを告げていた。

「これであと三人ですね。宝野遥、小林棗、原里美。さて、誰がベベタになるでしょう」

「順位は関係あるのか?」

「特にありませんが、ビリの人には今日一日思いっきりため口を聞こうと思っています」

 なんて意地の悪い女だ。

 俺は日陰を探す。公園の塀の傍にでけえ木が枝を伸ばしていた。その下に入って屈みこむ。すると、丹下院が缶ジュースをこっちに突きつけてきた。

「ん」

「何、くれんの?」

「要らないんならあたしが飲むし」

「もらうって。ありがとな」

 やっぱり夏は炭酸が美味い。けど丹下院め、どういう風の吹き回しだ。

「毒とか入ってないよな」と冗談めかして言うと、丹下院はああと呻くように声を出した。

「薬なら入れてもよかったけどね」

 ……俺をハメようとしてやがるな、こいつ。騙されないようにしよう。笑うとすげえ可愛かったけど。



 五分ほど経つと、小林先輩と原先輩が二人で連れ立ってやってきた。小林先輩はこないだ見たのと同じ残念な格好だった。そして原先輩は、

「こっくだっかくーん、うふふふ、待ったー?」

「うわあ、露骨。マンガじゃん」

 白いワンピースが原先輩自身の疾走によって翻る。振り回しているバスケットには何が入っているんだろう。あと、サンダルで走りづらくないんだろうか。麦わら帽子じゃなくて普通のキャップなのが口惜しい。どうせなら被れよ。麦わらを。

「すごいですね原生徒会長は。バックにひまわり背負ってたら、完全に一昔前のギャルゲーの一枚絵ですよ。CG回収ですよ」

「まあ、すげえ似合うんだけどな」

 あのコーデは美人にしか出来まい。

「こくだかくーん、待ってないよーって言ってくださいよー。……早く」

「ひっ、後ろを取らないで!」

 見た目は清楚だが中身は獣の原先輩と、アイスを両手に持った小林先輩が合流した。

「……おはよう、ろく高くん。あ、アイス食べる?」

「結構です」

 棒アイスを押しつけてくる小林先輩から逃れようとする前に、俺は丹下院に突き飛ばされた。

「せ、先輩っ。あ、あたしがもらってもいいっすか?」

「うん、どうぞ」

「あざーす! いくら払えばいいっすか。あっ、向こうに屋台があるんですけど、何でも言ってください。何でも買ってきますんで。あと、センパイすげーいいっすねその服とか!」

 待木は目を見開いて、それからくつくつと意地悪い笑みを浮かべた。小物キャラになった丹下院を馬鹿にしているのだろうか。

「やべー、めっちゃ面白いですね。このままクレイジーサイコレズ路線で、ゲイン先輩のHOTワードはiPS細胞です。安心して、すべてがLになるから。みたいなことになったらどうなってしまうんですかね」

「これで来てないのは宝野だけになったか」

 珍しいこともあるものだ。宝野は時間には正確……とまではいかないが、遅刻をしない。何かあったのかもしれないな。少し心配だ。

「まったく、これだからアメリカ帰りは……」

「おい、宝野のことを悪く……あ、ああああ?」

「おや? どうされました?」

 ま、待木! こいつ、ショルダーバッグの紐を胸の谷間に……! やたらぴっちりしたシャツ着てるじゃねえか誘ってんのかよチクショウとか思ってたらこれが狙いか。

「おやおやー? ど・う・さ・れ・ま・し・たー?」

「やめろーっ、俺の頭の中のルチャドールがラ・ケブラーダを! ラ・ケブラーダを!」

 上目遣い×パイスラ×底意地の悪い笑顔=破壊力。宝野のことなど頭から一瞬で追い出されてしまった。

「ごめーん、遅れちゃった! ちょっと妊婦さんを助けてて」

「これで全員揃いましたね。おら、行くぞ宝野」

「えっ、ぼ、僕、先輩なんだけど……? というか急に言葉遣いが……」



 ユキさんのところへ向かうまでの間、待木は俺にぴったりと身体を寄せるどころか腕まで組んできた。

「暑いからやめろよ」

「またまたー、死ぬほど嬉しいくせに何を言ってんですか。柔らかな胸の感触に、センパイの柔らかい部分が固く……まあ、いいじゃないですか。最近、全然会えなかったんですから。マジでびっくりしました。私、部長ヒロインなんですけど」

 やばいな。俺の待木への好感度がぐんぐん上昇していく。このままでは俺はこいつのことを好きになってしまいそうだ。

「くっ、頼む……! 何か、俺を幻滅させるようなことを言ってくれ」

「実は私、あるロボットのゲームで負ける度にファンメ送ってます。『ふざけんな、死ね。チャロンやってろグッピー』って」

 それくらいじゃ弱いな。

「うーん。というかですね。別に私は、センパイの、私への好感度が上がることに関しては強く問題視していないんですけど。むしろ上がりまくって欲しいくらいなんですよ。その方が最後に落とす時の破壊力がダンチですからね。今はバフをかけまくってる状態です」

 持ち上げて落とすつもりなのか。

「ちょーっと二人で何暑苦しいことしてんのー?」

「わっ」あ、この感触は。

 俺は背中から丹下院に抱き着かれたらしい。ふと冷静になると、こいつも露出度高めの格好をしている。素晴らしいサマー。

 待木は微妙に不機嫌そうな顔になって、俺から少しだけ離れた。

「タンゲイナーさんは小林先輩と遊んでいればいいじゃないですか」

「ふーん?」

 あっ、丹下院が底意地の悪い笑顔になった。

「部長はー、石高が好きなん? あーしはー、結構好きだけどなー」

「えっ、マジで! じゃあなんかエロイことさせてくれよ!」

「どうしよっかなー?」

 掌の上でコロコロされてるのは分かっているが、本能には抗えない。

 そしてエロイというWordを聞きつけた原先輩がこっちにやってきた(たぶんカッという効果音と共にカットインが入った)。

「私を呼びましたか!」

「くっ、させるか!」

 先輩が俺の後ろを取ろうとしたので、振り向いて対応する。先輩の伸ばしてきた腕をがっちりとキャッチして、プロレスで言うところのロックアップ状態に持ち込んだ。つーかこの人、力強っ。

「はあはあ、恋人繋ぎなんて、石高くんは大胆ですね。ラブコメの波動を感じます」

「一ミリたりとも感じねえ!」

「この腕であなたを今夜落として見せるこの私!」

「くそう、一応抵抗してみせるこの俺!」

 誰かーっ。

「ヘイ、早くセンパイを助けろよ宝野」

「その生意気な口の利き方はロスなら即銃殺ものだけど。とあーっ! ロクスケ!」

 宝野が高高度から飛び蹴りを放つも、原先輩は回し受けで防ぐ。

 待木にタメ口で命令された宝野だが、とりあえず助けてくれた。先輩は宝野の能力を警戒してか、彼から距離を取る。

「Haruka 3:16 says ロクスケの敵はボクが排除する!」

「邪魔すんなや小娘がァ!」

 さーて、二人は無視してユキさんのところへ急ごう。



 テントが立ち並んでいるところを歩いていると、『榊原書店』の看板を発見した。俺は急いでそこに向かう。

 榊原書店の時と変わらない格好をしているユキさんは、僅かに顔を上げた。そうしてから、いつもと同じく薄く微笑んでくれる。

「あら、皆さんも。わざわざ来てくださったんですか?」

「俺は手伝いに来ました。あっ、よかったら店番代わりますよ」

「ふふ、まだ始まったばかりですから。ああ、テントの中に入ってくださいな。この陽気ですから、ここまで来るのも大変だったでしょう」

 そう言うユキさんの顔は涼しげだ。

「ここはお言葉に甘えましょう」と、さっきまでテンション高めで俺を弄っていた待木が、へろへろの身体で日陰に入り込む。やはりこいつは根っからのインドアだ。

 丹下院はウンコ座りで本をじろじろと見ている。こいつ、絶対本とか読まねえだろうな。

 さて、何か手伝うことはあるだろうかとユキさんが口を開くのを待っていると、彼女が俺の顔をじっと見ていることに気づいた。

「こ……禄助さん、汗が……」

「え?」

 ユキさんはハンカチを取り出して椅子から立ち上がりかける。

「あ、いえ、何でもないんですよ?」

 嘘だ。俺の額から流れる煌めく汗を拭ってくれようとしていたはずだ。何故だ。どうしてその行為を途中で止めてしまったんだ。

 しかし俺は聞き逃さなかった。ユキさんは俺ことコクダカ・ロクスケのことを禄助さんと下の名前で呼んだのである。

「ろく、すけ、さん?」

 不思議だねと言わんばかりの顔で固まる原先輩。

「た、ただのアルバイト店員を名前で呼ぶのって何だか妙と言うか、おかしいような気がしますネェ。そういうのっていけないんじゃないんですか」

「禄助さんは約束された将来の人ですから」

「は? 何をおっしゃってるんですか。この暑さで頭がやられてしまったんですか?」

「……原。お前は誰にでも噛みつき過ぎだ」

 小林先輩がどうどうと宥めるも、原先輩はヤマアラシのように刺々しい。触るものを全て傷つける。

「いいんですよ。若いって、そういう行き場のないものをぶつけたくなりますから」

「しっ、しかも余裕綽々……」

 原先輩は泡を吹きそうなくらいテンパっていた。これは珍しい。


 ユキさん>原先輩


 この図式が俺の頭の中のメモ帳で出来上がった。

「ロクスケ。さっき見たんだけど、ここは本以外も売ってていいのかい?」

「あー、そういや屋台とかあったよな」

 ちらりと小林先輩を見遣ると、既にイカ焼きの串を装備していた。

「古本市と言ってもお祭りみたいなものですから。色々と見て回ってみてはいかがでしょうか」

「あー、そっスねー。でもどうせ商店街のアレなんでー、あたしは別にっつーかー」

「……そういえば、たこ焼きが売ってた。行ってくる」

「オトモしますんで!」

 小林先輩は機敏な動きでどこかへと向かう。その後ろを丹下院が追いかけていった。足取りの怪しい原先輩も、冷たいものを買って来るとかで立ち去ってしまう。

「こういうの初めてだから、僕も行ってこようかな」

「禄助さんも見て回ってきては」

「あ、俺はいいっす。店番やるんで。ユキさんこそどうですか」

 ユキさんはきょとんとした顔になった。

「や、俺も別に目的があってここに来たってわけじゃないんすよ。そこで椅子に座ってプールサイドのお母さんみたいにダレてるやつに連れてこられただけなんで」

 古本市に行こうぜ発案者の待木はノックダウン寸前のボクサーみたいな有様である。インドア派なのに無理するから。

「強いて言うならユキさんに会いに来たって感じっすね」

「え、ええと……それは、ありがとうございます」

 ユキさんはハンカチで自分の汗を拭い始めた。流石に昼が近くなると暑さが増すな。

「では、お言葉に甘えさせていただきますね。後ろの方で涼ませてもらいます。何かあったら遠慮なく呼んでください」

「オッケーっす!」



 店番を始めてから一時間程度が経った。榊原書店(出張版)には誰も立ち寄らないだろうと思っていたが、常連さんや、ユキさんの知り合いみたいな人が入れ代わり立ち代わり顔を見せに来た。意外である。その度に微妙な顔で『お前がかよー?』 みたいな風に見られるのは何故だろう。

 そろそろ俺も腹が減ってきたという頃合いで、瑞沢せんせーが姿を見せた。クーラーボックスを担いでいるが、その姿はさながら、棺桶を背負ったターミネーターである。平和な妖精の谷に悪魔がやってきた。

「あっ、何をしてるんだ」

 せんせーは俺を見るなりこう言った。またアレか。何か文句を言うつもりなんだろう。

「姉さんが裏に引っ込んでいてどうするんだ」

「……は? 凜乃、現れたかと思えば何を。禄助さんは」

 先生は担いでいたクーラーボックスを地面に下ろす。かぱっと蓋を開けると、中に顔を突っ込みたくなるくらい冷たそうなものが入っていた。

「おー、アイス。差し入れっすか」

「お前たちが来ているだろうと思ってな。来ていなくても、周りの店の人に配ろうと思っていた」

「鬼の目にも涙ですね。いただきましょう」

「あれっ、今、鬼とか言われた?」

「気のせいです」

 待木は食べたら触感がガリガリしそうな棒のアイスを見つめて冷笑を浮かべた。どうせ庶民はこういうの食べてるんだーとか思ってんだろうな。

「うわあ、六十円って」

「言うなよ!」 美味いんだから!

「石高も好きなやつを選べよ」

 何か今日の先生は優しいな。すごくいい先生っぽい。

「せんせー、他の皆には会いましたか?」

「ああ、ここに来る途中で会ったぞ。夏休みを楽しんでいるようでよかったな。……原だけは妙な様子だったが、まあいいか」

 そう言うと、せんせーは俺の身体を椅子の上から無理矢理に退かしてそこに座った。

「えっ、なんすか」

「店番なら私がしているから古本市を見てくればいい」

 は、はあ?

「凜乃。禄助さんは自分からお店の手伝いを」

「何を言っているんだ。学生は夏休みで、今日、石高たちは遊びとしてだな」

 あれー? 何かもしかして俺、ユキさんじゃなくって先生に甘やかされてる?

 違和感を覚えているのは俺だけでなくユキさんも同じようで、先生のことを初対面の人と会ったかのような目で見ていた。

 めんどくさそうな姉妹喧嘩が始まる前に立ち去ろう。が、その前に。

「ユキさん、ユキさん。この本もらえますか」

「ええ、どうぞ。持って行ってくださいな」

「あー、じゃなくって、おいくらですか」

 タダってわけにはいかないだろう。

 すると、ユキさんは頬に手を当てて何事かを考え始めた。

「そうですねえ、では、お代はラブで」

「は? 何言ってんですか?」

 俺の代わりに待木が突っ込んだ。



「なあ、夏休みさ、他にも何か考えてんのか?」

 結局、先生に背中を押される形で古本市を見て回ることになってしまった。待木は犬のように舌を出して暑さに身悶えている。気でも紛わせてやろうと思って、俺は何となく、そんなことを聞いてみた。

「夏休みですか。まあ、考えてたんですが。私って、自分で思ってたよりもいい子ちゃんだったみたいです。ですから、たぶん、夏休みはもう終わりかなって」

「は? 始まったばっかじゃねえか」

「俺たちの長い冒険が?」

「いや、そういう打ち切りっぽい感じじゃなくて」

 海、プール、山、花火、合宿、ブリリアントなパーク。夏休みには色んなイベントがあるはずだ。

「そうですねえ」

 待木は笑った。寂しそうに。

「センパイって好きな人がいないですよね」

 ……は? つーか、いきなりなんだってんだよ。

「センパイからは女の子と付き合いたいってオーラは出てますけど、特定の相手じゃなくてもいいんですよ、それって。悪く言えば誰でもいいって感じなんです」

「そんなことねえよ」

「原先輩に付き合ってくれって言われたらどうしますか」

 いや、普通に拒否というか、断ってんだけど。

「榊原さん。丹下院さん。小林さん。宝野さん。瑞沢先生。あるいは、全然知らないどこかの誰か。どうですか? センパイは誰でもいいんです」

「……わけわかんねーし。なんか、怒ってないか」

「さあ、どうなんでしょう。ちょっと自分でもよく分からなくなってきてます。だから、ちょっとセンパイとは会いたくなくなりました」

 こいつが何に対して腹を立てているのか俺にも分からない。ただ、俺に対して言いたいことがあるんだって思った。

 待木は俺よりも速く歩き、背中を見せてくる。追いついて、隣に並んで話を聞けばいい。それだけだ。……でも、俺にはそんな簡単なことが出来なかった。



 時間ってのは何もしなくても勝手に過ぎ去る。

 俺は、夏休みをよく分からんことで消費し続けていた。深夜アニメを見て、樋山くんなんかと駅前で遊んで、めぐとゲームをして、ネットで動画を見て、漫画読んで……いつもと同じだ。いつもの俺だ。だけど何故だか物足りなさを感じていた。

 その物足りなさを抱えたまま、夏休みはあっという間に終わりを告げようとしていた。俺は、あの古本市から待木と会うことはなく、彼女と連絡を取ることさえなかった。



 八月三十一日。

 今年は珍しく夏休みの宿題を終わらせることが出来た。宝野が入り浸っていたせいだろう。あいつと一緒に宿題をやらされてたもんなあ。

「ねえ、お兄ちゃん」

「んー」

 俺は画面を見ながら返事をする。めぐの操るキャラクターが俺のキャラをボッコボコにしている。

「弱い。すごく弱いわ」

「ロマキャンの後さ、ちょっとピキーンって止まるじゃん? 俺前作やり込み過ぎて慣れないんだよな」

「何だか去年までのお兄ちゃんに戻ったみたい」

「去年って。別に、今年の俺が何か変わったってわけじゃないし」

 めぐは首を横に振った。

「部活に入って、お兄ちゃんは生き生きしてるというか、生きてるって感じだったの。でも今はちょっと違うわね。駄目なお兄ちゃんに戻っちゃった」

「……今の俺が死んでるってことか?」

「お兄ちゃんが一番よく分かってるんじゃない? はい、おしまい」

 あっ。死んだ。俺のキャラが。完膚なきまでに。



 九月一日が始まって、始業式が終わって、部室へ。

「はあー、あと二か月くらい休みだったらなー。超短くなかった?」

「そうでもないよ。それに、休みが長いと飽きちゃうよ?」

「ガッコ辞めてー」

「辞めれば?」

「酷くない?」

 丹下院と宝野は二学期になっても相変わらず楽しそうだった。 

「……あれ?」

「どしたん?」

「いや、あそこ。誰かいるんだけど」

 部室の前に見覚えのない男子生徒が立っていた。丹下院も宝野も知らないやつらしい。新入部員だろうか。でも、それにしちゃあ目つきが険しいっつーか、まるで親の仇でも見るかのようにして部室を睨んでいる。

 不思議に思って立ち止まっていると、向こうも俺たちに気が付いたらしい。眼鏡をかけた男子生徒は部室の前から立ち去り、俺たちの横を通り過ぎていった。

「あ、今のやつ見たことあるわ」

「知っているのか、丹下院」

「うん。何組か忘れたけど二年だよ。うちらと同じ」

 へー、そうだったのか。まあ、同じクラスでも殆ど話したことのないやつだっているんだ。同学年だからと言って全員の名前を知らなくても無理はない。けど、全然見覚えがないやつってのは珍しいな。

「まーどうでもいいじゃん? 早く中入ってゲームしようよ。あーしさー、石高と遊んでない時も一人で練習してたんよ」

「あっ、俺は今違うゲームやってるから」

「言えよ!? 意味ないじゃん!」

「いや、その時間は決して無駄にはならんぞ。ドンマイ」

 部室の鍵は開いていた。部屋の中は薄暗くて、いつものようにクソゲーをやってる待木がいる。俺はそのことに安心した。

「おや、今日は始業式で終わりだと言うのに」

 待木は俺たちを見ないまま、ソファに寝転がって眠たそうな声を出した。

「暇なんですか?」

「余計なお世話だよ。おら、乱入すっからコントローラ貸してくれ」

「アイアイ」

 安心、した。

 待木はいつも通りだ。あからさまに俺を避けることもない。夏休み……っつーか、初めて会った時みたいな感じで。

「そういや、さっき知らねえやつが部室を睨んでたけど、なんか知ってるか?」

「あー、生徒会の人ですね。センパイたちと同じ二年で、今は書記をやってる人ですよ」

「何しに来たんだ?」

「さあ? ただ、次からよろしく的なことを言ってましたけどね」

 生徒会の書記? まあいいや、原先輩が来たら聞いてみよう。

「ちなみに」と、待木はキャラクターを選んだ後、ケータイをぶらぶらと揺らして見せた。

「先輩方は今日は不参加のようです。三年生の二学期ともなれば受験戦争の準備で忙しいんでしょうね。さあ私たちは聖杯の方の戦争をしましょう」

「あっお前きったねえ、槍兵選んでんじゃねえよ!」

「センパイは弱キャラ使う癖を治した方がいいですよ」



 俺たちはいつも通り部活動を行い、いつものように適当なタイミングで切り上げた。

 待木は車の迎えが来ているので、さっさと帰っていった。俺たち三人はだらだらと坂を下っていく。

「あんたさー、部長になんかした?」

 その途中、丹下院が妙なことを言い出した。

「え? なんで?」

「は? いや、怒ってなかった? あんたが余計なことしたんじゃね? って思ってたんだけど」

「そうなの? ボクにはそう見えなかったけどな」

 あいつが怒ってた? 俺にもそんな風には見えなかったけど。マジか。

 丹下院は俺の様子を窺うように、ちらちらと視線を寄越している。

「んだよ」

「……夏休みさー、部長となんかあった?」

「だから……」

 何もなかった。

 そう言おうとして俺の思考が止まる。古本市の日、待木は何を言いたかったんだろう。

「まあ、あたしとしてもさ、何もないってのがいーんだけどさ」

 俺は今やっと分かった。あいつが何か言いたいのは察してたくせに、何も聞かなかった。逃げたんだ。待木の口から決定的な何かが飛び出してきそうで怖くなったんだ。


『臆病者』


 誰かの声が聞こえた気がした。恐らくそれは、待木の声によく似ていたんだろう。

 うるせえ。俺は臆病かもしれない。だけど。お前だってそうじゃねえかよ。

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