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シノビヨルセカイ(水木金)



 水曜日。

 早くに寝過ぎたせいか、5時に目が覚めた。体中の血液が沸騰している。俺は今、猛烈に血が熱くなっている。二度寝するのも馬鹿らしい。さっさと準備して学校に行ってしまおう。こんなに健康的でいいのだろうか。自分が怖い。



 リビングでゆっくりと朝飯を食べていると、めぐがやってきた。瞼を擦りながら、足取りもどこか覚束ない。

「……お兄ちゃん、早いねえ」

「ちょっとな。今日は俺のジハードなんだ」

「ふうん。なんかよくわかんないけど、がんばって」

 頷き、俺はパンを頬張った。めぐは自分の椅子を引き、そこに座る。

「めぐ、お腹すいたー」

「はいはい、ちょっと待ってな。パン焼いてやるから」

「あんぱんがいい」

 俺はパン工場のおじさんか。そんなスキルない。トーストくらいしか作れないぞ。

「しかし、めぐも早起きだよなあ。なんだ。怖い夢でも見たのか?」

「ううん。お兄ちゃんの部屋から音がしたの」

 俺が起こしてしまったのか。めぐは眠りが浅いから、物音に敏感だった。

「眠いんなら、もう少し寝てていいんだぞ」

「んーん、お兄ちゃんと一緒がいい。一緒に朝ごはん、食べるの」

 めぐ、マジ天使。ただし寝起き時に限る。俺の妹MMT過ぎるわ。

「そっかそっか。じゃあ、俺ももう少しいるからな。ゆっくり食べな」

「うんっ、ありがとう」



「それじゃあ、行ってらっしゃい。今日はお弁当がないけれど、我慢してね」

「あいあーい」

 すっかり目が覚めためぐに見送られ、学校へと向かう。時刻は6時を回ったところだ。原先輩は7時過ぎに校門に集合と言っていたが、お待たせするわけにはいかない。先に着いてちょちょいと掃き掃除をしている、というのはどうだろう。好感度うなぎのぼりではなかろうか。天才だな。なんてことを考えてたら電信柱と衝突しかけた。



 がらんとした駐輪場にチャリを停めて、坂道を上っていく。いつもなら、この男らしい坂を上ったところで学校しかないからやる気が出ないが、今日は違う。今日の俺は一味違う。べろりと顔を舐められたら、これはやる気のある味だぜと、オカッパ頭のスタンド使いに指を差されてしまうくらいに意気軒昂だ。足取りも昨日よりかは軽いはず。今なら側転で学校まで行けそうなくらいだ!



 学校に近づくにつれ、声が聞こえてくる。きっと、運動部連中が練習しているんだろう。大変だなあ。しかも、練習のあとに部活の勧誘までしなきゃあならんとは。何が楽しくてそんなんやってんだろ。……俺も何か、内申がよくなる感じの部活に入っておけば良かった。頭悪いんだから、そういうところで点数稼がなきゃ大学には行けなさそうである。得体の知れない文科系になんか入るんじゃあなかった。もっと俺に相応しい、俺の能力を最大限に発揮出来るようなものがあったに違いない。

「あっ、おはよう、石高くん」

「ういー、おは……」

 校門をくぐった途端、声を掛けられた。適当に返してしまったが、挨拶してきたのが原先輩だと気づいて頭の中が真っ白になる。

「……おはようございます。えっと、早いですね」

 原先輩は薄く笑った。朝っぱらから可愛い。お美しい。この人はたぶん、24時間綺麗なんだ。

「石高くんも早いですね。少しびっくりしました。もっとゆっくりでもよかったのに」

「先輩をお待たせするわけにはいかないって思ってたんですけど、まさか、こんなに早いとは……お見それしました!」

「あはは、なんですかそれ、時代劇みたいですよ」

 くだんねえけど、なんて幸せなんだ。

「勧誘が始まるのって、何時くらいからなんですか?」

「うーん、部によってまちまちですね。あ、でも、早いところは8時前から動きますよ。登校する1年生が多いので、ピークタイムというやつです」

「そ、それまで、どうしましょうか」

 というか、先輩はどうするつもりだったんだろう。こんな時間に来て、ぼけっと突っ立ってるつもりだったんだろうか。否。否である。有り得ぬ。原先輩に限ってそれはないな。

「そうだなあ」と、先輩は振り返り、校舎を見つめた。それからしばらくの間、彼女は何も言わなかった。たっぷり一分間は気まずい沈黙が俺にまとわりついていたように思う。

「石高くんは、好きな教科ってありますか?」

 俺は咄嗟に国語と答えた。理由は、担当の先生が適当にやってるので居眠りしてても何も言われないからである。

「ふふふ、そうなんですかあ」と、先輩はなぜか満足げだった。

「せっかく手伝ってもらうのに、石高くんのことを何も知らないというのは寂しいと思ったんです」

 毒にも薬にもならない会話は、バスケ部連中が勧誘に来るまで続いた。俺はバスケットボールが世界で一番嫌いになった。



 原先輩の手伝いと言っても、運動部連中が問題を起こさない限りは退屈なものだった。ぼけーっと見ているだけでいい。先輩がいるので、こいつらも目立った行動は取れないのだろう。つーか、昨日の瑞沢の暴れっぷりを目撃していたやつもいるだろうし。虎どころか大蛇すらぶっ殺せそうなオーガに睨まれたくないのは当然の話だった。

「何事もなく済みそうですね」

「そうですね。付き合わせてしまって、石高くんには申し訳ないです」

「先輩。俺の趣味はさっきも言ったように無償奉仕なんですよ。気にしないでください」

 先輩はくすくすと笑う。彼女は俺と一つしか違わないのに、随分と大人っぽい顔に見えた。嫌でも理解してしまう。そうか、この人は――――。


「てめえ禄助ぇ!」


「あ?」

 周囲が少しだけざわついた。誰かが近づいたと認識した次の瞬間、俺は襟首を締め上げられている。凶行に及んだのは眼鏡のエセイケメン、優人だ。このボケは相当に怒っているらしい。

「て、て、て……何をやってやがんだ?」

「何って、見りゃあわかるだろ。生徒会のお手伝いだよ。お前みたいな不審者を学校に入れないように見張りをしてるんだ。分かったらさっさと失せやがれ」

「きいいいいいいい! 原先輩と楽しそうに! 楽しそうに!」

 優人は俺から手を離し、その場に崩れ落ちる。樋山くんを筆頭に、駅前にぶちまけられた汚物でも見るかのような視線を浴びせられても尚、アホは動かなかった。邪魔なんだけど。

「石高、お前、いつの間にそんなことを」

「おはよう樋山くん。まあ、かくかくしかじかってやつだ」

「いや、さっぱり分からん。だが、お前が2次元を裏切って俺たちを敵に回したってのは確実なんだよね」

 樋山くんと優人を敵に回してしまったらしい。暴力で解決しよう。

「オッケーオッケー、あとでボコボコにしてやるから、そこのゴミ片づけてってくれよ」

「嫌だよ。今の寺嶋と友達だと思われたら俺の地位が」

「元からねえよ、そんなもん」

 アニメ版では存在すら抹消されちゃうようなキャラの分際で何を言っているんだ、樋山くんは。

 蟲のようにうぞうぞとしている優人をそろそろ蹴り飛ばしてやろうかと考えていると、後ろから肩を叩かれた。振り向くと、原先輩がこっちを睨んでいる。美人が怒ると怖いってのは本当だった。

「石高くん。暴力はだめですよ。お友達を蔑ろにするのはよくないです」

「あ、すみません。でも先輩、この人たちはロビンマスククラスの親友っていうよりカナディアンマンくらいの知り合いなんで大丈夫です」

「誰が正義超人の風上にもおけないヘタレだよ!」

 優人が復活した。

「カナダの人はよく分かりませんけど、喧嘩も、言い訳もだめです」

「ごめんなさい! あ、『めっ』って叱ってくれたら……あ、やっぱなんでもないです。本当にすみません。反省してます」

 一瞬、原先輩の背後に阿修羅が見えた。絶対強い。腕めっちゃ生えてるもん。



「怒らせちまったなあ……」

 結局、あの後は何事もなく生徒会のお手伝いとやらが終わった。終わってしまった。原先輩は怒っていないように見えたが、内心はどうなのか、さっぱり分からない。折角、結婚まで持っていくつもりだったのに。ゲームと違ってやり直しも出来ないし、挽回のチャンスも与えられないし、選択肢だって出てこない。三択の帝王と言われた俺も、現実では無力極まりない存在だった。

「それもこれもお前らのせいだからな」

 ぎろりと睨むと、優人と樋山くんはにっこりと笑った。

「ようこそ、こっち側へ」

「うぇるかむとぅあんだーぐらうんど、ロクスケ!」

「パン喉に詰まらせて苦しんで死ね」

 昼休み。俺たちは購買で買ったパンを教室で貪っている。やっぱりと言うべきか、今日は朝から原先輩との関係について聞かれまくっていたが、それもようやっと収まった。何せ、語れるほどのことはない。何もないんだ。これから先もたぶん、何もない。

「はーあーあー、ループものだったらもっかいやり直せるのになー」

「ハナっから禄助よォ、てめえと先輩が付き合える可能性はゼロだよゼロ。あの吸血鬼のゲームにさっちんルートが追加されてリメイクされるくらい可能性は低いんだよ。目ぇ覚まして放課後はメイト行こうぜ」

 うんうんと、樋山くんが優人の言葉に頷く。まあ、それもそうか。俺だってチャンスがありゃあ縋りつこうとするけど、無理なもんは無理と諦められるくらいには大人になったつもりだ。

「確かに、なあ。よし。今日はメイトと、穴にも行っちゃうか! いかがわしい本の購入にチャレンジしちゃうか!」

「いいねえっ、いいね禄助! やっぱりお前はそうでないと!」

「俺たちは兄弟だ! 誓いの杯を交わそう!」

「勿論だ! 俺たちは死ぬまで、死んでも親友だ! 我 等 オタ 友 永 久 超 絶 不 滅 !」

 ああ、よかった。俺はもう彼女なんて出来ないのかもしれない。でも、一生信じ合うことの出来る大切なやつらと出会えた。満足だ。俺は自分の人生に、選択に、一片の後悔もしていない! ありがとう樋山くん。これからもよろしくな、優人。

 盛り上がっていると、廊下からクラスメートの女子がやってくる。

「あのー、気持ち悪い話してるところ悪いんだけどさー」

「ああ? 俺らは桃園の誓いよろしく兄弟としての絆をだな」

「石高、原先輩が呼んでる」

「どけ、カスども!」

 俺は立ち上がり、通行の邪魔をしていた二人のブタを突き飛ばす。

「だああああああ、ふざけんな禄助っ、どんだけ裏切れば気が済むんだ、お前現代の呂布かよ!」

「飛将じゃなくて卑小だ!」

 ふはは、吠えよる吠えよる。吠えよるわ蠅どもが!



 廊下には、確かに原先輩がいた。しかし、よくよく考えれば俺みたいなウンコにいったい何の用があるってんだろう。とどめを刺しに来たのだろうか。

「あ、あのう、今朝はすみませんでした」

 怖いので先手を取って謝る。すると、先輩は不思議そうに小首を傾げた。

「今朝って、あ、もしかして、友達と喧嘩してたことですか? あはは、怒ってないですよ。男の子って、ああいう風にコミュニケーションを取るんですよね。ただ、あの時は他の人の前っていうこともありましたから」

 やっぱりこの人は天使だった。うちのめぐがドミニオンズなら、原先輩はセラフィムだ。

「さっきはちゃんとお礼を言えませんでした。ありがとうございます、石高くん。それで、今、喉は渇いていませんか?」

「ええと……?」

 先輩はポケットから缶ジュースを取り出した。

「りんごは好きですか? お礼ってわけじゃあないんですけど、よかったらどうぞ」

「頂戴します!」

 今、好きになりました。

 わざわざ、こんなウンコみたいな俺にお礼を言いに来てくれるだなんて、なんて出来た人なんだろう。

「それで、非常に言いにくいことなんですけれど。よろしければ、また、手伝ってもらいたいことが」

「承りました! 任せてください、俺に出来ることならなんでもしますよ」

「ま、まだ何も言ってませんよ?」

 聞かなくても問題ナッシング。

「お休みを潰してしまうことになりますよ? 土曜日に、校外清掃のボランティア活動があるんです。けど、少し人数が足りていなくて……数合わせみたいな扱いで、申し訳ないですし」

「ボランティア! いやあ、素晴らしい。素敵な響きですなあ。是非、参加したいです。ちなみに、人数が足りてないらしいですけど、具体的には何人くらいですか」

「あと2人もいれば大丈夫だとは思うんですけれど」

「じゃあ、暇そうなのがいるんで、そいつらも連れてきますよ」

「え? ほ、本当にいいんですか?」

 俺は何度も頷いた。先輩は安心したような息を吐いたあと、申し訳なさそうな視線を送ってきた。

「ふふふ。石高くんって頼りになります。女の子に人気がありそうですね」

「へ? い、いや、そんなことはないです」

「そうかなあ? とにかく、ありがとうございます。詳しいことは、またお伝えします。金曜日の昼休み、会いに来ますね」

「悪いですよ。俺の方から……」

 先輩はゆっくりとした動作で首を振る。

「だめです。お願いしているのは私ですから。石高くんはどっしりと構えていてくださいね」

「ど、どっしりですか」

 どうすればいいんだろう。イメージ的には女子を椅子にして、頭蓋骨を器代わりに炭酸でも飲んでればいいんだろうか。

「はい、どっしりと。ふふ、それじゃあ、また。今日は本当にありがとう」

 夢のような時間だった。俺はその場でぼうっと突っ立ち、原先輩は曲がり角の直前で振り返り、小さく手を振ってくれた。



 教室に戻ってくると、俺の机の上に優人がケツを下ろしていた。樋山くんは頑として椅子を譲ってくれなかった。

「なんだよマイフレンズ。はよどけよ」

「黙れ禄助。いやさ石高。俺はもうお前を親友とは思わない。お前の変わり身の早さには怒りよりも先に呆れがくるくらいだ。忍者だってそんな簡単には変わり身の術を使わないんだぞ」

「そうだぞ石高。……何、そのジュース? もしかして、先輩からもらったのか? 間接か? そうなのか!?」

「残念だが違う。しかし先輩から頂戴したものに変わりはない。この空き缶は今日というメモリアルデイをもって石高家に代々伝えられる家宝となるだろう」

 優人と樋山くんは同時に頭を抱えた。お前ら双子かよ。

「畜生羨まし過ぎて自殺しそうだ!」

「そんな君たちに最新情報を公開しよう。なあ、ボランティア活動に興味ないか?」

「はっ、ねえよ、んなもん。アホか。ただ働きとかへそで茶ぁ沸くっつーの。ボランティアなんてもんはなあ、慈善じゃねえ。履歴書なり面接なりで話題を増やす為にやる偽善で自慰的な行為なんだよ。ムカつくわ。ドヤ顔で『ボランティア』とか抜かすアホは死んだらいい」

「ゴミ拾うくらいなら鼻くそほじりながらクソゲーやってディスク叩き割ってた方がマシだよ」

 予想通りのクズ発言をありがとう。

「そうか。じゃあ他のやつを誘うわ。残念だなあ。原先輩とお近づきになれるチャンスかもしれなかったのに」

「何? ろっ、禄助、まさか。さっきの先輩の用事ってのは……!」

 優人が机から下りて食いついてきた。

「そうだよ寺嶋くん。原先輩は今週の土曜日、崇高なる理念を掲げた有志と共に校外清掃というゴッド的な行為をするわけだ。君たちは惰眠を貪り、陽が落ちて『何やってんだろ俺』と死にたくなっていればいいさ」

「禄助、なんか欲しいもんあるか?」

「ああっ、ずるいよ寺嶋! こ、石高。今度さ、新しいエロゲー買うんだけど、なんだったら先に君にプレイさせてあげても……いや、もう受け取ってくれ! あげるから!」

 友情は見返りを求めない。ふはは、いい言葉だな! いいものは決してなくならない。



 その日の放課後、これが接待プレイかと思わせられる勢いで優人と樋山くんにちやほやされて楽しんだ。いやー、自分の財布を出さなくてもいいってのはたまりませんなあがっはっは。



 木曜日。

 昨日の早起きが堪えたのだろうか、遅刻寸前で教室に滑り込む。俺のすぐ後ろに瑞沢がいたので、優人たちとろくに話せずに一時限目を迎えた。



「なあ、やべえかもよ禄助」

「あ?」

 一時限が終わって休み時間になった途端、優人が俺の傍に近寄ってきて小声で囁いた。気持ち悪い。はっきり喋れよ全然聞こえねえぞ。

「何がだよ。やばくねえだろ全然」

「獅童っつーかサッカー部のやつらだよ。あいつら、お前のことめっちゃ睨んでたぞ。気づいてなかったのか?」

 え、そうなのか。急いでて全然気づいてなかった。

「というか、なんで俺が睨まれるんだよ」

「いや、お前が瑞沢にチクったからだろ。しかも生徒会の手伝いしてたじゃねえか。言ってみりゃ、運動部のやつらは生徒会や教師に押さえつけられてるからな。でも表立って逆らったらまずいだろ。だから、その矛先がお前にいってんだ」

 八つ当たりじゃねえか! だが気持ちは分かる。俺だって基本的には生徒会とか鼻もちならねえし、教師だって好きじゃない。

「……なあ。やっぱり土曜日のボランティアさ、やめとかねえか? 今は獅童たちだって何もしてこないけどな、これ以上生徒会に寄っていったらどうなるか分からんぞ。原先輩には悪いけどよ、変に敵を作るのも面倒な話じゃねえ?」

「敵と彼女のどっちが大事なんだって話、か」

「いや、なんか真剣そうな顔してるけどな。ゴミ拾いしたところで彼女なんか出来ねえって。第一、お前が気になってんのは原先輩だろ? 高嶺の花だって」

 サッカー部、あるいは他の運動部を敵に回してでも原先輩とのイベントを優先する。それとも付き合えるかどうかも分からない原先輩と距離を置き、穏やかな学校生活を送る。どうする俺。

「サッカー部がなんだってんだ。あいつら、痛がるのが上手いだけのヘタレじゃねえかよ」

「いいのかよ、知らねえぞ」

「優人。だったらお前はいいよ。ボランティアには俺と樋山くんだけで行くから」

 幾らクズでエセ眼鏡の優人といえども無理強いは出来ない。こいつにだって色々とある。俺と違って優人は顔が広いし、半分はリア充みたいなもんだ。それに、昔から喧嘩というか、本気で人と争うことが嫌いなやつだ。

「なんでだよ。俺だけ仲間外れにすんなよな。土曜日だろ? ばっちり予定は空けてんだぜ」

「元から空いてるくせに見栄張るなよな」

 まあ。なんつーか、所詮は半分だけリア充なんだよな、こいつ。なんだかんだでリスキーでも、原先輩の魅力には抗えないということだ。それにサッカー部だって睨んでるだけなら害はない。



 何事も起こらないだろうと思っていたが、放課後、俺は何故かサッカー部に呼び出しを食らっていた。教室を出る寸前、クラスメートのサッカー部に捕まったのである。めっちゃキレてたし、瑞沢にボコられたのはちょっとだけ可哀想だが、勧誘でやり過ぎてたのはこいつらだし逆恨みもいいとこだろう。

「うちのキャプテンにしばかれなきゃいいな、石高」とまで言われてしまった。やつらは部室で俺を待ち受けているらしい。

「禄助、お前さっきからアニソンしか入れてねえぞ。もっとこう、リア充に受ける感じのも覚えろよ」

「うるせえな。エロゲのオープニングばっか歌う樋山くんよりマシだろ」

「神曲馬鹿にすんなよな!」

 まあ、行かないけど。普通にカラオケ行ってるけど。

 俺はジンジャーエールを啜りながら、サッカー部の人たちのことを思った。

「あいつら、生きてっかなあ」

「……お前、こういう時容赦なく権力に縋るよな。いつもはセンコーだのどうのって呼んでるくせに」

「だって面倒じゃん。アホくさい。あいつらもなんで俺がノコノコ顔を出すなんて思うかね」

 速攻チクったったわ。これでますますサッカー部との溝は深まってしまうだろうが、普段から仲良くしてたってわけでもなし、痛くも痒くもない。ただ、瑞沢に借りを作っちまったってのが嫌だ。

「ひひひ、土曜日が待ち遠しいなあ」



 金曜日。サッカー部は殆どが謹慎なりを食らったらしく、姿を見せなかった。そのままいなくなっちまえばいいなあ。

「禄助、お前は人の恨みを買うことが本当に上手いな。一種の才能だと思う」

 優人が何か言っていたが、俺はへらへらとして受け流した。



 昼休み、俺は手早く飯を済ませて原先輩を廊下で待っていた。

「あ、どっしりって言ってたのに」

「冗談じゃなかったんですか?」

「ううん、冗談でしたよ」

 値千金の会話である。

「それで、明日のことなんですけど。清掃は9時からで、午前中には終わらせるつもりです。他の方にも伝えてもらえますか?」

「分かりました。掃除の範囲は、どのへんまでやるつもりなんでしょうか」

「学校の周りをぐるりと。人数が多いので、範囲を広げられそうなんですよ」

「あれ、こないだは人が足りてないとか」

 原先輩はにっこりと微笑んだ。

「それが、瑞沢先生から使ってもいいという人たちを紹介されたんです。サッカー部の人たちですね。なんでも、先日に不良みたいなことをして、その償いを受けさせる為だと言ってました。生徒会として助かりますけど、少し可哀想な気もしますね。あれ、石高くん、どうしました。少し顔色が優れないような……」

 ろくすけのめのまえがまっくらになった!



「俺、土曜日サボるわ」

「やっぱりこうなったか」

 優人はやれやれと言った風に肩を竦めた。俺は机に突っ伏し、息を吐き出した。

「まあ、俺らには関係ないから。寺嶋、お前は行くよな?」

「おう。まあな。でもな、俺らだけじゃあ禄助に申し訳ねえよ」

 優人がいつになくいいやつだ。

「だから無理やりにでも引きずって行こうぜ」

 前言撤回だ。このアホいつか眼鏡割る。しかし嫌な予感しかしねえ。折角の楽しい楽しい奉仕活動がアホどものせいでしっちゃかめっちゃかになりそうだ。

「だーいじょうぶだって。あいつらだって暴力沙汰にはしねえよ。退学とか廃部とか留年とか関係してくるんだし、滅多なことはしないって」

「それに俺たちもフォローするからさ。な、寺嶋!」

「おう!」

 うーん、そう言われたら大丈夫そうな気もしてきた。つーか、原先輩との約束を破るわけにはいかねえ。流されただけだが、ここまで先輩と仲良く出来たんだ。今更あとに引けるかってんだ。

「よし、明日は筋肉痛になるくらいにごみを拾おうぜ! そしてぴかぴかにしてやろう!」

「その意気だ! ……な、言ったろ樋山くん。こいつ、楽天家っつーか馬鹿だから平気だって」

「本当だね。パターンにはまったアクションゲームの中ボスみたいに簡単だ」

 何か聞こえた気がするが、恐らく気のせいだろう。

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