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カクセイスルセカイ(胸をつかむ男)

「近寄らないでもらえるかな、宝野くん」

「えっ、なんでそんな他人みたいな」

「だって他人じゃないか」

 俺は宝野に背を向けて、待木と格ゲーに興じる。

「ロクスケ、ロクスケ」

「おい。人をコロッケが好きなカラクリみたいに呼ぶんじゃねえよ」

「センパイ。ちょっと冷た過ぎやしませんか」

「うるさいな。ああ、くそ。俺にはお前しかいなかったんだ。待木。おっぱいを」

「てめえの乳首でも抓ってりゃいいんですよ」



 俺は裏切られた。

 俺は騙された。

 知らなかった。気づかなかった。……宝野遥は、男だった。最初は信じなかった。だってそうだろ。だってそうじゃないか信じられるかそんなもの。てっきりはるかクンは呪われてしまったとかそんな風に思っていた。


『じゃあ確かめればいいじゃないか』


 俺は生まれて初めて他人の股間に触れた。きっと忘れられない。出来るならこの腕を噛み千切って義手(磁石つきで剣も握れる)に換えたいくらいだ。

 ああ、俺は馬鹿だ。コンボムービーに実用性を求めてしまうくらい馬鹿だ。



 そんなわけで、宝野が男だと発覚して以降、俺は彼と距離を取ろうとしている。しかし宝野は先日の『どこまでも付き合ってくれ』宣言を真に受けているらしい。クラスも違うって言うのに休み時間の度にやってきてはベタベタとくっ付いてくる始末。終わってる。

 今だって、放課後の部室で、隙あらば勝負だ勝負だとか言ったり、そうでなかったら大人しくしている。しかし喋らない割に不要なボディタッチが多い。お前男だろ。プライドとかないのか。

「あっちじゃ同性愛は珍しくないそうですからねえ」

 待木は完全に他人事みたいに言う。

「ふざけんな。ここは日本で俺たちは日本人だぞ」

「でもボクにはアメリカ人の血も半分くらい流れているんだよ」

「ヒッ! 耳元で囁くな!」

 俺は宝野をしばこうとするが、彼は持ち前の運動神経でするりと逃れた。

「ああ、なんと、けなげな!」

 友達の為に頑張ってるメロスの邪魔をしそうな女は楽しそうに嗤っている。こいつは俺をどうしたいんだ。宝野はくっついてこようとするし。

「離れろよこの野郎!」

「つれないじゃないか」

「ちょっと、女が皆ホモが好きとか思わないでくださいよ。そんなサービス要りませんから。私たちメディアクリエイト零スペシャル部は部員をあと二人見つけないといけないんです。遊んでる暇があったらちゃんとしてください」

 待木はノートパソコンで女の子がサバゲーやってるアニメを見てケタケタ笑っていた。俺は、やたら指を絡めて来ようとする宝野を突き飛ばす。

「ええい、部員を探すぞ。このホモの相手をしてもらうんだ」

「ひどいなロクスケ。純愛だよこれは。でも、だったら君のクラスの担任、ミズサワに頼んでみたらいいじゃないかな」

 顧問は必要だ。けど、瑞沢オーガかあ。すげえ怖い。つーかこの部室を見たらブチ切れるんじゃあないか。

「この前に、君に言われたとおりのことをミズサワに言ったんだ。最初はすごく怒っていて、危うく殺されそうになったんだけど。ロクスケのいたずらなんですと白状したら許してくれたよ。あの先生に気に入られてるんじゃないのかな」

「……俺が、オーガに?」

 ないない。絶対ない。けど、考えとしては悪くない。どうせ顧問の先生は必要になるんだから当たって砕けるのもいいだろうし、部活の為に頑張ってますと言ったら、心当たりのある生徒くらい探してもらえるだろう。

「よっしゃ。待木、職員室に行こう。先生に助けてもらうんだ。こういう時の為に教師ってのは存在している」

「えー? すンげータルいんですけどー?」

「お前の立ち上げた部活だろ。おら、行くぞ」

「ボクは?」 留守番!



 俺と待木はさっそく職員室に向かった。幸運なことに瑞沢は自分の席で茶を啜っていた。話しかけるなら今だな。

「失礼します」と中に入り、ずかずかとオーガの下に向かう。彼女は椅子に座ったまま、じろりとこちらをねめつけた。

「なんだ。反省文でも書きに来たのか」

「まだ何もしてないっすよ。あの、一つお話が……」

 瑞沢はしかめっ面を作った。おい、生徒の頼みだぞ。快く聞き入れろ。

「どうせろくでもないことだろう。石高禄助のろくはろくでなしのろくだからな」

「生徒に向かってなんてことを。PTAが黙っちゃいませんよ。チクられたくなかったら、部活動をやってなくて、ウルトラメディアクリエイト部に入ってくれそうなやつを探してきてください」

「センパイ、零スペシャルが抜けてます」うるせえ。

「……部活? ああ、そう言えばそうだったな。原が言っていたぞ。面倒なやつらがいると。お前のことだな石高」

 えー、原先輩の俺株急降下し過ぎだろー。なんとしても挽回せねば。

「あと顧問も探してるんで、よかったら瑞沢先生がやってくれていいですよ」

「どうして上から目線なのかは知らないが、無理だ。私は既に顧問をやっているからな」

「木工ボンド部かなんかですか」

「ここが職員室じゃなかったらお前は既に三度は殴られている。いいか。私はお菓子クラブの顧問をやっているんだ。他の部活動は」

「出来ないことはないでしょう。掛け持ちだって可能の筈です」

「したくないんだ」

 おい。仕事しろよ。

「部活の顧問なんか、やっても大した金にならんし面倒ごとが増えるだけだ。ましてや石高、お前が部員をやっているんだぞ。誰が顧問を引き受けたがると言うんだ」

 待木から咎めるような視線を感じたので、俺は窓をじっと見つめた。これは恐らく何かの勘違いである。

「そこを何とか。でないと、俺は一生先生に付き纏いますよ」

 瑞沢は表情を変えて何事かを考え始める。たっぷり一分間悩んだのち、彼女は仕方なさそうに口を開いた。

「部員なら探してやらんでもない。だが、顧問は嫌だ。絶対に嫌だ。お願いだ、勘弁してくれ」

 そんなに嫌か。そんなに俺のことが嫌か。……ちょっとだけ瑞沢の気持ちが分かった気がする。人にそんな風に思われるのって、結構くるもんだな。

「二人ほど紹介してくれればいいんで」

「分かった。ちょっと待ってろ」と、瑞沢は出席簿のようなものをぱらぱらとめくり始めた。そしてすぐに閉じた。

「悪い。力になれそうにないな」

 俺は待木と顔を合わせて、ゆっくりと頷いた。絶対に何かやらかしてやる。

 と、俺たちの空気が変わったことに気づいたのか、瑞沢は手を出して待てと短く叫んだ。もう遅い。絶対に、死ぬまで纏わりついてやる。


「失礼しまー、あー、センセーさー、あたし何もやってないんスけどー? なんで呼ばれたんすかー? 超いっそがしいんだけどー」


 珍客だ。

「おや、あの人は」

 気だるそうにして職員室に入ってきたのは丹下院だった。あいつが望んでこんなところに来るはずがない。またなんかいらんことをして呼び出しを喰らったんだろう。

「おおっ、丹下院。こっちだ、こっち。ちょっと来い」

 瑞沢がめちゃめちゃ嬉しそうに丹下院を手招きする。俺は察した。この後の展開も読めてしまった。

 鞄を床にずりずりしながら、だらだらと歩いてきた丹下院は、俺の顔を見て眉根を寄せた。そんでもって舌打ちもしたし小声で『死ね』とか言ってきた。

「でー、なんなんすかー?」

「丹下院。他の先生方から聞いているぞ。授業中に私語を止めない。居眠りもする。時々いなくなったりもしている。いかんなあ。不良だぞ、不良」

「説教? それとも反省文でも書かされんの?」

「説教をしても聞く耳を持たないだろう。反省文は適当に、気持ちの一つも込めないで書くに違いない。それでは意味がない。ここは親御さんを呼んで、一足早く三者面談でもするべきだな」

 いつも教師相手でも調子に乗って余裕ぶっている丹下院だが顔色を変える。どうやら焦っているらしい。

「親はカンケーないじゃん、親は」

「学費を出してくれている人を指して関係ないというのはおかしな話だ」

「ちょっと、親はやめてって。まずいから。それだけは勘弁してよ」

「お前がこうやって呼び出しを受けるのは初めてじゃあないからな。反省の色が見えない」

 なんか、こういうやり取りテレビで見たことあるな。万引きGメン特集かなんかで。

「じゃあどうしろって感じなんすけど」

「内申を上げるか。お前だって留年は本意ではないだろう? だから、そうだなあ。たとえば部活をやってみるのはどうだ」

「……はあー? 絶対ヤだし。超めんどい」

 ここで蜘蛛の糸を振り解けるこいつってすげえメンタル強いんだろうなあ。

「うーん、そうかあ。じゃあ仕方ないな。今から親御さんに連絡するから、そこでちょっと待ってなさい」

「待ってって! ……部活に入ればいいんすか」

「うん、そうだな!」

 鬼の瑞沢、満面の笑みだった。

「とんだ茶番を見せられましたね。ええと、丹下院さん」

「あ? 何? つーかあんた……」

 待木が嘘くさい笑みを浮かべて丹下院に近づく。黒ギャル丹下院は待木の顔を見て訝しげにしていた。

「なんとなく流れで分かっちゃったと思いますが、部活に入るならぜひ我が部に。ウルトラメディアクリエイト部零スペシャルへようこそです」

「うさんくさ。つーか、なんで石高がいんの?」

「石高センパイが部員だからです」

「はああああああ!? 無理! 絶対無理! こいつと同じ部活とか気持ち悪過ぎて死んじゃうし殺したくなるし。センセーさー、他の部活はないの?」

 無駄だ。瑞沢は丹下院おまえを生贄に捧げて自分だけは助かろうとしている。そんなやつが逃げ道を用意してくれると思うなよ。

「あー、うん。ないなあ。でもその部活に入ったら私はもう何も言わないぞ。少なくともお前がその部活に入っている限りは」

「……マジで?」

 丹下院は瑞沢ととても無意味な睨めっこをした後、諦めたかのように息を吐き、今度は俺と待木をねめつけた。

「これで勝ったとか思うなよ石高」

 おや。俺はいつこいつと勝負なんかしてたんだろう。そういうこと言うのはもう間に合ってるんだけどなあ。



 職員室を出た後、そんじゃ、と、丹下院を背を向けて手を上げた。

「丹下院さん、部室はそっちじゃあないですよ」

「はあー?」 と、丹下院はムカつく顔をしながら振り向く。

「なんで部室なんかに行かなきゃなんないの? つーかさ、部活に入ったかもしんないけど一緒になんかするとは言ってないじゃん。とりま入ってりゃいいんだし、幽霊部員ってことでよろしくー。もう一生会わないけどー」

 その手があったか。

 俺は別にそれでも構わなかった。むしろ歓迎すべき事態である。丹下院は俺のことを目の敵にしているが、俺だってこいつのことは嫌いだ。しかし、待木はどんな反応を見せるか……。

「そうですか。了解です」お?

 待木はあっさり丹下院の主張を認めて、行きましょうと俺を促した。

「今日は三人ですし、レースゲームでもやりましょうか。トライダ○ーみたいな壁走りをお見せしますよ」

「だったら俺はレッドラインをトランザムで突破しちまう勢いで受けて立つぜ」

「ちょい! あのさ、なんかすんごい舐めてない?」

 呼び止められるも待木は無視して歩き出す。俺も彼女に倣ったが、丹下院は前方に回り込んできた。何がしたいんだこいつ。

「いえ、全く。というかあなたは私たちと関わり合いになりたくないのでは? 私たちも部員の獲得と言う目的を達成しましたから、こっちとしても丹下左膳さんには用がないんですよね。いわゆる用済みと言うやつです」

「めっちゃ舐めてんじゃんか。あんたいっこ下でしょ。先輩舐めてたら」

「歳が一つ上ってだけで、そこまで偉そうに出来るなんて幸せな頭をしているんですねえ。今風の格好と口調をしてるくせに考えた方は案外古風でグッドですよ、そういうとこ」

 丹下院は言葉が出てこなかったらしく、俺を見ながら待木を指差した。その手は震えている。

「こういうやつなんだよ、こいつは。実際さ、お前だって俺らといたくねえんだろ。だったらもういいじゃねえか」

 答えは返ってこなかった。別に待ってなかったし、特に期待していなかったからどうでもいい。俺と待木は部室に戻り、宝野を入れた三人でレースゲームを遊んで帰った。あと一人。あと一人をどうにかすれば、とりあえず部員の数は揃うんだ。



 翌朝、俺は駐輪場にチャリを停めて、アホみたいな坂道を歩いて上っていた。

「ロクスケ……? ロクスケだ。ロクスケーっ!」

 後ろから宝野が走ってくる。見なくても分かる。彼は二秒足らずで俺の隣に並んで微笑みかけてきた。最初に会った時のクールぶりはどこへ行ってしまったんだろう。

「おはよう。昨日はね、どうしたらロクスケとボクが幸せになれるのか考えてたんだ。聞いてくれる?」

「聞きたくない。もっと楽しい話をしようぜ。俺の好きな声優が久々にアニメの主役張ったらクソだった話とか」

「正直に言って全然興味がないけど、ロクスケが話したいって言うんなら……×××ッ! Just now!」

 急に宝野が汚い言葉を使って周囲を見回した。発作かな?

「もう暑いもんな。ちょっと頭がおかしくなったんだよな」

「ち、違うよ。ロクスケ。君、つけられてる。見られてる。もう気配は去ったけどね。たぶん、あのバスに乗ってたんだと思う」

 俺は宝野の指差すバスを見た。坂道をぐんぐんと上っていくそれには、学校へ向かう生徒が大勢乗っている。あの中の誰かが俺を見て、つけていた? アホらしい。

「気弱で三つ編みの文学少女が俺に好意を持ってるはずがねえだろうが」

「誰も気弱な女の子なんて言ってないよ。ロクスケはバカだなあ」

 宝野の頭を小突いてから、俺はもう一度バスを見遣った。ストーカー。つけられてる。そんなこと、ないよな。



 放課後、宝野と一緒に(勝手についてきた)部室へ向かっていると、特別棟へ続く渡り廊下で原先輩と出くわした。話しかけるか結婚を申し込むかで悩んでいると、彼女の方から近付いてきた。

「こんにちは石高くん、宝野くん。今から部活ですか?」

 俺は頷き、特に話すこともないだろうと思い直して、それではと言って先輩の横を通り過ぎる。その瞬間、隣にいた宝野は目を見開き、俺は背筋に冷たいものを流し込まれたかのような感覚を覚えた。

「……丹下院さんという方が部活に入ったらしいですね。瑞沢先生からお話を聞きました。よかったですね。あと一人で部員の問題は片付くじゃないですか」

「え、ええ、そうですね」

 振り向くと、原先輩はにっこりと笑っている。だと言うのに、妙な威圧感があった。そんな経験は一度もないが、アニメなんかで見たことのある、まるで浮気を疑われて問い詰められているような気分に陥る。

「それじゃあ、また。応援してますからね」

 先輩は小さく手を振って歩き去っていった。俺は背中に手を当ててみる。じっとりとした汗をかいていた。

「ロクスケ。なんか、あの生徒会長って変な雰囲気のある人だったね」

「そうか? 普通にいい人だろ」

 自分に言い聞かせるようにして言ったその言葉は、やはり自分でも空々しいものに聞こえてしまう。宝野はううんと唸った。

「もしかして、朝に感じた殺気は……いや、確信を得られるまではそうだと決めつけない方がいいね。ともかく部室へ行こう」

 俺は宝野に促される形でようやくになって歩き出した。



 特別棟の四階に上がり、角を曲がる。その瞬間、宝野は素早い動きで後ろへ振り向いた。なんだ? 彼の行動を不審に思っていると、角の向こうから足音が聞こえた。

「つけられてた。誰だっ」

 宝野が駆けだす。まるで猟犬だ。彼の脚力から逃れられるやつなんかこの学校にはほとんどいない。俺はかなり遅れて宝野に追いつく。三階階段の踊り場で、ウルトラメディアクリエイト部の猟犬が誰かを捕まえているのが見えた。……首根っこを掴まれているのは丹下院だった。彼女は離せだのキモイだの言ってじたばたともがいている。

「……何遊んでんだ?」

「ロクスケ、ボクたちをつけてたのはこの黒いやつだったみたいだよ」

「はあっ!? つけてねーし死ねよバーカ! 離せってウゼえなマジでっ」

 宝野は丹下院をじっとねめつけた。

「一人きりで特別棟の四階に何の用があったのか言ってみなよ。その説明で納得出来たら離してもいい」

「なんでお前にそんなこと……いっ!? いたっ、こ、こいつマジで何? 石高お前いい加減にしろっつーの!」

 俺は何もしていない。

「いいよ宝野。こいつだって一応、同じ部員なんだし。こいつがこんなとこに来る心当たりだってあるし」

「そうなの? でも、いいのかい?」

「いいも悪いもないって」

 たぶん、丹下院はまた特別棟の女子トイレで一服やろうって魂胆だったんだろう。こいつみたいなアホにつけられたところで何ともないだろうし何も出来ないだろう。無視しても問題なさそうだ。

「分かった。けどボクは謝らないよ。おかしい行動をしているやつが悪いんだからね」

 宝野は丹下院から手を離して、何事もなかったかのように歩き出す。丹下院は彼の背中に手を伸ばしたがやっぱり届かなかった。そして丹下院あほは俺に狙いを定めた。八つ当たりもいいところだ。

「あ、あたしを見下さないでよっ。なんかそういう顔、死ぬほどムカつくからさ」

「別にそんなつもりはないって」

「そっちにそんなつもりがなくたって……」

 下の階から男の声が聞こえてきた。低くて太い声だ。三年生だろうか。

「やば……! ちょ、お、お願い。部室、部室に連れてって!」

「はあっ? お前いきなり何言ってんだ?」

「あたしだってナントカって部活の一員じゃん。ま、マジで早くお願いだから」

 なんだこの焦り方。まあ確かに丹下院は部員だから部室に連れてくのは構わない。けど、こいつの引っ張ってくるトラブルに巻き込まれるのはごめんだ。

「ロクスケ。誰か上に来る。とりあえず黒いのを部屋に入れておこう」

 黒いの呼ばわりされた丹下院だがよっぽど焦っているのか、こくこくと何度も頷いている。仕方ない。



 部室には既に待木がいた。彼女はソファのど真ん中と言う定位置に陣取ってゲームをしている。

「うわ、何この部屋。すんごいオタクって感じ」

「おや? あらあら丹下院さんではないですか。どうしたんですか。心を入れ替えて私に尽くそうと言う感じですか。それとも、以前にちょっかいをかけた三年生の岩男という男子生徒に追われているのですか」

 丹下院の顔色が明らかに変わった。なるほど。そういうことか。

「お前な、なんでそんなこと知ってんだよ」

「部員のことを把握しておくのは部長の仕事ですからね。そうでなくてもこんなしょうもない学校なんです。丹下院さんは悪く目立ち過ぎですから、ちょちょっと聞き込みでもしたらいろんなことをしゃべってくれる人たちはたくさんいますよ」

「……もう何も言わないから、かくまって。お願い」

 珍しいこともあるものだ。丹下院が死にそうな顔をしている。こいつが何をやったのかも知らないし、全部自分のせいだろうが、流石に放り出すのは可哀想な気がした。

「構いませんよ。というより、あなただってうちの部員なんですから。自由に部室を使ってくれたっていいんです」

「ま、マジで? ホントにいいの?」

 しかし。そう言って、待木は壁に貼られたポスターを指差した。萌えキャラが『火気厳禁』という標語を掲げたものである。

「不良行為はやめてくださいよ。あなただってウルトラメディアクリエイト部ハウリングブラッドの一員なんですから。連帯責任で先生からごちゃごちゃ言われたくありませんもの」

「分かった。サンキューね一年、あんた結構いいやつじゃん」

 丹下院は微笑を浮かべてポケットから煙草の箱を取り出した。そんでもってライターで火を点けようとした。俺は彼女の首に手刀を入れる。

「だっ!? ちょ、女子に暴力振るうとか最悪なんですけど」

「お前……鳥だってもう少しもの覚えはいいと思うぞ」

「はあ? ……ああ、うん。ほら、癖で」

 待木は長い溜息を吐き出した。おい、この丹下院とか言うやつはすげえ問題児だぞ。絶対になんかやらかすぞ。

「今のうちに退部させた方がいいんじゃないのかな」

 俺も待木も宝野の言葉に頷きこそしなかったものの、否定することもしなかった。



 一時間経っても丹下院は部室から出て行く雰囲気を見せなかった。彼女は窓付近の壁にもたれかかって、外の様子を窺いつつ、ケータイをすすすと操作している。暇そうだったので話しかけてみることにした。

「なあ。三年の男子に何かしたのかお前」

「……何もしてない。されてない。なんかー、奢ってくれるとか言うから付いてって、最終的に『ヤラして』とか言うから拒否っただけ。ヤバくない?」

 なんかこう、こいつの口が開く度に女子高生って幻想がガラガラ崩れるんだよな。

「拒否しただけで追っかけ回されてんのか?」

「あとLINEとかでそいつの悪口とか『元カノ鬼不細工』とか回してたらどっかでバレたんだよね。それで怒ってんじゃない?」

「ネットリテラシーちから低過ぎなんですよ。バカ発見器がガンガン鳴ってるじゃないですか」

「はあー? バカとか言われたくないしー」

 口調から格好から何から何までバカで構成されてるくせに何言ってんだ。

「謝っとけよ。下手すりゃそいつが卒業するまでストーカーされんぞ」

「ヤに決まってんじゃん。女ナメてっからこうなるんだって」

 待木はゲームを止めて、やれやれと言う風に肩を竦めた。

「あなただって男を舐めてるじゃあないですか。だからこんなことになってるんです。男なんて怖くないと強がっているだけなんです。ちょっと、アレですね。石高センパイ」

「おう」

「丹下院さんのおっぱいでも揉んであげてください」

「おう」

「はあ!?」

 俺は立ち上がってすたすたと丹下院のところまで近づく。フェイントを入れて右手を伸ばすと、彼女は両腕で自分の胸をブロックした。

「バッカじゃね……! あんたさ、チューチョとかないの!?」

 しかし甘い。俺は丹下院の裏に回って彼女の腕を掴んだ。ぐっと力を込めて腕を退かす。ガードをこじ開けた隙に、先刻よりも素早く、獰猛な一撃をお見舞いした。

 ふにゃん。

 そんな音が脳内で弾ける。

「死ねテメェ!」

 人中穴を強かに殴りつけられた。血こそ出なかったが鼻が痛い。俺は咄嗟に待木を見遣った。彼女は未だストップをかけていない。ならばゴーである。

 頭を振って的を散らす。身を低くして丹下院の動きに備える。彼女は後ずさりして俺の行動を見ようとした。様子見、待機。つまるところ受けに回った。ここが攻め時だと判断。前にステップして懐に飛び込む。腕を伸ばすがこれは本命ではない。壁に手を付き標的の逃げ場を塞ぐ。

「いい加減にっ!」

 丹下院の動きが止まった。すかさずもう片方の腕で壁に手を付き、彼女を檻に閉じ込める。

「……丹下院」

「な、なに。なんなん。つか顔近いから。キショいから離れろって」

 俺はじっと丹下院を見ていた。彼女の顔は真っ赤だった。相当キレてるらしい。が、ここで目を逸らしたら駄目だと、何故だか思った。

 やがて。彼女の方から先に目を逸らす。俺は勝ったと確信した。勝者は自由だ。勝った方が正義であり絶対である。敗者に何をしてもいいはずなのだ。

「お願いします。おっぱいを触らせてください」

 無言で脛を蹴られた。悶絶しかかったところ、ボディに連打を浴びせられて俺はその場に崩れ落ちる。何故だ。

「センパイ、情けないですよ。あそこまで追いつめておきながら。しかも揉むから触るにグレードがダウンしてるじゃあないですか。どうしてそうまで根っから童貞なんですか。もったいない。押せばいけてましたよ。丹下院さんって案外ちょろそうですし」

「死ねバカ」



 死ねだの馬鹿だの言っていた丹下院だったが、すぐには帰ろうとしなかったし、最後の方はごちゃごちゃ言いながらゲームでも遊んでいた。

「石高」

「んー?」

「あたしって別にちょろくねーし安くねーから」

「……は、はあ。さいですか」

 結局、こいつは何しに来たんだろう。宝野が言ってたストーカーって丹下院のことだったんだろうか。分からん。分からねえけど、あの感触だけは死ぬまで忘れないだろう。

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