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シノビヨルセカイ(火曜日)



 火曜日。

 昨夜はギャルゲーをしなかった。原先輩のことが頭から離れず、もやもやとしている内にうとうととしていて気づいたら寝てしまっていた。まさか、これが恋? いや、たぶん性欲ありきの話だな。汚らわしい。でも、夢でくらい良い目を見たい。今度、どこからか先輩の写真を入手しよう。そいつを枕の下に敷いて眠るんだ。



「おはよう、めぐー」

「おはよう、お兄ちゃん。今朝は牛乳があるわよ」

「なら、もらおうかな。ついでにパンも食べちまうわ」

「分かったわ。座ってて、私がやるから」

 めぐは今日もてきぱきと動く。申し訳ない気持ちでいっぱいだ。

「今朝も早いのね。何か、いいことがあったのかしら?」

 うーん。どうなんだろう。原先輩の素敵さを再認識したことは、まあ、いいことと言えばいいことなのかな。とりあえず、まあねと返しておく。めぐは嬉しそうに微笑んだ。

「ふふ、そうそう。ゲームばっかりやっていないで、部活やアルバイトをすればいいのよ。内にこもっていたって楽しいことは見つからないわ」

「何、その、人をヒッキーみたいに……」

 少なくとも俺はヒッキーではない。ペットボトルにオシッコしたりしない。妹だからといって、言っていいことと、悪いことがある。おしおきだ。今度、めぐの嫌いな人参を使ったメニューを考えてさりげなく出してやろう。でもぶつ切りでバレバレだと食べてくれないので、分からないようにすり潰して、何かのソースに使うのもいいかもしれないな。

「今朝も昨日と同じ時間に出るの?」

「いや、別に……」

 その時、俺の脳内に電流が走った。昨日と同じ時間なら、もう一度原先輩を見られるかもしれない。完璧じゃん。

「そうだな! 昨日と同じ時間に出るかな!」

「そ、そう。どうしたの急に? 誰かに操られでもしてるの?」

 ふっ、そうだな。さながら(一度使ってみたかった言葉シリーズ『さながら』)俺は原先輩という人形遣いに踊らされるマリオネットなのかもしれない。ただし、二人を結んでいるのは赤い糸だ。

「お兄ちゃん、気持ち悪いわよ」

「うるさいやい」



 チャリを飛ばす。原付と並走して追い抜きする勢いだ。ヘルメットの兄ちゃんがこっちを見てビビッていた。制限速度なんざ知るか。俺は今、風になる!

「おおおおおおおおおおおおおおっ!」

 ↓

「おおおおおおおおおお…………うっ」

 駐輪所について自転車を停めた途端、猛烈な吐き気が俺を襲った。張り切り過ぎた。誰もいないのでなんだか虚しい。

 今歩くと立ちクライミング(立ち眩みの現在進行形)を起こすので、その場にしゃがみ込む。まずい。朝食べたパンが出そうだ。気分悪い。もし嘔吐でもして誰かに見られでもしたら、俺のあだ名はゲロゲロゲロッピーか、ドクター・ゲロだ。そーんなのは、いーやだ。

 しかしいつまでもじっとしているわけにはいかない。とりあえず動こう。大丈夫だろ。誰かにどうしたのかって聞かれたらつわりで誤魔化そう。俺の目的を忘れてはいけない。原先輩の後姿を見ることが目的なのだ。



 坂道に差し掛かると、後方からバスがやってくる。うちの高校の生徒がいっぱい乗っていた。その中に原先輩の姿を見つけた。

「おっ、よう石高…………し、死んでる」

 俺の苦労は何だったんだ。



 教室に着くと、黒ギャルどもが俺の席を占領していた。

「わりい、どいてくれ」

 黒ギャルのリーダーらしき女が俺を見遣り、顔を引きつらせる。

「え、あ、う、うん。ご、ごめんね」

「なんか石高、目ぇキレてない?」

「やばいって、近寄ったら孕まされるって」

 好き勝手言いくさって。消えろビッチ! 

 はあ。かばんを置いて、椅子に座る。どっと疲れが来た。もう、今の俺を癒せるものは原先輩の笑顔以外にはってアレ、なんか椅子温かくね? あ、そうか。さっきのやつらが座ってたからか。……ちょっとテンションが上がってしまった。

「よーう、どうしたよ親友。なんだなんだ、何か嫌なことがあったのかー? うん? 言ってみ? 大親友の俺に言ってみ?」

 うぜえのが来やがった。ちらりと顔を上げると、小憎たらしい顔を浮かべた優人がいる。俺がバンパイアだったらこいつの血すら吸わずぶん殴って殺してる。

「別に。何もねーよ」

「んなわけねーじゃん。基本ヘタレのお前があの子らにどいてくれなんて言えないもんな。……愛ちゃんと喧嘩でもしたのか? それとも、愛ちゃんが遂に思春期迎えてお兄ちゃんって呼んでくれなくなったのか? もしくは愛ちゃんがお兄ちゃんの下着と私のを一緒に洗わないでちょうだいって言ってる場面を目撃しちゃったのか?」

「どんだけ妹が好きなんだよ俺は! それじゃあ兄じゃなくて父だ!」

「えっ、乳……?」

 あ、こいつ絶対いらん勘違いしてる。

「禄助、お前、女体に飢えてるからって流石にそれは引くわ。人間として終わってる」

「そんな発想に行きつくお前も大概だよ」

 瑞沢が教室に入ってきたので、俺たちはお喋りを切り上げた。一応、まだ目をつけられてるみたいだしな。



 一分後、俺はクラスメートの前で、瑞沢につるし上げを食らっていた。教壇の前に呼び出されて、至近距離でガンを飛ばされる。今日びヤンキーでもこんなことしないと思う。

「石高、やっぱり私を馬鹿にしてるんだろう。舐めているんだろう。なあ、そうなんだろう?」

「めっそうもありません」

「なら、どうして反省文を忘れるんだ」

 まずい。女の子のことを考えていてうっかりしました、なんて言えない。誤魔化そう。

「あまりに力作過ぎて、机の上に置きっぱなしにしちゃいました。俺、筆圧が強くて、紙と机が一体化したみたいで」

「嘘をつくくらいならもっとマシな嘘をつけ」

 二秒でばれた。

「もういい。馬鹿者が。今日は放課後居残って反省文を書いてもらう。四百字詰めの原稿用紙、五枚分だ」

「そんな書くことないですって!」

「書くまで帰さんからな。以上、HR終わり。一限の準備をしておくように」

「せっ、先生! 後生ですから! うちにはお腹を空かせて待っている妹がいるんです!」

「それは幻だ」

 瑞沢はさっさと行ってしまった。泣き落としすら効かないのか、あいつ。ボス並の耐性持ってんのかよ。



 昼休み。

 俺は学食でうどんを啜っていた。ここで一番安いメニューである。本当はもっと腹にたまるいいものが食いたかったんだけど仕方ない。もうすぐ、楽しみにしてる漫画の新刊が出るから我慢だ。学生なんざ食費くらいしか削れる部分がない。

「バイトに行けばいいのに」

「めんどいからヤだ」

「お前、よくもまあ、そんなんでバイトの面接受けたな」

 あの時は気の迷いだったんだ。俺だって受かると思っていなかった。

「なあ優人、その肉くれよ」

 優人は、俺の指差した定食のハンバーグを一口で平らげてしまう。口をリスみたいに膨らませて幸せそうにしていたので、割り箸でほっぺを突き刺した。

「おもぉ!?」 というけったいな声と共に、咀嚼されて見る影をなくしたハンバーグだったものが吐き出される。名状しがたい物体と化したそれは、食堂のおばちゃんを限りなく冒涜していた。

「ほう、これが輝くトラペゾヘドロンか」

「……ああああ俺の肉が……皿に、皿に! ってお前、マジでキレるぞ。飯で遊ぶとかクズだぞ」

「うるせえボケナス。さっさと無に還れ」

 だいたい、こいつが裏切ったせいで俺はあんな目に遭ってるんだ。野郎、幼馴染だからって何をしてもいいわけじゃねえんだぞ。おしおきだ。こんなんじゃ気が晴れん。千回ケツを蹴り飛ばしてやる。

「なんだよ禄助。まだ道連れにしたこと怒ってんのか?」

「はあ? あったりまえだろうが。何で俺だけ反省文書かされるんだよ。お前だって書けよ」

「まあ、俺は成績がいいからな。教師からの受けがいいんだろう。お前と違って」

 うわ、リアルだ。つーかそうとしか思えん。俺なんて一生かかっても瑞沢から心配されるようなことはないんだろう。されたらされたで逆に気持ち悪いけど。



 放課後。

 俺は屑どもに別れを告げた。あいつら、二人でカラオケに行くらしい。マイクが爆発することを祈ろう。

 しようがないと言い聞かせて職員室に向かう。瑞沢から原稿用紙を受け取る為だ。まあ、その後は図書室にでもこもって頑張ってるふりをしよう。『今日は帰さないからねっ』とか言われたけど、最悪、最終下校時刻には解放してくれるだろう。

「来たか、石高。じゃあ、ここで書け」

「は?」

 そう思っていたのだが、問屋とやらは都合のいいことを卸してくれないらしい。

「は、じゃない。私が見ていてやるから、ここで書け」

「いや、先生だって部活の顧問とかいろいろあるでしょう。俺は図書室でコツコツ書いてますから、どうかお気遣いなく」

「駄目だ。お前は口が達者だからな。どうのこうの言って逃れようとしているに決まっている」

 終わった。これじゃあ最終外道地獄だ。これ以上口答えしたら竹刀でケツを叩かれそうなので、諦めて勧められた椅子に座る。かばんを下ろして、溜め息を吐いた。瑞沢は俺の真後ろを陣取って座っている。

「一応、今日は私が原の手伝いをすることになっている。すぐに戻ってくるつもりだから、その間に逃げようなどと思わないように」

「原先輩の?」

 俺は筆箱からシャーペンを取り出して、原稿用紙と向き合う。が、先輩の話題が出たなら食いつかない訳にはいかない。

「ああ。HRで言っていただろう。最近、部活動の勧誘のいき過ぎには目に余るものがある。運動部特有のゴリ押しだな」

 どうして、そんなに後輩が欲しいんだろうなあ、あいつらって。後輩キャラって、そんないいもんか? 例えば俺が中学ん時みたく運動部だったなら、疲れて部室に戻ってきた俺に、ヘアバンドをして、くりくりとした瞳の、背は小さいけどおっぱいはおっきい一年女子がカチカチに凍ったペットボトルのミネラル的な水とふっかふかのタオルを差し出してくれるんだよな。そんでマッサージとかしてくれようとするんだけど、俺の逞しい肉体に触れて『……あっ』とか恥ずかしがっちゃってそれでも意を決して肩! 腰! 揉んでくれるんだろうな。

「いいじゃん!」

「何がいいんだ。真面目にやれ」



 小一時間もしない内に、瑞沢が席を立った。どうやら、原先輩の手伝いをしに行くらしい。というか、こいつ一人でどうにかなりそう。こんないかつい眼帯女が来たら、さしもの運動部どもだってビビッてまともに声すら出せなくなるだろう。

「石高、ちゃんと書いておくように。逃げるな。サボるなよ」

 俺は、反省文を書くのに集中しているふりをして無視した。瑞沢はすたすたと職員室を出ていく。

「あー、尿意が」呟き、俺は原稿用紙にメッセージを残した。瑞沢が完全に立ち去ってくれたのを祈り、立ち上がって何食わぬ顔で職員室を出た。ひとまずトイレに隠れて、廊下、周囲の状況を確認する。正門からは出られそうにないから、裏門から出るとしよう。

 トイレの窓を開けて、かばんを先に放って外に脱出する。近くを通りがかった女の子がこっちを見たけど、今の俺は親友が黒のなんちゃらみたいな組織を率いていたやつだと分かった時のように殺気立っていたので一睨みしてやった。よし。校舎の陰に隠れつつ、裏門へゴーだ。



 教師どもの利用する駐車場を抜けて裏門に到着すると、予想外のことが起きていた。どうやら、こっち側でも部活動の勧誘が行われていたらしい。なるほど。正門の勧誘を嫌ってこっちから出ようとする下級生を狙い撃つ為の布陣なのだ。クソが。余計なことしてんじゃねえぞ。

 だが、僥倖だ。瑞沢はおらず、原先輩がいた。彼女は、サッカー部の連中に注意をしている。されているのは、獅童くんたち2年生だ。つまり俺と同学年。あいつら羨ましい。俺だって注意されたい。原先輩に『めっ』って、額を指でつんってされたい。

「はい。それじゃあ、サッカー部はあとで職員室に顔を出してくださいね」

 話は終わりかけているようだ。収まったところで、こっそり逃げ出してしまおう。そう考えていたのだが、サッカー部は原先輩に対して悪感情を持っているらしかった。舌打ちして、だるそうに頭を掻いている。まあ、逆らうことに憧れを持っている世代だからな。あいつら、ヤンキー漫画しか読んでなさそう。

 その内、一人のツンツン頭が原先輩をねめつけた。カウパーもとい獅童くんだ。

「いや、つか、なんでそんなん言われなきゃいけないんすか? セイトカイチョーって、そういう権限? みたいなもん、あんの?」

 獅童くんの言葉に他の部員が同調し始める。まるで、弟の友達のDVDを割ってしまい、その代償に……って、そんな場合じゃない。ちょっと、雲行きが怪しくなってきてないか。

「私は、先生方から私の裁量で行動してもよいという許可をもらっています。従えないというのなら」

「へー? マジっすか、キレんすか? やべー、生徒会長ぶち切れ寸前だってよ?」

 何がおかしいのか、サッカー部はぎゃははと爆笑し始める。さしもの原先輩も困っているようだった。昨日のラグビー部とは違う。獅童くんたちには根本的に言葉が通じていなかった。……チャンスだ。ここで俺がドラゴンすらころせそうな馬鹿でかい大剣を持った凶戦士の如く飛び出して、あいつらを完膚なきまでにぶちのめせば原先輩の俺に対する好感度はマックスを振り切って求婚チャンスというやつである。

 よし。誰か呼びに行こう。



「せんせー、裏門の方で面倒なことが起きてます」

「ん? あっ、石高お前! やっぱり! やっぱりな!」

 と、陸上部の男子にEX吊るし喉輪からのコンボを決めようとしていた瑞沢が、俺を指差した。めっちゃキレてる。

「何が裏門だ。私の目を欺けるとは思っていないだろうな」

「いや! いや、マジですって、原先輩がサッカー部にめちゃめちゃ煽られてます。あいつら調子に乗ってるんで、先生ちょっと行ってぶっ飛ばしてやってくださいよ!」

「本当だろうな? 嘘だったらPTAにバレないように鎖骨を折るからな。……分かった。行ってくる。ただし石高、お前はそこにいろ」

 こうなっちゃあ仕方ない。悪魔を召還するにはリスクが付き物だ。次に逃げたらマジで何をされるか分からん。



 数分後、獅童くんたちが校舎内に連れていかれるのが見えた。というか教師陣によって引きずられていた。ふう。どうやら事態を収拾出来たようだな。俺の役目はここまでだ。石高禄助はクールに去るぜ。

「おい石高」

「あっ」目の前にくしゃくしゃになった原稿用紙を突きつけられる。その紙をそっと退けると、怒りに震える瑞沢がいた。

「何が『アヤトクン サヨナラ』だ。というか誰がアヤトくんだ。来い。お前には罰を与える。反省しない猿以下のアホに反省文は無駄だと気づいた。なので代わりにドグラ・マグラの書き写しを命じる」

 ミズサワさん、おかしいよ! おかしいですよ!

「と、言いたいところだが、あまりやり過ぎると親御さんにチクられてしまうからな」

「いや、もうチクってクビにしてもらう気満々でしたよ」

「すいません、勘弁してくれ。それに石高、お前に関してはだな、原から、色々と言われてしまっていてな」

 はっ、原先輩から!?

「お前の行動は心底見下げ果てたクズ同然のそれだが、そのことによって大ごとにならなかったのもまた事実だ。と、原から言われた。それに、正直お前を監視するのも監督するのも面倒だ」

 さりげなくクズとか言われた。

「だから、ここでお前に選択肢を与えようと思う」

 瑞沢が指を二本立てた。目潰しされるのかと思って咄嗟にガードを固める。

「一つ。戻って反省文を書く。もう一つ。原の手伝いをする。このどちらかだ」

「……手伝い? 原先輩の?」

 こ、これって、お近づきチャンスじゃないか! マジかよ。いやー、反省してみるもんだなー。

「生徒会の手が余っていないらしくてな。体のいい雑用みたいなものだが、ボランティア活動だと思うことにした。それによって反省文の代わりとしてもいい」

「原先輩といちゃいちゃしたいです!」

「うん、分かった。お前の気持ちは痛いほど分かった。じゃあ、原、そういうことでよろしく頼む。こういうやつだ。煮るなり焼くなり好きにしてくれ」

「えっ……」

 いつの間にか、瑞沢の後ろに原先輩が立っていた。なんだか、すごく気まずいというか、やっちまった、みたいな顔をしている。どうしたんだろう。お腹でも減っているのかな。



 瑞沢がいなくなって原先輩と二人きり。やべーなー、ちょっといきなり過ぎて困っちゃう。改めて間近で見るに、やっぱこの人、肌がきめ細かい。あと細い。

「……あのう、いいですか?」

「なんなりと!」

 原先輩は、俺をじっと見つめる。頭のてっぺんから爪先まで、値踏みされているようだったが悪い気はしない。そも、この人の前では俺なんかゴミも同然である。値がつけられるだけありがたく思わなければ。

「君が、瑞沢先生を呼んできてくれたっていう、2年の子だよね。……ありがとう、助かりました。サッカー部の人たち、聞き分けがなくて」

「あっ、ああ、いや、あんなの別に大丈夫です」

 むしろ、他力本願で恥ずかしいくらいだ。本当なら黒い竜巻のように見開きで獅童くんたちをぶっ飛ばしたかったところである。

「私は3年の原里美(はら さとみ)。実はここの生徒会長をしています。ふふ、知ってました?」

「もっ、もちろんです。お噂は遍く、ええと、耳にして」

「あはは、君って面白いね」

 花が咲いたような笑顔とはこのことか。

「それじゃあ、話は瑞沢先生から聞いた通りなんだけど、明日から手伝ってくれないでしょうか」

「なんでもします! 原先輩がかわいらしくお願いしてくれるんなら屋上から飛び降りてガッツポーズ出来ます!」

「え、あ、そ、それは大丈夫、です。お願いしたいのは、部活の勧誘についてなんです。さっきも見ていたと思うけど、やっぱり私だと男の子に馬鹿にされちゃうんですよ。3年の知ってる人だと話を聞いてくれるんだけど……」

 ああ、さっきの獅童くんたちみたいなやつらだと駄目なのか。

「勧誘をしてるのは2年生が多いらしいので、同学年の石高くんだと、話も聞いてくれるんじゃないかと期待しています。引き受けてもらえますか?」

「勿論です。明日、ええと、朝からでいいんですよね?」

「ありがとうっ。助かります。それで、今日までは先生方が見てくれてたんだけど、明日からは私だけなんですよ。ちょっと早いけど、お願い出来るかな?」

 いつもより早い時間だけど、問題ない。というか聞き逃してはならないワードが。

「……原先輩だけって、生徒会の人たちは手伝ってくれないんですか?」

 俺が尋ねると、原先輩は少しだけ憂鬱そうな顔を浮かべた。が、すぐに笑顔を浮かべる。作ったものだと気付いたが、何も言わないでおいた。

「手が空いているのは私だけなんですよ。あの、石高君も無理をしないでいいからね」

 無理? ありえん。ということは、先輩と二人きりで過ごせる時間が出来るかもしれないってことじゃないか。なんだ、これ。チャンスってのはこんなところに転がっていたのか。

「必ず行きます。任せてください、言うこと聞かないやつがいたら俺の交渉術でショータイムしてやりますよ」

「ショウ……? えっと、と、とにかくよろしくお願いします」

「こちらこそ!」

 こんなにも明日が楽しみだと思えたのは久しぶりだった。



 帰り道、俺は優人や樋山くんに自慢したいという衝動に駆られた。だが、ここで原先輩と二人きりなんだよねーとドヤ顔で言えば、やつらはバタリアンのゾンビよろしく、俺も俺もと寄ってくるに違いない。させるか。どうせ明日の朝にはばれてしまうが、それまでは幸せを一人きりで噛み締めていたい。俺たちずっと友達だよな、みたいな終わり方はごめんだ。時には友情を切り捨てる覚悟も必要である。俺はそんなイタリア人になりたい。女を口説いてものにすることをコモンセンスとする人種のようになりたい。

 そんなことを考えながら帰宅すると、出迎えてくれためぐにじっと睨まれてしまった。まだ何もしてないんだけど?

「なんだよ。今日の兄ちゃんはいつもよりかっこいいってか?」

「そのポジティブな姿勢は見習われるべきだと思うわ。けれど、違う。ただ、いつもより顔が緩んでいてだらしがないと思ったのよ」

「……そ、そうか?」

「そうよ」と、めぐはついと顔を逸らした。しかし無理もないだろう。学校のマドンナ的存在な(自分で言ってて草不可避表現)原先輩と活動が出来るんだ。それも二人で。そりゃあ、顔の一つや二つ、緩むってもんだ。

「なんとでも言えばいい。今の俺はかーなーりー、強いからな。クライマックスが近づいてきているんだ」

「……女の子絡みの話かしら」

 なぜ分かる。

「男の子がはしゃぐのって、それくらいだものね。ふうん。お兄ちゃんも遂に2次元から目を覚ましたのかしら。画面から出てこないキャラクターに愛を注いでも、自分の心が空になるばかりだから」

「それとこれとは話が別だぞ。愛は見返りを求めない。画面から出てこないのなら、俺から画面の中へ行くから問題ないし」

「でも即物的な温かみは得られないわ」

「めぐっ! お前なあ、小学生、しかも低学年の分際で男を手玉に取ってる悪女みたいな発言はやめろよ。悲しくなる。外でもそんななのか?」

 俺の妹がこんなに可愛げがない訳がないし、修羅場だって経験しているはずがないんだけど不安になる。

「私がこんななのは、お兄ちゃんの前だけよ。同い年の子に言ったって分かってくれないもの。それくらいの線引きは出来ているつもりよ」

「そ、そうか。それはそれで複雑だけどよしとしよう」

「お相手はどんな人なの?」

「すげえ美人」

 めぐは俺をじっと見つめて、溜め息を吐いた。そうして、とても優しい目をした。

「それは幻よ、お兄ちゃん。きっと、魔法をかけられてしまっているの」

「幻じゃねーよ!」

 瑞沢といい、どうしてみんな俺にマヌ○サをかけたがるんだ。

「お兄ちゃんみたいな人と美人との接点なんて、この世に存在しないもの。絶対にあり得ないわ」

「言い切るねえ、愛ちゃん。だども、そがあなこと言っていいだすか? 俺に彼女が出来たんなら、お前はもう二度と俺を馬鹿にすることが出来なくなるんだぞ」

「……別に、お兄ちゃんを馬鹿にしたいと思ったことなんてないんだけれど。ただ、馬鹿だから。私は馬鹿にしているんではなくて、純然たる事実を述べているだけよ」

 くっ、ああ言えばこう言うし、ちょっと意味が分からない。分からないんだけどやっぱり馬鹿にされてるんだろうなあってのは分かる。悔しい。小学生の妹に歯が立たない自分が情けない。

「くっ、めぐのバーカ、チービ!」

「何よ、ろくでなし」

「そんなもん散々言われ慣れてるから、効かぬ」

「私、学校では一人っ子で通しているの。お兄ちゃんがいるって知られたら嫌だから」

 うっ。

「そっ、そうかよそうかよ。俺だって妹なんかいないってことにしてるからおあいこだな!」

 めぐはこっちを見ず、ソファに座ってテレビを見つめ始めた。

「お弁当作ってあげない」

「それは困る」

「お兄ちゃんなんて、嫌いっ」

 限界だ。

「うわああああああああああ!? ごめん! ごめんって言い過ぎたって! だから俺のことを嫌いにならないでくれええええええええええええ!」

 なんだかんだ言って、歳の離れた妹は可愛い。いつか確実に嫌われてお兄ちゃんじゃなくて『おい』とか呼ばれたり、何を話しかけてもスルーされてしまうとしても、せめて今だけは。

「もう、シスコンなんだから。女の子に嫌われちゃうわよ」

「いい! 俺は家族を大事にしているだけだからな!」

 結婚相手は俺だけでなく、妹も愛してくれるような人がいい。具体的には原先輩がいい。あーあ、明日結婚出来ねえかなあ!

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