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タイジスルセカイ(金輪奈落you did it)

 丹下院の特訓が始まった。まず、二、三曲ほど歌ってもらい、樋山くんがこいつの声質なんかを考えて、優人の好きそうな歌にチャレンジしてもらう。ということで納得してもらった。その間、俺はソファで寝ころびながら丹下院の歌を聞くしかない。

 で、バラードばかりが続いて俺があくびをしそうになった頃、

「な? 上手いっしょあたし?」

 ドヤ顔を見せつけられた。辟易とするわ。

「どうなの樋山くん?」

「うーん、普通だ。動画サイトにうpしてもコメントはあんまりつかないだろうな。けどまあ、意外とロリっぽい声してんな。舌足らずだし。宝の持ち腐れ過ぎて草生える。そうだなあ。えげつねえのもイケるんじゃね?」

「ちょ、なんか嫌な予感がするんですけど……」

 楽しそうにマイクを握っていた丹下院が俺を見る。助けを求めているかのようだった。俺は無視してケータイの中にいるガールフレンドたちと戯れる。あーSレア引けねー。

「じゃ、最初にお手本を見せるから。石高、頼む。アレ入れっから」

「お、久しぶりにアレが聞けるのか」

「何? 何なの何が始まんの? ホント勘弁して欲しいんだけど」

 曲が流れ出す。ポップでキュートな感じのやつだ。

「なあ」と、丹下院が俺の耳に顔を近づけてくる。

「これさー、誰の歌?」

「とある声優さんの歌だよ。樋山くんは王国民なんだ。ほら、徐にピンクのケミカルライト的なものを取り出したろ」

「ピンク? 王国……? って、声優の歌ー? キショいんだけど」

 気持ち悪くねえよ。声優だって武道館でライブ成功させたり紅白に出たりしてんじゃねえか、最近。俺からすればその辺のよく分からんやつらより全然いいと思うけどな。

「はい! はい! はい! そんじゃコールの練習な! ヘイ! フッフー(裏声)! ウーッ、オイ! とりあえずこの三つで! PPPHとかはまだ早いからな! でも世界一かわいいよだけは覚えといて! 世界一かわいいから!」

「うるせーし! 何言ってるか全然分かんないから!」



 で、一曲丸々歌い切った樋山くんは汗をかいていた。俺は炭酸飲料の入ったグラスを手渡す。

「お疲れ様です」

「はあ、はあ……どうだった? 今の歌」

 丹下院は樋山くんから距離を取った後、壁を見つめた。

「声高くて、裏声なんかもすげー使ってて、何か普通に上手かった。でもキモイ。歌が上手くて気持ち悪いとか初めてなんですけど」

「俺の歌と声について講釈垂れてんじゃねえよビッチ! ゆかりんの歌はどうだったって聞いてんだ! 殺すぞ!」

「お、落ち着けよ樋山くん」

 流石訓練されている王国民は半端ないな。軍隊と変わらんぞこいつら。

「ふうううううう……。うん、まあ、丹下院さん。これ歌ってもらうから。寺嶋だってめちゃくちゃ喜ぶと思うよ」

「これを!? あたしが!?」

「本当は他にもあるんだけど、付け焼刃を増やしたって仕方ないし。とりあえずこれを極めておこう」

「なんであたしがこんなの極めなきゃダメなんだよ!?」

 歌う前からシャウトしてやがる。やる気満々じゃないか、はっはっは。

「とりあえず樋山くんのプレーヤーで聞き込んでたら? 先に俺も何か歌わせてもらおう」

「……何歌うの?」

 俺はタイトルを告げて、リモコンを操作する。

「あー、それなら知ってる」

「だろうな。俺が勧めたアニメのオープニングだし」

「なー樋山。あたし、どっちかっつったら、そっち歌いたいんだけど?」

「ダメー。それは石高は好きだけど寺嶋はそうでもないから。喜ぶのはそこのクズだけだ」

 ふうんと、丹下院は疲れた風に息を吐き出した。



 丹下院は電波曲も歌い始めていた。もう十曲以上はぶっ続けだ。最初は渋っていたこの女も、やはり歌うこと自体は好きなのだろう。歌詞をガン見しつつ、樋山くんに罵倒されながらも必死に食らいついていた。

「キャラソンなんだからキャラ声で歌えよ! キャラソンも何もかも全部同じ風にしか聞こえねえんだよあの声優!」

「誰のことだよ! つーかこのキャラとか知らねーし!」

「あっ、ほら遅れてる! そこは歌詞には載ってないけど台詞があるところだから! 何も書いてないからってサボるなよ!」

「もう何なのこいつ! マジでウザい!」



 そろそろ終わりだな。丹下院も疲れてるし。

「……もうカラオケ嫌だ」

「いやー、まあまあ聞けるようにはなったかな。もう少し、こう、作詞家の人の意を汲んで欲しいところではあるけど」

「お開きにしようか。おい、本番までにCD買うなりして聞き込んどけよ」

「もう、なんでもいーから家に帰してくんない?」

 丹下院は立ち上がり、ドアを開けようとした。ふと、外に知ってるやつを見たような気がして、俺は丹下院の肩を掴んでしまう。彼女はこっちを見遣り、鬼のような形相で睨んできた。

「触ってんじゃねーよ、うぜーな」

 突き飛ばされて尻餅をつきかけるが、そんな場合じゃない。

「待て待て開けんな。見つかんないように外見ろ。アレ、お前の友達じゃねえのか?」

「は?」

 丹下院はしゃがみ込み、ガラス窓から通路の様子を見遣った。

「げっ、ゆっこたちじゃん……やべー。そーいや、なんか今日はカラオケに行くとか言ってたっけ」

「ここで出てったらめんどいことになってたろ」

「危機一髪だったな。ジージェイ、石高」

「だよな。……あ。ごめんな、石高。突き飛ばしちゃって」

 別にいいよと、俺はソファに座り直す。さて、ここは様子見だな。丹下院の友達連中はここに来たばかりみたいだし、落ち着いたところでサッと出ちまおう。

 当の丹下院は珍しくしゅんとしていた。俺を突き飛ばしたくらいで気にすることなんかないのにな。



 隙を見計らい、俺と樋山くんは会計をする為にレジへ。丹下院は先に外へ出てもらった。たぶん、家に帰っただろう。というわけで今日のところはこれにてお開きである。

「しかし、なんか疲れたなー。どうする石高。メイトとか見てくか?」

「そうするか。どうする? 優人呼ぶか?」

「いや、止めとく。いらんこと喋りそうだ。丹下院さんに怒られたくないしな」

 別に、あんな女怒らせたところでどうにもならん。せいぜい、女子トイレに侵入した痴漢という噂を流されるだけだ。

「でもさ、どういう経緯で丹下院さんと絡むようになったんだよ。正直、俺たちとは真逆の人種じゃん。しかも怖いし」

「ま、まあ、色々あったんだよ」

「ふーん。それにしても、思ってたより仲がいいんだな、お前ら」

「……俺と丹下院が?」

 樋山くんはこともなげに頷く。やめてくれ。どこをどうしたらあんなアホと仲良くしてるように見えるんだよ。

 ケータイが震える。丹下院からメールが来ていた。何かあったのだろうかと確認すると、


『ありがと』と。


 そう、一言だけ。



 翌日、俺は丹下院と会話どころかメールでのやり取りすらもしなかった。正確には、向こうが何もしなかったという方が正しい。いつだって、何か話してくるのは向こうなのだ。平和だ。平穏だ。その反面、少し物足りないような気もしていた。錯覚だろうと信じたい。



 木曜日、俺は丹下院に呼び出されて図書室に顔を出した。いつも通り、ここには誰もいなかった。

「いつも思うんだけどさ。他の図書委員っていねえの?」

「知らねー。みんな遊んでんじゃないの?」

 ガチで図書室を利用したい奴はどうするつもりなんだ、この学校は。

「まあいいけどな。で、今日はなんだよ」

「いや、土曜さ、寺嶋君と遊ぶじゃん? でもさ、なんつーか、不安っつーか」

「大したことしねえから平気だって。駅前ぶらつくだけだから」

「練習、しときたいんだよね」

 練習? 遊ぶことを?

「うちらが遊んでんのとは違うことすんだよね? だったら、少しは心構えが欲しいんだよ」

「気持ちは分からんでもねえけど。……じゃあ、いつも優人とどんな感じなのか言うから、適当にシミュレーションしといてくれよ」

 丹下院は不満そうな顔をした後、取り繕うかのように頭を振った。

「いや、普通に行けばいいじゃん。連れてってよ」

 この馬鹿が何を言っているのかが分からなくて、俺は黙り込んで考え込む。

「駅前に?」

「は? 駅前で遊ぶんでしょ?」

「そうだけどさ。お前と行くのか? 行かなきゃダメなのか?」

 丹下院は舌打ちし、机の下で俺の足を蹴った。

「しつけーなー、何回言えば分かんの?」

「いや、まあ、いいけどさ。いいのか?」

「何が?」

 こいつ、分かってねえのかよ。

「だから、カラオケ屋で俺らと一緒にいたのがバレそうになったろ。俺とうろついてるところを見られたらめんどいことになるんじゃねえかって言ってんだ」

「あー、別によくね? 大丈夫っしょ」

 こんなに根拠がなく、大丈夫じゃない大丈夫は聞いたことがない。だが、ここで拒み続けていても仕方がなさそうではある。樋山くんは、俺とこいつが仲がいいなんて見当違いのことを言ってたが、互いが弱みを握り合っているだけの打算的な関係なんだ。信用は出来ない。特に、こいつみたいなパッパラパーは。

「分かったよ。でも、つまんなくても文句言うなよ」

「そこはそっちの腕の見せどころじゃねーの?」

 そんな腕、どこにもねえっつーの。



 まあ、流石にピークタイムを過ぎたとはいえ、学校から一緒に駅前へ向かうのは憚られる。俺と丹下院は時間をずらし、駅前のメイト前で集合することにした。

 で、俺は後から着いたのだが、メイトの店前にあるガシャガシャコーナーの近くで、ヤンキーみたいな女がウンコ座りで周囲のやつらを威嚇するような目でじっと見ていた。前世ではSランクの冒険者であり、ギルドの受付の姉ちゃんやベテランたちにもその潜在能力の高さに恐怖されていた俺だが、丹下院に近づこうとは思えない。

「あ!? てめーバーカ、おっせーよ!」

 うわあ、バレた。めちゃめちゃ呼ばれてる。何か嫌だ。俺たちの神域が穢されてるような気がしてきた。

「……あのさ。そういう、アホみたいな真似はやめてくれよな」

「アホって何が?」

「周りを威嚇してんじゃねえって言ってんの」

「だってさ、なんかあいつらあたしを見てくんだもん。ムカつく」

 そりゃ、なあ。ヤンキーっぽいやつだったり、厳ついやつがオタショップに来ることも珍しくなくなってきたけど、それでもレアな存在なのは確かだ。イッツマイノリティである。

「ま、あんまし気にすんなよ。それより、優人と遊ぶ時はたいていここを見てからだな。チャリをその辺に停めて、物色するんだ」

「漫画とかゲームとか?」

「グッズとかな。ここにいても仕方ねえし、とりあえず入ろうぜ」

 俺はさっさと店に入る。丹下院は外と、店の中を見比べた後、意を決したように足を踏み出した。



 丹下院は、物珍しそうに商品を手に取ってみたり、狭い通路で誰かとすれ違うたびに舌打ちしたり、顔をしかめていた。

「んだよさっきのやつ。カバンがパンパンじゃん。邪魔だっつーの」

「あそこには夢が詰まってんだよ。ほっといてやれ」

「つーか寒くね? クーラー効き過ぎ、ここ」

 だったら制服をちゃんと着ろよな。

「お、この漫画あんたも持ってるやつじゃん」

「あー、それな。そういや、新刊って今日発売だっけ」

「ふーん。買わねーの?」

「あとで買うよ。この時間、メイトのレジは鬼のように混むから」

 正直、丹下院がぶち切れそうな気がする。どんだけ待たせるんだよボケって。

「……同じガッコのやつとか、ここにも来んの?」

「まあ、何人かは。今のところは見てないけどな」

 客の殆どは制服姿の学生である。別の店なら客層もがらりと変わってくるが。

 漫画本を見ていた丹下院は、店内を不安げに見回している。

「バレんのが嫌だったら、やめとくか?」

「うーん。……あ、何これ? 人形じゃん。人形も売ってんの?」

「フィギュアと言いなさい、フィギュアと。ほら、このキャラだったら知ってるだろ。あのアニメのヒロインの」

 ああ、と頷き、丹下院は箱を手に取り、何気なくひっくり返した。

「うわ、パンツ履いてる! え? なんで? キモ。キモい。マジでやばい」

「優人もこういうの持ってるぞ」

「…………ふ、ふーん、あっそ」

 あ、今ちょっとダメージ受けたな。

「あんたもこういうの持ってんの?」

「俺はこういうでっかいのより、ちっこいのが好きだな」

 俺は、適当なコレクションフィギュアの箱を指し示す。

「何が入ってるか分からないから、開けるのが楽しいんだ。ワンコインで買えるやつもあるし」

「へー。なんか男子ってさー、集めたりすんの好きだよねー。小学校の時さ、カードとかめっちゃ持ってるやついたわ」

「カードだったら俺らもやってるけどな。つーか、金持ってるやつが強いんだよ。子供より余裕で大人が強い。大会とかあるの知ってるか?」

「は? カードの大会? そんなんあんの?」

「あるんだよ。世界大会とか。規模はアレだけどこの辺でもあるぞ。中古を扱ってるちっさいゲーム屋はさ、殆どカード屋になってる。儲かるからな。で、対戦出来るスペースが用意されてんだ。そこで大会がある。で、優勝したやつは写真撮ってホームページに載ったり店で記念にって写真載せられんの。写ってんのは大概おっさんだ。子供押し退けて中央でダブルピースしてる」

 ぎゃははと、丹下院は下品な声で笑った。

「年季の入ったオタは色んな意味で強いからな。知識も金もある」

「常識は?」

 ノーコメントでお願いします。

「何か買おうかなー。新刊売ってるし、あ、これも出てたのか」

「買ってくりゃいーじゃん。そんくらい待つよ」

「結構長いぞ。ほら、レジを見てみろ」

 長蛇の列が出来上がっている。あまりの仕上がり具合に丹下院は引いていた。

「この辺適当に見とくから、行ってきなって。寺嶋君だって買い物すんでしょ? そんくらい待つし、待つのも楽しいんだよね、こういうのって」

「そうなんか? じゃあ、悪いけど行ってくるわ」



 二十分ほど後、会計を済ませた俺は丹下院の姿を探した。ぐるぐると回ってみたところ、やつはBL本の棚の前で立ち止まっていた。何故、そこに?

「何見てんだ?」

「あ、終わった? や、これ、すごくね? 男同士って、マジでか」

「百合の男版と考えてくれ」

「絵面やべーんだけど」

 あんまりここでごちゃごちゃ言うと、腐った方に睨まれるからやめとこう。な?



「で、何買ったん?」

「さっき言ってた本と、ストラップ。家の鍵んとこにつけるんだ」

 俺はメイト前の壁に背を預けて、さっき買ったラバーストラップを鍵に取りつけようとした。

「なんかのキャラ?」

「ゲームのやつ。新しく売ってたんだ。前のやつが首のところ千切れてマミってさ、ちょうどいいってな。……くそ、なんかくっつかねえ」

「どんくせー。ちょい貸してみ? あたしがやったげるから」

 無言で、鍵とストラップを手渡した。丹下院は二秒くらいで取り付けを終わらせる。何をやったのか分からなかった。団長の手刀を見逃さなかった人でなければ捉えられない動きだった。

「はい。これでいい?」

「お、おう。ありがとな」

「そんで、次はどーすんの?」

「カラオケは……あ、いや、行かないからそんな顔すんなって。と、なると、ゲーセンか、他のショップ行くか。あとはファミレスで戦利品見せ合いながら駄弁るくらいか」

 ふーんと、丹下院は伸びをする。

「あんま、うちらとやってること変わんないんだね。入る店が違うくらいじゃん」

「まあ、高校生だしな。大したことはしてないって言ったろ。どうする。帰るか?」

「もうちょい付き合ってよ。次はー、ゲーセン行こうぜ。あそこなら隠れてタバコ吸えるし」

「ダメだって!」



 ゲーセンは駅前から少し外れた場所にある。パチンコ屋の真向かいにあり、何故か駐車場も完備だ。とはいえ、今日のところは殆ど自転車しか停まっていない。

 入り口を潜るとメダルコーナーがあり、一階にはプリントシール機が連なり、音ゲーやレースゲー、クイズから麻雀まである。フロアは一見すると綺麗だが、タバコの臭いが鼻につく。二階には格ゲーやシューティングなんかのビデオゲームがあり、俺や優人は専らそっちで遊ぶ。田舎には不釣り合いなほどバラエティ豊かなゲームが揃っておりパパも子供も満足だ。

「なー、吸ってきていい? つーかあんたといると全然吸わせてくんないからストレス溜まるんだよね」

「じゃあお前優人の前でもそんなこと言うのか?」

「ダメなん?」

 駄目に決まってんだろ。つーか優人がどうこうじゃなくて駄目なものは駄目だろうが。

「大人しくゲームだけしてろよ。ほら、アホみたいな顔して写真でも撮ってろよ」

「やんねーし。そーゆーの好きじゃないんだよね」

「え? お前らってそういうの好きじゃねえの?」

 カルチャーショックだわ。

「じゃあ、何しにゲーセン来てんだ?」

「ノリで。まあ好きじゃないけど普通にプリ○ラだってするし、なんかー、友達がメダルんとこいたら付き合うし、臨機応変っていうの? そんなん。あんたこそ何やってんの?」

「格ゲーと、最近はクイズやってるかな」

 どれよ、と、丹下院が店内を見回す。俺はマジカルなクイズゲームを指差した。

「あー、アレ。面白いの?」

「クイズがっていうより、人と競うのが面白いんじゃねえのかな。キャラも可愛いし」

「ふーん、キモい。じゃあさ、ちょいやってみ? な?」

 この流れでかよ。キモいって言われてんだぞこっちは。まあやるけど。

 見ると、クイズゲームは端の台が空いていたので、これ幸いと椅子を引いた。

「あたしこれ見んの初めてだわー」

 丹下院が隣に座る。自然な流れだったので俺は何も言えなかった。まあ、こいつにスタンドさせても教え愛なんか無理だろうし。

「で、あんたの使ってるキャラってこれでしょ? 胸がでかいやつ」

「残念使ってんのはマラ様だ。ほら、このミステリアスな子」

「こんなんが好きなん? あはは、やっぱキモいわ」

 電子ビーム撃つぞコノヤロウ。



「あ? 化粧品を塗る順番? 知るかよ!」

「知らねーの? 教えてやんよしゃーねーなー。だから童貞は嫌ですわー」

「だったらこれ答えられるか? 答えてみろよ。このロボットの名前をなあ!」

「いや、あたしオタクじゃないから分かんない。ガンダ○? エ○ァ?」

「ロボット見たらとりあえずその二つ言っとけって精神は嫌いじゃないけどな。ちなみに優人はファーストが大好きだから適当に褒めとけばオケ」

「いっぱいあるもんね、アレ。あんたはどれが一番好きなの?」

「武者のやつ。昔プラモ集めてたんだ。思い出補正ってやつだな」

 クイズは結局、決勝まで行かなかったが充分に楽しめた。そんな気がする。



 次は格ゲーな、と、丹下院が階段を上っていく。ふと、さっきまでこいつと至近距離にいたんだと思うと、微妙に恥ずかしいというか、変な気分になってしまった。ギャルだのビッチだの馬鹿にしていたが、普通に楽しかった。

「コミュ力の違いだな。圧倒的過ぎる」

「おせーよ何してんの? じゃ、対戦な、対戦。あたし今日は勝つから」

「対戦? 何で?」

「いや、何でっていつもあんたと対戦してる……あれ? なくね?」

 残念ながらインカムの悪いゲームはすぐに撤去されるのだ。が、心配無用。

「この台でいけるから。ゲームをな、切り替え出来るんだ。すげえよな。昔のゲームとかも出来るんだぜ」

「おー、よく分かんないけど遊べんだよね? で、コントローラーはどこにあんの?」

「ゲーセンはレバーでやるんだよ。知らなかったのか?」

 丹下院は口を開けて、ゲームのモニターと俺を交互に見た。

「こんなんでどうやって技出すんだよ?」

「いや、こうして、こう! これね。分かる?」

 分からんと、丹下院は首を振る。まあ、パッドとレバーじゃ全然違うもんな。家では格ゲーが強いやつもゲーセンだとまともに動かせないってことはあるし、その逆もしかりである。

「えーマジっすか最悪ー。じゃーもういいよ。練習すっからちょい待ってて」

 百円玉を筐体に投入すると、丹下院は椅子に座って灰皿に手を伸ばした。俺は椅子の足を軽く蹴飛ばす。

「灰皿触っただけじゃん。何? 喧嘩売ってんの?」

「あとで買ってくれよな。画面の中でボコボコにしてやっから」

「じゃ、賭けなー、賭け。負けたら根性焼きで」

 せめてジュースを奢るとかにしてくれないかな。勝っても負けても得しねえわ。

「お前ら、いつもそんなアホみたいなことしてんのか? つーか、根性焼きって、火傷とかやばいんじゃねえの?」

「見る?」

 丹下院は右腕をすっと差し出した。

「あー、確かに焼けてんな。こんがり」

「触ってもいーよ?」

「遠慮しとく。殴られそうだ」

「殴らせろよー」

 存外、近くで見ると綺麗な肌をしていた。まじまじと見てしまい、俺は自分で何をやってんだとアホらしくなって目を逸らす。火傷の痕なんかどこにもなかった。というか、あったら気づくよな、普通。夏服で露出が増えてんだし。

「ちょっとビビったわ。手首灼ぃたんかと思った」

「うち、親がうっさいから。だからさー、高校出たらぜってー一人暮らしすんの」

「一人暮らしって大変そうだけどなあ。で、その金はどうすんだ?」

「ん? ……親からもらう」

 あ、駄目だこいつ絶対自立出来ねえわ。クズですわ。



 丹下院は初めてのゲーセンでの格ゲーに苦戦しているようだった。俺は近くに立ち、歩きながら波動拳を出せばいいとか、適当にアドバイスをしていた。彼女はうるせーだの黙っててくんないだの憎まれ口を叩くが、まあ、画面の中のキャラクターは素直だった。

「あー、オッケーオッケー完璧っすわー。余裕っすわー」

「じゃあやるか」

 俺は反対側の席に座ろうとした。が、運悪く、別のやつがそこに座ってしまう。たまに対戦することもある外回りのリーマンだ。この店の常連で、中々上手い人である。ちょっとまずいな。

 丹下院は引き返してきた俺を見遣り、不思議そうな顔を浮かべた。

「やんないの?」

「や、別の人が座った。乱入されんぞ」

「は? あんたとじゃなくて? 知らん人と対戦しなきゃなんないの?」

「まあ、さっきからチラチラ見てたっぽいし、初心者だと分かってるから手加減してくれるだろ」

 俺は何気なく向こう側を見遣る。が、不穏なオーラを感じた。これは……この気は間違いねえ。ルサンチマンだ。俺や優人や樋山くんからもよく発せられる特有の。

「あ、駄目だ。本気で来そうだわ」

「え? 手加減してくんないの!?」

「あんまりこういうことは言いたくないんだけどな。相手は嫉妬しているんだ。女連れで格ゲーなんかしてんじゃねえよって。俺にも覚えはある。カップルでいちゃいちゃしてるのを見ると、ついつい乱入してクソミソにボコって煽って舐めプレイしちゃうんだよな」

 ふと視線を下げると、丹下院は俯いて頭に手を遣っていた。

「馬鹿じゃん? うちら、別にカップルじゃねーしいちゃいちゃしてねーし……」

「向こうはそう思ってくれてないけどな。あ、始まるぞ。たぶん、開幕から速攻仕掛けてくっから気をつけろ」

 丹下院は主人公キャラを。相手のリーマンはめぐと同じテキサスを選んでいる。このゲーセンじゃあ、大抵の格ゲーは三本先取だ。恐らく、丹下院はフツーに何の面白みもなく負けてしまうだろうが、まあ、いい経験だと思って欲しい。



 三本取られた丹下院は立ち上がり、台を蹴ろうとした。そこは必死に止めておく。

「悔しいのは分かるけど出禁になるぞ?」

「納得いかねー、リターンマッチしたい」

「カッカすんなよ。それよか隣で対戦しようぜ」

「この三角頭、別にさ、そんな強くなかったのに」

 へ?

「だってあんたの妹の方が全然強いじゃん。あと、あんたと対戦してる方が楽しいし。だから、なんか、よく分かんねーけどムカつく。……ちょい向こう行ってぶっ飛ばしてくるわ」

「わーっ、よせよせ!」

 怒りゲージの溜まっている丹下院をなだめすかせてジュースを奢って、どうにかして収まってくれた。これだから嫌なんだよ。まあ、対戦してて楽しいってのは嬉しかったけどな。



 その後、優人と遊んでいるのと同じように色んな店を案内し、気づけば七時を回っていた。

「まあ、今日はもうこの辺でいいだろ」

「いつもはこの後どうしてんの?」

「シメはファミレスかな。あと、優人だったら俺んちで遊んだりする」

「へー。寺嶋君もあんたの妹と遊んだりすんの?」

 どっちかというと遊ばれてる。

 丹下院はケータイの画面を見つつ、暗くなってきた空に視線を移した。

「なんかさ、思ってたよりめっちゃ楽しかった気がする」

「……そうか? でもな、俺と遊んでても仕方ねえだろ。お前は、優人と付き合う為に練習してたんだからさ」

「そだね」

「土曜日はさ、俺、途中で姿を消すから。二人にしてやっからよ、上手いことやれよ」

「は? なんで? 別にあんたがいたっていーじゃんか」

 馬鹿ではなかろうかこいつ。

「俺がいたら邪魔だろうが。あのな、何の為に今まで協力してたんだっつーの俺は」

「邪魔とか思ってねーんだけど、ま、サンキュー」

 にししと笑い、丹下院は俺に背を向ける。

「じゃね、今日はありがと。土曜日はよろしくなー」

「おう。じゃあな」

 手を振り、俺も背を向けて歩き出した。……どうなんだろうな。どうなるんだろう、土曜日は。一か月以上も丹下院は優人と付き合おうとして、嫌なことと向き合ってきた。成功する可能性は、確率は、どのくらいのものなんだろう。

「考えても仕方ねえか」

 決めるのは優人であり、丹下院だ。俺にはもう出来ることがない。物事が成功すんのも失敗すんのも半々だろう。やるか、やらないかだ。だけど、俺は何故だか、失敗して欲しいと思っていた。丹下院がムカつくからじゃない。もしかすると、俺は。

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