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タイジスルセカイ(金口木舌Just You Wait)

 仲睦まじく格ゲーをやってたら空気の読まないお邪魔虫から鬼のように電話が来た。丹下院である。仕方なく出てやると、ネット対戦の仕方を教えて欲しいとのことだった。

『なんかー、ぜんぜん意味分かんない。線は繋げたんだけどー、登録? しろとかめんどいのが出てくんの』

「画面の指示に従って登録しとけばいいだろ。あとはグーグル先生に教えてもらえ」

『は? 誰それ? そんな外人のセンセー、うちらのガッコにいたっけ?』

 どこまで仕方がねえんだ、こいつは。

「お兄ちゃん、もしかして、あの人?」

 めぐがコントローラを置いてケータイを見遣る。俺は小さく頷いた。申し訳ないが、丹下院に指示を出している間、めぐには退屈な思いをさせてしまうだろう。

『でー? この後はー?』

「だから指示に従えって言ってんだろ。なんでそんなことが出来ねえんだよヤンキーはこれだから嫌なんだ」

『うっせーバーカ』

 ボキャブラリーの雑さにビビるわ。ここ数日で何回バーカと聞いたことか。



「ってわけだから、な? ちゃんと繋がったろ?」

『おーすげー、オンラインになった。やべー、技術力やべー』

 ようやく熱帯が出来るようになったらしい。ふう。三十分もかかってしまった。めぐはすっかりおねむの様子である。

『んじゃ、ちょっと勝負しよーよ勝負。ついでにいろいろ教えてくんない?』

「えー? だってお前マイクとか買ってないだろ? ボイチャなしでどうすんだよ」

『ボイ茶? あー、あたし苦いのだめな人だから』

 もう! もうどこまで! どこまでなんだ!

「もうわかったよ。とりあえず対戦はしてやるから」

『ボコボコにしてやっから』

「はいはい。そんじゃ、メールで指示すっからな」

 電話を切り、溜め息を吐く。思いのほか長く、重たいものが出た。

「……ネット対戦するの?」

「しつこいから五回くらいボコってくる。向こうから諦めてくるだろ」

 めぐは瞼を擦った。うみゅーとか言ってくれたら最高に可愛いんだけど、我が妹はそう簡単に隙を見せない。



 ネット対戦するだけでも一苦労である。俺が部屋を作り、そこに丹下院を招待する形で対戦が始まった。試合が始まり、俺は適当にキャラクターを動かす。どうやら、ラグはないらしい。無線だったら掲示板で晒すくらいの戦犯ものだが、線を繋げたとか言ってたし、きっちり有線にしているようだ。

 丹下院のキャラはこのゲームの主人公らしき少年だ。たぶん、適当に選んだんだろう。俺は海賊船の船長を選んだ。マグナムマグナム言ってるだけでゴリ押し出来る単純なキャラである。……システム的には難しいことはない。コンボだってそこまで長くはない。古き良き格ゲーって感じだ。そのせいでゲーセンでは受けなかったらしいが、家庭用で遊んでるだけなんだから気にならない。

「お兄ちゃん、あの黒い人って強いの?」

「いいや、ど素人。ほら見ろ。この動きはたぶん、昇竜コマンドをミスりまくって空ジャンプしてるんだ」

「手加減してあげるの?」

 俺はこう見えて新規に優しい男だ。だから丹下院にもゲームの面白さを知ってもらおうと思っていたのである。だがしかし、今までのことが思い浮かんできた。こいつのせいで色々と面倒なことになっている。そう思えば……。

「いや、ぶちのめす」

 というわけで練習する間も与えずボコった。優人やめぐ相手では決められないコンボを散々にぶち込んでやった。ケータイが鳴っているが無視して2ラウンド目に突入する。即座にボコる。試合終了。丹下院からのメールを確認すると『死んで欲しい』という旨の内容であった。どやぁと返しておく。さて、これで諦めてくれるかな。

 そう思っていたのだが、丹下院は案外負けず嫌いであった。既に十回目の対戦である。別に、唐突に頭の中の種が割れて覚醒するわけでもなく、動きが良くなるわけでもない。それでも、画面の向こうからやる気のようなものが見えてきたような気がする。こんだけボコられてても優人と仲良くなりたい、付き合いたいって一心でやっているんだろう。

「お兄ちゃん、次は私がやりたい」

「……え? めぐが?」

 正直、迷った。めぐは手加減を知らない。お手軽強キャラで心を折ることなら彼女の右に出る者はいない。樋山くんなんか半泣きでめぐと対戦していたこともある。

「じゃあ、ちょっとやってみ」

 めぐは頷き、やはりと言うかテキサスを選んだ。そんでもって俺よりも手酷く、嫌らしく、こてんぱん(一度使ってみたかった言葉シリーズ)にしていた。心なしか、いつもより力が入っている気がした。



『なー、ちょっとやり過ぎじゃね?』

「ごめん。ちなみに最後は妹だったけどな」

『げっ、あの妹? あたし小学生に負けたん?』

 ドンマイ。でも俺だって普通に負けるから。

『でもまー格ゲーってちょっとよくね? 相手ボコって楽しむのって気持ちいいかもしんない』

「歪んでんぞお前。これは相手との読み合いを楽しむものなんだって」

 まあ、馬に念仏か。こいつは優人と仲良くなるんなら何だってよさそうだし。

『妹も強かったけどあんたも強いね。あはっ、あはははははは! ぜんぜんリアルと違うけどな! 何あんた海賊になりたいん?』

「優人なんか猫耳の子使ってんだぞ」

 樋山くんにいたってはお姫様だ。

『寺嶋君はいいの。あんたはキモい』

 あばたもえくぼってか。



 その日の夜は何事もなく眠ることが出来た。

 翌朝の目覚めは快調であった。いってくるとめぐに手を振り、樋山くんと一緒に坂道を上り、学校に着いて優人と駄弁る。

「よっしゃ、じゃあこれから毎日家を焼こうぜ!」

「ああ、そうするか!」

 話がまとまったところで瑞沢がやってきた。HRの始まりである。が、教室内に丹下院の姿はなかった。どうでもいいけど。



 昼休みになり、飯を食い終わって教室に戻ってきたところで、気だるそうな丹下院がやってきた。重役出勤である。流石の俺でもやらないっつーかやれないことだ。相手が瑞沢なら猛虎落地勢か平身低頭覇を繰り出したところで、下げた頭を蹴り飛ばされるのがオチである。

「ちーす、おはー」

「リュウコおっせー。何? 誰と遊んでたの?」

「やー、ちょっと寝坊っつーの? 寝てた」

「ああー、今日メイク濃くね? クマかくしてんの?」

「うるせー」

 優人は舌打ちしていた。まずい。こいつは無断欠席や無意味な遅刻を嫌っている。

「ああいうのってどう思うよ禄助。遅れといてあの態度はねえよな。考えてみろよ。アレがさ、普通に待ち合わせしててあんなことされたら。俺が八極拳の使い手だったら後ろから日本刀でバッサリいってる」

「技使えよ」

 丹下院め。どうしてこう、自分から評価を下げるような真似をするんだ。俺がフォローっつーか色々と考えてやってるのが馬鹿らしくなるじゃねえか。



 放課後、俺は丹下院に呼び出しを受けた。が、今日は無視する。心底から呆れ果てていたのだ。再三言っていたはずである。優人はえせだが優等生だ。馬鹿な真似をするなとアドバイスしてやったのを無視しやがった。もう付き合っていられるか。

 家に戻り、ベッドの上でごろごろとする。ケータイが鳴ったが無視する。家に来ても応対してやる気なんかなかった。

「……くそっ」

 ふと、俺はゲーム機に登録しておいた丹下院のプロフィールを確認する。これにはトロフィーと呼ばれるようなものが記載されており、色々なゲームで色々な条件を満たすともらえる。つまるところ、どれだけゲームをやり込んだかが分かるようになっている。ゲーマーにとっては一種のステータスとなりうるものだ。

 データを読み込むと、丹下院が幾つかのトロフィーを取得しているのが分かった。ブロンズレベルで、取得自体に難しいことはない。ちょろっと遊べば簡単に取れるものばかりが並んでいた。


『今日メイク濃くねー?』


 だが、あいつが徹夜でゲームをプレイしていたのだと分かった。ストーカーみたいで我ながら気持ち悪いけどな。……学生の本分は学校へ行くことだ。それに支障をきたすのはどうかと思うが、丹下院が少しは本気なのだと分かり、俺はケータイを手に取った。



 電話を掛けるや否や、丹下院は大きな舌打ちを繰り出した。

『んだよ。なんで無視すんの? 結構図書室で待ってたんだけど? まあいいや。今どこよ?』

「自分の部屋のベッドの上」

『……はああああ? お前さ、マジでふざけてんの? いいよー、別に。全部ばらしちゃっても。協力しないんならあたしにも考えがあっからさー』

「ああ、悪かったって。気づかなかったんだ。ちゃんと協力するって」

 舌打ちが聞こえてくるたび、俺の中のデビルが囁く。もうほっとけ、と。……だが半端なところでは降りたくない。他人の色恋沙汰は最高の娯楽なのだ。

「これからのことなんだけどな、マジな話、俺が助けてやれるようなことは少ない」

『何それ?』

「アニメ。漫画。ゲーム。これが優人に近づく為の三種の神器だ。他にも幾つかあるけどな、とりあえずはこの三つが基本なんだよ。基本がなってなきゃ応用も出来ねえ。数学とかと同じだ」

『や、あたし数学とか無理なんすけどー?』

「ものの例えだって。で。今言った基本の三つは、自分で見て、自分で読んで、自分でプレイするしかない。分からないところだったり、押さえて欲しいポイントは俺も教えるけどさ、それ以外はもう自分で何とかするしかないんだよ」

 丹下院が呻いている。さじを投げたように思われても仕方がないが、俺が常に隣にいる状況で漫画読んだりアニメ見るってどうなんだって話だしな。

『つまり、どうすりゃいいんだよ?』

「アニメ見て漫画読んでゲームをしとけばいいんだよ」

『何が楽しいんだよそんなの!?』

「俺たちを馬鹿にするな! 俺たちはそれが楽しくて仕方がねえんだ!」

 何が楽しいってもはや生きているだけでも楽しいわボケ。



 そんなこんなで気づけば一か月が経っていた。ゴールデンウィークはとうに過ぎ、梅雨の季節である。

 人気のない図書室のカーテンを開けば、小雨が窓を叩いていた。

「昨日のやつは見たか?」

「あー、見たよ。ハサミ持って犬追っかけまわすやつ」

「それでいい。優人は中身がどうであれ、ラノベ原作のアニメが大好物だ。これは裏ワザだが、適当に『原作を再現してるよねー』とか言っとけば気分がよくなる」

 丹下院は俺の予想を超えて、一か月以上もアニメを見て漫画を読んでゲームをし続けていた。もっと早い段階で折れると思っていたのだが、恋する乙女は無敵らしい。

「反対に、優人は主に四コマ漫画が原作のものには難色を示す。作りがよければ問題ないが、アニメから入って原作を読んだ時、ヒロインに彼氏がいたことに絶望してジェノサイダーになりかけたからな」

「それって普通じゃん。男がいて何かおかしいの?」

 眉毛を弄りながら、丹下院が阿呆なことを質問してきた。

「百合アニメの皮を被ってる風に見せつけておいて男がいるなんて詐欺だろうが」

「バッカじゃないの? それより、つまんないんだけど」

 そりゃそうだろうな。進展がないことを退屈に思う時期だ。

「そんな君にご褒美だ。頑張った自分へのってやつだな。……優人と遊ぶ約束を取り付けたいと思わねえか?」

「えっ?」

 丹下院は身を乗り出してくる。目がきらきらとしていた。

「マジ!? 寺嶋君と!? うっそー、いつ? いつ遊ぶん?」

「今週の土曜日を予定している。といっても大したことはしねえけどな。駅前ぶらつくだけ。で、そこにお前もどうにかして合流させようと思ってる」

「は? 普通にあたしも誘ってくれたらいいじゃん」

「駄目だ。優人が行く気をなくす」

 俺は俺で色々と策を練っているが、丹下院も丹下院で優人にアプローチを仕掛けていた。が、駄目っ。あのエセイケメン眼鏡は、好き好んでまで休日に気を遣いたがらない。これまでにも丹下院たちが何度か遊びに誘ったらしいが、全て断られている。

「じゃあどーすんの?」

「中間テストも終わって優人は浮足立っている。ハナっからお前を誘うのは難しいが、駅前で偶然出会ったってことにすれば問題ない。その辺ぶらついてるから、上手いことやれ。俺もさり気なくフォローすっから、あいつも断りにくいだろうし」

「……まー、寺嶋君と近づけるんならなんでもいーけど」

 俺としても、早いところ何とかしたかった。丹下院は確実な勝利(優人と幸せなキスをして終了)を求めているので、いつまで経ってもまともに動こうとしないのである。困る。俺はもう週に三回は図書室に呼び出されて丹下院の話を聞かされたり、今後どうするかを考えさせられている。無駄な時間だ。こんなことやってる暇があるんなら一秒でも多くアニメを見たい。

「というわけで今週は強化週間となった。丹下院。お前も最近の作品についてなら、そこそこ語れるようになってきただろ。土曜日に全てを終わらせろ」

「正直さー、大丈夫だって自信が全くないんだけど」

「かと言って、時間をかけたって優人には追いつけないからな。所詮、後発組は先発組には追いつけねえし」

 優人と丹下院はスタートダッシュが違い過ぎた。というか、そもそも種目が違う。もっと時間をかければ、丹下院はどこに出しても恥ずかしくないクソオタになるかもしれないが、こいつはそれを望んでいない。あくまで手段として、仕方なくアニメや漫画に手を出しているに過ぎないのだ。

「今日が月曜だから、明日の放課後からテストをやろう」

「はああああ? テストならもう終わったじゃん。あたし、ベンキョーとかテストとか死ぬほど嫌いなんですけど」

 こいつの扱い方にはもう慣れた。一々反応したらムカついてストレスで胃をマッハで痛めるだけだ。俺はアドバイザーに作ってもらった、とあるものを取り出す。

「今日のところは、お前にはこれを聞き込んでもらう」

 机の上に、携帯音楽プレーヤーを置いた。丹下院はそれをしげしげと眺める。

「……誰の?」

「対寺嶋優人攻略戦においてアドバイザーから与えられたものだ。まあ、聞いてみ」

「オケー」と、丹下院は自前のイヤホンを取り出し、プレーヤーを再生した。すると、すぐに顔をしかめて俺を睨んでくる。予想通りの反応だった。

 イヤホンを片方外すと、丹下院は舌打ちし、顎をしゃくる。説明を求めているらしい。

「お前は絶対音感というものを知っているか?」

「一応」

「じゃあ、ダメ絶対音感は?」

「は? ダメ……?」

 流石に知らないか。まあ、知ってたら引くけど。

「ダメ絶対音感ってのは、まあ、多少の程度はあれ、オタには身についているスキルなんだよ。アニメ、CM、映画の吹き替え、ナレーション。声優の声を聞いて、誰が喋ってるか判断するスキルのことだ」

「それって、何? そんなんいる?」

 俺は答えない。答えられなかったのである。

「い、いるんだよ。何故なら、優人にはこの能力が備わっているからだ。やつはアニメのガヤからも声優を特定出来る」

「ふーん。で? このふざけたもん聞いてあたしに何をさせようっての?」

「その中には五十人分の声優の声が入っている。お前はまだ名前とか分かんないだろうけど、とりあえずなんか考えといて。○○に出てた○○っていうキャラ、みたいな答え方でもいいから。で、明日の放課後、答え合わせな。点数が低かったら土曜日に遊ぶのはナシだから」

「はあ!? なんでそんなんお前に決められんとダメなんだよ!」

「だって優人は声優も好きだし。それくらい分かんねえと、あいつは認めてくんないぞ」

 丹下院は長い溜息を吐き出す。酷く憂鬱そうだが、目つきだけは鋭かった。

「あー、あと、新しい漫画も持ってきたから」

「どんなの?」

「主人公がカイマントカゲの頭してるやつ」

「もう何なの? もっと普通のやつ貸してよ!」

「しようがねえだろ優人が好きなんだから!」



 だらだらとしながら家に戻ると、めぐが誰かとオンラインで対戦していた。珍しい。基本的にめぐは知り合いとしか対戦しないのだが。

「相手はー?」

「丹下院さんよ」

 ああ、と、俺は納得した。たぶん、丹下院は俺がログインしていると思って対戦を申し込んだのだろう。

「どうだ? こいつ、強くなったか?」

 全然、と、めぐは首を振った。

「申し訳ないけれど、強Kを封印しても勝てるわ。ただ、やり始めて日が浅いってことを考えれば、すごく上達が早いんじゃないかしら。負けてても諦めないし、面白いところで予期せぬ行動を取るの。まるでお兄ちゃんと戦っているみたい」

「俺と?」

 言われてみれば、丹下院は俺とばかり対戦している。癖というか、俺の戦法が移ったのかもしれないな。

「ふふ、いつか抜かされてしまいそうな気がして、ぞくぞくするわね」

 おお、めぐ氏が愉しそうにしていらっしゃる。珍しいこともあるものだ。



 夜中、丹下院からのメールを無視し続ける。



 翌朝、俺は学校へ行き、昼休みになり、放課後になって図書室へ向かった。昨日の宿題の答え合わせをする為である。メールでの丹下院は自信満々だったが、どうなるものか。



「ちーす、おっせーんだけど。どんだけあたし待たせんの?」

「宿題は出来たのか?」

「まーね。だいたい出来た。九割は合ってんじゃねーのかな」

 ちなみに、俺もアドバイザーからの宿題をやってみたが、半分くらいしか分からなかった。

「ふーん。じゃあ見せてみ。どれどれ」

 とりあえず採点をする先生らしく赤ペンなんかを持ってみる。どうよと、丹下院はにししと笑った。これは酷い。惨憺たる有り様だ。

「ビビってウンコ漏らしそうになるくらい合ってねえぞ」

「はあー? 何それ? ちゃんと確認してんの? つーかありえんくない?」

「うーん、この……」

 正答率は二割くらいか。

「ダメ絶対音感としては○タエリは外して欲しくなかったけど、でもまあ、かな○とこ○ろぎの声は当ててるし、白帯くらいはやってもいいかもしれねえな」

「……日本語喋ってくんない?」

「甘めにして、合格ってことにしとこう」

 丹下院は髪の毛を撫でつけながら、当然じゃんとのたまった。

「じゃ、これで寺嶋君と遊びに行けるってことな」

「いやいや、まだ早い。恐らく、俺と優人はいつも通りならカラオケに行くことになるだろう」

「へえー。あたしね、歌上手いよー。バラードとかやべーから。マジ」

「そんなもん歌ったら最高に盛り下がるから封印しといて」

「はあ!?」

 俺たちにとっちゃカラオケなんかな、歌の上手さなんかどうでもいいんだよ。大事なのはいかに盛り上がれるかどうかの一点だけだ。

「素人の歌声を有り難がるやつがどこにいんだよ。いいか。大事なのは合いの手だ。そういうのがある曲の方が優人の受けがいい。ゆっくりなやつなんか入れてみろ。アニソンでもない限り、やつは用もないのにケータイを弄り出すぞ」

「……んなこと言ったって、アニメのやつなんか歌えねーし」

「歌えるようにするんだよ。今からカラオケだ。アドバイザーが予約をしてくださっている。ちょうどいい機会だからお前にも紹介しておこう」

「アドバイザーって、色々と手伝ってくれてるやつのこと?」

 そうだと頷き、俺は椅子から立ち上がる。

「一緒に行って誰かにバレるのもまずい。店と、部屋番号をメールしとくから後で来い。店員に行ったら通してもらえるからな」

「ちょ、え? あんたと、アドバイザーってやつの三人で行くの? なんかさ、全然楽しくなさそうなんだけど?」

「楽しさなんか捨て置けボケ。お前が早いとこ優人とくっ付くか告白して振られでもしない限り、俺に自由は来ないんだからな!」

 そういうと、丹下院は不満そうに唇を尖らせる。何だよ。間違ったことは言ってねえぞ。

「まー、いいけど。いーけどねー別に! じゃ、あたし原付あっから。あんたなんか乗せてってやんないから」

「あ、どうぞ。じゃあな、また店で。ラ・ヨダソウ・スティアーナ」

 特に意味のない別れの言葉を告げて、俺は駅前のカラオケ屋に向かった。



 小一時間ほどかかって行きつけのカラオケ屋(つーか駅前にはここくらいしかない)に到着し、店員に予約していたとの旨を告げ、アドバイザーの待つ部屋に通されると、そこにはこの世全ての地獄を見てきたような目をした丹下院と、アドバイザーこと樋山くんがいた。彼は既に曲を入れているらしく、モザイクのかかってそうな電波曲を熱唱している。

「よう! 石高! ノッてるか!?」

「イエエエエエエエエエエエエエエエエ!」

 樋山くんは間奏部分に差し掛かるとオーディエンス(俺だけ)に向けて呼びかけた。テンションの上がった彼は靴を脱ぎ、ソファの上に立ち上がりシャウトをする。ずんずんと心臓に響くビートがいやが上にも盛り上がらせるぜ、へへっ。



 曲が終わり、樋山くんは炭酸のジュースを一気飲みし始めた。丹下院はしばらくの間、放心状態でモニターを見つめていたが、我に返ってぽつりと呟く。

「……なあ、これ、何? つーか、アドバイザーって」

「うん。紹介しよう。最高顧問の樋山先生である。彼にかかれば寺嶋優人などセカイ系の主人公並に何も出来なくなること請け合いだ」

「よろしく、どうぞ」

 丹下院は落ち着こうとして煙草を取り出したが、指がカチカチと震えている。

「吸うなって」

「吸わなきゃやってらんないっつーの! アドバイザーって樋山かよ! ポンコツ過ぎるだろ!」

「トンコツだと? 樋山くんを馬鹿にするな!」

「石高! フォローになってないっつーかお前も大概だよ!」

 怒りが収まらないのか、丹下院は立ち上がってソファを蹴り飛ばす。女のヒステリーを間近に、俺と樋山くんは少しビビってしまった。

「ざっけんなよマジで!」

「ちょ、落ち着けって。まあ確かに、普通の色恋沙汰に関しちゃ俺たちは無力だよ。マジで何も出来ねえ。けど、相手は優人だ。あいつのことになら、俺たちはめちゃくちゃ詳しいし、これ以上ない味方になれるって自信があるんだって」

 丹下院は俺の顔をじっと見下ろした。

「あたしを馬鹿にして遊んでんの?」

「違うって。頼りなく思えるかもしれないけど、俺たちは本気だ」

 じっと見返す。丹下院はつまらなさそうに息を吐き出し、ソファに座り直す。

「ふう、納得してくれたか。じゃ、樋山アドバイザー。あとはお願いします」

「お、おう。……じゃあ、今日は寺嶋に気に入られるようなものを歌えるようになりましょう。傾向と対策は何にでも必要ですからね」

 樋山くんはメモ帳を取り出した。

「土曜日、俺はついていかねえけど、石高と寺嶋はこの店で二時間は歌うつもりでしょう。というわけである程度リストアップしてきました。寺嶋がよく歌う曲と、誰かが歌っていると、やつのテンションが上がるような曲です」

 ほう、流石樋山くんだ。それっぽい。

「早い話はアニソン、キャラソン、ゲーソンですね。この三つのジャンルの中からテンポが速く、コール&レスポンスが多めに取れるもの、あとは単純に寺嶋の好みに即したものを選んでいきましょう」

「そんで、どーすんの?」

「歌ってもらいます」

「あたしが?」

 あったりめえだろ。俺が歌ってどうすんだ。いや、あとで何か歌うけど。

「あ、あたしが、オタっぽい曲を……歌うん?」

 俺と樋山くんは同時に頷く。

「まあ、何曲か好きなやつを入れてもらっていいよ。まずはどんな声なのか聞きたいから。で、いけそうなものにチャレンジしてもらうってので」

「もー。何なのもー。最悪。マジ最悪なんですけどー!」

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