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タイジスルセカイ(石部金吉Wouldn't It Be Loverly?)

 翌日。

 俺は学校へ向かっている途中の坂道で樋山くんと出会った。

「なあ樋山くん、もしも黒ギャルに告白されたらどうする?」

「どっきりじゃないかって疑う」

 まあ、だよな。

「仮にガチだったとしても迷うよな。あいつら、気が多そうだし。一日くらいで浮気されそう」

「ああ、樋山くんはNTR耐性ないもんな」

「石高は平気だよな。信じられねえよ。寝取る側に感情移入出来る人間とかクズの極みだ。俺は無理だ。最近は将棋だって見るのが辛くなってきた。飛車とか金がとられたら死にたくなる。アレも、ある意味究極のNTRゲーだよ」

 木の駒にまで感情を動かされるのかこいつは。ここまでいったらもはや拍手である。



「よーう、禄助。昨日のアレ、見たか?」

「いや、見てない」

「見ろよ。前からおすすめしてんじゃねえか、うぜーなー、もう」

 俺の苦労も知らないで、今日も優人は優人だった。

「寺嶋はアニメすすめてくるのはいいんだけど、キャラ派閥にうるさいんだよな」

 樋山くんが面倒くさそうに言う。俺も同意した。

「お前と話し合わせるのは、面倒になってくる時があるんだよ。1クールごとに変わるんだから、嫁くらい好きに選ばせてくれよ」

「嫌だ。俺の好きじゃないキャラは叩く。徹底的にな」

 そんな軍人上がりのジャーナリストみたいなこと言われてもな。

「どうせ黒髪ロングの子が推しメンなんだろ」

「え? すげえな禄助。なんで分かるんだ?」

「お前の趣味は把握し尽くしてるんだよ」

「つーか今期、黒髪ロングのヒロイン多過ぎねえ?」

 需要があるからな。アレは、オタに強い。……ちょっと押してみるか。

「ところでギャルっつーかヤンキーっぽいヒロインはどうだ?」

「あー?」

 しまった。優人の機嫌があからさまに悪くなる。

「でもさ、前にリリカルトカレフな、姉御っぽいキャラは好きだって言ってたじゃねか」

「あー、姉御な。あの子はなんか可愛げがあっていい。黒髪ロングだし」

 そう言えばそうだった。

「お前は黒髪でロングだったらなんでもいいのかよ。……あ、じゃあ、ほら、主人公が教育実習生で島に行くギャルゲー。アレにもギャルっぽいヒロインいたじゃん。あの子は好きだとか言ってなかったっけ?」

「あー、あの子な。確かに可愛かった。ルート入るまではガチでツンツンしてるんだよな。クズなんだけど、そっからは何もかもが可愛くて仕方なかった。でもあのヒロイン、件の姉御と声が同じなんだよな」

 そう言えばそうだった。

「古いけど気まぐれなスケバンの出てくるアレは?」

「樋山くん。あのヒロインも確か黒髪ロングだったぜ」

 はっはっは、と優人が笑った。何がおかしいんだてめえ。

「じゃあもう血まみれでチェーンソー持ってるやつでいいよ」

「よくねえよ! あの世に急ぎたくねえから!」

 丹下院はまだ何もしていないのに苦戦を強いられていた。



「で、なんか考えてくれた?」

「……どうしてこうなった」

 放課後、俺はまた丹下院からの呼び出しを受けて図書室にホイホイとやってきていた。彼女は俺が来る前から、また原先輩がどこかに潜んでいるのではないかと室内を散々見回していたらしい。たぶん、そんなことをしても無駄だと思った。

「つーか、昨日の今日で呼ばれるとは思ってなかった」

「あたしだってあんたなんかと二日連続で喋りたくないし。けど、言ってたやつ、見たから」

 おお、そうなのか。アクティブでよろしい。

「じゃあ、優人と話す前に感想を聞かせてくれよ。確か、ゆるい百合のアニメを見たとか言ってたな。いやー、俺アレ好きなんだよな。まずさー、やっぱ絵がいいよな。すげえ可愛い。で、中身も最高過ぎる。女の子ってなんであんなに可愛いんだろうな。大天使だよ」

「あんな女いねーから」

 丹下院は吐き捨てるように言った。

「いや、いるから。この世のどっかにはいるから」

「ぜってーいねーし。男に都合良過ぎじゃん。オタってあーいうのが好きなん? つーか女同士とかキモくない?」

「キモくねえよぶっ飛ばすぞてめえ! 罰金バッキンガムだぞコノヤロウ」

 開幕から舐めたこと言いやがって!

「ちっ、クソが。なんか他に感想ねーのかよ。アイキャッチがキャラごとに作られてて気合入ってたとか」

「何が面白いのか全然分かんなかったんだけど」

「面白さを追求してんじゃねえよ。アレはな、女子中学生が戯れてるのを眺めて悦に浸るアニメなんだよボケ。原作読ますぞコラ」

「2話まで見て飽きたから、いいわ」

 2話!? たったの2話で全部悟った気になってんの!? 考えられん。切るにしてももっとあるだろ普通さあ! 1話が文化祭の劇中劇で原作未読組が憤激したアニメならともかくさあ!

「お前そんなんで優人に近づこうとしてたのか」

「もっと面白そーなの教えてよ。あ、あーゆー女の子が出てくるの無理ね。マジきっついから」

「だったら少女漫画でも読めよ。最近は男だって普通に読んでるし」

 丹下院は毛先を弄び始めた。真面目に話を聞く気なんてないんだろうな。

「なんかー、読んでてだるいんだよね。早く付き合えよこいつら、みたいな。周りの男はべらしといて、なくない? 普通もっとがっつくって」

「お前……思考が男だな。じゃあ、バトルものとかどうだ」

「海賊のやつ?」

 俺はゆっくりと、諭すように首を振った。それでも構わんが、優人は途中までしか読んでいないし、そもそも追いつくのに時間がかかる。長編物は話題に事欠かないが、新規参入が辛い。

「短編がいいのかもしんないな。それか、漫画だったら10巻くらいで終わるやつ」

「10冊……まあ、そんくらいなら読めそうかも」

「読むんだよ。じゃ、明日持ってくるわ」

「や、今持ってきてよ」

 はあ!? 何抜かしてんだこのアマ。今から坂下ってチャリ漕いで家に戻って漫画持ってチャリ漕いで坂上ってこいってのかよ。ふざけんな。

「つーかさー、準備悪くない? 普通持ってきてるよ、普通」

「お前の普通と俺の普通を一緒にするんじゃねえ。明日まで待てよ。ああ、もしくは俺んちまで取りに来るんだったら話は別だけどな」

「はあ? 家連れ込んでどうするつもりだっつーの」

「うちに上げるわけねえだろ。頭ん中甘いもので出来てんのかお前」

 スイーツ脳もここまでくりゃあ……ムカつくだけだ。てめえを中心に地球が回ってるとでも思ってんのか?

「嫌なら明日まで待てよ」

 丹下院は長い爪を電灯で透かして見つめている。

「んじゃ、住所教えといて。あとで取りに行くから」

「まあ、それならいいか。じゃ、あとでメールすっから」

「うぃうぃー」

 あったま悪い返事しくさってボケが。



 帰り道、俺は一人きりでだらだらと坂道を歩いていた。歩きながら、丹下院に俺んちの住所をメールで送っておく。……悪用されないよな?

 ついでに、暇だから樋山くんに電話する。長いコールの後、ようやく出た。

『どしたー? つーか石高何してたんだよ今まで』

「クソ気張ってた」

『お前マジでかー。妻木くんたちに嗅ぎつけられたら終わりだぞ』

 そういや、そんなこともあったっけ。

「今学校の坂下っててさ、猛烈に暇なんだよ」

『あっそー。じゃ電話切るねー』

「昨日、原先輩と喋ったわ」

 ごくりと、樋山くんが唾を飲み込む音が聞こえた。

『……冗談だろ』

「まあ、ちょっとだけな。至近距離で見つめ合っちゃった。えへへ!」

『うがあああああああうっぜえええええええ! いいなああああ! めっちゃ羨ましいなあああ! そんで? 何? なんか話したんだろ?』

「まあな。まあなー! いやー、やっぱいいわー!」

『だよな! だよなああ!』

「先輩には俺のお姉ちゃんになって欲しいわー」


『いや、それは違う』


「え?」

 樋山くんの声のトーンが低くなる。思わず聞き返してしまった。

『先輩は先輩キャラって属性がついてんだろ。頭イカれてんのか石高。そこに姉属性までつける意地汚さがお前のにわかっぷりを示してるよ。いいか。先輩キャラは先輩キャラで、姉キャラは姉キャラではっきりと区別されてるし棲み分けが完了しているんだ。原先輩を貶めるつもりはないが、俺は断然姉キャラ派だね。何せ主人公と付き合いが長い。その分思い出がある。過去がある。しっかりと過程が積み重なっているんだ。姉キャラには先輩キャラにないバックボーンがある。だがな、その一方でじれったさもある。長く一緒にい続けた分、進展が遅い。しっかりとした掛け合いなんかがあればいいけど、だらだらやられたら難点だよな。……やっぱり先輩キャ』

 俺は電話を切った。



 樋山くんから何度も電話がかかってきていたが、全部無視して家に到着する。

「ただいまー」

「お帰りなさい、お兄ちゃん」

 てとてとと、めぐが玄関まで出迎えに来てくれる。

「やっぱり俺は妹キャラがいいな」

「キャラじゃなくて、私は実の妹なんだけれど」

 おっと、そうだった。……そういや、丹下院に漫画を貸さなきゃいけないんだった。

「めぐ、あの漫画ってどこにあったっけ? ほら、あの、右手が怪物になるやつ」

「お兄ちゃんの本棚の、三段目の奥よ」

「そっか、ありがとな!」



 漫画を百貨店の紙袋に詰めたあと、俺は部屋で丹下院からの連絡が来るのを待っていた。ベッドで横になり、ごろごろと寝返りを打つ。チャイムが鳴ったが、流石に違うだろう。来るんなら事前に連絡するはずだ。俺は気にせず、ケータイゲームの体力が回復するのを待ち、ひたすらに画面をタッチし続けていた。

「お兄ちゃん。お兄ちゃん、お客さんよ」

「俺? 誰? 優人か?」

 めぐがドアを開ける。俺の妹は何故か、とても難しそうな顔をしていた。

「違うの。女の人よ。お兄ちゃんと同じ学校の制服を着ていたわ」

 ま、まさか……。

「そいつ、名前は名乗ったか?」

「いいえ。けど、随分と特徴的な人だったわね」

 間違いない。丹下院だ。



 めぐにお礼を言って、漫画を持って玄関に出る。突っ掛けを履いて扉を開けると、そこにはウンコ座りをしている丹下院の姿があった。このアホは俺を認めると、ちーすと軽そうに手を上げる。

「漫画はー?」

「……来るんなら前もって連絡してくれねえかな」

「あー? めんどいし。つーか家いたんだからよくね? あとさ、あんたの家って結構きれいでいいよね。さっきの子ってあんたの妹? 兄貴と違って全然似てねーのな。可愛いじゃん」

 クソが。だから嫌だったんだ。めぐに悪影響を与えやがったらタダじゃ済まないからな。

「うるせえよ。ほい、漫画。じゃ、また来年くらいにな」

「うーわ、だっせえ袋に入れてんじゃねえよ。まあいっか。中に入るかなー」

「中?」

 ふと見ると、門扉のところに単車が停まっているのが見えた。しかもエンジンはかかったままである。

「もしかしてあの原付、お前のか?」

「かっけーっしょ?」

「免許持ってたのか。……無免じゃないよな?」

 丹下院はにししと笑った。うちの学校って、免許取るのも駄目だったような気がするけど。もはや何も言うまい。

「だったらどうする? もう一個ネタが増えるって喜ぶ?」

「別に。まあ、なんでもいいわ。んじゃ、これでも読んで優人と頑張って付き合ってくれ。あと、もう家には来ないでくれよな。明日からは自由にさせてくれよ」

「はあー? どうしよっかなー。ま、明日はいっか。あたしも三日連続であんたの顔見てたら目ぇ腐って落ちそうだし」

 もう何でもいいです。



 丹下院が帰った後、俺は家に戻るなりめぐにじっとりとした目で見られてしまった。

「お兄ちゃんって、ああいう人と付き合いがあるのね」

「巻き込まれただけだよ。ほら、俺って巻き込まれ型の主人公だから」

「あんまり悪い人と遊んでたら駄目よ。これ以上駄目になっちゃうと、私ももう面倒を看られなくなっちゃうから」

「うん。分かってるって」

 って、俺がいつめぐに面倒を看てもらったって言うんだよ。

「母親面するんじゃあない。妹なら妹らしく『おにぃ』って呼んで裸エプロンを……あ、駄目だ。めぐの右手が悲惨な目に遭っちまう」

「何をさせる気なのよ」

 畜生、丹下院め。仲睦まじい兄妹の絆を裂こうとするとは! んんんんんー、許るさんぞー!



 けたたましく鳴るケータイによって叩き起こされた。時刻を確認すると夜中の二時だった。やっぱり、丹下院からである。電話に出るべきかどうか迷ったが、無視してたら一生鳴り続けるのだと思い、仕方なく通話ボタンをタッチする。

「……何?」

『あー、読んだよ漫画』

「あっそう。じゃあ、お休み」

『切るんじゃねーよバーカ。感想聞かせてやろうと思ったんだよバーカ』

 もう。何? 何なのこいつ?

「俺じゃなくて優人に聞かせてやれよ」

『えー、いやー、思ってたより面白くてさ、誰かに話したくなったんだよ。でもお前しかいねーじゃん。他のやつに言ったって、は? 何それキショとか言われそうだし』

「ふーん。で、どうだった?」

『グロかった』

 小学生並の感想をありがとう。

「は? 何それキショ。じゃ、お休み」

『ちょ、お前殺すよ? マジで殺すよ? 他にも色々あったってー。なんかー、最後は感動的だったっていうかー』

「……一番よかったところは?」

『蚊を捕まえるところが一番印象に残ってる』

 う、うーん。そこかー。まあ、確かにいいところっちゃあ、いいところなのかもしれねえけどさあ。

『ずっと読んでた! こんな漫画読んだの久しぶりだわー。ありがとな』

「これで優人とも話せるな。もう君ひとりの力で充分だ。疲れるからあとは自分で何とかしな」

『あ、そういやそうだった。そっかー。これで寺嶋君と……でもさ。こういうグロい漫画で話振ってくる女ってどうなん? ちょっとなくない?』

 俺は眠たい頭に鞭打って冷静に考える。今までろくに話したことない黒ギャルの同級生に『みんなの未来を守らねば』みたいな話題を切り出されたらどう思うか。

「ちょっと引くかもしんない。もっとライトな感じでいった方がいいよな」

『つっかえねえ! 使えねえわ! もっとやりやすい漫画貸して! つーかなんでこれにしたん!? 面白かったけど! 面白かったけどさ!』

「うるせえなあ。じゃ、次はこんなのはどうだ?」

 適当にタイトルを言っていく。その度に丹下院は、その作品がどんなものなのか根掘り葉掘り聞いてくる。面倒くさい。俺らにとっては、作品を見ているのなんて当たり前で、前提だ。こんなもんアレだよ。息をする方法を教えるようなもんだ。めんどい。

「少年漫画が好きそうだから、またそういうの貸す。だからもう、今日は勘弁してくれ。寝かせてください。もう三時です」

『まだ三時じゃん』

「なんなの? お前ナポレオンなの? 人間はちゃんと寝ないと死ぬんだぞ」

 ぎゃははと下品な笑い声が聞こえてくる。ホントうざい。

『意味分かんなーい。いいよもう、そんじゃ、また明日な』

「いや、明日っつーか、三日連続は嫌だって言ったろ」

『あー、そだっけそだっけ。じゃ、またな。おやすみー』

 やっと解放された。もう嫌だ。あいつら、なんでこんな時間まで元気なんだよ。リア充って、案外大変そうだ。体力も必要なんだな。……ZZZ。



 翌日の目覚めは最悪だった。何せ、中途半端にしか寝られなかったんだからしようがない。それもこれもあれもついでに何もかも丹下院のせいだ。あのアマのせいで寝られなかったんだ。

「お兄ちゃん、眠たそうね。まだ早いし、ちょっとだけ寝てくる? 私、起こしてあげるわよ」

「………………いや、いい」

「間があったわね」

 仮眠を取るのもいいけど、マジ寝になる可能性高まり過ぎてる。

「ちょっと顔洗ってくるわ」

「ええ、それがいいわね」

 俺はリビングを出て階段を上り、洗面所で顔を洗った。うん、水が冷たい。さっぱりした! なので部屋に戻ってベッドの上でダウンする。ちょっとね、顔洗ったくらいじゃ無理ですわ。ただでさえ最近は心労っつーか余計なことばっか考えてたせいでしんどい。石高禄助の正直しんどい。階下からめぐが俺を呼ぶ声が聞こえるが、意識が遠くなってくる。睡魔カンバック。



『お兄ちゃんの馬鹿。サボり魔。根性なし』



 夢の中でも罵られた気がする。俺はゆっくりと体を起こし、ケータイで時間を確認した。九時を回っている。一時限目はとうに始まっていた。こうなると、今から急いだって仕方がない。どうせ遅刻なんだから、朝飯をゆっくりいただくとしよう。

 俺は頭を掻きながらリビングに降りる。トースターにパンをセットして待つ間、ケータイゲームに勤しむことにする。最近、樋山くんはアイドルよりガールフレンドの方にお熱だ。あの野郎、裏切りやがったんだ。畜生、俺もそっちに乗り換えようかな。

「ん」遊んでたらメールが来た。恐らく優人からだろう。心配しているんじゃない。どうせまた煽ってくるんだろう。無視しよう。そう思ったのだが、メールの送り主は丹下院だった。不思議に思いつつもメールを確認する。


『風邪?』


 判断に困る文面だ。俺を心配しているのならまだマシだが(決して嬉しくはない。何故なら俺がこうして遅刻しているのはこいつのせいだからだ)、丹下院は俺がいないことで優人との仲が進展しないのを嫌がっているのだろう。何にしても気楽そうで腹が立つ。返信はしないでおこう。



 遅めの朝食をいただいているとチャイムが鳴った。ふと時計に目を遣ると十時を回っていた。二時限目にも間に合わないだろう。俺は迷ったが、インターホンに出る。カメラには肌の黒い、ヘルメットをかぶった頭の悪そうな女が映っていた。

『あー、石高くんいますかー』

「いません。お引き取り下さい」

『あ、そっすか。……あれ? 今の声石高じゃね?』

 がちゃりと切る。すると、ドアがノックされ始めた。丹下院が何事かを喚いている。近所迷惑だ。仕方なくドアを開けてやると、にししとアホが笑った。

「よーす、サボりじゃん」

「誰のせいだと思ってんだよ。あんな遅くまで付き合わせるから、眠いんだ」

「あー、そうなん?」

 ふと門扉のところに目を遣ると、単車が停まっていた。

「……お前、アレで学校に行ってたのか?」

「うん。でもだりーから早退してきた。お前もサボりなんじゃねーのかなーと思って、様子見に来てやったんだよ」

 完全にいらないお世話である。

「あのな、俺に構ってる暇があるんなら優人と何とかしろよ」

「だってー、寺嶋君と付き合うんなら百パー大丈夫な感じでいきたいじゃん?」

「そんなこと言われてもどうしようもねえぞ。言ったじゃねえか。アニメ見ろ。漫画読め。そんでなんとか話合わせろ」

 丹下院は面倒くさそうに息を吐き出した。

「もっと他にねーの?」

 どこまで世話をかけさせるつもりなんだこいつ。いい加減に解放してくれ。しかし考えなければこのアマは動かないだろう。住所を教えたのは失敗だった。このまま居座られたりしたらめぐの情操教育に悪影響を与えてしまう。

 優人の好きなもの、か。あいつのことをこんなに考えるのなんて人生始まって以来だ。嫌過ぎる。何故、俺がやつのことを考えなくてはいけないんだ。

「……あ、格ゲー」

 丹下院が顔を上げる。

「カクゲー?」

「格闘ゲームだよ。ストリートでファイトしたり鉄の拳をぶつけ合う感じのやつ。ゲーセンにあんだろ? 最近は、家でもオンラインで対戦が出来る。ネット対戦略して熱帯ってやつだな」

「それが何?」

 少しは自分で考えてくれよ馬鹿。

「格ゲーなら二人で遊べるだろ。コミュニケーションツールの一つとしてどうだって言ってんだ」

「あー、なーる。でもさー、格ゲーやってるやつらってキモくない?」

「ん、そうか?」

「だってさー、こないだゲーセン行ったんよ。したらなんかロボットのゲームやってるやつら、奇声上げて超うっせーの。あと、格ゲー? やってるのって根暗しかいねーじゃん。んでグスグスきっもち悪い顔で笑ってんの」

 外から見たらそういうものなのか。まあ、今日びゲーセンなんてヤンキーのたまり場じゃなくてオタ同士の出会いの場になってるもんな。格ゲーもコンボ重視で敷居が高いし。初心者には難しいかもしれん。だが、そこを乗り越えてもらわないと困る。

「そんなんと混じってゲームやってたら、あたしまでキモくなるじゃん。タバコの臭いつくし」

「もう吸ってんだろが」

「……は? 意味分からんし」

「もういいけど、優人と付き合うんならタバコとか酒は止めろよな」

 丹下院は頷かなかったが、拒否もしなかった。

「じゃあ、家にゲーム機は置いてるか? プレ○テ3だったら最高なんだけど」

「持ってねーけど、寺嶋君と仲良くなれんなら買うわ。そんだけでいいの?」

 すげえ金持ちじゃねえか。何、それ? ちょっとペヤ○グもう一丁いくー、みたいなノリでハード買えちゃうの?

「お前ってバイトしてんの?」

「してねーけど?」

 勝ち組だなこいつ。くそ、協力してやってるけど、無性に負けて欲しいと思ってしまった。

「一応、ソフトも買っといた方がいいな。今一番優人がハマってるやつを一本でいいから買っとけ。タイトルは……」

「ふーん。それ、どんなゲームなん?」

「格ゲーだって言ってんだろ。お前さ、脳味噌じゃなくてメロンパンでも中に入ってんの? まあ、一応アレだな。剣と魔法のファンタジーって感じだ。ホラーゲームに出てきそうな三角頭が飛び膝蹴りでテキサスするゲームでもある」

「それファンタジーなん?」

 どうなんだろう。格ゲーだったら他にもたくさんあるが、初心者に優しいもので、なおかつネット対戦に対応しているものは数が限られてくる。

「無難なところだから、大丈夫だと思うぜ」

「ふーん。じゃ、今度それ買うわ」

 軽い感じで丹下院が言った。

「……でもさ、そんな高価なものはやめといた方がいいとも思う。大して興味ないだろ? 正直、優人に振られた時のこと考えたら」

「おい」と、遮られた。

 丹下院は立ち上がり、俺をじっと見つめる。

「負けた時のこと考えたってしようがないじゃん。いいよー別に、そんくらい。あのゲーム機ってDVDとか見れんでしょ? ゲームやんなかったら映画見るからいい。あたしからしたらそこまで高い買い物じゃないし」

「そうか? まあ、それならいいんだけどな」

「こういうことに保険はかかんないだよねー」

 なるほど。現実の恋愛はそうなのか。勉強になります。

「ま、ゲームは学校終わったら買うわ。で、今からガッコ行くっしょ?」

「そのつもりだったよ。誰かさんが邪魔しなけりゃ二時限目の途中で間に合うはずだったんだけどな」

「あっそ。じゃ、後ろ乗ってく?」

 丹下院が単車の後ろ辺りを指差した。俺はやんわりと断った。

「ふーん? ま、どっちでもいーけど。どーしよっかなー、あたしもガッコ戻ろうかなー」

「早退したんだろ?」

「んじゃ、ゲームでも買いに行こうかな。なあ、どこで買うのがいい?」

「どこでもいいよ。ゲーム屋でも電器屋でも。駅前行ったらどっかには置いてるだろ」

 あっそー、と、興味なさげな感じでいうと、丹下院は単車に乗ってどこかへと去った。つーか制服のままだったんだけど。補導されねえのかな?



 学校に着いたのは三時限目と四時限目の間の休み時間だった。俺は職員室で遅刻届を書いて(瑞沢に捕まってガン飛ばされた)優人たちと喋って、飯食って、放課後になったら駅前で遊んでから家に着いてめぐに無視された。

「ただいまって言ってるじゃないか!?」

「……私のお兄ちゃんは学校をサボるような人ではないのだから、ここにいるあなたは私のお兄ちゃんではなくて知らない人よ。警察を呼ぼうかしら」

「遅刻しただけで通報されるのかよ!」

 めぐはじっとりとした視線を俺に向けてくる。

「だったら、明日はちゃんと朝から学校に行く?」

「勿論だとも」

「しようがないわね、お兄ちゃんは」

 どれもこれもあいつのせいだ!

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