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タイジスルセカイ(冶金踊躍Overture)

 翌日。というか日付が変わって夜中。俺は枕元でぶるぶると震えるケータイのせいで目が覚めた。クソが。誰だ? 今何時だと思ってやがる。

「……げ」

 丹下院からのメールだった。内容は、ちゃんと優人に売込みしたのかどうかという確認である。完全に忘れてた。パエリアのことしか覚えてねえ。

 ま、明日でいっか。優人と合流した時にでもテキトーに話しておこう。



 朝。

 俺はふらふらしながらリビングに降りていく。既にめぐがいた。

「オーラー、めぐー」

「オーラ、お兄ちゃん。昨日のパエリア、お父さんとお母さんにも好評だったわね」

「これでスペインに行っても大丈夫だな」

 この国から出るつもりはねえけど。

「お兄ちゃん、牛乳飲む?」

「……いや、やめとく。麦茶にしとくわ」

 トラウマである。当分、牛のおっぱいから出た液体を飲むつもりはない。

 俺はパンを齧りつつ、優人にメールを入れておいた。久しぶりに、やつと一緒にチャリンコを漕ぎながら学校へ向かおうじゃないか。



「いよすー。つか珍しいな。なんかあんのか、俺を呼ぶとかさ」

「まあ、大した意味も用事もねえんだけど、なんとなくな」

 ふうん、と、優人はつまらなさそうに言ってサドルに跨った。俺は玄関から手を振るめぐに手を振り返して、チャリンコに跨る。

「んじゃ行くべー。またねー、めぐちゃん。気をつけてなー」

「優人くんもお兄ちゃんも気をつけていってらっしゃい」

「……相変わらず大人っぽいなあ、めぐちゃんは」

 大人っぽいで済ますレベルじゃねえんだけどな。



 駐輪場に着いて、だらだらと坂道を上っていく。

「そういや昨日、かなりやばかったんだよ」と、優人が憂鬱そうに溜め息を漏らした。

「一時くらいだったかな。ちょっとな、耐えられんくらいに性衝動が俺を襲ったんだよ。でもな、パソコンを起動してエッチなゲームの回想シーンでわいせつな行為に耽るのは明日に支障をきたす。だから代わりにエッチな家庭用のゲームをプレイしたんだよ」

「うん」

「したら、母さんが急に入ってきてよ。でも安心。ママキタボタンが搭載されているからな!」

 ママキタボタンとは、まあ、そういうゲームに搭載されているシステムである。画面が別のものにパッと切り替わり、一見するとエロゲーをやってると気づかれない。

「でも音声そのまま流れててすげえ顔された」

「やっぱり、製作者は俺たちを助けるつもりはないんだよな。楽しんでるだけだぜ」

 俺はメグキタボタンが搭載されたゲームが欲しい。こないだ、エロゲのプレイ中に勝手に部屋に入って来られた上に勝手に軽蔑されて勝手に口を利いてくれなくなったからな。

「脱衣麻雀とかな」

「あー、なんか、いいよな、あれ。退廃的っつーか閉鎖的っつーか、空気が独特で。家庭用だと下着までだけど」

「ただ、全部脱がない分想像出来るだろ? あと、アヘ顔寸前とか、チラリズムどころかギリリズムで、そこ以外の部分でエロさを出してくるから、むしろ全年齢版のがいいってパターンもあるよな」

「昔さー、脱衣格ゲーみたいなん、なかったっけ?」

 昔っつーか、龍と虎のレジェンドがやってたけどな。脱衣KO。

「一応、今も2Dと3Dであるだろ。ランブル……とか、ソウル……的な」

「あー、そういやそうだっけ。……なあ。もっと前に、稼働間近でアウトになったやつなかったか? 確か、拳……仁義……」

「よせ、やめろ。アレには結構期待してたんだ!」

 と、まあ、場も暖まったところで、丹下院に媚を売っておくか。

「ところで優人。お前ってさ、最近ギャルゲーとかやった?」

「おお、もちろんよ。つーかギャルゲーしかやってねえ」

「じゃあ、今一番熱い属性は?」

 グムーと優人が唸った。俺とそっくりの唸り方だったので嫌悪感パない。

「主人公、つまり俺が異世界に召喚されるだろ? で、閉鎖的な村に来ちゃうんだ。そこで生活することになるんだけど、やっぱ異分子っつーか、腫れ物扱いされるんだ俺。でもそこに住んでる未亡人だけは理解を示してくれるし超甘やかしてくれんの。でも優しいだけじゃなくて前線に出て戦ったりもする、そんな強さもある。で、俺とその人、再婚する。そんな感じ」

「未亡人ってことでいいのか?」

「端折るなよ! ただの未亡人じゃないぞ。清楚だ。貞淑だ。黒髪がいい。黒髪なら当然肌も白い方がいい。そっちのが映える。あと、頭もよくないとな。俺ほどじゃあなくても一定の教養は欲しいところだ」

 ふーん。なんか、丹下院と真逆じゃね?

「ちなみにさ、黒ギャルの子に告白されたらどうする?」

「伊達にして帰す」

 容赦ねえなこいつ。もう少しだけ粘ってみるか。

「可愛い感じの子だったらどうする? そこらにいるブサイクとかじゃなくて」

「うーん。でもまあ、普通に断るかな。前にも言ったけど、今はお前らと一緒に遊んでる方が楽しいし」

 そう言って、優人は髪の毛をかき上げた。冗談だとしてもムカつく。こいつは俺をイラつかせるプロだ。

「まあ、分かったわ。りょーかーい」

「何が?」

「や、なんでも」

 とりあえず、義理は果たした。あとは丹下院が適当に頑張って、適当に玉砕すればいい。



 学校に着き、靴を履き替えて、てくてく歩いて教室を見回す。どうやら丹下院はまだ来ていないらしい。尤も、表から話しかけるわけにはいかないだろう。つーか普通に無視されそう。メールでも打つか? ……めんどいな。向こうから何か言ってきたら返してやろう。



 昼休みになっても丹下院からの連絡はなかった。待ち望んでるわけでもなんでもないんだが、少しは気になる。やつのことだからすっかり忘れているんだろうか。

「禄助ー、お前何にする?」

「うーん。樋山くんの見てから決めるわ」

 食堂で飯を済ませて、自販機の前のベンチに座ってだらだらとする。至福の時であった。缶ジュースを飲みながらくだらない話に花を咲かせる。最高じゃないか。

 樋山くんは缶コーヒーを買っているらしい。よし、そうだ。

「ボ○ムズごっこしようぜ! 俺ナレーションな!」

「じゃあ俺も!」

「え? 何? 何が始まるの!?」

 プルタブを押し開けた樋山くんが、自分の周りをぐるぐると回り始める俺と優人を見て高い声を上げた。

「課金する者としない者、そのおこぼれを狙う者(低音)」

「金とSSRを持たぬ者は生きてゆかれぬ廃課金者の街(鼻声)」

「あらゆる運営の悪徳が武装するモバの街」

「ここはソーシャル戦争が生み出した惑星地球のソドムの市」

「ヒヤマの体に染みついたカモの臭いにつられて微課金者が集まってくる」

「次回『にょわー! でかい』」

「ヒヤマの飲む缶のコーヒーは……あっ、こいつ途中でむせやがった! 言わせろよ!」

 樋山くんはコーヒーを噴き出してブヒブヒ笑い出してしまった。……ふと、視線を感じた。俺は咄嗟に振り向くも、誰もいない。気のせいだったのか?



 放課後になる寸前の六時限目、俺のケータイがぶひぶひと震えだした。授業中だったので無視していたが、しつこいので、教師の目を盗んで履歴を確認する。やっぱりというか、なんつーか、丹下院からだった。


『どうなった? 放課後、図書室に来い』


 メンドクセー。もうお前に勝ちの目はねえんだよと送ってやりたいが、そんなことしたらやけくそになって、あることないこと言いふらされるかもしれん。ここは下手に出ておこう。……どっちにしろ、無理なもんは無理で、駄目なもんは駄目なんだけどな。



 放課後。俺は優人たちの誘いを断って、図書室に来た。ここに来たのはいいけど、どうすんだ? とりあえず、中入って適当な本でも読んでるかな。

 そう思った瞬間、目の前のドアが開いた。中から現れたのはキプシギス族、ではなく丹下院である。このアマは俺の顔をじっと見つめた後、周りを確認して、ちょいちょいと手招きしてきた。

「んだよ、喋れよ」

「あんたなんかと知り合いだと思われたら嫌なんだよ」

 くっ、傷つく。

 とりあえず、言われたとおりに黙って、丹下院の後をついていく。……うちの学校の図書室は、大したことがない。ラノベを入荷しているエデンのような学校もあるらしいが、うちに限って言えばそんなことは一切ない。代わりに、クソつまらん芸能人の書いたエッセイだの自伝めいた日記だのが置かれている。ここを見て初めて思った。オタに優しいはずの空間がオタに牙を剥いた瞬間であった、と。

 丹下院は奥まった場所の机に向かい、椅子を引いた。俺は対面の椅子を引いてそこに座る。しっかし、いつ来てもここは人がいねえな。図書委員すら見当たらねえ。貸し出しとかどうすんだ?

「……寺嶋君、なんて言ってた? つーか、聞いたよね? 聞いたに決まってるよな?」

 さて、どうするかな。完全敗北を告げるにしても、オブラートに包んだ方がいいだろう。

「あのさ。お前って来世って信じるか?」

「は? ライセ?」

「転生。生まれ変わりって信じるか?」

「ちょ、いきなり何? 意味分からん。ちゃんと人の言葉喋ってくんない?」

 喋ってんだろうが。

「じゃあ、まずは優人の好きなタイプ言うわ」

「あー、それな。聞きたい」

 丹下院が少しだけ身を乗り出してくる。

「まず、黒髪」

「は」

「で、肌が白い」

「は?」

「あと、頭はいい子」

「はあああ?」

「そんで、清楚で貞淑な未亡人」

 丹下院は椅子に座り直して、机にあいた穴を見つめ始めた。

「マジ……? どうすりゃいいんだよ、こんなの」

「優人はお前と対極に位置するような女の子としか付き合わん。つまり、死んでやり直した方が早いんじゃねえの?」

「死ね!」

 ガッと、机の下で足を思い切り蹴られた。八つ当たりすんじゃねえよ。

「フォローしろって言ったじゃん」

「したって。けど、あいつは勘違いしたラーメン屋の店主くらい頑固だからな」

「えー、マジ最悪だっつーの。なんかもう、だるい」

「まあ頑張れよ。じゃあ、そういうことだから」

「あ?」

 と、鋭い目つきで睨まれてしまう。まだ帰られそうにないな、こりゃ。

「考えろや。寺嶋君と付き合うにはどうしたらいいか」

「そんなのお前らで考えてくれよ。正直、俺はそういうこと苦手なんだ。慣れてないんだよ」

「うぜー、ドーテーうぜー」

「どどどどどどど童貞ちゃうわ!」

 丹下院は冷めた目でこっちを見て鼻で笑った。俺の虚勢は二秒で見透かされてしまった。

「じゃあ、髪の毛戻せよ。黒髪に」

「ええー? したら髪だけじゃなくて肌も白くしなきゃだめじゃん。顔だけ白いとかパンダみてーじゃん?」

 いや、しろよ。つーか優人に気に入られるとか関係なく、瑞沢から注意食らってんじゃん。

「金だってかかってんだから無理無理ー。そこまでしたくないって」

「じゃあ諦めてくんねえかな。優人は真面目そうな感じの子が好きなんだって」

「んな女いねーし」え、いないの?

「……真面目になんなくてもいいんじゃねえの? 真面目っぽくしてれば」

 だが、恐らく無理だろう。目の前にいる女は根っから馬鹿で不真面目でどうしようもない。こいつらと俺たちは相いれない存在なのだ。オタとギャルの親和性は限りなく低い。

「お前な、正直そのままだったら優人と付き合うどころか、普通に仲良くするのだって無理だぜ」

「なんで? 今だって普通に仲良くしてんじゃん」

 違うな。あくまでうわべだけの付き合いだ。

「お前馬鹿だからもう一回言っとくけどな。優人は根が真面目っつーか、基本的には善人なんだ。たまーにくだらねえことやるけど、一線は超えない」

 ……俺とは違って。

「だから、お前らみてえにルール破ったりするやつのことをそこまで好きにならねえし、まず、合わないわ」

「は? 何それ? うちらのこと馬鹿にしてんの?」

 そう言って、丹下院は心底から蔑むような視線を俺に向けた。

「オタのくせに」

「そうだよ。分かってんじゃねえか。心ん中じゃやっぱりそうなんだ。お前らが俺らを馬鹿にしてるのと同じで、俺らもお前らのことを馬鹿にしてる」

「つーかさっきから意味わかんないんだけど。寺嶋君がオタみたいに言ってるけどさー」

「あ? あいつは俺らと同じだぞ?」

 丹下院は目を瞬かせる。あれ? こいつ知らなかったのか? ……優人め。こいつらには隠してやがったのか。ごめん、バラした。これだから隠れオタは嫌なんだ。尤も、樋山くんに言わせるとオタというのはずっと隠れていればよかった、とのことだが。半端に陽の目浴びると性質悪い。

「げー、寺嶋君ってオタクなん? うーん」

 何やら考え込むギャルがいる。優人の顔面と趣味を秤をかけているのだろう。

「まあ、顔がいいから何でもいっか」

 ※ただイケとか。畜生優人め。

 しかし、どうしたものか。丹下院め。優人に気に入られたいなんて言ってる割にゃあ努力しようって気が見られない。そりゃ、金をかけて肌を焼いたんだろうし化粧にだって時間もかかるだろう。けど、なあ。外面を改善するのは嫌。じゃあ、どうするか。中身を改善? 人を外見だけで判断するのはよくないが、こいつは中身もアレだしな。

「真面目に考えるだけアホらしいな」

 俺は立ち上がり、鞄を掴もうとした。丹下院が目だけで『帰ったらどうなるか分かってんだろうな』と訴えてくる。……舐めるなよ。これ以上付き合ってられるか。

「もういいよ。言いたいなら言えばいいじゃねえか」

「は、何それ。痴漢ってことがバレてもいいん? 普通に言いまくるよ、あたし」

「じゃ、俺はお前がタバコ吸ってたことチクるわ。お前みたいなやつと一蓮托生なんざごめんだけどよ」

「……タバコ? お前、何言ってんの?」

 白を切るつもりか。けど無駄だ。俺は確かに見ていたのである。あの日、丹下院は窓に向かって紫色の煙を吐いていた。やつがヒール系のレスラーに憧れて毒霧の練習をしていたと言い張るのなら話は別だが、まずないだろう。

「証拠でもあんの?」

「……お前、どこまで馬鹿なんだ? んなこと言うやつはな、自分から認めてるようなもんだぞ。それに、叩けば他にも埃が出てきそうな生活してんだろ、どうせ」

 丹下院は立ち上がり、俺にガンを飛ばしてくる。女子にしては中々威圧感があるが、瑞沢には遠く及ばない。あの女の眼光は岩盤すら貫くのだ。それに比べればなんてことはない。

「あたしに脅しとかいい度胸してんじゃん、石高くん。いっぺん痛い目見とく? ん?」

「やれよ」

 引いたら負けだ。俺は丹下院をじっと見返す。

「やれよ。そっちこそ、もう一個ネタ増やされることになるぜ」

「ざけてんじゃねえよ、てめえ……っ」

 胸ぐらを掴まれたので思い切り振りほどく。丹下院は僅かに鼻白んだようだが、平手を繰り出した。俺は彼女の手首を弾き、睨め返す。

「次はどうすんだよ。友達でも呼んでフクロにするか?」

「んなことするかよ! うぜえんだよさっきから! わけわかんないことばっか言いやがって。てめえが寺嶋君にちゃんと言っとかないからだろ!」

「言ったよ。結果はさっき言ったとおりだ。お前が外見を弄くるのが嫌なら、俺からしてやれることはもうない。それでもガタガタ言うんなら、道連れだ」

 畜生と毒づくと、丹下院は椅子に座り直した。頭をわさわさと掻くと、疲れた風に息を吐き出す。

「んだよてめえ。オタのくせに逆らいやがって」

 余計なお世話だ。俺たちは踏まれ続けて麦のようにたくましく生きている。そんじょそこらのパンピーに負けるかよ。


「……喧嘩はいけませんよ」


「ひ」と丹下院が短い悲鳴を上げた。振り返ると、えらい美人が立っていた。透き通るような銀色の髪と氷のような視線を携えているのは、生徒会長の原先輩であった。彼女は微笑を湛えている。いやー、いつ見てもお美しい。でも、っていうか、いつの間に……? いつからここにいたんだ?

「あ、その」

「言い訳はだめですよ。一部始終は聞こえていましたから。それに、不穏な言葉が色々と聞こえたような気がするんですけれど」

 そう言って、原先輩は丹下院に目を遣った。

「図書委員のお仕事を怠けていてはいけませんよ、丹下院さん」

「すんません」

 丹下院はぶっすーとした顔で、反省のかけらをちっとも見せない様子で謝った。原先輩の目が少しだけ鋭くなる。

「タバコ、という単語が聞こえたような気がするんですが」

 やべえ。そんな感情をあらわにした丹下院が咄嗟に顔を伏せる。馬鹿野郎。バレバレじゃねえか。

「ええ、言いましたよ。タバコを吸うようなやつはクズだなって話をしてたんです」

「本当ですか?」

 俺は力強く頷いた。原先輩はしばらくの間、視線を逸らさなかったので、俺は内心どきどきしていた。ラッキーである。こんな距離で先輩と見つめ合えるなんて最高過ぎる。

「分かりました。そういうことにしておきます。それから、図書室は本を読む場所で、痴話喧嘩をする場所ではないですよ。今度から気をつけてくださいね。……色々と」

「ち……!?」

 丹下院が反応しかけたが、先輩に視線を向けられて黙り込む。こいつよええな。



 原先輩が図書室を出て行ったあと、俺はその場に座り込んだ。

「危なかった……」

「あの人やべー。マジやべーわ。忍者みてー」

 くのいち、か。原先輩がくのいち。やばい。エッチなこといっぱいされてドッキリ&セクシーに籠絡されたい。

「あー、なんかもーどーでもいーわ。石高。なんかごめんな。手、出しちまって」

「別にいいよ」

 食らっても痛くないんだし。

「それよりお前、図書委員だったんだな。本、好きなのか?」

「は? いや、楽って聞いて立候補しただけ。本当はあたしも寺嶋君と同じで委員長になりたかったんだけど、多数決で負けたから」

 そういや、そんなこともあったっけ。

「図書委員ってすげーテキトーなんだよね。座ってりゃ済むし、内申だってよくなるんじゃね?」

「そんなことだろうと思ったよ。……ん?」

 その時……! 圧倒的閃き……っ! ククク、そうか。その手があったか。

「お前さ、漫画くらいは読むだろ?」

「あー、ガ○ツとか好きー」

 ふっざけんな。ちっ、優人とは趣味が合いそうにないな。現時点ではの話だが。

「分かった。一つだけ手があるぞ。上手くいけば、お前は優人の中で一番になれる。ナンバーワンじゃない。オンリーワンだ」

「マジ? 何それ?」

「オタになれ」

「あはははははは、マジでしばく」

 ガタッと丹下院が立ち上がる。

「待て待て。お前にはもう中身しか残されてない。でもその中身も相当終わってる。オタになれって言ったのはやり過ぎだけど、優人の好きなものをリサーチして話を合わせる。話題を作るってんならどうだ?」

「リサーチ……」

「一応言っとくと、優人は常に漫画とかゲームとかアニメとか、そういったものの話が合うやつを欲している」

「お前らがいんじゃん」

 俺はゆっくりと首を振った。

「それでも合わない時は本当に合わない。あいつと同じアニメを常に見ているとは限らねえし。同じのを見てたとしても……まあ、戦争になる時だってある」

「オタってめんどくせーな。同じの見てんだから仲良くしとけばいーじゃん」

「真理だな。俺だってそう思う。けど無理なもんは無理なんだ。で、どうする? 今あいつの周りには誰もいねえよ。チャンスなら今しかない」

「でも、オタクなんかになるのは……」

 葛藤していらっしゃるいらっしゃる。

「だからさ、ディープなオタになることなんかないんだって。かるーく、あさーくでいいんだ。それに、オタじゃなくったって誰だってアニメや漫画くらいは見てるだろ。ちょっとでも話してみたら、優人だって『お』って思ってくれる。お前らの大好きな恋愛ってのは、そういうとっかかりも大事なんじゃねえの?」

「……寺嶋君は、どんなのが好きなんだよ」

 食いついたか。よし。あとは優人の好きな作品を適当に教えて放置しとこう。俺は思いついた漫画だのラノベだのアニメだののタイトルを上げていく。丹下院はケータイで適当にメモし始めた。

「今のは初心者向けだ。キャラ重視で話も分かりやすい。DVD借りるなりして、なんとかしてくれ。じゃ、俺は帰るから」

「こういうの見るだけでいいの? 見て、寺嶋君と話せば」

「まあ、ある程度の感想はあった方がいいよ。そうでなくても、一回話振ったら優人の方から色々と振ってくるだろうし」

 ふーん、と、丹下院はケータイの画面を見つめる。

「そか。じゃあ、とりあえず見てみるわ。でも、誰にも言うなよ」

「何を?」

「だから……お前と協力してるってことに決まってんじゃん。あんたとこうやって話してるのがバレても、あたしがアニメとか見始めたってことがバレてもだるいことになるんだっつーの」

 そりゃそうだろうな。俺だって好き好んでこいつと仲良くしてるんですーとか言いたくないし。

「分かった。言わねえよ。つーか、優人にバレたら意味ないしな」

「んじゃ、また今度な」

 丹下院は立ち上がって、だるそうに鞄を持ち上げた。

「今度?」

「いや、だってまだ寺嶋君と付き合えてねーんだから。もっと協力しろよ」

「……これ以上どうしろってんだよ」

「知らねーし。考えといて、じゃねー」

 あっ、この野郎! あっという間に丹下院はいなくなる。つーか、図書委員の仕事はどうすんだ?



 俺は家に戻って、めぐと格ゲーをすることにした。今日は3Dをチョイスした。

「あ、クソ! またリングアウトした! だから3Dは嫌なんだよ。鎧もつけてねえんだから池に落ちたくらいで諦めてんじゃねえぞ」

「ちゃんと8wayを使いこなさないからよ」

「せめて普通に倒してくれないか? したら脱衣するじゃん」

「嫌よ。馬鹿じゃないのお兄ちゃん」

 何故だ。俺はシステムをフルに活用しているだけである。

「くそ、相手が厳つ過ぎる三歳児なんてやる気も出ねえ。脱がしたって意味ないじゃんかよ」

「だってこのキャラ強いんだもの」

 めぐはお手軽な強キャラを選ぶことが多い。ただ、我が妹はキャラクターの性能に慢心せず嫌らしい攻め方やコンボルートを日夜研究している。エンジョイ勢の俺では手がつけられん。

「お兄ちゃん、キャラ変えたら?」

「やだ。中の人が好きなんだ」

「どうしようもないわね」

 ああ、こうしていると嫌なことを忘れられる。明日になったら、また丹下院にちょっかいをかけられてしまうのだろうか。とても嫌だ。

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