表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
1/74

トナリアウセカイ



「ロクスケ君、あのね、私……伝えたいことがあるの」

「……うん」

 俺は神妙な顔を作って頷いた。すぐ傍に、手を伸ばせば届く距離にいる彼女が、頬を染めて俯いた。初夏の放課後、大きな木の下の木陰で、俺たちは向かい合おうとしている。長い時間をかけて、ようやっとここまで来た。

「私……」

「うん」

「わ、私、あの、あの、ね?」

「うん」

「私っ、あなたのことが」

「うんっ」

「……わ、私……」

「……うん」

「だ、だめ、言えないっ」

「いや、言えよ」

 はよ言えやボケが。ここまで焦らされると怒りを通り越して笑えるわ。駄目だ。冷めた。俺がゲーム機の電源を落とすと、彼女はぶつりという音と共に画面から消えた。昨今のボタンを押して進めるだけのギャルゲーに飽きて昔ながらのときめくシミュレーションものに手を出したが、どっちもどっちだ。面白いんだけど、流石に飽きる。

 ベッドにごろりと横になり、目を瞑る。……セーブ、どこでしたっけ?



 いやだいやだと布団にくるまり続けていても月曜日はゲス顔でやってくる。ホント死ねよ。月曜日たんみたく擬人化しても萌えるとか絶対ねえわ。

「ああああああああああ行きたくねえええええええ」

 確か、今日は六限まであるんだったっけ。なんで週の初めからスパルタンなんだよ学校って。あー小学生に戻りたい。身体も頭脳も子供のままでいたい。そんで毎日アニメ見てゲームすんの。最高に終わってる。頑張って起きよう。学校行って勉強しよ。



「あら、今朝は随分と早いのね」

「将来のことを考えたら二度寝せずにすんだ」

「草葉の陰で父さんと母さんも喜んでいるわ」

 制服に着替えてリビングに降りると、優雅っぽくカフェオレを飲んでるめぐがいた。ちなみに俺の両親は健在である。今日も元気に仕事へ行っている。養われの身分としては申し訳なくも、もうちょっと楽させてねという気持ちでいっぱいだ。

「コーヒー、飲む? ……ああ、ごめんなさい。そういえば牛乳が切れていたわね」

「お前、ブラックが好きとか言ってアホほど砂糖とミルク入れるもんな。いいよいいよ、別に」

 冷蔵庫を開けると、賞味期限を二日ほど過ぎた牛乳があった。パンにはこれと決めてるんだが、リスクは背負いたくない。麦茶で我慢しよう。

 食パンが焼けるのを待つ間、俺はめぐをじっと見つめた。我が家では飯時にティービーを見ることは禁じられている。特に理由はないが、家族団欒を大切にしたいという気持ちの表れなのだろう。きっと。

「蛇のような視線ね。粘っこくて、気味が悪いわ」

 めぐは嫌そうに顔をしかめた。

「せめてスネークと言ってくれ。声が渋くなるような気がするから」

「嫌よ」と言って、めぐは綺麗になった皿を流しに持っていく。

「置いといていいよ。あとで一緒に洗っとくから」

「あら、悪いわね。そうやって日ごろから手伝いをしてくれれば、私も小言を言わなくて済むのよ」

 言ってる傍から言ってるじゃねえかよ。まあいいや。こうやってる内が華ってやつだしな。じき、無視されたりするんだろうなあ。ちょっと寂しい。

 めぐはリビングの窓を確認したあと、階段をてくてくと上がっていく。かと思うと、すぐに下りてきて、玄関へ向かう。

「戸締りも電気の消し忘れも大丈夫よ。玄関の鍵だけはお願いね」

「あいよ。じゃ、気ぃつけてな。知らないやつに声掛けられたら大声で叫ぶんだぞ。骨法とか使っちゃ駄目だからな。それから」

「もう、よしてよね。子供じゃないんだから」

「いや、子供だから」

 めぐはきょとんとした顔をする。ウェーブの茶色い髪が少しだけ揺れた。言葉遣いこそアレだし、高校生の俺よりもシャレオツな服を着こなしてたりブランドものに興味を示し始めてビッチまっしぐらになるんじゃねえの? 戦々恐々という感じだが、こいつは俺の妹だ。れっきとした小学二年生だ。ランドセルにリコーダーをぶっ差して登下校するガキンチョである。俺が残念な兄ちゃんだから反面教師として何かを学び大人びているだけだ。別に、トゥルーな恋物語の妹みたいに女の子の好感度を教えてくれたりはしない。

「とにかく、いってらっしゃい。友達と待ち合わせしてるんだろ?」

 めぐはちらりと腕時計を見遣る。親戚の姉ちゃんからもらったものだ。俺なんかケータイでしか時間を確認しねえぞ。ネクタイといい時計といい、体の一部に何かを巻くのって抵抗感があるんだよな(その話をめぐにしたら『あなたは巻かれる方が好きだものね』と冷めた目で言われた)。

「まだ大丈夫よ。具体的には、夜遅くまでゲームをしているくらいなら机に向かった方が建設的よって話が出来るくらいにはね」

「はよ行けや」



 食器を片づけて、身支度を済ませて、鍵の戸締りを確認して家を出る。チャリンコのかごにリュックサックを乗せて出発だ。楽しい楽しい学校生活が俺を待っているといいなあ。具体的にはおっぱいとかパンツとか見たい。あと、モザイクのかかっている部分の真実を見たい。すげえ見たい。新学期になって春一番は過ぎ去ったが、神風の奇跡を待ち続けようじゃないか。



 そんなことを考えながら自転車で十分弱。クソのように聳え立つ坂道が見えたのでげんなりとする。学校はこの坂を更に上った先にある。自転車でいけるのはここまでなので、近くにある駐輪所に愛車を置きにいかねばならない。

 駐輪所とはいうが、その辺の、雑草が生え放題の更地である。学校が安価で借りたのかどうか知らないが、もう少し管理というか、人の手を入れてほしい。すぐそこが山になってるので、時期的に虫が多くなってくる。女子なんかがインセクトと接触して悲鳴を上げるのが朝の風物詩だ。

「ぎゃあああああああああ!?」

 ほらな。



 坂道をだらだら上っていると、後ろから肩を叩かれた。俺は咄嗟にパンチを放った。

「ぅむん!? え、あ、なんで!?」

「あ、ごめん」

 けったいな声を上げたのは、クラスメートの樋山(ひやま)くんである。お世辞にもイケメンとは言えないし、小太りで汗かきだから夏場はあんまり近づきたくない存在だけど、今は春だし俺の大切な友達だ。

「ひでえな石高(こくだか)。折角貸したゲームの感想を聞いてやろうと思ったのに」

「なんで上から目線なんだよ」

「いや、俺がゲーム貸してる方だからね!? 上から目線にもなるよ!?」

 樋山くんは声が大きいし、高い。よく通るが内緒話には向いていない。

「まあ、ゲームなあ。アレなあ。面白かったけど、やっぱ90年代の絵柄はきっついわ。目ぇ無駄にでかいし顎尖がってるし」

「でも声優はベテランなんだぜ。今となってはお母さん役ばっかりのあの人も女子高生役で口から砂糖吐くくらい甘い台詞を言ってくれるんだ」

 そこは認めざるを得ない。絵柄だって二時間もすればすっかり慣れたし。

「よかったら2も貸してやろうか?」

「いや、2は持ってるからいい。それより3を貸してくれよ」

「3は修羅の道だぜ。なんか3Dになっちゃったし」

 ギャルゲーと昨日やってたアニメの話をしながら坂を上っていく。誰かと喋ってたら、こんな道でも気が紛れるもんだ。



 校門に近づくにつれ、騒がしくなり始める。どうやら、部活の勧誘のようだな。近くを通る生まれたての小鹿のような目をした一年生たちを、上級生が多数で囲んでチラシを押しつける。

「パワハラだよな」

「路上のティッシュ配りとは違って、『死ね』とか言って断れないもんな」

「……石高くん、そんなことしてんの?」

 樋山くんの俺を見る目が『俺は悪くヌェー』とか言っちゃう主人公を見るようなそれと同じになっている!

「後半からは性格がマシになったろ!」

「何の話をしてんの?」

 いかんいかん、ちょっと我を忘れてしまった。

「体育会系は声さえでかけりゃなんとかなるんだし、樋山くんも何か入れば?」

「ブルーカラーとか(嗤)」←お前はいつか痛い目を見る。

 俺たちには部活の勧誘とか関係ねえし、ドヤ顔で進んでやろう。



 昇降口で押しつけられたチラシを叩きつけて捨てる作業。

「なんで俺たちまで……」

「三年からすりゃ一年も二年も分かんないんだろ。あと、同学年がいたとしても樋山くんは影薄いし」

「石高の方が影が薄いだろ。だいたい俺は部活入ってるし」

「ああ、あの、気持ち悪い部活動な」

「パソコン部馬鹿にすんなよな!」

 部費でニュー○イプとかメガミマ○ジン買ってるやつらのどこが気持ち悪くないんだよ。吐き気がするわ。

「同族嫌悪だよ、それは」

「お前らはもっと隅っこを歩け。気持ち悪がられてるから。それが何故分からん」

 傍から見れば目くそと鼻くそが争っているようにしか見えないんだろうな。



 教室に着くと、俺は自分の席にかばんを下ろそうとする。だがしかし、黒ギャル集団に机と椅子を占領されてしまっていた。無理だ。流石に無理。あそこに突っ込むのなら竹槍でB-29に突っ込んだ方がまだマシだ。

「助けててらえもーん!」

「……しようがないなあ禄助(ろくすけ)くんは」(だみ声)

 俺は親友のところへ向かった。大学生の好きそうな黒縁眼鏡を指で押し上げる雰囲気イケメンのいけ好かないやつだが、幼稚園の頃からの友達である。仕方ないなあ、もう。

「またあの子たちに居場所を奪われたんだね」

「うん、そうなんだ、てらえもん。あいつら怖いよ。運動部でもないのに肌がアフリカの部族並みに焼けてるんだ」

「そんな時はこれだよ~。ぱー、ぱぱー、ぱ、ぱららっ、とぅっ、とぅーん」

「なんかBGMが微妙に違う気がする」どら焼きじゃなくてコロッケが好きな方だった。

 気にするなと、優人は髪の毛をかき上げる。ムカつく。

「とにかくこれを使うんだ」と、差し出されたのは彫刻刀だった。

「なんだ。俺の机に卑猥な絵でも掘れと言うのか。黒ギャルどころか誰も寄りつかなくなるぞ」

「いや、あいつらをこれで刺せ」

 そもそも、高校生にもなって彫刻刀を学校に持ってきているこいつって何なの?

「そういえば、噂の転校生は見たか?」

「いや、まだ。お前見た?」

「ああ。可愛かったぞ」

 ほう。ほうほうほうほう!

 娯楽と女に飢えた男子高校生の日常には刺激が不可欠だ。女! 娯楽! 転校生ってのは時にそのどちらをも満たせる逸材である。

「そっかー、可愛かったかー。どんな感じの子だった?」

「そうだな。戦国武将のような名前の……いや、ヨーヨーを使って戦う…………ナルコレプシーの……いあいあはすたあ…………」

「なんでたとえが全部男の娘なんだよ」

 寺嶋優人(てらしま ゆうと)。俺の友達だ。朝起こしに来てくれないし家が隣同士でもないし俺のことを『ロっくん』とか言わないが(そんなことされたら怖気が走って殴り殺してる)幼馴染というやつである。しかし、こいつの性癖だけはイマイチ分からんところがあった。というか理解出来ん。男の娘とか言ってるがチンコついてんだろ? 意味分からん。超非生産的。

「愛があれば男と男の娘でも子供作れるから大丈夫。エロゲーで言ってたから間違いない」

「いいよもう、お前らは建国してそこに住めば」

 早く日本から出て行け。



 担任がやってきてHRが始まる。俺の椅子もブラックギャルギャル団から解放された。ちょっと温かくて興奮したのは妹には内緒だ。あいつにはまだ早い。

「最初に部活動に属する者に指導が入ることを伝える」

 全員が顔を伏せる中、俺は何気なく担任の顔を見た。眼帯をつけていた。……まさか、その年で患っているのだろうか。ただでさえ怖い顔がアタッチメントで迫力を増している。たぶん、そこらの海賊より強い。何か言ってるが全く頭に入ってこない。他の奴らも同じようで、担任をまともに見られていない。それもそうだ。直視されたら死の線切られそうだし、そうでなくても性器引っこ抜かれて子分にされそう。触らぬ神に祟りなし。

「以上だ。それから、五限の授業で教材を使う。誰か、私のところまで取りにくるように」



 一限が始まるまでの間、クラスは担任の瑞沢(みずさわ)の右目眼帯の話題で持ちきりだった。

「超こええ。何が怖いって全部こええよ、あいつ」

 俺と樋山くんと優人はよく話す仲だ。同好の士である。

「先週になんかあったんだよ。どっかの組織の戦闘員と殺し合ったんだぜ」

「樋山くんは本当に馬鹿だなあ」

「いや、禄助。あの先生ならありえるぞ。というかそうであって欲しいという気持ちがある」

「ところで、誰が教材を取りに行くんだろうな。……まあ、委員長あたりに丸投げされるんだろうなあ」

 俺は意味ありげに優人を見た。

「禄助。お前の名前の助は、人を助けるという意味がある。助けてくれ」

「嫌だ。俺の名前には酔っ払った親父に適当につけられた、適当に生きろという意味が込められている。あのオーガ瑞沢とタイマンで話すくらいなら夜叉猿あたりとセメントやるわ」

 友情は見返りを求めないと聞くが、そもそも俺の辞書の友人という項目には足を引っ張られないことが大事ですと記されている。助けてもらうことはあっても助けることは友情に反するのだ。

「だいたい、委員長なんてポジ狙うから悪い。大人しくチンポジのことだけ考えてればよかったんだ」

「本当に友達甲斐がねえな、お前」



 自慢じゃないが俺は頭が悪い(マジで)。なので授業は真面目に聞くタイプだ。一限、二限、三限……滞りなく過ぎて昼休み。

「禄助って、ほんとばか」

「いきなりなんだよ。意味もなく俺を貶めんなよ」

 そう言うと、優人は目を見開いて肩を竦めた。

「はっ、出た。貶める、出たよー、これ。そういう要らん言葉は知ってるくせに漢字の読み書きや数学の公式を知らないんだもんなー。俺は友達として悲しいわ」

 優人は三トントラックに二、三回轢かれて中身全部はみ出したところを烏に啄ばまれてリアル鳥葬されて欲しいくらいムカつくが、頭がいい。たぶん、学年でも一番か二番だろう。ギャルゲーみたいに成績順が廊下にぶわーっと貼り出されることがないのでなんとも言えんが、全教科平均90オーバーなんだ。少なくとも俺みたいに下位ではない。

「そんな頭のいい寺嶋くんはオーガ対策を思いついたんだろうな」

「んなもん、ない。というか別に悪いことしていないから。瑞沢女史だって特に何もないだろう。うん。大丈夫。瑞沢大先生に限って優等生の俺を意味もなく殺すとか、ないない。あっぱれ瑞沢大先生なら」

 へりくだって持ち上げ過ぎて逆にムカつかれそうだ。こいつの才能は人をムカつかせることなのか? いっそ空白にしといた方がよかったな。

「ところで、飯はどこで食うよ。俺はベントゥーだけど」

「えー。もしかしてまた愛ちゃんに持たされたのか? お前って本当クズだな。シスコンは悪だぞ」

「誰がシスコンだ、誰が」

 俺が妹をそんなに可愛がるはずがない。でも帰ったら一緒に格ゲーしてもらおう。

「食堂行くか。まだ席空いてんだろ。空いてなかったら腕力にものを言わせて下級生退かそうぜ」

 クズ発言をした優人が立ち上がって指の骨をムシャムシャと鳴らした。

「屋上が空いてたらなー」

「そんなラノベな展開ねえよ。大概の学校は封鎖してんだ。飛び降り自殺されたらかなわんからな」

「いねえかなー。屋上で黄昏てる可愛い人が。そんで二人だけで空間つくんの。ベントゥー食べさせあったりエロいことすんの。『ほら、声出したらグラウンドで練習してるラクビー部に聞こえちゃうよ』って」

「どんな可愛い子もお前の姿を見た瞬間フェンスよじ登るぞ、きっと」

「死ーねーばーいーいーのーにー(ソプラノ)」

 出会いが欲しい。都合のいいセックスフレンドが欲しい。



 昼休みが終わりかけて、優人が何やら俺を拝み倒そうとしていたがそうはイカの金玉でゲソ。一人で教材を取りに行けばよかですたい!

 そんなわけで、地獄の始まりだ。

 五限、瑞沢、家庭科。別にどっかの軍曹みたいに罵られるわけでもなし、授業自体は普通に進む。ただ、瑞沢の圧迫感というか、プレッシャーのせいで時間の流れは遅くなるし息苦しいしこんな空間にいたらカミー○だってウミヘビ食らって死ぬかもしれないし。俺は頭の中でゴキゲンな妄想を繰り広げるしかない。所詮副教科だしな。やれやれと言っていつの間にかハーレム形成したり奴隷を買って獣人(気位の高い狼の獣人を隷属させるのもいいけどウサギがいい。エロいから)をあひんあひん言わせたい。願わくは異世界に召喚されて『そんなんじゃないんだからねっ』ってツンツンしてる女の子にキスされたい。ツンデレの子の小さい『つ』は大事だよね。っ。これ。っ。これがないとダメな気がするんだよな。

「石高」

「あ?」

「……石高。12ページを読んでもらおうか」

「あ、はい」

 めっちゃ睨まれてる。めっちゃ睨まれてる。蛇に睨まれた蛙だってもう少しまともなんじゃないかって思うくらいキョどる俺。

「ぼ、ボビンケースとは……」

「そこではない」

 誰かっ、誰か助けてっ。



 ぐったり。

 げんなり。

 しんなり。

 はんなり。

「ひひひ、石高くんはすごいなー。あの瑞沢に、あ? だもんなー。すごいなー。ぼくにはとてもできない」

 楽しそうな優人をちらりと見て、俺は溜め息を吐き出した。

「絶対呼び出し食らうわー」

「えー。いいじゃんか。シチュエーションだけならエロゲだよ。エロゲ。女教師とのいけない放課後」

「〜スーツの下は淫らなの。ああっ、こんな先生を許して〜」

 殺すぞクソども。……まあ、こんなことで呼び出されるとは思っていない。瑞沢だって暇じゃないだろう。俺だって暇じゃない。部活もあるしバイトもあるし家に帰ってめぐと格ゲーのトレモ(トレーニングモード)にこもってコンボ練習するからな。ネット対戦で舐めプレイしまくってやるんだ。

「そんなんより、今日はどっか寄ってく?」

「いや、お前部活は? つーかバイトも始めたとか言ってなかったか?」

 部活といっても文化系のぬるい感じのだし、バイトだって明確なシフトは決まってない。来られる時に来てくださいと言われている。つまり行きたくない時は行かなくてもいい。

「余裕っす」

「人生なめくさってる顔してんなー。まあ、お前がそう言うならいいか。じゃ、駅前でも行くか」

「樋山くんは来ないよね?」

「ちゃんと誘って!?」



 パソコン部をナチュラルにサボっている樋山くんと、委員会をナチュラルに忘れている優人と共に昇降口へ。靴箱で履き替えていると、

「おほっ」と、樋山くんが気持ちの悪い声を出した。

「お、原先輩だ」

「えっ、マジで」

 俺は二人の視線の先を追う。体育館へと向かうラーハーパイセンが見えた。遠目からでもめちゃめちゃ美人って分かる。透き通るような白い肌、雪のような銀の髪。あんなに細いのにおっぱいがある。素敵だ。素晴らしい。今代に蘇った白雪姫のような人だ。生徒会長、頭脳明晰、運動神経抜群、性格だっていいに違いない。

「いいよなー、原先輩。まるで白雪姫だ」

 ……優人と原先輩評が被ってしまった。

「絶対処女だな。うん」

「気持ち悪いなー、石高は。ありえんって。2次元ならまだしも、絶対男咥えまくってやがるぜ、アレは。今から体育館で乱交パーティーの始まりなんだよきっと」

 そんなこと分かってんだよ。でも夢とか幻とか見たいじゃないか。つーか気持ち悪いのはお前だよ樋山。何が咥えるだボケ。エロゲのヒロイン凌辱要員のおっさんかよ。鉄オタのくせに乗らず撮らず、時刻表でヘブン状態になっちゃう変態は黙ってろよ。



 心なし樋山くんと距離を取りつつ、俺たちは駅前へと向かった。駐輪場を出てまっすぐに進めば駅がある。踏切を抜けて、適当なところに愛車を停めてぶらぶらするのだ。

 この辺りで色々な欲が旺盛な高校生が遊べるのは、駅前くらいのものである。ファミレスのドリンクバーで時間が潰せるし、カラオケや漫画喫茶、オタ御用達のファンシーショップ、大型の本屋も揃っている。ただ、元からこじんまりとしていた商店街は不況という禍々しき波と郊外に新しく出来たショッピングモールの煽りを受けて壊滅寸前だ。

「メイト行く? それか穴?」

「穴はやだよ。こないだシンちゃんが年齢確認食らって晒し上げされてたぜ。つーか制服だし」

「カラオケはー?」

「俺金ないからパース」

 決まらん。選択肢という可能性は無数に広がっているというのに、俺たちには金がない。学生で未成年だと、制限がかかってしようがない。せめて顔がもっと老けてたらよかったのに。

「みんなベビーフェイスだからなあ」

 結局、本屋で漫画買ってファミレスでだらだらと喋り続けていた。リア充グループが姿を見せたので、俺と樋山くんはそそくさと退散した。優人は半リア充に属しているので、そいつらと混じっていた。裏切り者が。丘で磔刑だぞ。



 恙なくっつったら聞こえがいいが、特に何事もなく、家に帰る。変わらないことが幸せなんだよとギャルゲーでは言ってたが、正直、辛いぞこれ。そりゃアレだよ。ギャルゲーの中だと別にいいよ。だって主人公と女の子が毒にも薬にもならない話でいちゃいちゃしてんだもん。既に完成形なんだからさ、変わらなくても別にいいよ。けどこっちはマジで何もねえんだもん。ツイッターだのフェイスブックだの、呟くことすらないっていうね。腹減った、か、だりー、くらいしか呟かないレベル。嗚呼、灰色の青春。かくもわたしのじんせいといふものは。

「お帰りなさい。今日は遅かったのね」

「おう、ただいま」

 めぐが出迎えてくれた。妹は歳が離れていることもあって、正直可愛い。逆算したら両親がいつエスイーエックスしていたのか分かって空恐ろしいけどな。

「ファーザーとマーザーは?」

「まだみたい」

「じゃあ、お腹減ってるだろ。なんか作るよ」

 俺はかばんを机の上に投げて、冷蔵庫を探る。じゃがいもがあるし、そうだポテトサラダと、うーん。オムライスでいいかな。めぐにこれでいいかと尋ねると『半熟でお願い』された。

「お兄ちゃん。にんじんは入れないでちょうだい。玉ねぎはよく炒めてね」

「はいはい。そんじゃあ、出来るまでアニメでも見てな。借りてきたのがあったろ」

「ええ。素晴らしいわね、アレは。私もアイドルになろうかしら」

 エンディングで踊るアニメは良作である。着々とめぐの調教は進んでいるようで何よりだ。次は肉弾戦メインの魔法少女を第1作から見せてやろう。



 飯を食ってる途中で母さんと父さんが帰ってきた。二人とも腹が減っていたらしく、オムライスを平らげた。こうして俺の家事スキルが上がっていく。いやおうなしにだ。出来ればもっと戦闘に向いたスキルを上げたい。バックステップとか。

 めぐと一緒に風呂に入って頭を洗ってやって、俺の部屋で格ゲーを楽しむ。

「いつの間にハメなんか覚えたんだ!」

「あら、今のは擬似ガー不よ。ファジーでなんとでもなるわ」

 小学生怖い。レバーの購入を考えているが、めぐはパッドですら手がつけられない。これ以上強くなられては俺と遊んでくれなくなるので購入は見送ろう。

「弱くなったわね」

 ぼそりと呟かれる。なけなしのプライドが傷ついた。

「よし、めぐ! キャラを変えてくださいませんか。たぶんな、ダイア的に俺のが不利なんだよね。9:1くらいで俺が不利」

「……接待プレイで勝って、嬉しい?」

「……ちょっと、もうちょい練習するわ」

「それでこそ私のお兄ちゃんね」

 めぐは薄く微笑む。およそ小学生の笑顔とは思えんが、眠たそうにしているのでよしとしよう。今日のところはこの辺で、あとは俺一人だけでコンボ練習だ。



「あ、もうこんな時間か」

 とうに日付が変わっている。録画はしてるし、アニメでも見ながら寝よう。……しかし、こんなことでいいのだろうか。もっと、こう、女の子と遊びたい。話したい。お体に触りたい。2次元や妹ではなく、普通の子と。どっかに攻略本とか売ってねえかな。どうやってフラグ立てればいいか分からん。俺ペディア(脳内データベース。子犬系のオペ子が管理している)にも載ってない。優人や樋山くんと遊んでるのも楽しいんだけど、なあ。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ