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虹色の泪  作者: 思井 中
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2:Evgeni

   

 羊肉と玉ネギの串焼き、川魚のフリッター、鶏肉とキノコのシチュー、温野菜のサラダ、鮭とホウレン草のクリームパスタ、マッシュポテト、ライ麦のパン、そして麦酒。(ピーヴォ )六人がけのテーブルに並んだ料理と酒の分量は軽く七、八人前はあるが、その半分はオレの胃袋が予約済みだ。

 そうそう、自己紹介が遅れたな。食事をしながら簡単にオレとオレの仲間を紹介しておこう。

 まず、あそこでクリームパスタの大皿を抱え込んでる赤毛の巨漢はユーリィ・ザンギエフ。縦にもデカいが、横にもデカい。実際には二メートルは無いが、印象としてはもっとでかく見える。傍目で見れば小柄なオーガーぐらいには見えるんじゃねぇかと思うぐらいなんだけどな。本人には言えねぇが。

 んで、元々はシビィルスクの傭兵隊に所属していたんだが、“ちょっとしたトラブル”があって除隊。そこをオレがスカウトしたってわけだ。巨体に見合った怪力とタフネスブリを発揮する、オレたちの主戦力だ。

 ちなみに、外見からは想像もつかねぇが、趣味はリュートでこれが玄人裸足の腕ときているから、人は見かけによらねぇ。吟遊詩人としても食っていける程度の腕があるってぇんだからなぁ……。

 二人目はお上品にシチューを(すす)っている西方聖教の修道騎士、ナターシャ・ダヴィデューク。黙って座ってれば貴族の令嬢としても通じるぐらいに整った顔立ちには気品がある。金髪碧眼で、修道院育ちだけあって生真面目で潔癖症。

 んで、その外見を気に入った“()る”貴族が妾にしようと、たらし込もうとしたらしいんだが……。相手が悪かったな。修道騎士としての訓練も受けていた彼女に張り倒されちまった。彼女にしてみれば自分の操を守っただけなんだが、こっちも別の意味で相手が悪かった。

 修道院の――言葉は悪りぃが――パトロンを張り倒した以上そのまま修道院に残れるわけも無く、他の修道女たちに迷惑は掛けられねぇと飛び出て来たってわけだ。名目としては修行の旅ってことになってはいるけどな。

 修行中とはいえ、神の奇跡を体現する“法力”の使い手であり、ユーリィほどタフってわけじゃねぇが、無駄のない身のこなしは戦士としてでも十分通用する腕前だ。修道院時代には神学も納めていて、オレたちの知恵袋でもある。

 三人目のもそもそ温野菜のサラダを食ってる銀髪のエルフはヴァレンティン。以上……。ってのは冗談で、コイツは二人とは違って人生のドロップアウト組ってわけぢゃねぇ。

 見聞を広めるとエルフの集落を飛び出す若手のエルフって言うのは、どの集落にも一人二人は居るモンらしいが、コイツもご多分に漏れず見聞を広めようと人間の町に出てきたって寸法だ。

 んで、例によって世間知らずのエルフ様が人間とトラブルを起こし掛けた所をオレが仲介して、そのままなし崩し的に仲間になったというわけだ。

 なんか……冷静に考えてみると……、ロクなヤツらぢゃねぇ……。まぁ、まともなら冒険者なんてやろうとは思わんだろうが……。

 まあ良い。エルフだけあってヴァレンティンは精霊の力を操る、“霊術”の使い手で、弓の扱いにも長けている。まだ上位精霊の力が借りれるわけでもないし、オレのように剛弓を引く力があるわけじゃねぇけどな。

 最後になったが、オレの名はエフゲニー、エフゲニー・プロタソフだ。オレは他のヤツらとは違ってちゃんと目的持って冒険者やってる。別に人生踏み外したわけぢゃねぇ。信じろって。

 オレが生まれたのはシビィルスク北部の、なんつぅかまぁど田舎の寒村だ。地図にも載らねぇぐらいのな。そこで猟師をやってる親父と弟、妹の四人家族。お袋は妹を生んだ時に死んじまった。

 オレの生まれ育った村には、どういう訳か元冒険者の術法使いが住み着いちまったんだ。最初は雲散臭さがれてた術法使いの爺さんだが、知識は豊富だし、薬学にも通じていたらしくて医者も居ない寒村では結構重宝がられるようになった。

 村人と打ち解けて来れば、子供に文字の読み書きを教えてやってくれとか、ウチの牛の具合が悪いから見てやってくれとかそういう関係になっていったわけだ。

 そんなわけでオレや弟のセルゲイ、妹のイリーナなんかもこの爺さんから文字の読み書きやなんかを習っていたわけだが、この爺さんが言うにはセルゲイには術法使いとしての才能があったらしい。

 砂が水を吸うように、爺さんの知識を吸収してった訳だが、爺さんの手持ちの本だの巻物だのには限りがあるし、この才能を伸ばすにはもっと多くの賢者や術法使いの指導を受けたほうが良い。そのためには“導師の学園”に入学するのが一番だって言うわけだ。

 とはいえ寒村の猟師の家には“導師の学園”の就学費用を払う金なんてあるわけがねぇ。莫大な金を稼ぐには、まっとうに働いても埒があかねぇ。オレは、コネも権力もない人間が大金を稼ぐ最短の方法を選ばざるを得なかった。即ち、命の保障を売り飛ばしたってわけさ。

 もっとも、オレだって弟の為だけにやってるわけぢゃねぇ。ちっぽけな村で鹿やら猪やらを追い掛け回すよりは、スリリングな人生を送れるわけだしな。何より、今の生活は気に入っている。

   

「ぷはぁ。食った食ったぁ」

 最後の羊肉の一欠けを麦酒で流し込んでオレは満足の溜息と共にそう口にした。テーブルを占拠していた料理はきれいに片付き、後に残されたのは激戦を物語る空皿の山だけだ。

「まったくあきれた食欲ねぇ。それだけ呑み食いして、どうして太らないのかホントに不思議だわ」

 空皿を片付けに来た給仕の娘、オーリャが大きな眼をさらに見開いて感歎する。喋りながらも手際良く皿を片付けテーブルを拭き、デザートやら食後の酒やらを並べてゆく。

「売り上げに協力してやってるんだ、感謝して欲しいぐらいだな」

 陶器のカップになみなみと蒸留酒(ウォッカ)を注ぎながら応じる。酒と飯の量はドワーフにも負けねぇってのがオレの自慢の一つだ。

「まぁ、それはそうだけどね。エフゲニーが居るのと居ないのじゃ、売り上げがぜんぜん違うもの」

 積み上げられた空皿を抱えるようにしながら、オーリャは振り返りもせずにカウンターの向こうに消えていった。

   

 仕事の打ち上げも兼ねた飲み会もたけなわと成って、ナターシャが席を立とうとした頃、店の扉が音を立てて開かれた。店に入ってきたのは二十歳を超えるか超えないかという若い女で、亜麻色の髪を肩の位置で切りそろえ、アーモンド形の琥珀色をした瞳が印象的ななかなかのイイ女だ。

 時刻はすでに夜半を回っている、若い女が一人で出歩くような時間ぢゃねぇ。この店も若い女が一人で入るような小洒落た店ではなく、厳つい男共が出入りするような類のモンだ。

「“白詰草亭(クレーヴェル)”というのはこのお店ででしょうか?」

 鈴を鳴らすような、そんな形容が似合う涼やかな声が女の口からすべり出た。どうやら仕事の依頼人らしい。

「ああそうだよ、仕事の依頼かい?」

 店主兼シェフ兼バーテンダー兼仲介人であるこの店のマスターが、カウンターの内側でグラスを拭きながら応じた。

 マスターは女のためにグラスに葡萄酒を注ぎながら、親身に話し込んでいる。この席かい内容は聞き取れないが、ワケアリの依頼であることは話を聞くまでもない。

 そうでないなら、若い女がこんな時間にこんな店に足を運ぶわけがない。しばらく話を聞いていたマスターが店に残っている――呑んだくれの――男たちを見回し、……やがてオレたちのテーブルで視線の旅を終えた。

 どーやら、オレたち“名も無き者(ニェクトー)”をご指名のようだ。この店の常連の中で、オレたちの実力は屈指といって良い。そのオレたちを指名したってことはそれなりの難題なんだろう。オレは仲間たちを残して席を立つと、カウンターに居る女の隣に腰を下ろした。

 オレたちの中で交渉事はオレの役目だ。口下手なユーリィや世間知らずのヴァレンティンではそもそも交渉にならない。西方聖教の修道女ではあるが、ナターシャは根が正直すぎて百戦錬磨の商人やクセのある依頼人相手には役者不足、そーなれば消去法でオレが交渉を担当する事にならざる負えねぇ。

「どうも。ご紹介に預かりました“名も無き者”のエフゲニー、エフゲニー・プロタソフです。よろしく」

 営業スマイルを浮かべて女に自己紹介、女は緊張しているのか短くアナスタシアと名乗った。

 改めて顔を見るとアナスタシアの美しさが良くわかる。化粧っ毛の無い卵形の顔に薄紅色の蠱惑的な唇、すっと通った鼻筋とアーモンド形の双眸は琥珀色、細く整えられた優美な曲線を描く眉が絶妙のバランスで配置されていた。

 スラりとした肢体はスリムではあるが、胸や腰周りといった出るべきところはキチンと出ており、ピッタリとした黒革のパンツがアナスタシアの脚のラインの美しさを強調している。

 商売女のような妖艶さ、貴族の淑女のような気品とは違うが、冬の軒先に延びる美しい氷柱のような危うさを伴う美とでも言おうか。男の保護欲を掻き立てる磁力めいた魅力を持つ女だ。

「詳しい話をお聞かせ願いますか?」

 オレはアナスタシアの魅力を断ち切るように、カップの蒸留酒を呷ってからそう切り出した。われながら声が硬い。

   

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