街
──街は大きかった。ルラが驚くほどに。
前世のルラが住んでいたのは、ちょっとした街だった。田舎混じりの、街の端の方へ行けば田畑が広がっているような、沖積平野の街だったのだが、それでも東京や大阪と行った大都市に行ったことのあるルラは、自分の住む街が小さいということを知っていた。
そのルラが大きいと感じるほどの街なのだ。
巨大な真っ白い門から続く煉瓦の道は広く綺麗で、その両側に店がずらりと軒を並べている。人通りも行き交う馬車の台数も多く、街は賑わっていた。
街に入るための列に並びながら、ルラは興奮を押さえきれずにいた。高校生にもなって恥ずかしい、と思いつつも、今の自分の姿は十二、三の子供であることを思い出す。──少しばかりはしゃいだところで、咎められる年齢ではない。
──ルラは、ジンの服の袖を小さく引いた。不思議そうにこちらを見るジンに、笑顔を向ける。
「大きな街ですね!」
ジンは笑顔を返してくれた。彼は髭面なせいで歳はわからないが、その笑顔は親が子供に向けるような温かなものであった。
「あぁ、この街は商業の発達した街だからな。……ルラ、この街の名前を知っているかい?」
「わからないです」
「この街はな、リーダイと言ってな────」
丁寧に丁寧に、十代前半の子供にも理解できるような分かりやすい説明を、ジンはゆっくりとしてくれた。礼を告げれば、頭をかき混ぜるように撫でられる。
──そういえば、ルラの髪の毛は、肩ほどで切られている。転生する前までは腰の半ばまであったのだが。しかし、長くても邪魔になるだけであるので、ありがたい。
髪色は転生前と変わらず黒だ。だが、あの枝毛だらけの艶のない太い髪が、何故か細く艶やかで綺麗な髪に変わっている。──これは、自分の顔も見て確かめた方が良さそうである。
ルラたちの順番が来て、自分の身分を証明するものがないことに気が付き、大丈夫なのかと不安になったのだが、行商人であるジンが何やらカードのような物を門番に見せ、ケビンは護衛、ルラは付き人という説明をすれば、あっさり入ることができた。
その後、門番に見せていたカードのような物について問うと、商業ギルドの会員証みたいなものであると教えてくれた。
── 一般的にギルドと呼ばれているのは、冒険者ギルドのことであり、それ以外にも商業ギルドのようなギルドが存在している──という知識があの女性からもらった知識の中にあった。
「行商人ってのは、街とか村とかを渡り歩くもんだから、冒険者を雇うっていうのはよくあることだ。付き人ってのも、金のある奴は雇うんだよ」
付け加えるように説明してくれた内容に、ルラは納得した。それならば、街にもすんなり入れるはずだ。付き人や雇いの冒険者ということは、それなりに雇い主に信頼されているということであり、その雇い主が商人であるなら、信頼できるということなのだろう。商人というものは、金にがめつく金稼ぎのためなら友人ですら見捨てる──というのが、ルラの長い病院生活で様々な本から得た彼らの印象だ。
「じゃあ俺はこっちだから。……ケビン、報酬は後で渡そう。猫柳っつう宿にいるから、受付で俺の名前を言え」
「了解した。またな」
「あぁ。……ルラもまたな」
「はいっ!」
馬車に乗ったままどこかに行くらしいジンに、別れを告げたルラは、手を振って見送った。途中、一度だけ振り返ったジンが、破顔して小さく手を振り返してくれた。
「……行くぞ」
大剣を背負ったケビンに促され、名残惜しく思いながら彼と並んで歩き出す。
「ギルドってどこにあるんですか?」
「そんなに遠くはない。少し歩くが……、足が痛かったりはしない、よな?」
確かめるようにこちらを一瞥して訊ねてきたケビンに、小さく笑みを漏らす。
「はい、大丈夫です」
そうか、と頷いた彼は、僅かに笑んでいた。
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